移動

警察署で働く警察官は、3年から5年ごとに転勤がある。

自分が希望する場所で勤務出来る事もあるが、大抵はそうはいかない。


婚約者の荒木君とは、勤務地が電車で1時間以上離れてしまい 今は一緒に暮らしていない。警察官は緊急に出動しなければならない為 勤務地から離れた所に住めないからだ。


今は休みが取れると私が荒木君の部屋に泊まりに行くような生活になっているのだが、本当はそれも良くない。警察官は何時いつでも出動出来る場所に居る事がベストなのだ。




荒木君が言う・・

「結婚したら夫婦を同じ勤務地にしてくれるのかなあ。でないと本当に不便だよね。」


「荒木君と離れていると寂しくってさあ・・浮気をしてしまいそう・・」


「え、浮気の相手がいるの?!」


「冗談だから心配しないで・・」


「由美子さんはモテるからなあ、それに由美子さん、貞操観念がうすいしね。正直心配・・」

一瞬友田さんが脳裏をよぎり・・

動揺する・・


「婚約する前・・由美子さんは絶対別れないって言ったじゃないですか。あれは信じて良いんですよね・・」

私は苦しくなって荒木君のそば行く。


「もちろんだよ、結婚の意思にブレは無いからね。」

そう言いながら私は荒木君にキスをする。


荒木君が私を押し倒して言う。

「もし浮気をしたとしても、絶対僕の所へ帰って来てよね。由美子を失いたくないから・・」


荒木君が私を求めてくる。

首筋にキスをしながら耳元で言う・・

「浮気をしたの?正直に言って・・」


私は涙目になって言う・・

「ごめんなさい、でも後で大泣きしたんだよ。

荒木君が好きだから・・」


荒木君が言う。

「僕の為に泣いたの?・・」


私は泣き笑いで言う。

「うん、泣いた・・相手がドン引きしてた。」


「それはするだろうね・・由美子って馬鹿だよな。」

そう言って唇にキスをしてくれる。


私は甘えた声で言う。

「許してくれる?」


「由美子は可愛いから・・絶対放さない。」

荒木君が私を激しく求める・・

馬鹿な私をこんなに激しく求めてくれる・・

馬鹿な私をいつも受け入れてくれる・・

・・・・・

・・・・

・・・

・・


愛し合った後・・

私は荒木君の胸に耳を当てて心の声を聞いている・・


肺の中を空気が流れる音・・

どっ・・どっ・・どっ・・どっ・・

力強い鼓動が聞こえる・・

・・・



「荒木君、ほんとうにごめんね・・怒ってない?」

何も言わない荒木君・・

何か言ってよ・・

嫌な予感・・


私は顔を上げて荒木君を見る・・

「ねえ、私の目を見て。黙っていると怖いから・・怒って無いよね?」


荒木君は私の目を見て言う。

「大丈夫、本当に怒ってないよ。」


私は言う・・

「ごめんね・・私、もっと良い子になるよ。もっと大人しくする。」


「ダメだよ!」

と荒木君が言う。


「大人しくて男に従順な由美子さんなんて求めてないよ。そんなの由美子さんじゃあ無いって・・自由で男に譲らない強さが由美子さんの魅力なんだよ。変わっちゃあ駄目だよ、今のままが良い・・」


嬉しい・・

荒木君の言葉が嬉しくて涙が出そうになる。

私は又 荒木君の胸にそっと耳を当てる・・


肺の中を空気が流れる音・・

どっ・・どっ・・どっ・・どっ・・

力強い鼓動の音・・

私の涙がぽたりと彼の胸に落ちる・・



   ◇    ◇




探偵社ライフのモニターに若い男の画像が表示されている。

海外で撮影されたスナップ写真だ。


友田さんが説明する。

「この男は森本といってね。タイから大麻を送り出しているようなんだ。

タイでは2022年6月より、大麻が麻薬リストから外されて、取引が合法化されたから大麻の入手が容易になった。

そこで森本の入手した大麻は・・

タイから中国に送られ中国から宅配で日本に送られている。日本では受人が荷物を受け取り、転送してサプリ会社に届けられている。そこで圧縮小分けされ パッケージされてネットで販売しているようなんだ。」


私は聞く

「これ・・警察は知らないの?」


すると社員の吉田さんが言う

「たぶん知らないと思いますよ。この情報は私が独自の調査で入手しましたので。」


「吉田さんが入手されたって、どう言う事ですか?」


友田さんが言う。

「吉田君は荷物の受人を長くやっていて 沢山の受人の元締めをしているんだ。つまり荷物の転送網を仕切っているんだよ。」


私は意味が解らない・・

「そ・れ・は・何・で・す・か??」


「それは宅配で荷物を送る時、同じ経路で何度も送られると 送り元や受取側が特定され易くなるので ランダムな荷物の配送を装う為なんだよ。つまり良くない物や法的に引っ掛かりそうな物を持ち込むときに使われる方法なんだ。ネット上では宅配の荷物の移動がデジタル的に管理されてるから・・カモフラージュの為に代理の受け取り、代理の転送が行われているんだよね。」

