ファイアボールのやべーヤツ、旅立ってしまう

 火球ファイアボールが人間化したので、彼女には『ファイ』と名付けた。


 安直だと転生器には言われたが、名前なんてそんなものだろう。


「ラウ様」


 ぶかぶかの俺の上着を着た彼女は、静かに語りかけてくる。


「これから、どちらに行かれるのでしょうか?」

「まずは、ふもとの村に挨拶しに行く。世話になったからな。にえの娘たちにも、もう来なくて良いと伝える必要がある」

「差し出がましいことを口にしますが……わざわざ、ラウ様が出向かなくても、わたしの方で……」

「いい、顔を合わせるのが筋だ」

「承知いたしました」


 ファイは、本当に、もとが魔術かと疑うくらいに人間らしい。


 適切なタイミングで進言してくるが、常に一歩引いて、俺の邪魔立てはしない。忠誠心だけは人一倍あるようで、俺に対するうやまいが所作振る舞いに現れていた。旅の供としては、コレ以上ないくらいに適しているだろう。


 麓の村に着くと、農作業をしていた連中が、俺を見るなり拝み始める。


 数秒も経たずに、大汗をかいた村長が駆けてきた。


「生き神様! どうなされましたか!? まさか、にえの娘たちがなにか粗相そそうでも!?」

「いや、皆、良い子だよ。逆に、彼女たちの時間を奪って、悪いことをした。

 悪いが、服をもらえないか。彼女に、相応の服を着せてやりたい」

「いえ、わたしは、このままでも」

「良いから着ろ。他の男には目の毒だ。年若い娘が、みだりに肌を晒すな」


 見とれていた若い男たちに目線を向けると、慌てて彼らは平伏した。


「……では、今、着ている上着はもらっても?」

「構わんが」


 なにに使うんだと問う前に、ファイは、村民の女性に連れられていく。


「きょ、今日は、火球ファイアボールは……?」

「うん、朝に数万回ほど済ませた。一日中、火球ファイアボールを撃つのもやめにしようと思っていてな。

 山を下りて、人里に向かおうと思う」


 ぽかんと、村長は大口を開ける。


「ま、まさか、火球ファイアボールを撃つのをやめて外に出ると?」

「あぁ、今日中に立つつもりだ」

「そ、そんな! 私たちが、今まで、野盗や魔物に襲われずに生きてこられたのは生き神様のお陰です! どうか、私たちを見捨てないでください!」


 ひれ伏した村長の前で、俺は、手のひらをかざした。


「安心しろ、俺の火球ファイアボールを残しておく」


 必要十分な魔力をめて、火球ファイアボールを練り上げる。


 火球ファイアボールの術式を改変して、村民たちの外的特徴を入力インプットし、周辺に存在している敵対者の殺意と敵意を経験則で情報化して憶えさせる。


 俺は、警邏状態パトロールモードにした火球を飛ばした。


 ふよふよと、浮遊しながら、火球ファイアボールは村の周りを回り始める。


「この村や村民に危害を加えようとした者がいれば、この火球ファイアボールが、自動的に追尾して破壊するようにしておいた。向こう数百年は持つように練り上げておいたが、燃料切れになったらまた作りに来る」

「…………は、はぁ」

「遠出するのは、交易を行っている周辺の村までにしておけ。さすがに、それ以上の範囲から出れば、この火球ファイアボールでは対処できない。

 最悪、俺が直接、火球ファイアボールで狙い撃つが……俺も修行中の身だからな、どこまで、察知できるかはわからん。気をつけろ」

「大体、よくわかりませんがわかりました」

「俺は、旅に出るから、もうにえは要らない。先程の彼女が同行するので、お付きの者も不要だ。

 にえの娘たちには、『大変世話になった』と言伝ことづてしてくれ」

「せ、世話になっただなんてそんな……生き神様は、この地の守り神です……生き神様がいなければ、この村は、とうの昔に野盗や魔物に襲われて潰されていたでしょう……こんな僻地で、幸せに暮らせたのは貴方様のお陰です……」


 村長は、声を詰まらせて涙を流すので、ぎょっとする。


「いや、俺は、ひたすら火球ファイアボールを撃ってただけなんだが……」


 号泣する村長を慰めていると、ファイが戻ってくる。


 村娘の衣装に身を包んだ彼女は、赫色あかいろの髪をなびかせながら、ふわりと一回転をする。


 宙空に開いた長髪が、陽光を浴びて、きらきらと輝いた。


「戦闘には、向いていない衣装なのですが、コレしか持ち合わせがないということで……大変、申し訳ございません」

「俺の身辺警護は必要ない。その格好で十分だ。

 よく似合っているな、良いと思うぞ。もう少し、火球ファイアボールに寄せた方が良いと思うが……衣服と人体が燃え続けるのは難しいからな」


 慌てて、ファイはひざまずく。


「いえ、ご命令とあれば、喜んで燃えます」

「うん、たまにで良い」


 ファイとの会話を楽しんでいると、いつの間にか、村民たちが集まっていた。彼らは、泣きながら、俺に感謝の言葉を伝えてくる。贄の娘たちは『是非、自分たちも連れて行ってくれ』と泣いていた。


 俺は、人々に囲まれながら、目を細める。


「……昔は」


 誰に言うとでもなく、俺は、つぶやいた。


「石を投げられていたものだが……いつの間にか、こうなるとはな……やはり、皆、心の底では火球ファイアボールが好きだったのか……それはそうだよなぁ……」

「あの、ラウ様」


 ファイは、なにかを言いかけて――口をつぐむ。


 代わりに、美しく微笑した。


「はい、そうですね。

 みな、ラウ様の火球ファイアボールを愛していたのでしょう」

「あぁ!! やっぱ、火球ファイアボールは最高だな!!」


 その日、涙の別れを告げた俺は、故郷を巣立っていった。

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