奈々子


人というものは一緒に暮らしてみなければ本当の所は分からないものだ。慎二の場合もそうだった。一緒に暮らすようになると彼は私たちに心を開いて 話してなかった過去の事を話すようになったのだ。


「普通さあ・・3才頃の事は覚えて無いって言うでしょう・・私ははっきりと覚えているんだよね・・両親が離婚してお祖母ちゃんに預けられたんよ。お祖母ちゃんはブティックを経営していて、ダンス教室もやってたんよ。めちゃカッコいいお祖母ちゃんだった。 そのお祖母ちゃんが最近病気で亡くなったんだけどね。遺言が残されてて、私に1000万の定期預金を残してくれたんよ・・それで周りの親せきに嫌われて・・そりゃあ嫌うよね・・相続人より私の方が多かったんだから・・」


「1000万!! びっくり! 慎二ってそんなにお金を持ってるの?」


「私がこんな風になったのはお祖母ちゃんのせいだから・・だから責任を感じて1000万を残してくれたんだと思う。自分で言っちゃうけど、私って子供の時めっちゃ可愛かったんだよ。色も白くて マツゲも長くってさあ・・本当に女の子みたいだった・・ だからお祖母ちゃんは私に女の子の衣装を着せていたんよ・・ 名前も奈々子ナナコちゃんて呼ばれていた。学校に行くようになっても家では女の子の格好で暮らしていたんだよね。ていうか 私は自分を女の子だと思っていたから・・」


奈々子ナナコちゃんなの?可愛いじゃん! 今でもナナコちゃんで良くない? で、いつ頃から男だと気が付いたの?」


「それは1年生からだけど・・おちんちんが有るからね(笑)・・ 6年生ぐらいかなあ・・私って男の裸を見ても女の裸を見ても興奮するんだなあ~って思って・・外見的にはどっちで良いんだけど。内面的に自分をどうすれば良いのかって事になってね・・あれからずっと立ち止まったまんまなんよね・・自分の中で男女を切り替えながら生きてるって感じかな。」


「なるほどね、私とは女バージョンなんだね。奈々子ちゃんかあ・・」


その日から私たちは慎二の事を奈々子と呼ぶようになった。そのせいもあって奈々子は自信を持ったようで、以前にも増して綺麗になった、それはちょっと怖いぐらいに・・




その日私と奈々子はパソコンの前でネットショッピングをしていた。奈々子がヒョウ柄のコートを探していたのだ。

「日本人って変だよね・・皆んな目立たない様に目立ちたがるでしょ。私は目立つように目立ちたいのよね。ねえ、由美子もオソロで買おうよ~!」


「え~・・ 私にヒョウ柄のコートなんて似合わないよ。」


「由美子は脚が長いから似合うって! 2人で着たらめっちゃかっこいいじゃん〜。買おうよ~。」

奈々子にせがまれて 私としたことがヒョウ柄のコートを買ってしまったのだった。


   ◇   ◇


それから数日後 私はは奈々子と新宿の街を歩いていた。先日買ったヒョウ柄のコートを着て2人で歩くのだから 目立つことこの上ない。コートに負けないように今日はメイクも濃いめにしている。すれ違う男たちの目がちらちらとこちらを見る。奈々子は胸を張って得意そうに歩く。私も奈々子に合わせて肩で風を切る。割り切ってしまえば 目立つのも案外と気持ちの良いものだ。


先程から私達を付けている男がいる。つかず離れず一定の間隔をキープしている。

「ねえ、喉乾いたよ。カフェでなんか飲もうよ。」

私はそう言って奈々子とカフェに入る。先ほどの男が本当に尾行しているのか見極めるためだ。私たちはカフェに入ると 窓際の席に座りコーヒーを注文する。外を確認するが男の姿は見えなくなっている。


