電動キックボード

その日も私は荒木くんのアパートに行った。部屋に入ると入口付近に大きな段ボール箱が置かれていた。


「ねえ・・ これ何?」


「今年の夏から電動キックボードが解禁になるの知ってますよね。20キロまでの制限付きで16才以上は免許無しで乗れるようなるじゃないですか。キックボードは絶対ブームになりますよ。」


「で、荒木くんも買ったの?」


「キックボード倶楽部の結成を呼びかけている人が居て・・活動の様子をユーチューブに上げるそうなんです。で、パソコンとか動画編集に慣れた人を募集してて・・僕も仲間になろうかと思ってるんですよ。」


「荒木くんって必ず新しい物に飛びつくんだよね。で、その倶楽部に参加したの?」


「まだなんですけどね。由美子さんも一緒にやりましょうよ。」


「そうね、慎ちゃんもやるんなら・・ 」


「僕が慎ちゃんは説得しますから、3人でやりましょうよ、ね!」


荒木くんは企画力が有ると言うか、彼の強引な誘いに押されて、私も慎ちゃんも電動キックボードを注文する事になった。


活動を呼び掛けていたのは、ジモシーの仲間募集のサイトからで、都内の男性からの募集だった。フリーマイル プラスと言う機種限定のキックボード倶楽部で、私達3人が買ったのも、free mile plusだ。


free mile plusはナンバープレートを付ける公道走行が可能な電動キックボードだ。40キロの速度が出せるタイプだが、立ち乗りでハイパワーなキックボードは、流石に怖い。三人共キックボードは初心者なので、熟練者に基本を教わった方が良さそうだ。


キックボードはハンドル部が折りたたみ式で、三台なら車に乗せられる。私達は主催者の方と河川敷の公園で待ち合わせた。


 待ち合わせの公園に行ってみると、驚いたことに主催者は68才になる石原という老人だった。石原さんは髪の毛を後ろでポニーテールに結び、ジーンズとスポーツサンダルを履いていて、ちょっと見では年が何歳なのか分らない。


「キックボードの組立とボルトの締め付けを確認しますから。」

と石原さんはテキパキとキックボードを調べてくれる。


「石原さんはキックボードは長いのですか?」


「乗り物はバイクとかキックボードとか、ウインドサーフィンとか、何でもやりますよ。でね、ユーチューブをやってみたくてね、若い人を募集したんてすよ。そうしたら荒木さんが、ユーチューブの方は得意分野だと申し出てくれたのです。」

と石原さんは日焼けした顔で目を細める。


「オプションのシートは取り付けた方が良いですが・・ これは座ると言うより、膝で挟んでニーグリップした方が安定が良いんです。デコボコ道やカーブでは、キックボードは不安定になりがちなんです。」


実際にキックボードに乗ってみるとタイヤの直径が小さいので、最初は不安定なかんじがする。しかもアクセルを回すとキックしなくても走り出す。思っていたのとは違うので戸惑ってしまったが、5分も乗れば体の方が要領を覚えてくれた。


バイクでも無く、自転車でも無い、新しい感覚に皆が夢中になって走り回る。立っているので体全身で風を受けるのが気持ちいい。バイクとは違い音がしないので大声で話せば会話ができるのも良い。もちろん電動なので漕ぐ必要が無く、理屈抜きで楽しい、皆なが笑いながら大声で話している。こうなると年齢なんて何の関係も無い。


慎ちゃんはこういう乗り物は得意なようでメチャ飛ばしている。もちろん公道では30キロの制限があるのだが。


「私の家は此処から20分ほどなんですよ。バーベキューの用意してあるので、行きませんか。」

私達はキックボードの練習でお腹が空いてしまい、石原さんの好意に甘えることにした。


石原さんの自宅は200坪程の広めの土地に母屋と車庫が建つていた。車庫には2台の車と3台のバイクが有り、庭には屋根付きのテラスも有る。そのテラスにバーベキューの用意がしてあった。 


石原さんは手慣れた様子でバーベキューコンロに火を起こしながら、


「台所から食材を運んでくれますか。飲み物は冷蔵庫に有りますから、何でも好きな物を運んで来てください。」


「ここって、テラスとか有って素敵な庭ですね。お家族は?」


「独り者なんです。若い頃には結婚をしていたんですが、どうも私には結婚は合わないみたいで・・・ 私はキャンプや釣りもするんです。そっちの仲間やバイク中間も居ますから、ジジイばかりですが、それが家族みたいなものでして・・ 今度は若い人とキックボード仲間を作ろうと思いましてね・・ 家族のように付き合って頂けたら嬉しいですね。」


「そう言って頂けたら嬉しいです、ぜひ中間に入れて下さい。いろいろな遊びを教えて頂きたいです。」

私がそう言うと、荒木くんも慎二も、うんうんと頷いている。血の繋がりには拘らず、気の合う者が家族になるって素敵な考えだと思う、こういう方と家族になりたいと私は思った。


このタイプの人には初めて会ったのだが、何と言うか、お年寄りなのに引き寄せる力が強くて・・ 石原さんがもっと若い人なら、確実に好きになって恋愛になる・・って言うか私の惚れっぽさは病気なのだろうか?・・


