第26話 わだかまり

 聖獣化したオオカミの精霊「タク」と、その契約巫女、優奈。

 その他の一回生、キツネの精霊巫女ナツミ、竜の精霊巫女ハルカ。

 二回生、シロヘビの精霊巫女イト、クジャクの精霊巫女エノ、サルの精霊巫女キヌ。

 全員がそれぞれ全力で戦って、皆大きなダメージを負うことも無く倒しきった。


 とはいえ、キヌは精神的に少しばかり参っていた。

 樹上で待機しているとき、すんでのところで炎虎に噛み殺されるところだったのだ。

 激闘を乗り切ったタクは、元の精霊の姿に戻っていた。 

 ほとんど呪力を使い切った優奈も、武装を解除して、愛しいオオカミの精霊であるタクの、ヌイグルミのようなその体を抱きしめていた。

 と、そこにサルの精霊であるココミと、その精霊巫女のキヌが近づいてきた。


「あ、あの……タク……様、助けていただいて……その……ありがとうございます……」


 今まで毛嫌い……というかタクのことを怖がっていたキヌが、少しバツが悪そうに……それでも、目に涙を浮かべて近づいてきて礼を言った。


「ボクからもお礼を言わせてもらうよ。キミがあの場面で聖獣化してくれて助かった。ありがとう!」


 キヌの契約精霊であるココミも、こちらは明るくそう言ってきた。

 それに対してタクは、


「いや、仲間なんだから助け合って当然だよ。こっちも回復呪法を駆けてもらったし。でも、うまく聖獣化できて良かった。まだ不安定だったから、自由にあの姿になれる状況じゃなかったんだ」


 と素直に、たまたまうまくいっただけであることを告げた。


「そのことなんですけど……タク殿、優奈ちゃんが危機にさらされた訳でもないのに、よく聖獣化できましたね」


 近づいてきてそう声をかけたのは、キツネの精霊であるリンだ。


「ああ、あれか……だって、そうならないと、キヌは確実に死んでいただろう? そう思ったら、本当に無我夢中だったんだ」


「……ひょっとして、貴方は……対象が誰であろうと、精霊巫女であれば必死で助けようと考えていたのですか?」


「どうだろう……いや、精霊巫女に限らず、目の前で女の子が殺されそうになっていて、しかも助ける手段が、可能性があるのならば、同じ行動を取っていたと思う。みんなそうなんじゃないかな」


 タクは、当然のようにそう言い切った。


「……なるほど……どうして貴方が聖獣化できたのか、分かったような気がしてきました……貴方は、とんでもないお人好しで、優しく、勇敢で、そして契約巫女である優奈ちゃんから愛され、尊敬されている。自分の契約巫女に対して必死になれる精霊は、たくさんいると思います。けれど、他の巫女まで無茶をして助けようとした精霊を、私は初めて見ました……いえ、元々精霊は何かしようとしても、『念話』で叫んだり、ステータスの内容を告げたりしかできないのですが、聖獣化できるのなら話は別です。聖獣化すれば強力な力が手に入る……でもそれは、不老不死であるはずの精霊が、死んでしまうリスクを冒すことになります。それを貴方は、自分の契約巫女では無く、他の巫女のために使用した。逆に言えば、そういう覚悟がある方でなければ聖獣化できない……やはり貴方は、素晴らしい方なのです」


 リンはそう言ってタクを絶賛するが、当の本人は、なぜ褒められているのか分からない状況だ。

 自分の精霊様は、自然体でそんなことができてしまう……優奈はそのことを誇りに思い、同時に心配もした。


 と、そのとき、何者かが近づいてくる気配がした。

 敵ではない。

 しかし、その人物達が現れたとき、一、二回生達とその契約精霊は、全員が眉をひそめた。


「おめでとう! 本当に聖獣化して撃破したんだね、少し離れたところから見ていたけど、凄かったよ」


 そう褒め称えたのは、四回生で、トガリネズミ型精霊の契約巫女、トミだった。

 他にも、一度戦闘を離脱した三回生、四回生が全員揃っている。


「……どうして居なくなってしまったのですか?」


 ナツミが、少し厳しい視線で上級生に問う。


「……そんなに睨まないでくれ。悪いとは思っている。けれど、これが所長や教官達が立てた作戦だったんだ……あ、一応言って置くけど、君たちの担当……つまり、葵先生と茜先生は強硬に反対してたんだけどね」