尾行は私の気のせいだったようだ。奈々子と二人で”濃めのメイク”と”ヒョウ柄コート”じゃあ男たちが注目するのも仕方の無い事なのだ。

「由美子はハイヒール持ってないでしょ、今から買いに行こうよ。」


「私背が高いから、ハイヒールだと目立ちすぎて・・」


「違うって!せっかくヒョウ柄着てるんだから、バーンと目立った方がカッコ良いんだよ。それに由美子は絶対ハイヒールが似合うって。」


「そうなの?それじゃあ奈々子が選んでくれる?」

私は強く押されると逆らえない性分で ついその気になってしまうのだ。


勘定を済ませてカフェを出た時だった。男が近づいて来て私にスマホを差し出した。

「頼まれたんです。受け取ってください。ロックは掛かってません。」

私がスマホを受け取ると、男はサッと人混みに姿を消した。


「なに?どうしたの?」

と奈々子が聞く。


「何だろう?スマホを渡された・・ 」

呆気に取られていると、ルルルルルとスマホに着信が入った。


「もしもし、 浜崎刑事さんですね。実は・・私の部下が貴方の依頼で岩崎と言うストーカーを殺しました。いやいや、大丈夫です。秘密は守ります、心配は要りません。」


「待ってください。私はそんな依頼はしていません。」


「そのスマホのギャラリーを開いて下さい。貴方の画像と動画が入っています。私はそれを岩田から取り戻して上げました。貴方はその秘密を守るために私の部下に殺しを依頼したんです。そのスマホ中の動画が証拠ですよ。」


「何なの、何が目的?」


「貴方に刑事としての仕事をして頂きたいだけです。ある男をレイプ犯として、現行犯逮捕して貰いたい。」


「誰かを嵌める気なの?」


「とんでも無い、嵌めるんじゃあ有りません。たまたま居合わせて現行犯逮捕して頂くだけです。又連絡します。くれぐれもこちらに動画のメモリカードが有るのをお忘れなく。でわ・・」

そう言って電話は切れた。


「どうしたの由美子、何だって?」


「うん、ちょっと面倒な事になったかも・・」


どういう事だろう、私がたまたまレイプ現場に居合わせる? それはレイプ常習犯にオトリを仕掛けるということなのだろうか。いや、その前に・・私は岩田の殺しを依頼して無いのだ。これはどういう事なのか・・



それから数日経った週末に、再びあのスマホに電話が鳴った。


「明日の夜 池袋のあるホテルで女がレイプされます。由美子刑事は6号室に宿泊してください。その部屋のドアを叩いて女が助けを求めますから、女を助けてレイプ常習犯を逮捕してください。」


「どうして女がレイプされるの?」


「男は隣りの5号室を予約しています。酒に酔わせて女を連れ込む、それが奴のいつもの手口です。男は政界の大物なので横ヤリが入るかも知れませんが、貴方なら確実に起訴まで持ち込めるでしょう。成功したら、メモリカードは返します。貴方の為にも成功させて下さい。」


「どうして私はそのホテルに宿泊してるの?」


「その理由は貴方に任せます。それでは頑張って下さい。」



      ◇     ◇



「たまにはホテルに泊まりたいのよ、良いでしょう。この部屋では奈々子に気を使うし・・レストランで食事をして・・ ね!」

私は荒木くんをその気にさせると ホテルの近くのレストランに行った。食事を食べながら荒木君が言う。

「確かに、奈々子と一緒に暮らすようになって、2人きりの時間が減ったよな。」


「奈々子が仕事に行っている時しかチャンスが無いからね。いつも何か慌ただしいよね。(笑)」

そう言いながら私は時計を見る。8時までにはチェックインするように指示されているのだ。


ホテルの部屋に入ったものの私は気がかりでエロい気分になれない。荒木くんの方は飲み過ぎて眠そうだ。


「僕、先にシャワーするわ・・」

そう言って荒木君がシャワールームへ入る。その時だった。ドンドンドンドンと激しくドアが叩かれた。私は反射的に立ち上がってドアを開けた。廊下では女と男がもみ合っいる。