   ◇   ◇


刑事という職業は何かと先入観念を待たれやすい。この職業のせいで人付き合いが上手くいかなくなる事が多い。だから私は最初に自分の職業は明かして置く事にしているのだ。


「石原さんはお仕事は何をなさっているんですか?」


「以前は会社をやってたんですが、人を使うのも大変なので、今は自営ですね。気軽なフリーランスっていう感じです。年金暮らしでも良いのですが、遊びに金がかかるもので・・」


すると荒木君が、

「まだお仕事をされているんですね、だから若いんだ・・ 私たちは、私と由美子さんが刑事をしてまして、しんちゃんはオカマバーで働いているんです。」


それを聞くと石原さんは少し驚いた様子で言う。

「オカマバーと刑事さんなんですか!  しかし面白い取り合わですねえ(笑)」


荒木君が説明する。

「まあ、刑事という職業を選んだだけで普通の人間ですよ。でも自分が刑事だという事が、気持ちの枷になる事があって・・ それが嫌なんですよね。だから刑事っていうのは忘れていますので・・石原さんも忘れて下さい(笑)」」


さすがは荒木君だ、当を得ていて私が言うより説得力がある。と言うか、彼の風貌が相手に緊張感を与えないのだ。


石原さんはビールやワインをご馳走してくれたのだが、荒木君は運転手なので、お酒は私と慎ちゃんで頂いた。肉料理にはワインが良いのだが、喉を潤すのはやっぱりビールだ。お酒が回ってテンションが上がってきたころ、石原さんが荒木君に話し始めた。


「あのね・・荒木君が刑事だって事なので聞くんだけど・・法律はともかく警察というのは正しいのですかねえ。以前の事なんだけどね・・駅での事なんだけど・・ 

トイレの入口が有って、右に行けば男性用、左に行けば女性用なんです。私が用を済ませて出て行くと、トイレの入り口付近に女が居たんです。その女が私に寄って来て言ったんです。

「1万円貸してくれない?貸さないと触られたって騒ぐよ!」


いや、騒がれたら私は終わりでしょう?!

だって女は騒げばいいだけでしょう?

こっちが触って無いと証明しなくちゃあいけないんですから・・

でもどうやって証明ができますか?だれも見て無いし・・触ってない証明なんてできませんよ。悔しかったんですが1万円出しましたよ。全くもって不愉快ですが、法律は私を守ってくれません。こういう場合、どうすれば良いのですか?」


「その女は何才ぐらいでした?」


「たぶん高校生ぐらいかもなあ・・」


「確かに・・出る所に出れば石原さんの負けですねえ・・」


「出る所に出なくても私の負けですからね・・」


「石原さんの方に証人が居れば大丈夫ですが、居なかったら負けますねえ・・」


すると慎ちゃんが会話に割り込んで、

「殴り倒して逃げちゃちゃえばいいじゃん!」と言う。


「逃げ切れる状況ならそれも有りかもね・・」

と私が言うと、


「でも暴行って事になりますよね。」

と石原さん。


「事件になればそうですけど、第3者が居ないのであれば・・と言うより自分を守るのは基本は自分です。法律や警察は今々には間に合わないですから・・しんちゃんの考え方も有りだと思いますよ。」と私が説明する。


すると私の説明を制するように荒木君が言う、

「まあ、とりあえずお金は払っておいて警察に被害届を出すと言うのが・・警察のお勧めって事になりますけど。東京でこんな女は捕まらないでしょうね・・」


私にだってわかっている、荒木君が言ってることの方が正しいのだ。しかしそれで良いのだろうか・・


私は納得できなくて持論を展開する。

「法律はあくまでも道具ですからね、絶対ではない・・ レイプの場合でも法律は助けてくれませんから・・ 結局基本は自己防衛しかないですよね。自分を守るために女が男を攻撃しても良いのに、男は女を攻撃したらいけないなんて法律はないんです。 女は大人しくて弱いものだという考え方が、こういう”ゆすり”のような犯罪の温床になってるんだと思うんです。親子で痴漢だと騒いで、警察へ行きたくなければと、示談金をせまる例も報告されてますし・・法律の裏を潜る例はいくらでも有るんですから・・」


すると石原さんが言う。

「しかし、殴り倒して逃げるというのもねえ、近くに人が居ないだけで、少し行けば人は多いです、駅ですからね。大声で騒がれたら民衆に捕まってしまう。弱い方に味方するのが正義だと誰もが思っているんだから。私の様な変わったジジイに味方する人なんて居ないでしょう(笑) 正義なんて主張する奴は考える力の無い能無にしか思えないんですよ。」


結局この話に良い解決策は見つからなかったが、法律と警察には限界が有る事だけは皆で納得したのだった。


このケースでは石原さんには何の落ち度は無いのだが、彼を救う事は出来ないのだ。殴り倒して逃げろとも言えないし、後で警察に届けた所で女が特定されて お金が帰って来るとは考えにくい。ただ石原さんが警察で聴取を受けて、住所や本籍、職業などを色々調べられて、不愉快な気持ちで終わることになるだろう。これが現実なのだ。


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