第23話 呆然
翌日も、早朝から前日と同じ体制で山狩りを行った。
この日は午前中、どの班も「呪針盤」が反応することがなく、逆に不気味に思えるほどだった。
しかし午後、日が傾きかけたころに状況が一変する。
四回生の班から、「『炎虎』発見」の連絡が入ったのだ。
優奈達一回生を含む、全員に緊張が走った。
大まかな位置の指定があり、その付近まで進んでいくと「呪針盤」が強く反応した。強力な魔獣が付近に存在することを意味する。
現在、半径約二キロ以内に四つ星魔獣『炎虎』が存在する……。
一回生は、一度大熊の四つ星魔獣と遭遇し、その圧倒的なステータス差に為す術が無く、全滅を避けるために各個散り散りに逃げるしか手段がない状況にまで追い込まれた。
そのときは、優奈が半分ヤケになって突撃し、反撃を受けて急斜面を転がり落ちた。
大熊はその後を追いかけてきて、優奈を守ろうと必死になったタクが奇跡的に「聖獣化」を果たして、なんとかその大熊を倒すことができた。
しかし、タクは意識的に「聖獣化」できない。
その後の二回生との模擬戦でもそうだったが、優奈が追い詰められ、激しい怒りの感情を持たなければ聖獣化できないのだ。
それでも、四つ星ランクの魔獣を倒すのであれば、彼がいるのといないのであればその可能性に雲泥の差が出る。
優奈としては、複雑な心境だった。
自分が追い込まれなければ、タクは「聖獣化」できない。
しかし「聖獣化」したタクは、不老不死ではなくなり、魔獣との戦いで命を落とす可能性が出てしまう。
それが心配だし、申し訳ないと伝えると
「優奈だって、戦いで命を落とす可能性があるから心配だ」
と言われてしまう。
そんなタクのことを心から尊敬し、また、大切に、そして誇りに思う。
そう考えれば考えるほど、タクのことが心配になって……。
思いは堂々巡りだ。
ただ一つ言えることは、自分がもっと強くならなければいけない、ということだけだった。
『炎虎』が現在どこにいるのかは、「呪針盤」が指し示す方向を頼りに、「不老不死」の精霊が偵察を行う。
精霊は巫女達の周囲、半径50メートル、高さ10メートルほどまで離れることができる。
しかも空中を浮遊できるので、目一杯の高さまで上昇すると、周囲がよく見渡せるのだ。
とはいえ、この場所は山中で、草木が生い茂っているために、目視で『炎虎』の姿を見つけることができない。
最低でも突発的に出会うことを避けるように、各々が周囲を警戒していたそのとき、一キロほど風上の方角で爆発音が聞こえた。
「こちら四回生班、『炎虎』との戦闘を開始した! 応援を求める!」
かなり切迫した声が、「呪話器」を通して聞こえてきた。
ついに始まったか、と一、二回生合同班の面々は顔を見合わせ、頷き合って、爆発音が聞こえた方に向かって駆け出した。
現場には、既に三回生も到着しており、主に遠距離攻撃を用いた戦闘が繰り広げられていた。
スズメバチ型の精霊巫女、スズが強力な毒針を飛ばす。
それを嫌がって逃げる先に、モグラ型の精霊巫女、ランが仕掛けた落とし穴が存在し、炎虎がそこに落下。
さらにその下には、ハリネズミ型精霊のハリナが仕掛けた槍が複数本設置されており、炎虎にダメージを与える。
さらにタマムシ型精霊巫女のマリが虹色の攻撃呪術を繰り出し、炎虎のダメージを増幅させる。
そうして弱ったところで、ランが土系呪術を操り、『炎虎』を生き埋めにした。
一、二回生達は、三回生、四回生達の強さ、手際の良さに目を見張る。
そして四つ星の強敵、『炎虎』を見事打ち倒したと確信した。
しかしその直後、埋めたはずのその場所がかすかに動き、次いで火柱が立ち上がった光景に、三、四回達は苦虫を噛みつぶした様な表情を浮かべた。
火柱により土砂が大きく巻き上げられ、次いでそこから目を真っ赤にした巨大な虎が飛び出してきて、咆吼を上げた。
一、二回生はそれだけで、全員すくみ上がった。
-----
名前:炎虎
ランク:四つ星
状態:憤怒
生命力:6125 / 6550
呪力:955 / 1025
戦闘力:1335
呪術攻撃力:628
防御力:612
素早さ:301
備考:
特殊能力 咆吼、虎爪、虎牙、噛み砕き、突撃、炎吐息(ファイアブレス)、炎鎧、炎球
体内に魔石を宿す大きな虎。呪術により炎を操ることができる魔獣。
爪や牙による強力な物理攻撃はもちろん、呪力による炎属性の攻撃は中距離を攻撃範囲に収める。
短時間ながら人間の数倍の速度で移動することが可能であるため、標的として接近された場合、逃げ切ることは極めて困難。
通常の状態であれば少しでも攻撃を受けると逃亡する狡猾さも持つが、憤怒状態となった場合、我を忘れて非常に攻撃的になる。
-----
タクが、見えたままのステータスを契約巫女の優奈に告げる。
「……あれだけ攻撃をうけて、それだけしか生命力が減らないなんて……」
優奈は絶句する。
他の少女達も、同じような反応だった。
……と、そのとき、四回生の一人、トガリネズミ型精霊のトミが、
「散っ!」
と短く号令をかけた。
すると次の瞬間、三回生、四回生が一斉に炎虎から遠ざかるように、一斉に戦場から離脱した。
「えっ……」
後に残された一回生、二回生が、状況が飲み込めず、全員呆然となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます