礼儀作法
一戦目の試合が終わり私は自分の位置に戻って正座をする・・
私はそっと
そして
面タオルを頭から外して・・それを折り畳んで面の中に
試合の後のこの作法は 呼吸を整え 気持ちを収めながら美しく行う。
それが剣道の
その時・・私の斜め後ろに人が座った気配がした。
「浜崎君。いや~ さっきの返し面はきれいに決まったねえ。決まった瞬間、オー!!と歓声が起こったよ。見事だった。」
私の剣道を指導してくれる工藤先生だ。
「ありがとうございます。」
「次もがんばれよ!」と先生は肩をたたいてくれたのだが、一戦二戦と勝ち上がったものの 三戦目で対戦相手に先に二本取られ 敗退してしまった。三戦目を勝ち上がれば準決勝に進めたのだが・・とても残念だ。
試合場を出た所で工藤先生が待っていた。
「今日は準決勝まで進むと思っていたのだが、対戦相手の京本は強かったねえ。」
「男みたいな強引な剣道で なんか嚙み合いませんでした。」
社会人剣道では5段ぐらいの指導者を先生と呼ぶ。工藤先生は初段のの頃から指導して頂いている50代の方で同じ警視庁の職員だ。
「車で来ているから、送って行こうか?そうだ、昼ご飯がまだなんだろう?何か食べに行かないか。」
「あ、それじゃあ先生・・ちょっと待っていただけます?シャワールームでシャワーして来ますから。」
「じゃあ、防具と竹刀を預かろうか、私が持っていくよ。車で待っているからね。」
私は急いでシャワーをして駐車場に急ぐ。
何処だろう・・
きょろきょろ見回していると プッとクラクションの音がする。
私が音のした方向を見ると 工藤先生が手を振っている。
「すみません、お待たせしました。」
「ああ、大丈夫だから。」
「試合の後は腹が減るだろう?」
「ええ、ペコペコですう。」
「もう少し行くとね・・ほら、駐車場が空いてるだろ、あの店・・」
工藤先生はゆっくりハンドルを回し車を駐車場に止める。
その店は和食専門の店でメニューも豊富だった。
「うな重が食べたいけど、あ~高いですね・・」
「食べなさいよ。私がご馳走するから。」
「いや、それはダメですよ。」
「いやいや、ご馳走させて欲しいんだよ。今日は私に払わせて。ね!」
「そうですかあ・・それではそうさせて頂きます。」
「今日は京本選手と剣道が嚙み合わなかったようだけど、もう少し動きが噛み合うと君が勝つと思うよ。」
「そうでしょうか。京本さんは力が強いですから・・」
「彼女の剣道は強引だからね、あの動きを止めなきゃあ。強引に出て来るところを突きで決めるんだ。そうすると相手が慎重になって動きが噛み合うよ。そうなれば君の
なるほど・・私の得意技が使えるのなら勝てるかも知れない。
「普段は1人で食事をしているからね・・今日は浜崎君と一緒だからご飯が美味しいよ。」
「先生には奥様がいらっしゃるでしょう? どうしてお一人なんですか?」
「お一人って分けでも無いんだけどね・・って言うか、やっぱりいお一人様かあ。」
「え?どういう事?」
「妻に追い出されて 今はアパートで独り暮らしなんだ。」
「先生が追い出されて?まさか。」
「実は不倫がばれて、追い出されたんだ。妻は大学で心理学の教授をしていてね・・こ・れ・が・気が強いんだ。 離婚の話は出て無いから いずれは帰っても良いのだろうけど。こちらからは言い出せないじゃあ無いか。」
「言えば良いじゃあ無いですか、帰らせてくれって。でも先生が不倫だなんてイメージ狂っちゃいます。」
「いやいや・・私は妻を愛してるんだ。ところがその子に会うと その子が可愛くってね その子が一番好きって気持ちになるんだよね。 でも、家に帰るとやっぱり妻が一番好きだと思うんだ。いい年をして困ったもんさ。いや、私が間違っているのは解るんだ・・しかし正直なところ、どちらも好きなんだから しょうが無いじゃあないか。」
