第14話 特別な存在
その後、10分ほどして一人の女性が急斜面を擦り傷だらけになりながら降りてきた。
巫女達の教官である茜だった。
そして目の前の光景に息を飲んだ。
清らかな水が流れる沢の側で、巨大な熊の死体が転がっている。
あちこちに切り裂かれたような、食いちぎられたような傷が付き、特に首はほとんどちぎれていた。
そのすぐ側に、武装化を解いた巫女、優奈が倒れている。
完全に意識を失っているようだった。
彼女の契約精霊である、オオカミのぬいぐるみのようなタクが、彼女の名前を呼びながらフヨフヨと浮かんでいた。
「……タク様、優奈は、まだ生きていますか?」
諦めたように茜が訪ねる。
「生きてる! でも、生命力がほとんど残っていないんだ!」
その言葉を聞いて、茜は目を見開き、急いで優奈の側に駆け寄って、治癒呪法を使用した。
今まで、茜が治癒呪法を使えることを知らなかったタクは少し驚いたが、元精霊巫女は能力のいくつかを残しているといことを思い出し、そして優奈の生命力がわずかに回復していることに安堵した。
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名前:優奈
年齢:十五歳
職業:精霊巫女
契約精霊:タク
状態:気絶
生命力:28 / 110
呪力 : 2 / 250
戦闘力:20
素早さ:36
装備:
巫女服 (ノーマル)
備考:
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各種ステータスの最大値が減少しているのは、呪力の減少により戦闘形態が解除されたためだ。
気絶した状態で武装化を維持し続けたことに加え、タクが『ある特別な状態』になったため、呪力がほぼ尽きていた。
茜の『気付け』の呪法により、優奈は目を覚ました。
「……茜先生……あれ? 私……生きてる……」
「生きてる、じゃありません! 無茶して……この状況、何があったの?」
「えっと……すみません、はっきりとは覚えていないのです。気がつくと、この場所で倒れていて……あの大きな熊の魔獣と、別の大きな生き物が戦っていたような気が……するのですか……」
ほとんど気を失っていた優奈。
夢の中では、自分を守って戦ってくれていたのはタクだと確信していたのだが、意識がはっきりした今となっては自信が持てないでいた。
「タク様、いかがだったでしょうか?」
茜が、ずっと優奈の側にいたはずの精霊のタクにそう尋ねた。
「いや、それが……俺もちょっと自分の記憶が怪しいんです。なんかヤケになって、自分で戦ったような気がするんですけど……はっきり覚えていません」
「えっ……タク様も、覚えていない? 自分で戦われた……」
そう呟いて、倒れている巨熊がズタボロになっていることを再確認し、目を見開く。
「まさか……」
何かの可能性に気づいたようだったが、それを口には出さず、この魔獣が完全に死んでいることをタクに確認してもらってから、持っていた呼子 (笛の一種)を吹いた。
その音色、リズムはその場が安全であること、そして集合を促すものだった。
そこからさらに十分ほど経過して、ナツミとその契約精霊のリン、ハルカと契約精霊のユキアが降りてきた。
彼女達も、あの四つ星ランクの凶暴な魔獣が死んでいることに驚いたが、それ以上に優奈が生きていることに目を見開き、抱きついて涙を流した。
「優奈さん……絶対死んじゃったって思ってました……それどころか倒しちゃうなんて、奇跡ですっ凄いですっ!」
「本当に、どこまで凄いんだ……もう言葉が見つからないよ……」
ハルカ、ナツミは優奈のことをそう絶賛したが、優奈自身はその言葉に戸惑った。
「あの……生きているのは私も奇跡だって思うけど、倒してはいないから……」
「えっ……優奈さんが倒したんじゃないんですか? じゃあ、一体誰が……」
ハルカが不思議そうに、周囲を見渡す。
しかし、他に精霊巫女はもちろん、狩人の姿もない。
「それについて、確認したいことがあります……リン様、ユキア様……タク様の状態を確認していただいて良いでしょうか?」
「えっ、タク殿の……はい、構いませんけど……」
フヨフヨと浮かぶキツネの精霊、リンがそう答えてタクのステータスを見る。
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名前:タク (モデル:オオカミ)
