第21話 四つ星魔獣討伐作戦

 ――南向藩の山中深くには、強烈な瘴気が発生する箇所があるという。

 瘴気は有毒で、通常、全ての生物がそこに近づくだけで気分が悪くなるために、本能的に避ける。

 しかし、様々な偶然が重なってその場所に立ち入り、出られなくなる場合がある。


 天敵に追われ、迷い込んで出られなくなったものや、足を滑らせて高所から落下し、ケガをしてその場で動けなくなってしまったもの。

 たいていの場合、その毒性に耐えきれず、苦しみながら死んでいく。

 しかし、希に体内に耐性を獲得し、瘴気を『魔石』という形でため込み、魔力に還元する生物が現れる。

 魔物や妖魔が発生するパターンの一つだ。


 しかし、通常は強い個体は敵に追い込まれることもないので、そのような場所に留まることがほとんど無い。

 ましてや、高度な知恵のある人間ならば近づくことすらあり得ない。

 より強力な個体に追い込まれてしまうか、あるいはより知恵のある人間に誘い込まれてしまわない限り――。


 南向藩西部、三橋地区の宿の一室で、藩の巫女十二人全員と四人の教官、巫女養成所長が集まり、今後の四つ星ランク妖魔、魔獣の討伐に向けた話し合いが行われていた。

 藩の対妖魔・魔獣専門部隊の全戦力だ。


 四つ星ランク妖魔二体というのはそれほどの脅威で、もはや災害レベルに近い。

 また、三つ星の強敵も、例年に比べてその発生数が異常に多いという。

 既に多くの被害が出ており、失われた狩人や藩の兵士の命も少なくない。

 なんとしても、ここで討伐を成功させねば、巫女養成所としても面目が立たない状況だった。


 以前から聞かされていた「虎」は、魔獣であり、日中でも活動を行っている。

 その固有名は『炎虎』、文字通り炎を操る。

 さすがに街中に出てくるようなことは無く、犠牲になっているのは山に入り込んで獣を狩ろうとする猟師と、精霊巫女が来る前にその正体を知らず対処しようとした藩の兵士だ。


 もう一体の四つ星妖魔は、人間型のそれは「妖魔」で、夜間にしか活動しないという。

 妖魔と言っても、肉体は持っているので、正確には「半妖魔」というところで、これから次第に肉体が朽ち果てていったとしても幽霊のような「陰の体」は残ってしまい、それは精霊巫女の攻撃か、特別な呪術が込められた武器、もしくは日光以外ではダメージを与えられなくなる。