「あ、先生・・私もそれは解ります。二人とも好きって事ありますよね。」
「何! 浜崎君も不倫してるの?」
「あ、でも・・もう止めました。」
「止めても好きなんじゃあない?」
「そうなんですよ・・止めても、自分を騙しているような感じで。もやもやしているんですよ。」
「それ!それなんだよ。もやもやしてすっきりしないんだ。結局どっちも好きだからね・・」
「でも奥様を傷つけちゃあ駄目ですよ!・・私も彼を傷つけたくなくてやめたんです。」
「妻が言うにはね、私の頭の中にコンピューターが二つ有ると言うんだ。一つは妻を愛していて、もう一つは愛人を愛してるんだって。妻は心理学者だからね。二つのコンピューターを統合しないと、色んなものが二つ存在して苦しい事になるのだそうなんだ。つまり私はまだ 50をまわった子供なんだと・・」
「PCが二つかあ・・でも先生は奥様とそう言う話が出来るんですよね。それじゃあ大丈夫ですよ。先生の奥様って教授なんですね・・」
◇ ◇
私が友田さんを好きなのは 彼がイケメンだとかキムタクモドキだからと言うでは無い。
彼は権力に忖度せず弱きを守ろうとする人なのだ。今時そんな男は居ない・・
そんな彼の生き方がが私を魅了するのだ。
今や日本中が権力に忖度し、逆に弱い者には弱さに付け込んで利益を吸い上げる。そんな風潮が全国に蔓延している中、彼と彼の部下たちは世間と真逆の活動をしているのだ。
友田さんはまるでルパン三世のように
友田さんは貧困層に広い情報のネットワークを持ち、それを巧みに使って仕事をしている。時には法的にギリギリの事をするが それを悪だとは思えない。私から見れば それは必要悪なのだ。
今の日本は、政治や法律では救えない人たちが 年を追って増えている。ジャニーズ問題でも解るように今の日本人は権力に忖度をし、公序良俗の概念や社会正義の概念は無い、弱者に同情する人も少なく、皆が成功者ばかりに忖度をする。こんな事だから日本社会の自浄作用は全く機能していない。
こんな世の中で 私は警察官として何が出来るだろうか・・
明らかなレイプであっても、権力者が相手だと「利益があればそれでも良い」などと考える人が多く、警察の出番は無いのだ。全く腐りきった世の中だ・・・
いま日本に必要なのは、政治やマスコミを当てにせず、独自のネットワークの中で忍者のように働くルパンの様なヒーローだ。
まるで友田さんはルパン・・
そして吉田さんは五ェ門・・
私は不二子・・
次元は誰?・・
◇ ◇
「今回はこの人、園田国会議員がターゲットです。」
と吉田さんがモニターに画像を表示する。
「園田議員は銀座の”会員制倶楽部きよみ”の常連なんですよ。”倶楽部きよみ”のホステスの中にマリアという私の仲間がいましてね。彼女が園田の情報を探ってくれたんです。この情報は使えますよ。これが表に出れば園田は終わりです。」
友田さんが言う。
「吉田君 浜崎刑事にも解るように説明してくれる。」
「はい、国会議員は政治団体をいくらでも作れるんです。そして政治団体間の資金移動にほぼ制限がありません。「国会議員関係団体」に指定した自分の団体は 資金の出入りは公開しなくてはならないのですが、他の政治団体は規定は無いに等しいのです。だから、秘書などに政治団体を2つ以上作らせて その中でお金を廻せば政治資金の使い道が判らなくなるのです。公開した資料を見ると園田議員は去年1年間で1億円以上の資金が使途不明となっています。」
「まるでマネーロンダリングですね。」
と私か言うと友田さんが
「そうなんだよ、政治家は子供に政治団体を作らせて自分の財産を子供の政治団体に寄付するから、相続税も払わないんだ。」
と付け加える。
吉田さんが続ける。
