第28話 緩やかな時の中で

 妖魔・貫三郎は、人間が大量の瘴気を吸い込み、体内に魔石を宿して妖魔となっている。

 巫女達がこれまで戦ってきた三つ星以上の魔獣と比べてもその体格は小さく、また、四つ星ランクとしては生命力も防御力も低い。

 しかしその分、攻撃回避能力に優れている。また、呪力を剣鉈に乗せた総合攻撃力はすさまじい。

 弓矢を使った中距離攻撃も可能なようだが、今回の戦いは奇襲による最大戦力の喪失を狙っていた。


 貫三郎と直接戦闘しているのは、聖獣体のタクだ。

 生命力も防御力も大きく上回り、総合攻撃力も貫三郎に決して引けをとらない。

 また、走力でも貫三郎より優れている。

 それでも、ヒットアンドアウェイ、回り込み、フェイントなどを巧みに使う貫三郎に苦戦していた。

 実際のステータス以上に、貫三郎は接近戦に戦い慣れていたのだ。


 それは、狩人時代の経験と、そして妖魔になってからの魔獣との戦闘経験が豊富だったことが要因なのだが、今のタクにそれを知る術は無く、また知ったところでどうにかなるものでもなかった。


 タクには、戦闘経験があまりない。

 四つ星魔獣の大熊、大虎と戦い、倒してはいるが、実質その二戦だけだ。

 自我の中に生まれた狼としての本能、自然と理解していた特殊能力。ほぼそれだけで戦い、勝利した。


 そもそも精霊は、ぬいぐるみ状の形態でふよふよと浮いているだけで、攻撃も呪術も使えないし、実戦にも戦闘訓練にも参加できないのだ。

 その点が、養成所で戦闘訓練を積み、模擬戦で勝負を積み重ねてきた精霊巫女達とは異なっていた。

 そして今、タクは聖獣体となったものの、ステータスでは下回っている貫三郎の慣れた戦いぶりに苦戦していた。


 契約巫女達も、この戦いには戸惑っていた。

 貫三郎は、自分たちなど眼中にないことは分かっていた。 

 近距離戦闘が得意なサルの精霊巫女、キヌは、その激しさに近づくことができない。


 中・遠距離攻撃が得意なクジャクの精霊巫女エノ、狐の精霊巫女ナツミも、その攻撃に対して二人があまりに激しく動き回り、そしてオオカミの聖獣であるタクの方が体が格段に大きく、誤射の可能性があった。

 攻撃呪術が得意な竜の精霊巫女ハルカも、その氷雪魔法、水系魔法共に貫三郎だけに狙いを定めることが非常に困難で、霧や水流壁も二人の戦いに対しては有効では無かった。


 シロヘビの精霊巫女、イトも、得意の幻影魔法はタクまで巻き込んでしまう可能性があって使用できなかった。

 それぞれの精霊達に至っては、もちろん直接戦闘に参加できるわけでも無く、戦っている二体の妖魔と聖獣体のステータス変化を知らせたり、回復呪法を使うようにアドバイスするぐらいしかできなかった。


 そんな中、タクの契約巫女である優奈だけが何か、二体の戦闘に違和感を感じていた。

 それは、彼女のステータスが、契約精霊であるタクの聖獣化、および四つ星魔獣の炎虎にとどめを刺したことにより大幅な向上を見せたことも関連していたが、彼女本来の秘めたる力が覚醒しつつあったのだ。


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 名前:優奈

 年齢:十六歳

 職業:精霊巫女

 契約精霊:タク

 状態:聖獣化連携状態

 生命力:890 / 890 

 呪力 :1021 / 1825

 戦闘力:260 + 540 

 呪術攻撃力:250

 防御力:503

 素早さ:288

 装備 :狼牙剣 (長刀形状)、狼牙鎧

 備考 :

 攻撃呪術 狼牙剣の形状変化、呪力付与、斬撃波、刺突閃、乱打、刃消滅

 回復呪術 止血、鎮痛、生命力回復 (LV2)、解毒 (LV2)、気付け

 特殊能力 威圧 


 備考:

 契約精霊が聖獣化していることに伴う大幅な能力値上昇を得ている姿。

 ただし、その聖獣化を維持するためには巫女の呪力を激しく消耗する。

 そのため、契約精霊が聖獣化して戦える時間は最大でも数分程度となる。

 契約精霊の聖獣化が終了すると元の状態に戻る。

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 優奈は、具現化した長刀を手に持ち、ゆっくりと聖獣、妖魔の激闘の場へと歩いて行く。

 他の巫女達は仰天したが、なにもすることができない。

 タクは、彼女が近づいてきているのを感じていたが、不思議と冷静で居られた……それは、優奈と魂の一部が繋がっていたためかもしれない。


 一方、貫三郎の方も気づきはしたが、眼中になかった。

 戦いは、相変わらずタクが貫三郎のトリッキーな動きに翻弄されてはいたが、徐々にその動きに対応でき始めていた。

 また、失われた生命力は巫女達の回復呪法である程度補えていた。


 それでも、貫三郎の剣鉈による攻撃が三回、四回と連続してまともに当たれば、命を失いかねない危険な状態でもあった。

 一方、優奈の接近は、これはもう他の巫女、精霊達にとっては自殺行為に思えた。

 貫三郎の強烈な攻撃をまともに一撃でも食らえば、その生命力は吹き飛ぶ。

 それに引き換え、優奈が攻撃に加わったところで、まともに彼女の当たったとしても、せいぜい貫三郎の全生命力の一割程度しか削れないと分かっていたためだ。


 優奈も、そんなことは理解していた。

 分かった上で、体が自然に動いていた。

 そしていつの間にか、その距離は貫三郎の背後、ほんの数メートルほどまで迫っていた。

 流石にこの距離まで詰められると、貫三郎も優奈に攻撃を与えられるかもしれないと警戒した。

 そしてその心配を払拭するために直接倒す、あるいはそれができなくとも牽制にはなると思い、剣鉈に呪力を付与し、さらにその刀身を優奈に届くほどにまで伸ばして、振り向きざまに高速でなぎ払った。


 ――優奈には、その動きが見えていた。

 しかも、そうやって攻撃してくるであろうと予測できていたので、体勢をかがめて間合いを詰めに入っていた。

 ひどくゆっくりと時間が流れているように感じられる。

 自分の体の動きが鈍い……しかし、それは体感的な時間が引き延ばされているからであって、他者から見れば恐ろしく機敏で、とんでもなく高速な動きだった。


 手にしている武器の形状は、長刀から槍に変化させていた。

 さらに、呪力を限界まで込めており、その総攻撃力は1000を超える。

 それでも、四つ星妖魔の貫三郎の生命力を、せいぜい二割ほど削るのが精一杯のはずだった。


 にもかかわらず、貫三郎の眼は、驚愕に見開かれていた。

 彼は、直感していた……これが、致命的な一撃になるであろうことを。


 優奈は、さらに深く踏み込み、渾身の一撃を突き出した。

 非常にゆっくりと感じられる時の中、それは貫三郎の防御の弱点……人間と同一の、肋骨で覆われていない鳩尾の奥。

 その場所に存在していた鶏卵大の魔石。そこに至るための槍を刺す角度。

 それらを直感的に把握していた彼女の刺突は、正確に貫三郎の魔石を貫き、打ち砕いた。

 この修羅場にて、優奈に覚醒した新しい特殊能力『一撃死』、それが初めて発動した瞬間だった――。

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