スタンド・ラブ・ミサイル

鬼頭星之衛

第1話


 寒気がした。

 冬の早朝の冷えからくる寒気とも思ったが、もっと別のなにかであると俺の第六感が働いている。

 まさかこんな朝早くから待っている訳ないと思いつつ、玄関のドアノブに手をかけるのを躊躇う。

 しかし、ここでうだうだしていたら折角早起きした意味がない。

 半ば諦めの心構えでドアノブへ手をかけようとした時だ。


「待ってよー、お兄ちゃん!なんでこんな朝早くから学校行くのよ!」


 憂うべきは前門の虎ではなかったようだ。

 後門にはすでに狼がいた。

 

「わたしも行くからちょっと待ってよ!」


 そう言いながらすでに俺の隣に立っているのは妹の美紀だ。

 もちろん義理妹だ。

 兄妹の9割は義理で血が繋がっていないのが世の中の常識だ。

 今この瞬間を他人が見ると兄である俺を慕っているかのように振る舞っている健気な妹に見えるが、この間まで思春期特有の恥ずかしさから一緒に出歩くのを嫌がっていた。

 それに連れて、段々と家の中での会話も減っていった。

 義理であることもあり、俺は致し方ない事だと割り切っていたが、急に距離を詰めてくる思春期の女の子の行動が理解出来ん。

 隣に立っていると小学生の頃に戻ったような懐かしさを感じるが、釈然としない気持ちも混在している。

 まあ、兄妹で登校するのは差して特別なことではないはずなので、拒絶したりはしない。

 美紀に気を取られ、何気なしにドアノブを回して一緒に外に出たが、俺が感じた寒気は一つではなかったようだ。


「おはよう、将也。今日も寒いね………」


 毛糸の手袋を擦り合わせて白い息を吐いているのは向いの家に住む立花明日香だ。

 何故こんな朝早くから俺の家の前にいるのだろうか。

 特に待ち合わせの約束をしたわけでもないのに。

 頬から耳の先まで紅く染めた明日香とは幼稚園の頃からの知り合いで、所謂幼馴染だ。

 小学校にあがり、親の再婚で一緒になった美紀と三人でよく仲良く遊んだものだ。

 しかし、それも時が経つと次第に疎遠になった。

 同じ高校に通ってはいるものの、一緒に登校したことなど一度としてなかった。

 まあ、疎遠になる理由などいくらでもある。

 特定の男子と親しくしていると周りからからかわれたりとか、単純に会話の内容やテンポが合わなくなったとか、それこそはっきりとした理由なんてないのかもしれない。

 それを寂しいと思いながらも、仕方ないと片付けていた。

 だから、再び明日香が親しげに話しかけてきたことに驚きを感じた。

 今までのことなんて気にしないで昔のように振る舞えばいいが、どうもぎこちなくなる。

 明確な理由は説明できないが、明日香の距離の詰め方に戸惑っている。

 明日香はどうかは知らないが、俺は少なからず心のバリアみたいなものを感じた。

 だから、まあ、無理に話しかけてなかったわけだが、その本人が無遠慮に距離を詰めてくるのはなんとも皮肉である。


「おはよう、明日香姉………」


「おはよう、美紀ちゃん………」


 美紀と明日香と疎遠になったことでこの二人が会話している姿も久しぶりに見たが、何かぎこちない気がする。

 俺のことなんて無視して女の子同士で仲良くしてくれてもいいのに、とは思うが無理に仲良くする必要もないか。

 早い通学路を歩き出した俺たちだったが、妙に明日香と美紀が俺に話しかけてくる。

 内容は大したものではない。

 先週の授業の内容だったり、勉強法だったりと俺でも受け答えできる内容まではよかったが、駅前の新しくできたケーキ屋さんのタルトが美味しいとか、今流行りのアイドルや歌手の話はあまりついていけない。