「助けて!レイプです!」


「違う。レイプじゃあ無い!」


「助けてお願い!」


「ちょっと待ってくれ、レイプじゃあ無いんだ!」


騒ぎに気づいた荒木くんが下着姿てを廊下に出てくる。私は男を取り押さえ、

「レイプ現行犯で逮捕します。」

と言う。荒木くんが警察に応援を要請する。他の宿泊客がドアを開けて廊下に出て来る。スマホで動画を撮影する者もいる。

「撮影はしないでください。部屋に入って!」と私が厳しい命令口調で言う。



逮捕した男は政治家だった 新しい内閣の人事で政調会長に任命された大物だったのだ。しかし今回はレイプ現場に踏み込んで逮捕した分けでは無いので、女がレイプを取り下げれば、不起訴になる可能性が有る。


数時間後 例のスマホに電話かかかって来た。

「今回の結果には大変満足しています。被害者次第で起訴にも示談にも持って行けます。よくやってくれました。約束どうりメモリカードは郵送します。」


「コピーは取って無いでしょうね・・」

と私が聞くと。スマホの相手は紳士的な物言いで言った。

「少なくとも私はコピーを取っていません。ただ動画の複製は簡単ですから・・他に無いとは言えませんけどね。ともかく悪い奴を捕まえるのは正しい事ですからね。また機会があれば協力し合いましよう。スマホは処分して下さい。」


「あなたは誰なんですか?」

と私が聞いたとたんに電話は切れた。


結局、大物政治家は不起訴になり、体調不良の為 政調会長を辞任する事になったとニュースで報じられた。政治的抗争が裏にある事は確かだった。しかし政治家の男が女を酔わしてホテルに連れ込んだ事は確かだし 彼はいつも同じ部屋を予約しており いつも酔った女を連れ込んでいた。強制性交も事実だろう。ならば逮捕した事は間違いでは無い。


それを政治抗争に利用したのは 逮捕以後の事なのだ。政治抗争など私の知った事ではないのだ。


次の日私宛に宅配が届いた。箱を開けると中に箱がありそれを開けると時計が入っていた。それと一緒にメモリーカードも入っていたのだ。荒木君が言う・・

「この時計はブランド物の高級時計だよ 普通に買えば100万はするだろうな・・」


「こんな物受け取れないよ。でも相手が分らなければ返せないか・・」

「大丈夫だよ、警察に報告して提出すれば賄賂にはならないから。」

「それは出来ないのよメモリーカードが有るから・・きっとコピーも有るはずだし。これを知られたら私は首になるから。」

「首になる?! なんのメモリーカードなの?」


しょうが無いと思った 変な言い訳は刑事には通らない。わたしはメモリーカードを荒木君に渡して言った。

「荒木君に出会う前の動画なのよ、私のエロ動画・・見ない方が良いかもよ。」


彼はそれをパソコンにセットしながら

「由美子さんの事はね・・大抵の事は驚かないよ・・」


そう言ってファイルを開く・・

私と直樹と奈々子のセックスシーンが再生されている・・私はバツが悪くなって言う。


「私って馬鹿だよね・・」


「だから、大抵の事は驚かないって・・」

そう言うと 荒木君が私に向き直ってキスをする。


荒木君は優しい男だ。私の気持ちを察して平気な顔をしているのかも知れない。彼の平静さに 私は益々不安になって言う。

「こんな馬鹿でも良いの?」


荒木君はそれには答えず私を強く抱きしめる。

私の目から涙が溢れる・・

その涙が荒木君の頬を濡らす・・


荒木君が顔を離して私の目を見て言う。

「泣かないで、由美子の事は大好きだから・・」

そして優しく私の涙にキスをする・・

私の涙が止まらなくなり・・

荒木君の顔がぼやけてしまう・・



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