ファイアボール、話題になる

 早朝、講堂へと足を運ぶ。


 なにやら、講堂の中がざわついていた。俺と同じ新入生の面々が、噂話に夢中になっていて、一時間目の『オリエンテーション』の教師はまだ来ていない。


「異変が止まっちまったんだってよ」


 適当な席に着席すると、前の席に座るふたりの声が聞こえてくる。


「異変って……『炎唱』か? アトロポス山の山頂から、ひたすら、この世には存在しない火の魔術が唱えられ続けてるって」

「そうそう、それだよ。山のてっぺんには、仙人がんでて、ラウシュ王国の王様がちょっかい出したら殺されちまったらしいぜ」

「なんだそれ、わざわざ、王様殺しに山を下りたのか?」

「いや、違う」


 片方の少年は、声を潜める。


「山頂から、火の魔術で狙い撃ったんだ」

「い、いや、無理だろ……ここから、アトロポス山まで、何キロ離れてると思ってんだよ……当たる以前に、途中で、術式がバラバラになるだろ……」

「だから、やべーって話だろ? 『炎唱』が止まったってことは、それを唱えてた秘術指定の魔術師が下りてきたってことだ。

 この世には存在しない魔術を扱うバケモノが、なんらかの目的をもって、世の中に姿を現すってことだよ」

「も、もしかして、先生がまだ来てないのも……?」

「あぁ、インクリウス魔術学院の教師はエリート揃いだからな。ラウシュ王に呼び出されて、次善策を練り上げてるって噂だよ」


 話を聞いた俺は、頬杖を突きながら考える。


 なんだ、そんなヤバい奴が、今、下山しているのか。アトロポス山と言えば、高名な霊山のひとつで、修業の場として適している。俺以外にも、魔術師がいてもおかしくはないだろう。


 しかし、俺以外にも、山頂からラウシュ王を殺している人間がいるとは驚きだ……この世には存在しない魔術……火球ファイアボールしか撃てない俺が、鉢合はちあわせたら、負けるかもしれないな……。


「おっ、先生の代わりに、視ろよ」


 講堂の扉が開いて、見覚えのある銀髪が目に入る。


 入室したフロンは、堂々たる振る舞いで、席を目指して歩く。その立ち姿に、感じ入るものがあったのか、生徒たちが急に押し黙る。


「フロン・ユアート・アイシクル……アイシクル家の長女、さすがは五大貴族の一柱だけあって、今年度の主席だとよ」

「随分と美人だなぁ。えんがないとは言え、お近づきになれる有力貴族が羨ましいもんだよ」

「おい、フロン!」


 俺は、立ち上がって、片手を挙げる。


「ココが空いてるぞ! こっちに座ったらどうだ!」


 しんと、周りが静まり返る。


 フロンは、あからさまに嫌そうな顔をしてから、最前列に腰を下ろした。俺の方には、見向きもしない。


「あ、あんた、すげぇな……アイシクル家の人間に、あんなに気安く話しかけるなんて……視ない顔だが……」


 振り向いたふたりは、唖然としてこちらを見つめていた。


「ラウだ、よろしく。アイツは、俺の相棒パートナーだからな。挨拶をして、仲をはぐくむのは、人としての常識だとにえの娘が言っていた」

「に、贄……?

 つうか、あんた、主席の相棒パートナーってことは」


 ふたりの顔に、哀れみが浮かんだ。


「まぁ、頑張れよ」

「うん、ありがとう」


 ふたりは、前に向き直って、会話を再開する。


「でも、今年度は、主席がふたりいるんだろ?」

「えっ、嘘だろ? アイシクル家だぜ? 五大貴族と並ぶなんて、どんな逸材だよ?」

「しかも、貴族じゃないらしいからな。

 上級生たちが、こぞって素性を調べてるって話だが、ひとつも情報が出てこない。昨日から、先生も『市井しせいに隠れていた天才が来た』って大騒――おい、噂の張本人のお出ましだぞ」


 前方の扉が開いて、赫色あかいろの長髪が視界に飛び込んでくる。


 白色の制服に身を包んだファイは、髪を掻き上げて講堂を見回した。その動作だけでも、様になっていて、男女の視線が彼女に集中するのを感じた。


「キミか、もうひとりのS査定は」


 フロンは、ファイを値踏みするように見つめる。


「私の隣が空いてる。

 座ったら?」


 ファイは、彼女へと歩み寄っていって――当然のように、前を通り過ぎる。


 ぽかんとした顔つきのフロンは、プライドが傷つけられたのか、頬を赤く染めながら舌打ちをして前に向き直った。


「お、おい、こっち来るぞ?」

「ば、バカ、空いてる席が後ろにあるからだろ?」


 ふたり組は、あからさまに狼狽うろたえる。


 講堂内の緩やかな段差を上がってきたファイは、俺の前で止まって静かにささやいた。


「ココ、空いてる?」

「あぁ、空いてるが」


 俺が詰めると、髪を耳にかけたファイが、隣に腰を下ろす。講堂内の全員の視線が、俺たちに集中しているのがわかった。


 呆然としていたふたり組は「まぁ、そんなこともあるか」と言いながら、講壇へと振り向き直した。






 結局、一時間目の教員は現れなかった。事務員がやって来て、『本日の授業は中止』と言われる。


 俺は、学舎裏にファイを呼び出した。


 慌ててやって来たファイは、おろおろとしながら、俺の前にひざまずく。


「ら、ラウ様、なにか粗相そそうでも? や、やはり、気安く『ココ、空いてる?』などと口にしたのは不敬でしたでしょうか?

 も、申し訳ありません。左腕を落とし、謝意とさせてください」

「いや、違う。

 ファイ、昨日、フロンを殺そうとしただろう」

「……はい」

「今後、一切、インクリウス魔術学院生の殺生は禁じる」

「しかし、あの女は、ラウ様に殺意を向けました」


 ファイは、静かに顔を上げる。


 学舎の影の下、ぼうっと、紅色の瞳がきらめいた。


「あまり、お前の自由は縛りたくないが学院生は殺すな。それ以外の人間、特に悪人はどうしようとも構わない。

 俺も、前に、悪政を振るってた王を殺したしな」

「……承知しました」

「うん、ありがとう。悪いな、生殺与奪を縛って。

 しかし、ファイ、お前は他人の真似が上手いな。感心したよ」


 胸に片手を当てて、ファイは頭を下げる。


「ありがとうございます」

「どうだ、今度、一緒にアトロポス山で火球ファイアボールでも。

 是非とも、コツを教えてくれ」

「喜んでお供いたします」


 俺は、ファイと分かれてから、学舎へと戻ろうとして――


「キミが遅れると、連帯責任で私の査定まで下がる」


 校舎の影に潜んでいたフロンに、声をかけられる。


「緊急集会だって。中央大講堂に集合。

 戻ってきて」


 そう言い残して、フロンは、ひとりで戻っていった。

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