2 UFOくんとか宇宙人くんとか

 きのうの午後のことだった。

「宇宙人でも紹介してくれるんじゃないのか」

 喫煙室の壁にもたれて電子たばこをくゆらせながら、五十嵐事務次官はえくぼを浮かべて唐木田にいった。このえくぼがかわいいと、銀座界隈ではけっこう評判になっていると、本人は本気で信じている。おめでたいことに。

 なんの話か唐木田にはわからなかった。「なんです、それ?」

「知らんのか、きみは?」

 同期といえど、出世コースの一歩先をいかれてしまえば、このくらいの口のききかたに目くじらを立てるわけにもいかなかった。「あすこ、地味なUFO伝説があるんだよ」

「へえ。そうなんですか」

 ここで五十嵐がスマートフォンを出してすぐポケットに引っこめたのは、たとえ同期が相手でも、検索すればすぐわかるていどのことを教えるだけのために自分の手をわずらわせるなんて、一歩抜きん出たキャリアのやることじゃないと思いなおしたからにちがいなかった。「だいぶまえのことだけどな、光る物体があのあたりに落ちたのを、住人たちが見たんだってさ」

 唐木田は慎重にくりかえした。「へえ。そうなんですか」

 からかわれているのはわかっていた。

「あのじじい、その話でひともうけしたいんじゃないのか。ほら、米国のなんとかエリア5〇なんとかってあれ、すっかり観光地化してTシャツとかまんじゅうとか売ってるらしいっていうじゃん」

 アメリカの観光みやげにまんじゅうはない。なんて突っこむ気にもなれず、唐木田は同じことをくりかえすだけだった。「へえ。そうなんですか」

 こともなげに五十嵐はつづけた。「いってこいよ、そんな地元の議員なんかにまかせないでさ。UFOくんとか宇宙人くんとか、妙なゆるキャラ作られてキャンペーンやられてもやっかいだしな。あしたにでもおまえがちょくせつあきらめさせてくればいいよ。な?」

 ほかに返す言葉を思いつけなかった。「へえ。そうなんですか」

 あとで自分で調べてみた。興味本位のくだらないオカルト系のネット記事によると、それは一九五二年のこととされていた。村の上空(当時はまだそれなりに住人がいたのだ)を、赤く光るなにかがとおりすぎた。村の住人たちはすっかりそれを地球外の知的生命体が乗りまわすなにかだと信じた。おめでたいことに。

 さっそくかれらは光る物体が消えたあたりに探索に出かけ、そこでなにやら身の丈が三メートルはありそうな大きなもの――なにを見まちがえたにしろ、いうまでもなく住人たちは、山奥の無学な農民らしくそれを宇宙人だと信じこんだ――を目撃した。とにかく、まあ、そんなような話だった。

 唐木田にいわせれば、そんなものはどうせ航空機かヘリコプターあたりにちがいなかった。山奥の無学な農民なら、航空機なんて見たことがないばかりか、そんなものがあることじたいを知らなかったとしても不思議はない。なにしろ前世紀の五〇年代といえば、パソコンやスマートフォンはもちろん、インターネットすら存在しないおおむかしなんだから。

 森のなかの巨大宇宙人だって、送電鉄塔がそんなふうに見えたとか、どうせそんなところだろう。スペード型の透明なヘルメットとか、ぎょろ目でまっ赤な顔とか、不気味な鉤爪とかは、あれが宇宙人だったとまわりを信じさせるために(なにより目撃した本人たちが、自分自身を信じさせるために)、あとづけで思いついたいかにもなディティールでしかない。

 そんな半世紀いじょうもむかしの安っぽい怪談話をネタに、テーマパークでも誘致させられれば、政府も考えを変えるかもしれないなんて、いかにも無学な田舎の年寄りが思いつきそうな浅知恵だった。


〈つづく〉

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