と友田さんが説明する。


「なるほどね、でも代理の受け取りと転送自体は違法では無いですよね。」


「もちろん、中身を知らなければその仕事自体の違法性は無いよ。それに問題が有る荷物と言っても殆どは大した物じゃあ無いんだ。」


「ではどうして荷物の中身が分かるんですか?」


私が友田さんに聞くと

「基本は分らないんが・・でも吉田君はルート管理をパソコンで記録していて受人を経由した荷物のルートを 統計的に観察しているんだよ。それで森本に行き着いたんだ。実際に現地に飛んで森本を観察して得た情報だから間違いは無いよ。」

と説明をする。


「え!吉田さんって何者ですか?」


「ハハハ吉田君は僕のふところがたなだよ。」

と友田さんは笑う。

そして・・

「この転送網は残したいんだ。もちろん吉田君の安全もね。しかしこの森本とサプリ製造会社は警察を使って捕まえたい・・それで、浜崎刑事の協力が必要なんだよ。」

という。


「森本と製造会社だけをねえ・・」


友田さんは言う。

「転送網はわが社の収入源として大事なのでこっちには傷をつけたくないんだよ。」


私が言う。

「森本の逮捕はタイに協力を要請しないとだめですね。」


「でなければビザの切り替えで日本に帰った時とかね。」


「宅配会社のデジタルデータが残るのは問題だね。」

と吉田さん。


そして吉田さんは続ける。

「送られて来た荷物を別の住所に転送をして 森本の荷物は全てそこを通す・・そこから別の住所に宅配を使わずに車で運んぶ・・そして外国郵便のシールを剥がす・・そこから製造会社に宅配するんだ。最後の住所を引き払えば・・うん、これで良いんじゃないかな。」


私は吉田さんに聞く。

「流通している大麻のパッケージは有るのですか?」


「ネットで購入しています。吸引器とセットで高額で販売していますよ。この中身がかなりヤバくって、何かと混合しているようで 単なる大麻では無いようなんです。こんな物を吸引したら命を縮めますよ。」

と吉田さん。


しかし私はどうすれば良いのか・・

「私が薬物銃器対策課に持ち込むんですけど、どうして私が?って事になるよね・・」


友田さんが言う。

「ネットで大麻のルートを調べて 製造会社に行き着いたと言うストーリーを作らないとね。吉田君にストーリーを作ってもらおうか。」


「分かりました。キッチリ辻褄を合わせて作ります。」

と吉田さんが手の平をグーにする。



   ◇    ◇



森本は日本に帰ったところを空港で逮捕された。

サプリ製造会社は警視庁の捜索が入り 大量の大麻と吸引器などが押収された。

森本は想定される金額のお金を持ってをらず 更に上で指示する存在が有りそうだが、森本は単独犯を主張している。


そして私は署内で表彰される事になった。


   ◇


「由美子さん今日は3人でお祝いをしましょうよ。」

と吉田さんが言う。


「良いですね。 吉田さんって影武者みたいで不思議な感じ・・ 今日は吉田さんの秘密を聞かせてもらいたいな。」


「影武者なんかじゃあ無いですよ。僕は・・」

と吉田さんは笑い

「あ、直ぐ予約を入れますね。」

とスマホを取り出した。



居酒屋で個室を取ると次々と料理が運ばれてお酒やワインも運ばれてくる。

今回の仕事はとてもテンションが上がった。そして3人で秘密を共有し信頼関係も深まった。


それにしても友田さんと吉田さんの裏の顔は超カッコ良い。

「私は署で表彰されたのに 誰も真実は知らない・・私達は必殺仕事人ですよね。」


吉田さんが言う。

「正直言って 浜崎さんは刑事だから、僕は警戒してたんですよ。でも今回の件で信頼が出来ました。」


「わたしも、吉田さんのファンになりました。裏の顔がプロフェッショナルな感じで、正直 痺れちゃった。」

と私が返すと


「おいおい由美子さん、吉田君を狙ってるのかあ!?」

と友田さんがからかう。


「浜崎さんって婚約者がいますよね。」

と吉田さんが返すと友田さんが、

「いや、それは関係ない・・浜崎刑事に狙われたら最後だからな。必ず取っつかまって食われてしまうんだ。必殺仕事人だからね。」

と私をからかう。


「やめて下さいよ。もお~・・」

と私はオーバーに返す。


・・私達は必殺仕事人だ・・

・・手際のよい仕事・・

・・プロフェッショナルなプライド・・

・・誇れる仲間・・


・・心を開いて飲む酒は美味しい・・

・・吉田さんは素敵・・

・・もっと吉田さんと仲良くなりたい・・


駄目だ・・

変な事を考えている・・


「あの、僕は用事が有るのでお先に失礼します。」

と吉田君。


「ねえ、お開きにしましょうよ わたし酔ったみたい・・」

と私。


「ちょっと酔い過ぎたなあ・・タクシー呼ぼうか・・」

と友田さん。


それぞれがタクシーを呼んで それぞれの自宅に帰る。


町は雨で濡れている・・

ワイパーが雨を払う・・

行き交う車のライト・・


・・町は雨で濡れている・・

・・揺れる車のライト・・

・・凄く奇麗・・

・・町は・・

・・眠い・・

・・・

・・


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