 虎の魔獣は非常に攻撃的で、足も速く、明らかに人間を「食う」ために襲いかかる。

 そして自分を殺しに来た者に対しては、反撃をするものの、少しでも脅威を感じると逃げる狡猾さを持つ。

 人間型の固有名は『貫三郎』、同名の狩人が行方不明となっているとの情報を得ているので、この狩人のなれの果てだろうと認識されている。


 いずれも精霊がステータスで確認できる名称だ。

 そしてこの『貫三郎』の行動パターンが確定しておらず、精霊巫女の三回生、四回生も困惑しているという。


『炎虎』が巨大な体躯なのに対して、『貫三郎』はやや大柄な人間の男性、といったステータスで、見た目は化け物というほどではない。

 しかし、狩猟用の剣鉈をつかった攻撃力はすさまじく、『炎虎』の直接攻撃力を上回るという。

 狩人らしく、弓矢も使用する。放たれるのは鉄の矢で、岩を貫く威力を持つ。

 精霊巫女のように呪力で『具現化』しているらしく、ナツミの技に近いが、恐ろしく強力で、連射してくるらしい。


 ただし、今のところ積極的に自分から人間を襲うことはないらしい。

 なぜか牛や馬などの家畜を襲い、その怪力で連れ帰る。

 人が来れば、何もせず立ち去っていくこともある。

 ただし、自分を退治しに来た兵士や精霊巫女に対しては反撃を試みるという。


 ひょっとしたら、妖魔になりきれていない、人間の心を持ったままなのかもしれない。

 しかし、人が妖魔になってしまった以上、いずれは精神崩壊し、魔獣と変わらぬ本能だけで人を襲う存在となる。

 救済策はない。

 敢えて言えば、まだ人の心を持っているうちに討伐して、あの世に送ってやることだけだった。


 二体とも、神出鬼没。山中に籠もっている時間帯が多く、奥に入っていくほど瘴気が濃くなり、普通の人間には毒だ。

 そのため、巫女達には瘴気よけの護符が配られている。

 これには特殊な魔石が入っており、体内に吸い込んだ瘴気を浄化してくれる。


 また、強い魔獣・妖魔の存在を示す呪術道具、『呪針盤』も配られた。

 方位磁石のような小型の形状で、一定以上の強い魔獣や妖魔が存在する方向を指し示す。

 ただし、気をつけなければならないのは、ある程度 (目安としては半里、ニキロほど)接近しないと機能しないことと、その付近で一番強力な魔物を示すだけのものなので、必ずしも目的の敵を指し示すとは限らないことだ。


 とはいえ、三つ星以上の魔物にしか反応しないため、どちらにせよ倒さないといけない個体となる。 

 また、一度でも相手を目視で確認できていれば、『呪針盤』が指し示すその信頼性は格段に上がる。


 他にも、概ね三里 (十二キロ程度)以内であれば直接会話できる「呪話器」 (前世で言うところの「小型無線機」)や、緊急時に仲間を招集するための発煙筒 (色分けされている)も各班に一セットずつ渡された。


 精霊巫女同士の簡単な紹介もされた。

 三回生は、たまたまそういう巡り合わせだったのか昆虫型の精霊が集っている。


 カマキリ型精霊のカズマ、その契約精霊、キリ。

 鎌を用いた接近戦を得意とし、捕縛術も心得ている。

 また、その鎌をブーメランのように飛ばすこともできる。


 タマムシ型精霊のタマキ、その契約精霊:マリ。  

 変化自在の妖術使い。

 彼女が使う虹色の攻撃呪法は、使用する度にその敵の弱点を突く効果へと変化する。


 スズメバチ型精霊のスズナ、その契約精霊:スズ。

 強力な毒針を敵に突き刺す。

 毒その物を噴霧することもできる。


 四回生は、小型哺乳類の精霊が集っている。

 

 モグラ型精霊のアグリ、その契約精霊、ラン。

 土系の攻撃・間接呪法が得意。

 それを駆使して土中に隠れることも可能。

 

 ハリネズミ型精霊のリネン、その契約精霊、ハリナ。 

 強力なトゲを用いた防御、攻撃を行う。 

 身につけた甲冑から強固な槍を複数展開させる技は、攻防一体の秘技。

 

 トガリネズミ型精霊のトガミ、その契約精霊、トミ。

 接近戦において非常に攻撃的で、巨大なのこぎり状の刀二本を使用して敵を切り刻む。

 ステータス状の攻撃力は、オオカミの精霊巫女である優奈を大きく凌ぐ。


 精霊巫女は、その元となる精霊の性質の影響を受けるが、強さにはあまり関係ない。

 むしろ全ての生物が同じ大きさであったなら、という仮定を行った場合、昆虫や小動物の方が特別な能力を持つ場合がある。

 そしてやはり、戦闘経験の豊富さが強さに如実に表れており、一回生と四回生では、同じ系統でもステータスに五割以上の開きが存在することもあった。


 そんな歴戦の巫女達であっても、四つ星魔獣や妖魔には大苦戦しているのだ。

 作戦としては、四回生、三回生はそれぞれ個別に行動を行い、一回生、二回生は共に行動を行う。

 その三つを三班として考える。


 教官や所長は戦闘力で精霊巫女に劣るため、「呪話器」の通信が届く範囲にテントのような仮設本部を構えてそこで待機、指示する。

 なお、南向藩から派遣された上級の侍も、一部参加している。

 このような大がかりな体制で、四つ星魔獣・妖魔の討伐作戦が開始された。

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