03

 今日はどの道を歩こうかと思う。どの道を歩いても、そこに温かな光は存在しない。コトノハがあのネックレスに閉じ込めているのは、暗い光、ただそれだけなのだから。




 ――どうしてまた、こんな点数を取ったの?

 ――何でもっと勉強しないの?

 ――いつも言ってるじゃない、あなたは偏差値の高い学校に入らなくちゃいけないの。

 ――そうした方が、絶対幸せになれるの。

 ――お母さんは沢山失敗してきたからわかるの。

 ――あなたはお母さんの言うことだけ聞いていればいいの。

 ――どうして泣くのよ。

 ――泣きたいのはこっちよ、全国模試の結果もよくなかったじゃない、こんな調子じゃあの学校には受からないわよ。

 ――お母さんがどのくらいあなたにお金をかけてきたかわからないの?

 ――どのくらいあなたに期待しているかわからないの?

 ――わからないんでしょう?

 ――馬鹿なのよ、あなたは。

 ――どうしようもなく馬鹿なのよ。

 ――だから……泣くのをやめろって言ってるでしょ!

 ――ふざけるのもいい加減にしなさいよ!


 小さな部屋で娘は涙を流して、母親は顔を真っ赤にしながら、何度も罵声を浴びせた。山積みにされた参考書の側で、芯の折れたシャープペンシルが寂しそうに転がっていた。


 コトノハは思う。


 子どものことを操り人形にする親は、結局のところ、自らの自尊心を満たしたいだけなのでしょうね……




 ――こんな夜遅くまでどこに行ってたんだ。

 ――うるせえな、こんなときだけ父親面するんじゃねえよ!

 ――その口の聞き方は何だ!

 ――黙れよ、うぜえから話しかけてくんな!

 ――うざいとは何だ! 私はお前のことを心配しているんだ。

 ――あのなあ、心配とかされてもだりいだけなんだよ。

 ――大体、その髪は何だ。校則違反じゃないのか。

 ――校則とか知らねえよ! もうさあ、どうでもいいだろ、こんな社会。あんだけ善良だった母さんが殺される社会で正しく生きる必要とか、ねえだろ。……何とか言えよ。何で母さんは死んだんだよ。何でだよ!

 ――不幸な、事件だよ……

 ――お前、ほんとに屑だな。悲しくねえのかよ。……お前が殺されれば、よかったのに。


 金色の髪をした息子はそう吐き捨てて、居間を去ってゆく。残された父親は、写真の中で笑顔を浮かべている母親を見つめて、ぽつりと彼女の名前を呟いた。


 コトノハにだけは、見えている。


 一人の女性が、泣きながらその一部始終を見守って、嗚咽を漏らしている姿が。




 ――死ね

 ――学校来んな

 ――男好き

 ――ビッチ

 ――死ね

 ――消えろ

 ――キモい

 ――クソ女

 ――死ね


 机の上に書かれた罵詈雑言を、少女は瞳に涙をいっぱいに溜めながら、必死に濡れた雑巾で拭いている。その様子を見ながら、何人かの少女がくすくすと笑って、悪口を言っている。教室の中には気味の悪い雰囲気が漂っている。加害する者たち、そしてそれを傍観する者たち。


 コトノハは不快そうに、唇を噛んだ。


 桜色の皮膚が破れて、赤い血がとろりと溢れた。

 鉄の味が、した。




 ――あのさあ、何回ミスすれば気が済むの?

 ――お前のミスで、どんだけ会社に不利益が出てるかわかる?

 ――ほんとに給料泥棒だよね。

 ――さっきからすみません、すみません、って、それしか言えねえのかよ。

 ――お前がいるから、こんなに空気悪くなるんだよ。

 ――やる気ないなら帰ってくれる?

 ――ほんとに目障りなんだよ。

 ――お前みたいな奴と暮らしてる奥さんも子どもも、可哀想だわ。

 ――どうせお前なんて、皆から嫌われてるよ。


 上司はそう言って、下卑た笑いを浮かべる。部下は俯きながら、懸命に頷いている。


 コトノハは問う。


 どうして人を傷付けることで、そんなにも楽しそうに笑えるのでしょうね?




 暗い光が存在する数だけ、言葉に殺された人間がいる。閉じ込められた光は新たな光を呼び寄せ、この世界は際限なく広がり続けるようになった。全てを見つめなくてはならないと、コトノハは思う。それが使命だから、……使命だから。

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