05

 背中をさすられた心地がした。追憶に浸っていたコトノハが、その感触に驚いて隣を見ると、ソウヨウがそっと、彼女の身体へと手を伸ばしていた。


「コトノハに、見せたいものがあるんだ」

「わたしに、見せたいもの……?」

「そう」


 ソウヨウは頷いて、衣服のポケットから何かを取り出した。コトノハは涙を拭いながら、それが何であるかを、確かめようとした。


 それは、一つのネックレスだった。


 透明な球体の中に、はらはらと白い粒が舞っている。そんな小さいスノードームのような飾りが、金色の紐につり下げられていた。


 ソウヨウは、コトノハの首に手を伸ばした。目を閉じたコトノハから残酷なネックレスを外して、代わりに印象的な白さをしたネックレスを、優しく付けた。コトノハが、おずおずと目を開く。ソウヨウは微笑んでいた。


「もう一度、眠れるか?」


 その問いに、コトノハは少しの間何も答えないで、それから口を開いた。


「……貴方が、隣にいてくれるのなら」

「勿論、側にいるよ」


 ソウヨウは、力強く言い切った。そんな彼の言葉に安心して、コトノハはまた自身の身体を横たえて、段々と目を閉じた。


 暗闇が少しだけ怖かったから、彼の方へと手を伸ばす。少しして包まれた温もりに、些細な恐怖感も、水に溶けてゆくように消えていった。




 そこには、四人の家族がいる。父親、母親、兄、妹――彼らは、机を囲むように着席している。妹の前には大きなホールケーキが置かれていて、その上には五本のろうそくが灯っている。


 ――お誕生日おめでとう!

 ――ありがとう、おとうさん、おかあさん、おにいちゃん!

 ――ついに五歳かあ。大きくなったなあ。

 ――うん、あたし、おおきくなった!

 ――私とお父さんから、プレゼントもあるわよ。はい、どうぞ!

 ――わあ……ほしかったおにんぎょうさん! やったあ!

 ――ぼくからも、これ!

 ――わあ、かわいい! いるかさん!

 ――これ、キーホルダーなんだよ! かばんとかにつけてね!

 ――うん、つけるー!


 妹は本当に嬉しそうに顔を綻ばせながら、人形とイルカのキーホルダーを、ぎゅっと抱きしめた。そんな彼女の姿に、両親と兄も幸せそうにしている。


 そんな彼等の姿を、コトノハはほのかに呆然とした様子で、眺めている。




 少年と少女が、並んで歩いている。高校の制服に身を包んだ二人は、夕暮れの色に浸った町の中を、談笑しながら進んでゆく。


 ――そういえば、さ。

 ――ん、どうかした?

 ――俺、お前にずっと、言いたかったことがあるんだよ。

 ――え、どうしたの? 急に改まって、らしくないじゃん。

 ――あはは、確かにな。……お前はさ、誰に対しても優しいし、明るく接するし、本当にすごいと思ってる。尊敬してるんだよ。

 ――えええ、ほんとにどうしちゃったの? まあ、嬉しいけど。というか、それを言うなら、私もあんたのことすごいと思ってるよ!

 ――え、まじ? どの辺が?

 ――どんなことにも、一所懸命なところ。部活も勉強も真面目にやってるあんたは、ほんとにすごいよ。かっこいいよ!

 ――うわあ、まじか、嬉しい。ありがとう。……あのさ、

 ――何?

 ――俺、お前のことがずっと、好きだった。……付き合ってほしい。

 ――え……そ、そうだったの?

 ――うん。

 ――ま、まじかあ。……ええとね、実は私も、あんたのこと、好きなんだ。

 ――まじ!?

 ――あはは、まじだよ。気付かなかったの?

 ――うん、全然。

 ――もう、鈍感だなあ、ほんとに……


 二人は笑い合う。それから、どちらからともなく、唇を重ね合わせる。


 コトノハは少しずつ、気が付いていく。


 ああ、もしかして、この世界は……

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