状態:精霊体
契約巫女名:優奈
備考:契約巫女を守ろうと激高したとき、その状態が不安定となる
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最後に奇妙な一文が追加されていることに首をかしげながら、ある可能性に気づき、あっと声を上げる。
「形態が不安定って、どういうこと?」
無邪気な竜のユキアがリンに尋ねる。
「……いえ、迂闊なことは言えません。いずれにせよ、凄く幸運だったということだけは言えると思いますよ」
リンは僅かに微笑んだ。
幸運。
確かに、四つ星魔獣の突然の出現、全滅すらあり得た状況で、精霊巫女全員が引き残ったのは幸運と言えるかもしれない。
特に優奈に関しては、大熊の魔獣に吹き飛ばされ、急斜面を転がり落ち、その後をさらに魔獣に追われたことで、生存は絶望的だった。
しかし、なぜかその四つ星魔獣は死んでおり、優奈も助かった。
とはいえ、ここまで案内してくれた狩人の弥彦が大怪我を負ってしまったという事実に変わりは無い。
幸い、初期治療が奏功し、彼は一命を取り留め、大きな後遺症も残らないと言うことだったが、全員、心からの笑顔を浮かべることはできなかった。
その後、四つ星魔獣の出現と、その討伐に巫女養成所の一回生が成功したということは、驚愕を持って二回生とその引率教官、三回生・四回生の四つ星魔獣討伐組と同行している教官、所長、さらには南向藩主にまで知らされた。
その報告内容は、
「三つ星魔獣、通称『ヤマアラシ』の討伐に成功した直後に、さらに強力な四つ星魔獣が出現し、民間人一名が大怪我を負った。その四つ星魔獣は精霊巫女の一人と共に崖から転落し、幸運にも巫女は生き残って四つ星魔獣の方が死亡した」
という内容だった。
これについては暫定的に審議され、民間人から依頼されていたのは三つ星魔獣『ヤマアラシ』討伐だったので成功しており、直後の四つ星魔獣の大熊にその民間人が襲われたことについては別案件であるため、巫女達および教官に責任はないとされた。
とはいえ、巫女達、特にまだ13歳のハルカが心に受けた傷は大きかった。
目の前に血まみれの弥彦が落ちてきたこと、優奈が魔獣の攻撃で吹き飛ばされ、転げ落ちていったこと……。
彼女の契約精霊が、明るく無邪気な性格のユキアだったことは幸いだった。
ハルカは普通に訓練に戻れるまで一週間かかったが、なんとか元気を取り戻したのだった。
その間、タクとリンは話をしていた。
精霊は、「リセット」と呼ばれる、この世界での自分の記憶を全て消して「チュートリアル」前の状態に戻ることができるということ。
一体、何に使うのだろうと思ったのだが、ほとんどの場合、
「契約している巫女が戦いの最中に死んでしまったとき、その悲しみに耐えられずにリセットする」
のだという。
確かに、それは理解できる考えだ。
もし、あのとき、優奈が死んでしまっていたら……俺も同じ事をしてしまっていたかもしれない。
そもそも、精霊などという存在が理不尽だ。
自分たちは不老不死かもしれないが、その身代わりにまだ十代の少女達を命がけで戦わせるというのだから。
それでいて、できることと言えば、せいぜい敵の位置やステータスを知らせるか、彼女達が落ち込んだときに、その可愛らしい見た目で癒してあげることぐらいしかできない。
自分達は転生までして、一体何のために存在しているというのだろうか……。
タクが自嘲気味にそう話したとき、リンは、真剣な表情でこう問いかけた。
「タク殿……ひょっとして貴方はあのとき、自分の身を犠牲にしてでも、優奈ちゃんを助けようと考えたのではありませんか?」
「あのときというのは……四つ星の魔獣に襲われ、優奈が気絶していたときですか? ……そうですね、そういう風に考えていたかもしれません」
「でしたら……ひょっとしたら、貴方は精霊の中でも、『特別な』存在になりかけているのかもしれません」
「特別?」
「そうです。でもそれは、私の口からは言わないでおきます……下手に知ってしまうと、かえって発動のハードルを上げてしまうかもしれませんし、その特別な存在になること自体が、必ずしも幸せとはかぎりませんからね」
タクは、リンのその意味深な発言に困惑していた。
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