少年鑑別所


「由美子のせいで洋子が可哀そうだ。」

それが母の口癖だ・・

洋子とは2才年上の私の姉の事だ。


母は私の姉が生まれた時、1人っ子にしたかったそうだ。次の子が生まれると愛情は半分になり、買ってやる物も半分になるからだ。


その洋子が2歳の時、私が生まれた。

その時から母の口癖が始まったらしい。

由美子のせいで洋子が可哀そうだ・・


私は、”洋子が可愛そう”なので 何も買ってもらえず、何時も姉のお下がりばかりだった。洋服や玩具だけではない、靴下や靴までお下がりを与えられた。


ある時 祖母が私に赤いエナメルの靴を買ってくれた。私は泣くほど嬉しかった。その時も母は私を睨みつけて言ったものだ。

「お前のせいで洋子が可愛そうだ。」


だから私は姉に負けたくなかった。姉は私立の女子短大だったが、私は頑張って国立大学を卒業した。部活はヨット部に入り国体選手にも選ばれた。その時も母は言ったものだ。

「お前のせいで洋子が低く見られる。これじゃあ洋子が可愛そうだ。」


私が警察学校に入り警察官になったのも姉や母への当てつけが有ったからかもしれない。


しかし今考えれば、母の私に対する扱いは虐待だ。子供の頃から大人になった今でも続く、陰湿でしつこい虐待なのだ。 そのうえ我が家には父の影が存在しない。母が家庭を支配していて、父親は仕事かパチンコ・・家に居た事はほとんどなく、父と話をした記憶が無いぐらいなのだ。


そんな家庭で育ったので、私の精神的自立は早く、性的にも早熟だったと思う。私は愛情に対して根底から不信感を持っていて、無意識に人を遠ざけてしまう癖がある。その反面、誘われると断れない・・どこか歪な自分がいる・・


愛されないと不安になり・・

逆に愛されても不安になる・・

求められると苛立ち・・

求められ無くても苛立つ・・

人に優しくされると、その優しさの裏心を探ってしまう・・

面倒臭い自分・・


私には愛の手本がない・・

愛の形は親から受け継ぐと言う・・


荒木君は私を独占しようとしない。私も荒木君じゃあ無くても良い。・・荒木君とのはっきりしない関係が、何故か私には愛に感じられるのだ。強く求められたらきっと嫌になってしまうから・・



   ◇   ◇




「洋平、お前はお爺ちゃんのお金の有るところを知っとるだろ!? 今日は爺ちゃんおらん日だけえ、家に行ってお金を取ってこい。はよおせえ。」


「嫌だわ!お母んが取って来いよ!」


「わいは嫌われとるけん・・お前は爺ちゃんに好かれとるけん、見つかっても大事ないけ。お前が取ってこんと晩飯も食えんぞ。はよ行ってこい!」


洋平は今年17才になったが高校は中退していた。洋平の母親は良子という名で今年40才になる。

良子は定職を持たず、飲み屋のアルバイトだけで暮らしているので、何時もお金がなかった。親戚兄弟に金を借り回り、借りたお金を返さないので、親戚回りからは嫌われていた。

良子は男癖が悪く、男が出来るとアパートに連れ込んで一緒に暮らした。男に家賃を払わせるためだ。そんな環境で母親と男たちのセックスを覗き見しながら洋平は育ったのだ。


「はよ行ってこい!でねえと晩飯は抜きだぞ!」

支配的な母親に逆らえず、洋平は思い腰を上げたのだった。



洋平の祖父の家は電車で20分の所にある、無人駅の裏手にあった。家に着くと洋平は家の裏口に回った。裏口に置いてある鉢植えの下に鍵が有るからだ。


裏口から家に入り台所を抜けて奥の部屋に入ると電気を付けた。仏壇の横の本棚の裏に箱が隠してありその中にお金が入っている。お爺さんは洋平にお小遣いやるときはここからお金を出すのだ。

洋平はその箱から封筒に入った4万円のお金を取り出した。それを丸めて手に握ると、引き返そうと振り返った。その時 間の悪い事に従妹の萌香が部屋に入って来たのだ。


「洋平!何やっとるの、お金を返しなさい! あんたらは親戚の嫌われもんじゃけえ!!」

そう言いながら萌香は封筒を取り返した。洋平はお金を取り返そうとつかみ合いになり二人は畳の上に倒れた。体の大きい洋平は萌香を抑え込んで馬乗りになった。

「お前、黙ってろよ!言うなよ!」


「言うちゃるわ! 絶対、言うちゃる!」


「このやろ!こうしてやる・・」

逆上した洋平は萌香の洋服を引きちぎるように脱がせ始めた。脱がしながら洋平は興奮していた。


「こうしてやる! こうしてやる!」

洋平は興奮した自分を止められなくなり、無我夢中で萌香を犯したのだった。


洋平はスマホを取り出して泣いている萌香の裸の写真を撮った。そして言った。

「言うたらこの写真をさらすからな・・」




しかし萌香は警察に相談したのだった。洋平は逮捕され、彼の供述により母親も逮捕された。


「私はお金を借りて来いと言っただけで、レイプせえとは言ってないです。あいつが勝手にやった事です。」


良子は母親としての責任感は無く、洋平に全てを押し付けるような発言ばかり繰り返す。これは洋平の責任だろうか?と私は思った。酷い母親に育てられた彼は、被害者では無いのかという疑念が湧いてくる。


しかし彼がどんな生い立ちであろうと彼は裁かれるのだ。おそらく少年鑑別所行きになるだろう。

確かに彼のした事は重大だ、今後その責任を少年鑑別所で償う事になるのだろう。彼の母親の分までも・・・・


家庭の中で子供には逃げ場がない。どんな親でも拒否したら生きていけない。だから子供は、親の歪んだ愛情でも受け止めるしか無い。そうやって子供の心や愛の形が歪んでいくのだ。私のように・・


1度歪んだ心は容易には治せない。人と出会い、失敗を繰り返しながら自分で自分を矯正するしか無いのだ。


海外では、日本の母親が自分の子供を道ずれに自殺する事件を好奇の目で取り上げる。あり得ない異常な心理として報道されるのだ。世界一のニートの数・・ 全て我の強い、歪んだ親の愛が原因なように思えてならない。


愛という名の親の我がままが、子供たちに重くのしかかる・・

歪んだ愛として・・

受け継がれるのだ・・



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