学院に入学した途端に、授業が中止になる男

 中央大講堂には、全生徒が集まっていた。


 ざわついている講堂内、生徒たちの視線を浴びながら、マリー教員が登壇する。


「本日の授業は、全て中止になります」

「えっ」


 ショックを受けた俺は、思わず、声を上げる。俺の衝撃を感じ取ったかのように、マリー教員は申し訳無さそうに続けた。


「皆さんは、炎唱という異変についてよく知っていると思いますが……先日より、その異変が、何の前触れも無く止まりました」


 ざわめきが大きくなる講堂、マリー教員は声を張り上げる。


「王国魔術院は、アトロポス山に直行し、その原因の調査を行っています。炎唱とは、秘術指定を受けた魔術師のひとりを指している言葉ではありますが、魔術院によれば炎唱は山を下りた可能性が高いとのことです」


 講堂中が、噂話と悲鳴で埋め尽くされる。中には、顔を真っ青にしている生徒もいて、無言で講堂を出ていく者もいた。


「そして、先日、炎唱を名乗る者から王国襲撃を予告する声明が王の下に届きました……落ち着いて、話を聞きなさい! こら、勝手に出ていくな! あんたらの親に連絡したところで、炎唱相手じゃどうにもならないわよっ!!」


 マリー教員は、必死に場を収めようとしているが、生徒たちはパニックを起こしていた。出入り口に張っていた二名の教師が、必死に生徒たちを落ち着かせているものの焼け石に水だ。


「この事態を受けて、クソ迷惑なことに、王からの勅令ちょくれいで校長まで駆り出される始末です。校内にいる教師は、三名しかおりません。恐らく、数時間以内に、私の下にも実家から招集書が届くことになるでしょう。

 だーかーら、落ち着けガキどもォ!! この事態が落ち着くまで、授業は出来ねーから、黙ってココにいろ!! お前らの数百倍は、そこにいる二名の教師は優秀な魔術師なのっ!! 今、ココにいるのが、一番安全なんだよっ!!」

「マリー教員」


 騒ぎの真っ只中で、俺は手を挙げる。誰もが、己の保身で精一杯なのか、俺が手を挙げているのに気づいたのは彼女だけだった。


「あぁん!?

 って、ラウ君か。えらいね~、君は。きちんと、着席して、質問がある時は手を挙げる。模範的生徒だよ」


 にえの娘たちに、用件がある時には、火球ファイアボールを撃ちながらでも手を挙げるようにと言われていたからなぁ……経験が生きたな。


「で、なにかな?」

「授業が、中止になってしまうのは困るのだが……炎唱というやからは、どこにいるんだ? 俺でよければ手伝うが」

「あ~、ありがとね~! 先生、その気持ちだけでも嬉しいよ~!

 でも、危ないからダメ! 学院の敷地内にいて! 勇猛と蛮勇を履き違えて、死なれても困るから、炎唱の声明について詳しいことは言えません!」

「そうか、わかった。大人しくしている。

 気をつけてな」

「なんて良い子なの、君は……保身で、ギャーギャー喚いてるクソガキと違って……聞いてるかぁ!? テメーらだテメーら!! いいから、黙って、部屋に戻ってろ!! ココは、保育所じゃねーんだぞっ!!」


 この場にいても、どうにもならないので大講堂を後にする。


 外に出て学院寮を目指していると、人気のない場所で、ファイが隣に下り立った。


「ラウ様、恐らく、炎唱というのは――」

「うん、困った暴漢だな、炎唱というヤツは。俺は、そういう世の中に迷惑をかける人間が一番嫌いだよ」

「えっ」


 なぜか、驚いているファイに目線を向ける。


「魔術を学びに来たのに、ソイツのせいで出鼻を挫かれた。許されん悪行あっこうだよ。そういう輩は、本来であれば、火球ファイアボールで灰にするんだが、マリー教員の邪魔をするわけもいかないしな」


 なにやら、困惑気味に顔をしかめていたファイは、ゆっくりと喋り始める。


「……飽くまでも、推測なのですが」

「うん」

「今回の王国襲撃の声明文、炎唱が出したものではないと思います。恐らく、炎唱をかたった何者かの仕業かと」

「ふぅん、なんでそう思うんだ?」


 困ったかのように、ファイは眉をひそめる。数秒間、黙り込んでいた彼女は、また静かに口を開いた。


「アレ程までに、恐れられていた炎唱です。莫大な力を持つのでしょう。本当に、王国襲撃が狙いであるのなら、とうの昔に実行しているのでは?」

「確かに、王国くらいなら、簡単に滅ぼせるしなぁ」

「であれば、声明文は、何者かによる陽動……恐らく、それは、王国魔術院や魔術学院の面々も承知の上でしょう。しかし、かつてのラウシュ王が、炎唱に命を奪われていることから、万が一がないとは言い切れない。

 結果として、有力な魔術師たちは招集され、まんまと敵の策にかかっている」

「なら、狙いは、王国魔術院か魔術学院かの二択だな。仮に魔術学院だとすれば、駆り出される教師とは考えにくいから、十中八九、生徒がターゲット。

 マリー教員が、必死になって、学院を出るなと言うわけだ」

「さすがは、ラウ様。ご推察の通りかと思われます」


 火球ファイアボールを撃っている間に、贄の娘たちに謎解き小説を読み聞かせしてもらったからなぁ……経験が生きたな。


「となると、危ないのは、この危急ききゅうに親を頼って、学院を抜け出そうと画策する貴族連中か。

 ほぼ初対面の教師よりも、親を信じるのは当然とも言える」


 自分でそう言った瞬間、ひとつの可能性に思い当たって口を止める。


「はい。どちらにせよ、我々には関係のない話です。

 ですので、もしよろしければ、授業が再開するまでの間、わたしと――」

「すまん、ファイ、学院を守っててくれ。嫌な予感がする」


 かけりを発動して、俺は、学院寮の壁を駆け上がる。指先を窓枠に引っ掛け、身体を一気に押し上げて、三階のフロンの部屋を覗き込む。


「昔から、嫌な予感だけはよく当たる」


 部屋の中は、ものの見事に空っぽだった。

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