「……だから、どういうことですか?」


 ナツミは、なおも問い詰める。


「優奈の契約精霊であるタク様が、聖獣化できることは分かっていた。ただ、その発動条件が、『巫女が追い込まれたら』という限定された状況にならないといけないことも把握していた。だからもし、四つ星魔獣を相手に戦っていて、こちらが不利な状況に追い込まれたなら、一、二回生を置いて一度離脱しろ、って言われていたんだ。そうすれば、タク様が聖獣化できる可能性が高まるからって。もちろん、わたしたちだってそんなことは本意じゃなかったけど、下手に三回生、四回生が粘って戦えば、かえって聖獣化が遅れて危険が増すことになる、とも言われていた」


「……でも、だからって……」


「自分たちに、四つ星魔獣を押しつけて逃げ出さなくてもよかったんじゃないかって? ……私たちは、そう思われるのが嫌だったから、本当はこの作戦に乗りたくなかったんだ。私たちだって最後まで戦いたかったよ」


 本当は戦いたかったが、上がそれを許さなかった。

 そう言われると、ナツミとしても相手を責められなくなった。


「まあ、けど、最初の方だけでも戦って、結構あの大虎の生命力を削ってたのよ。それも聖獣様が出現していない状態で。そのあたりは考慮に入れてもらえると嬉しいわ……おかげで、私たちも卒業前に『四つ星討伐』の称号を得られたし、誰も大きなケガもしていないし、結果的には万々歳でしょう?」


 少し笑いながらそんなふうに声をかけてきたのは、同じく四回生で、ハリネズミ型の精霊巫女、ハリナだった。

 討伐に参加して、少しでも勝利に貢献したメンバーには、その魔獣や妖魔を討伐したという称号が得られる。

 その実績は、二十歳を迎えて「精霊巫女」を卒業しても一生ついて回る。


『四つ星討伐』の名誉は、南向藩の元巫女でも持っていない者が少ないぐらいの称号だった。

 ハリナとしては釈明をし、感謝も伝えたつもりの言葉だったかもしれないが、トミから「余計な事を言うな」とでも言いたげな視線を向けられ、少しおどけて見せていた。


「けれど、そのせいでボクの契約巫女は死にかけたんだ……」


 サル型の精霊、ココミが抗議する。


「……それについては、申し訳ありませんとしか言いようがありません……私たちは、所長と教官、および私たちの契約精霊様に従うしかありませんでしたので……」


 トミが謝罪する。

 当然、三、四回生の精霊も、自分たちの巫女が撤退することを知っていたのだ。

 それを味方であるはずの一、二回生の精霊巫女に黙っていた。


「私たちだって、自分たちだけで四つ星魔獣相手に戦っていたのよ。巫女が殺されかけたことがあった。それで一、二回生の要請をしたけど、なかなか来てくれなかった。しかも、『聖獣化』できたことだって秘密にしていたじゃない」


 そんなふうに不満を打ち明けたのは、モグラ型精霊のアグリだった。


「秘密も何も、タクが『聖獣化』していたなんて分かったのは後からだったんだよ!」


 これは竜型の精霊、ユキアの言葉だ。

 抗議の対象はそれぞれの精霊同士へと移り、双方がピリピリとした雰囲気になる。

 三回生はというと、四回生と一、二回生の間で板挟みの状況だったが、四回生と行動を共にしたこともあり、精霊も含めて、どちらかと言えば四回生よりの考えのようだった。


「ま、まあ、そんなに険悪にならなくてもいいじゃないか。四つ星の魔獣『炎虎』は倒せたし、誰も大怪我をしなかったんだ。俺だって、少し『聖獣化』のコツはつかめたような気がするし。確かに褒められたやり方じゃ無かったかもしれないけど、巫女達からすれば逆らえない、所長や教官の指示だったんだろう? 悪者になりたくなかったからやりたくなかったっていう言葉だって本心だろうしさ。俺たちは仲間で、戦って倒すべきは魔獣や妖魔。それでいいじゃないか。それより今日はもう休まないか? 皆疲れているだろう?」


 タクが、そう割って入った。

 この一戦での最も功労者にして、唯一の「聖獣化」を果たせるタクがそう言うのなら、皆、納得するしかない。


 それぞれ、わだかまりを残しながらも、宿へと帰っていく。

 ただ、リンは一言だけ、三、四回生の精霊達に告げた。


「あなたたちは、絶対に『聖獣化』できませんよ」と――。

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