第27話 パニック

 その日の夜は、激闘の疲れもあり、優奈達はもちろん、全ての巫女達が宿でゆっくりと休んだ。

 その前に教官達と話をしたのだが、三回生、四回生が言っていたことは全て事実で、所長 (五十二歳、元精霊巫女)が


「全ての決定をしたのは私で、全責任も私にあります。私が指示した作戦です」


 と、毅然とした態度で言われた。

 なぜ一、二回生だけにしたのかと問われれば、それは


「一回目に『聖獣化』が為されたのが、一回生のみで四つ星魔獣と戦ったとき。そして二回目に聖獣化が起きたのが、一回生と二回生の模擬戦の時。一、二回生だけの時の方が、聖獣化する可能性が高いとは思っていました。けれど、それには危険を伴います。ですので、まず三回生、四回生も加わって、全戦力で戦ってもらいました。しかし、それで倒すのが困難と分かっても、聖獣化は発動しなかったと聞いています。聖獣化を促進するため、三回生、四回生が離脱するのは、最後の手段でした」


 たしかに、最初は三回生、四回生も全力で戦っていた。

 それでタクが聖獣化しなかったので、巫女達を追い詰めるために、敢えて三回生、四回生が離脱した。

 一、二回生からすれば、三、四回生が本当に最後の手段を取ったのかと言われれば、まだ余裕があるようにも思えたが、四つ星魔獣相手には、最初から余裕などなかったのかもしれない。


 四回生は、ウソを言っていたわけではない。

 それでも釈然としないままだったが、疲れもあり、この日、優達は深い眠りについたのだった。


 翌日、残る一体「貫三郎」の討伐についての作戦が、所長や教官達によって立てられた。

 その際、一、二回生がどうしても叶えて欲しい願いを出していた。

 それは、「最初から一、二回生の合同班が、最も敵と遭遇しやすい場所を探索すること」であり、従来とは真逆だ。


 もちろん、それには理由がある。

 一つが、タクが「聖獣化のコツを掴んだ」と言っているように、今までより聖獣化のハードルが下がっていること。

 二つ目が、三回生、四回生に対する不信感だ。


 戦闘の途中で離脱されるぐらいなら、最初からいない方が良い。

 とはいえ、実際に戦闘になれば必要な存在ではあるし、メンツもあるだろうから、もし四つ星妖魔との戦いになれば呼びはする。


 ……それが一、二回生たちの本音だったが、教官の手前、そんなことは口にしない。

 一つ目の、タクが聖獣化のコツを掴んだことのみを主張して、戦力的に一、二回生の班が最も高くなっていること、それでも四つ星魔獣に出会ったなら三回生、四回生の班を呼ぶことで、上級生のメンツをなんとか保つ方向で調整された。


 これで、もし本当にすぐ加勢に来てくれて、かつ全力で戦ってくれたなら、昨日の気まずさは消え去って、上層部の命令で仕方なく退却していたことが証明されるかもしれない。

 実際、タクは聖獣化しても、毎回四つ星魔獣を余裕で倒しているわけではなかったのだ。

 攻撃の選択を一つ間違えれば、もっと苦戦をする可能性も十分にあった。そういう意味では、戦闘経験の多い彼女達の支援があれば有利になるのは事実だった。


 なお、今回のターゲットである「貫三郎」は妖魔なので、夜間に出没する。

 その対策として、「呪針盤」や「呪話器」といった呪術具の他に、暗闇でも先を見通せる「呪梟眼(じゅきょうがん)」と呼ばれるゴーグル状のアイテムを、戦闘形態の上から身につけた。


 内蔵されている魔石の呪力により、夜間でも、視界はかなり確保される。

 ほんの少しだけ赤系統の色味が分かりづらいのが欠点だが、片手に松明や行灯を掲げて戦うのは現実では無く、妖魔との戦いにおいては必須アイテムだ。


 とはいえ、夜間での実戦は一回生にとっては初めてのことだ。

 視界の勝手が違うことに加えて、普段なら寝ている時間に、奇襲されれば命を落としかねない探索を強いられている。

 神経をすり減らしながらも、日付が変わる頃までどの班からも「呪針盤」に特段の変化が無く、今夜は何も起こらないだろうと皆が安心しかけていたときだった。


 突然、「呪針盤」の針が激しく動いた。

 強い呪力に引きつけられるように、ある一点を指し示して動かなくなった……いや、正確には、ブレなくなったのに、少しずつ動いていた。

 一回生、二回生は同じ班だが、それぞれ一つずつ「呪針盤」が渡されていた。精度を上げるためだ。

 その二つともが、ブレずに、ある一点を指し示している……「斜め上」だ。


 しかも、それがシンクロして少しずつ動いていく……西から、北方向へ。

 やがて、揃って円を描くように回り始めた。

 そしてその角度は、より上方……「呪針盤」の針が、これ以上、上方向を示せない限度にまで達して、ピタリと止まる。

 一回生のそれは真北の上方、二回生のそれは真南の上方を示している。

 二つの「呪針盤」は、わずか二十メートルほどしか離れていない。


 互いに、どちらの方向を指しているかと問い合い、その方向を指で指し示す……それは、互いの中間、その真上。

 その事実に気づき、全員がぞっとしたその瞬間、ザッシュッ、という音と共に、その男は「降って」きた。

 