 そういう話は女の子同士でやってくれないか。


「じゃ、美紀はここまでだな」


 電車通学の俺と明日香とは違って、まだ中学生の美紀は地元の公立に通っている。

 駅方面と中学校方面は家から約一キロ付近で真逆になる。

 時間のかかる俺と明日香ですらこの時間に行けば高校には早く着きすぎる。

 なら、もっと近い美紀は学校で何する気だ………


「うーん、勉強しようかな。来年お兄ちゃんの高校受けるつもりだし」


 そんな話は初耳だ。

 父さんからも義母さんからも聞いていない。

 あの二人はこの話を知っているのか。


「じゃね、お兄ちゃん!明日香姉、お兄ちゃんをしっかり見張っててよ」


「任せなさい。あなたは何も心配要らないわ、フフフ………」


 後半の会話内容がよく理解できなかったが、禄でもないことは何となく予想できる。

 美紀と別れた俺と明日香は電車に乗り、高校の校門付近まで来た。

 その間も明日香は無限コンテニューできるマシンガンのように喋り続けた。

 女性はおしゃべり好きとは聞くが、昔の明日香はここまでおしゃべりじゃなかった。

 俺が知らない間に変わったな、とついつい感慨に耽ってしまった。


「おはよう、高居君」


「おはようございます。長谷川先輩」


 登校の挨拶を朝早くから行なっている生徒会へ挨拶した。

 その中でも生徒会長の長谷川先輩へ歩み寄り、横に並んだ。


「今日から高居君も参加してくれるのね」


「はい、宜しくお願いします」


 最近仲良くなった長谷川先輩と一緒にいる時間が今の楽しみだったりする。

 同じ学校とはいえ、学年が違う先輩と接点なんてなかったが、ひょんなことから知り合いになった。

 しかも先輩は生徒会長をしているだけじゃなく、常にみんなからの注目の的になっていて、まあ、何と言うか、近寄り難い雰囲気がある。

 それもイメージが先行しただけで、実際はけっこう可愛い部分があったりする。


「今日もばっちり髪型決めてるわね。いやだったら無理にしてくていいのよ。兄さん妙に高居君を気に入っているみたいで、断りづらいでしょ?」


「いえ、そんなことないですよ。僕も龍さんといると楽しいですし、自分の知らなかったことが一杯知れて、寧ろ、大歓迎ですよ」


 俺の興奮気味の力説に長谷川先輩は手で口を押さえながら小さく笑った。

 先輩と過ごすのが楽しいのは彼女のお兄さんにも関係している。

 ありきたりな話だが、知り合うきっかけになったのが先輩を質の悪いナンパから助け出そうとしたからだ。

 しかし、まあ、そう上手くナンパ野郎どもを撃退できるはずもなく、簡単に返り討ちにあったわけだが、そこに先輩と待ち合わせをしていたお兄さんである龍さんが登場して見事ナンパ野郎どもを追い払ってくれたわけだ。

