形式美
警察学校に入学すると全員が剣道部か柔道部に入らなくてはならない。
私は剣道を選んだ。その理由は
あれから6年が経過したが、私は今でも剣道を続けている。休日だけの剣道なので練習不足だが、今年の昇段試験で私は三段に昇格した。
・・
・・対戦相手に向き合うと
・・中央にすり足で進み出ると
・・「始め!」の声に合わせて静かに立ち上がり
ここまでは儀式のように、形式通りにやらなくてはいけない。
ところが不思議な事に、この一連の流れが美しい人ほど剣道が強い。だから形式主義などと舐めてはいけないのだ。
日本の形式美はその形式の中に 守るべき伝統や強さや その人の人格の高さまでも包括しているのだ。この事は剣道だけてはなく、弓道や書道、茶道、などでも同じ事が言える。日本人は古来より 大切な事を形式美として継承するのだ。
**
剣道の精神は禅の精神に通じる。どの様な状況にあっても心を乱さず平常心を保つ、、心の強さは剣の強さに繋がるのだ。
私は道場でアグラを組み 手の平を重ねて座禅の姿勢をとる。
そして静かに瞑想をする。
心の拠り所は何処に有るのか・・
私は自分と向き合えてない・・
自分から逃げている・・
私の敵は私の中に・・
揺れる心・・
・・
・・
◇ ◇
探偵事務ライフには壁に大型のモニターが有る。そのモニターに都心の地図が表示されている。
その地図の一部を拡大して吉田さんが説明する。
「これは新宿の外れに有る古い商店街なんですが、この地域に、不法滞在者の人身売買の拠点が有るらしいのです。」
「不法滞在者を売り買いしてるってこと?」
「そうですね、現在 不法滞在者は全国で8万人以上居ると推測されています。その中には生活が困窮している人が多く、その人達を売り買いしているようです。」
「何処からの情報なの?」
「ちょと待っててくださいね。」
そう言うと、吉田さんは奥の部屋のドアを開けて呼ぶ。
「ホンさんこちらに来てくだい。」
呼ばれて現れたのは30才位の小柄な女性だった。
「こちらはベトナム人のホンさんです。この方は刑事さんの浜崎さんです。私達の仲間なので大丈夫だからね。安心して下さい。」
彼女は「分かりました。」と、言って私を見る。
「ホンさんは数ヶ月間ここで売春をさせられていたそうなんです。
部屋をベニヤで仕切った狭い空間にマットが敷いてあって、、かなり劣悪な環境だったそうなんです。滞在許可書の期限が切れた滞在者にとってこの場所は 就職斡旋の機能を果しており、女たちは仕方が無く売春をしているので 拉致とか監禁は無いそうです。」
「ボスは
と私が聞くと彼女は、
「ベトナム人です。でも1人では無かったです。」
「彼女はそこを逃げ出して、たまたま僕のベトナム人の友人に助けを求めたのです。ホンさんは滞在許可が期限切れですから警察には行けませんから。」
「分かりました。私はアナタの不法滞在を知らない事にするから安心して下さいね。それでホンさんは何で逃げ出したの?」
「仕事の条件が無茶苦茶なんです。私達女性の取り分は1回で2000円なんです。客から1万円以上取って置いて2000円は酷いですよ。」
吉田さんが言う。
「それでね浜崎さん、実態がどうなんだか僕が接触して調べてみたいんですよ。協力してもらえませんか?」
「私は何をすれば良いの?」
と私。
「私の護衛です。浜崎さんは拳銃をお持ちですし、剣道の三段ですよね、、浜崎さんが秘密クラブのオーナーで私がその幹部という設定で潜入したいのです。やってくれませんか?」
「もちろんやりますよ。でもどうするの?警察にやらした方が良くない?」
「それが駄目なんですよ、酷い待遇の施設を逃げてきた研修生が多くて、滞在許可の延長が出来ていない人が多いらしいのです。その人たちは日本への渡航費用を借金してますから、このままでは国に帰れないのです。最低賃金の60%でこき使われて、その60%のお金もまともに払わない酷い業者をそのままにして、彼らを強制送還するのは、いくら法律とは言え酷過ぎます。警察には言えませんよ。」
と吉田さんが言う。
「確かにそうね。でも売春斡旋のボスたちを逮捕した後どうするの?」
「支援団体に連絡して相談します。でもその前に、そこを仕切っているボスを捕まえなければ どうにもなりません。」
と吉田さん。
「私が運転手!をやりますよ。」
と友田さんが言う。
ホンさんが言う。