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 名前:貫三郎

 ランク:四つ星

 状態:半夢遊

 生命力:4620 / 4830

 呪力:1865 / 1865

 戦闘力:1652

 呪術攻撃力:900

 防御力:428

 素早さ:299



 備考:

 特殊能力 鉄弓矢 (具現化)、剣鉈 (具現化・延伸化)、爆散矢、連続射撃

 瘴気を大量に吸った人間が、体内に魔石を宿し妖魔となった姿。

 元の人間に戻る術は存在しない。

 知能が高く、イメージした物を呪力を使って具現化させることにより武器として使用する。

 その矢は岩を貫き、剣鉈は鉄鐘をも切り裂く。

 意識は十分には覚醒しておらず、半分眠ったような状態だが、その動きは鋭敏。

 普通の人間と会話することができる (ただし、意識は混濁している)。

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 やや大柄な体格の男性で、獣の皮を纏ったような出で立ちだ。

 髪はボサボサで、髭も伸びている。

 その目は半分死んだように濁っているが、一回生……特に優奈をじっと見つめていた。

 いきなり目の前に現れた四つ星妖魔に、一、二回生全員が硬直する。


「うわああぁっ!」


 奇襲を想定していたタクが、反射的に声を上げて、次の瞬間には聖獣化を果たしていた。

 

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名前:タク (モデル:オオカミ)

状態:聖獣体 

契約巫女名:優奈 (ユナ)

生命力:7825 / 7825

呪力:2685 / 2685

戦闘力:1603 

呪術攻撃力:890 

防御力:882 

素早さ:364


備考:

特殊能力 咆吼、威圧、狼爪、狼牙、突撃

契約巫女を想い、その身を案じて聖獣体となり現れた姿。

その姿を維持できる時間は、契約巫女の呪力残量により変動する。

なお、聖獣体は生命力が0になると死亡する。

聖獣体が発現する可能性は、全精霊体の0.1~0.5%未満。

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四つ星魔獣「炎虎」を倒し、十分休息したことでさらに強くなったタク。

しかし聖獣体に変化するその一瞬の隙を、貫三郎は見逃さなかった。

剣鉈の重い一撃が、巨大な銀狼の肩口を捕える。

大柄な男、といっても、体高だけで2メートルを超えるオオカミの聖獣体とは比較にならないのだが、呪術攻撃力を乗せ、刀身が延伸されたその剣鉈(けんなた)の一撃は、タクの生命力を1500以上も奪った。


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名前:タク (モデル:オオカミ)

生命力:6202 / 7825

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 グアラアアアァ、と呻くタクに、さらに追撃が迫る。

 タクは必死に爪で防御するが、それでも少しずつダメージを受ける。

 今まで戦ってきた四つ星の魔獣と比べて、貫三郎はかなり小柄だ。


 しかしそれは的が小さく、また、攻撃の回転が速いことも意味した。

 これまではタクが爪を振り回せば当たったし、突撃しても何らかのダメージを与えられた。

 しかし、この貫三郎は「避ける」のだ。


 防御力は弱いようだが、避けられてしまうと全く意味が無い。

 その上、カウンターで反撃してくる。

 これまでの純粋な力勝負が通用しない相手に、ダメージが増える。


 攻撃に参加しても足を引っ張るだけだと感じた巫女達は、全員距離を取り、回復系の呪法で支援していた。

 しかし、それも追いつかない。

 二回生の巫女であるエノが、三回生、四回生に救援を要請したが、そのどちらもパニックに陥っていた。


「ついさっき、いきなり三つ星魔獣が三体も落ちてきたんだ、その対応で手一杯だっ!」


「こちらも同じく三つ星魔獣三体が降ってきました、訳が分かりませんっ! 必死に戦わないとやられますっ!」


 その声の様子から、両班とも演技ではなく非常事態であることが感じられた。

 誰も予想しなかった危機的状況に、一、二回生の巫女達は、じっとりと嫌な汗をかいていた。 

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