 俺としてはなんとも情けない話だが、龍さんは俺の行動を褒めてくれて、それ以来度々遊びに誘われるようになった。

 龍さんが教えてくれることは刺激が一杯で、自分の中の新しい世界が広がった感じがした。

 嘘とかお世辞ではなく、本心から長谷川先輩のお兄さんといて楽しいのだ。


「そう、なら良かった。それに、その髪もよく似合ってると思うし………」


 たまに恥じらう仕草を見せる先輩も可愛いし、今は何をしても楽しい気分だ、こんな早朝の挨拶運動も全然苦にならない。

 先に行くね、と明日香の声が聞こえた気がしたが、ちゃんと返事したか覚えてないぐらい、俺は先輩との会話に夢中になった。

 そこから予鈴の15分前まで挨拶運動を行ない、それぞれの教室に向かった。

 挨拶中は余計な私語はできないが、それを差し引いても全然苦にならなかった。

 俺はそのまま午前中の授業を終えて、昼食を取るべくいつもの集合場所へ向かった。


「よっ!最近やけに楽しそうだな」


「おう、ヤマダイ!聞いてくれよ。今朝も先輩がさぁ………」


 こいつは中学校からの親友で山田大介、だからヤマダイ。

 同じ高校だが、クラスが違う為、わざわざ機会を設けないと会うことがない。

 その為、昼飯は一緒に食おうと約束し、毎日のように会っている。

 お互い他愛も無い話を続けていたが、ヤマダイが急に気になることを言い出した。


「そういえば、将也。お前最近、立花と一緒にいること増えたよな?仲直りでもしたのか?」


「仲直りってなんのことだ?別に俺たちは喧嘩していたわけじゃないぞ。自然に疎遠になっただけだ」


「そうか、俺はてっきり何かきっかけで疎遠になったものだと思っていたから………」


 ヤマダイも同じ中学出身なので明日香のことは知っているが、ヤマダイと仲良くなった頃には明日香とは既に距離ができており、二人はあまりお互いを認識はないはずだ。


「でも、なんで急に距離を詰めてきたのかは俺も気になるけど、正直ちょっと迷惑している………」


「はは、お前今は長谷川先輩にお熱だもんな。羨ましいぜ、あんな美人と知り合いになれて」


「美人だけじゃないだよ。可愛い一面もあって!それにお兄さんが………」


「はいはい、お前の語りを聞いてたら日が暮れちまうよ。それより、学校で変な噂が流れてるんだよ、お前関連で」


 俺関連での噂………

 あまり心当たりはないが、あるとすれば先輩とのことか。

 数多の告白を断ってきた長谷川先輩が後輩の男子と親しくしてたら噂ぐらいたつか。


「なんでもお前と立花が親公認の許嫁だって噂だ」


「………」


 寝耳に水だ。

 予想していたものの斜め上をいかれた。


「はあ?なんでそんな噂が流れてるんだよ!あいつとなんてここ最近までまともの話したこともなかったのに」


 許嫁って時代錯誤も甚だしいだろ。

 親は昔そんなことを冗談で言っていたような気もするが、誰がそれを本気にするんだよ。

 当然、俺も明日香も本気にしなかった。

 大きくなったら結婚しようねって幼い頃にどちらかが言った気がするが、それはノーカウントだろ。


「煙のないところに火は立たないって言うし、こんなの本人が否定すればすぐに消えるぐらいの他愛もない噂だと思うけど、女子って恋愛関係の噂って好きだろ?お前が噂の発端じゃなければ、もう一人の当人である立花がはっきり否定しないとずっと低空飛行で漂ってそうだぞ?」


「まあ、そうかもしれんが、別に実害がなければ必死に火消しする必要もないだろ?ほっとこうぜ」


 必死に否定すると逆に怪しいってなりそうだし。


「将也がそう言うなら俺はいいけど………ただ、俺の邪推かもしれんが、最近の立花の心変わりには心当たりがある」


「ん?気になる気になる!」


「お前って最近見た目変わっただろ?髪型変えて、毎日セットして。俺のクラスの女子が噂するぐらい今のお前は学校の女子から注目の的になっているんだよ」


「おう!そうなんだよ!今度また龍さんと一緒に服を見に行く予定があって、その時に新作のワックスを………」


「だ・か・ら!お前の語りを聞いてたら昼休み終わるっての!それで、お前と疎遠になったことを勿体なく思ったんじゃないかって」


「ん?誰が?」


「た・ち・ば・な!立花明日香だよ。逃した魚は大きかった的な?」


「はっ!それは完全に邪推だろ。ただ、それが本当だったらいい迷惑だよ。折角先輩と楽しくやってるところなのに」


 そうそれはただの噂好きが考えそうな単なる妄想であり、現実はそうそうみんなが興味をそそるような面白い展開にはならない。

 そうは思うものの、今朝の明日香と美紀の妙な行動を考えれば一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 教室前でヤマダイ別れた後、午後の授業までの空き時間で、少し明日香と距離を置いたほうがいいと考え、それはあながち間違いじゃなかったと後に知ることになった。

 

 


 

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