「私も行きます。監禁されてた訳では無いですからね。私が行った方が疑われないですよ。」
「そうだね・・そうしよう。吉田君8人乗りの車を手配してくれないか。君の仲間も集めてくれないか。」
◇ ◇
古い5階建てのアパートの横に駐車スペースがあり、そこに車を止める。
車を降りるとベトナム人らしい男が3人出てくる。
ホンさんがベトナム語で話しかけると男が微笑みながら話している。顔見知りのようだ。
ホンさんが私に言う。
「入って良いそうよ。あ、2人だけだって。」
「じゃあ、吉田君が来て。」
私は気持ちを引き締めて胸を張り 剣道の形式の様に雰囲気を作って静に歩き出す。
1階の奥の事務所に入ると大きなソファーに男が2人座っている。
男は私たちを見ると日本語で言った。
「電話の人だね。その辺に座って。ホンが世話になってるんだって?」
「私の友人がベトナム人なのでね。ホンさんから、ここに来ればコンパニオンを貸してもらえるって聞きましたのでね。」
「ホンの紹介なら女の子を貸しますよ。」
「6人を6時間貸して欲しいのですが料金はいくらですか?」
「6人で6時間なら・・・36万円ですねえ・・」
「分かりました。吉田君!」
吉田さんが封筒から札束を出して数える。
「では36万円・・」
とテーブルの上に置く。
「それでは女の子を連れてきます。中から気に入った子を選んで下さい。」
若い女性が5人ずつ入れ替わって入ってくる。
私はその中からスタイルの良い綺麗な子を選ぶ。20才から35才位まで・・国籍は様々だ。ベトナム人や中国人・白人や韓国人も居る。たいていの女性が日本語が話せると言う。
その時だった。
手筈どうりに友田さんの声が聞こえた。
「こちらは警視庁だ!!武器を捨てなさい!!」
拡声器の声に現場は騒然とする。
男たちは慌てて金庫のカギを開け包みを取り出して逃げようとする。
私は拳銃を取り出し
「動くな!!」と威嚇する。
男が逃げ出す。
私は後を追う。
男は階段を上がり窓から隣の建物に飛移ろうとする。
私は男の腰に組み付いて窓から引き下ろす。
「動いたら手が折れるわよ!」
私は男に手錠を掛ける。
1階に降りると吉田君とその部下たちがベトナム2人を取り押さえている。
男たちは拘束 バンドで手足を縛られ身動きが取れない。
「武器は持っていた?」
「ナイフですね銃は有りません。」
「警察に電話するからあなたたちは撤退して!滞在許可のない人も連れて行ってね。」
「了解しました! で、由美子さんは?」
「私はホンさんと残るから。大丈夫上手く説明するから。」
吉田さんたちが去ると私は警察に電話をした。
ボスたちは斡旋売春で強制送還になるだろう。
私はボスたちに言った。
「いいね!余計な事を喋ると強姦と拉致に格上げするからね!そうなると日本で収監されても本国に返されても大変な事になるわよ!」
私の脅しにボス達は青ざめる。
ホンさんの滞在延長手続きは 私が保証人になり 国益に値する人として滞在許可の延長を取り付けるつもりだ。
警察官が聞く。
「これは浜崎刑事が一人で捉えたんですか?」
「いいえ、民間人が何人か手伝ってくれたんですが、警察を見て彼らは消えたんです。」
「そうですか、金庫が空になっていましてね・・誰か仲間が持ち逃げしたのでしょうか?」
「分かりませんが・・」
金庫を開けた時チラ見だったが数百万円のお金があった筈だ。
誰かがお金を持ち逃げしたのか。
逃げたベトナム人か、 吉田さん?
それとも友田さんなのか、、
捜査の結果判ったのは、彼らは犯罪集団と言うほどの物では無く、不法滞在者の弱みに付け込んで暴利を得ていたようだ。
しかし・・
研修を理由にして最低賃金の60%という低賃金で研修生を働かせる日本のシステム・・
その60%すら
地方では慢性的な人手不足・・
農作業や、食品加工、水産業、部品加工は外国人に依存している。
人手不足による廃業・・
疲弊する経済・・
不法滞在者だけが悪者にされるテレビの報道・・
いずれ日本は見捨てられる・・
誰も働きに来なくなる・・
その時になれば誰がその仕事をするのか・・
今回の事件で見えてきたのは、日本社会の恥部だった。
外国人を大切にしなければ、日本も大切にされない。
それが人間社会の道理なのだ。
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