第31話 天変地異
「優奈、諦めるな! 生き残る術を考えるんだ! 俺が精霊体に戻ったところで、全滅する可能性が増えてしまうだけだ!」
タクは自分の契約巫女である優奈に、そう念話を送った。
「でも……でも、このままでは……」
打開策が見つからない……それが優奈が続けたかった言葉だった。
攻撃が当たるとすれば、その隙は鵺が雷撃攻撃を放つ瞬間、結界を開け放つそのときだけだ。
しかし、ナツミ、ハルカの遠距離攻撃がその僅かな隙を突けるとは思えず、また、幸運にもそれができたとしても、鵺に大きなダメージが与えられるとは思えなかった。
他の巫女達も、何か手がないか考えてはいるが、思いつかない、何もできない悔しさに唇を噛んでいた。
あの「ジュキ」という鵺の聖獣体は、強すぎる。
さらに、上空を飛んでいて、こちらから攻撃する手段がないとなると、一方的な虐殺だ。
可能性があるとするならば、契約巫女である「ヨミ」の呪力が尽きて、「ジュキ」が聖獣体で無くなることだが、ヨミの呪力は豊富で、優奈のそれの方が先に尽きてしまう……。
と、ここで優奈は、ある考えにたどり着き、しかしそれを即座に切り捨てた。
ナツミ、ハルカも、思いつきながら行動に移せなかった。
それを実行したのは、二回生、サルの精霊巫女のキヌだった。
黒い甲冑で身を固めた巫女、「ヨミ」に攻撃を仕掛ける。
上空に存在する「ジュキ」を倒すことが不可能でも、地上にいる契約精霊であれば直接攻撃が可能なのだ。
しかし、キヌはヨミまで数メートルの距離で行く手を阻まれた。
ヨミの半径五メートルほどに、水色の強力な防御結界が張られていたのだ。
先ほど脱出しようとして失敗した結界と同様、非常に強力だと思われた。
当のヨミは、結界の中で、焦る巫女達を哀れむように見つめていた。
キヌが、タクに懇願する。
「タク様……お願いです、あなたならこの結界の中の闇の巫女を直接攻撃できるはずです、巫女を殺せば、あの鵺も聖獣体でいられなくなるはずです!」
……確かに、その通りかもしれない。そうすれば、優奈も、他の巫女達も助けられる。
しかし、それはタクにはできない。けれど交渉材料にはできるかもしれないと、彼は考えた。
「ジュキ、考え直してくれ! 一時的にでも戦闘を止められないのか!? 俺はヨミを攻撃したくない!」
そんなタク……聖獣化した巨躯のオオカミめがけて、「轟雷撃」が落ちる。交渉の余地はないようだった。
また間一髪で躱したが、ダメージが蓄積する。
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名前:タク (モデル:オオカミ)
生命力:985 / 7825
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このまま、やられるのか……。
優奈も、他の巫女も、みんな死んでしまう……。
いや、結界に守られているヨミを直接攻撃すれば……。
そう分かっていても、タクは実行に移せなかった。
タクは悔しげに咆吼を放った。
すさまじい威圧感を伴ったそれは、上空の鵺をも畏怖させた。
それでも、ダメージを与えるには至らなかった。
「……そうだ、優奈、キミなら……さっき発動した『一撃死』、あれならばひょっとして、結界の隙間を突いてヨミを攻撃できるんじゃないか?」
タクができないのならば、優奈に頼めば良い……そう考えたサルの精霊、ココミが優奈に話しかけた。
「……ダメです……私も、結界の中に閉じこもった彼女を攻撃できない……物理的にも、心情的にも……」
優奈の「一撃死」は、相手の防御力に関わらず一撃で急所を突き、死に至らしめる技だ。
威力は大きいが、成功率はとても低い。そして、「成功」が「失敗」の二つに一つだ。
今回の場合、ほぼ確実に失敗する。そして万が一成功してしまうと、相手を殺してしまうことになるのだ。
自分と同じ十六歳の巫女の人生を、この手で終わらせてしまう……そんなことが、できるはずがない。
妖魔になり、心を侵されて魔物に成り果てることが確定している「貫三郎」だからこそ、その技が使えたのだ。
それでも、人型の妖魔を殺してしまったことに大きな罪悪感を抱いてしまっていた。
未来ある女の子を、タクから借りたオオカミの牙が宿るこの槍で突き殺すなど、試すこともできない。
そしてタクが自分と同じ気持ちであることも、魂を一部共有している身として実感できていた。
さらに次の一撃が、タクのすぐ側に落ちた。
タクは、ガクンと膝を折ったが、なんとか倒れずに意地で踏みとどまった。
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名前:タク (モデル:オオカミ)
生命力:72 / 7825
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タクの生命力の残りは、もう1%を切っていた。
ふらふらで、立っているのがやっとの状態だ。
もう、ほんの僅かな雷撃が彼の側に落ちただけで、その命が吹き飛ぶことは明白だった。
「タク様ぁ……精霊に……もう、もう精霊に戻ってくださいっ!」
優奈が、涙ながらに必死に叫んだ。
一回生、同僚のナツミとハルカは、共に涙を溢れさせていた。
聖獣と巫女の主従を、もう見ていられなかった。
二回生は、銀狼の聖獣体が打ち倒されれば、次は自分たちが殺される番だと恐れおののいた。
攻撃を受ける懸念のない鵺は、上空を悠然と飛んでいた。
「……今の藩を潰さないと、悲劇はまた繰り返される……貴方達もまた、藩の思惑により使い捨てられる、可哀想な巫女達なのです。あの聖獣体が現れなければ、こんなことにはならなかった……本当に残念です……」
ヨミが、まるで自分たちに正当性があるかのようにそう述べた。
そして相変わらず、この場にいる自分以外の巫女達を、哀れむべき存在だと見下しているようにも取れる発言だった。
その言葉と、自分達が守護する巫女が累卵の如き危うさにある状況に、静かにキレた二体の精霊がいた。
――それは、千年に一度の天変地異にも等しき出来事だった。
ただでさえ、非常に希にしか発生しないはずの聖獣体が二体出現し、しかも戦闘していたというのに。
その大地に、金色の毛並みと九本の尾を持つ巨躯の妖狐が。
そしてその上空に、紺碧の体躯を持つ巨大な竜が出現したのだから――。
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