「その園田議員の別の政治団体の代表を務める石原と言う男が園田と”倶楽部きよみ”に来るそうなのです。それでマリアが体を張ってその男に接近したんです。その石原という男はかなり曲者でして、本人が言うには若い頃はヤクザの組員で今でもヤクザと繋がっているそうです。石原はその団体を通じてヤクザの資金の移動に協力していると言うのです。その詳細は解らないですが、この情報を週刊誌に売れば200万円ぐらいになりますよ。」
「売るんですか?」
と私が聞くと
友田さんが私に言う。
「吉田君は売る気なんだけど、それを私が阻止します。」
「え!どういう事?」
「私が議員の為に阻止するんです。」
「えっと・・?」
混乱する私に友田さんが言う。
「もちろん報酬は頂きます。500万円から1000万円ってところかな。議員生命が掛かっていますから。そのくらいが妥当でしょう。」
「なるほど。園田議員本人に売るのね。」
友田さんは続ける。
「週刊誌に売ろうとしているのは吉田君で 私は園田さんを守る側ですから恐喝やゆすりでは有りませんよ。」
と言って友田さんはニヤリと私を見る。
「この情報が出たら、事の真相はともかく議員生命に関わりますから、喜んで報酬を払いますよ。」
と吉田さん。
「それでその石原という男はどのヤクザと関係が有るの?」
そう私が聞くと友田さんは言う。
「それは吉田君がこれから探ります。尾行は吉田君の専門ですから。」
吉田さんは言う。
「石原はマリアを自分の女だと思っていますから、今度マリアを連れてマニラに行くそうなんですよ。石原は仕事のついでの旅行だと言っているようですが、おそらくヤクザの拠点が有るのだろうと思っています。マリアだけ行かせるのは心配ですから、私も付かず離れずで、マニラに行ってきます。」
「マリアさん大丈夫なの?」
「大丈夫です。マリアは筋金入りでヘマはしませんから。今回の調査次第では1千万が2千万に化けるかも知れません。大仕事ですよ。」
なるほど・・
この探偵社の収益構造が見えてきた。
犯罪を犯している権力者の秘密を入手し、それを権力者自身に買い取らせるという手法なのだ。しかも権力者を守ると言う図式でお金を払わせるのだ。権力者には感謝され警察に追われることもない。友田さんは恐ろしく頭が切れるルパン三世だった。
◇ ◇
その日私は警部を説得しようとしていた。
「最近、闇バイト強盗の主犯格が逮捕されていますが、主犯格を使っている 更に上が居る筈ずですよね。指示を出している
「行ってどうするんだ。」
と警部は言った。そして・・
「向こうじゃあ君は刑事では無いんだ。だから何も出来んぞ。ただの観光客だ。」
「解っています。調査がしたいんです。確かにヤクザなのか。その拠点とか、普段は何をしているのか、尾行して確かめてきます。」
「しかしねえ、事件では無いし・・かも知れないって話に渡航費は出せないんだよ。」と警部は乗って来ない。
「渡航費は自分で出します。休暇が欲しいのです。1週間‥お願いしますよ。」
「分かったよ。銃は持っていけないんだぞ。一人で大丈夫なのか?」
と警部が心配そうに言う。
「有難うございます、警部には迷惑は掛けませんから。」
そう言って廊下に出ると私はスマホを開いた。
「もしもし・・吉田さん。私もマニラに行きますから、飛行機とホテルをお願いできますか?」
「分かりました、飛行機とホテルを2人に増やします。 いや、本当に行くんですか。これは面白くなってきましたよお!いや、これ・は嬉し・いな・あ・・ あの・・で・・・すね。」
吉田さんが興奮したように何か話している・・
私はそれを聞いていない・・
心はもう、飛行機の中だった。
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