傷ついた魚

「サメって、傷ついて血が出ている魚は見逃さないんですって。十数キロ離れていても血の匂いをたどって、その魚を探し出し餌にするんですって。それに傷ついた魚は動きが変になるそうなんです。サメはその僅かな変化も見逃さないんですって・・ 

私は傷ついた魚なんですよ。サメみたいな男が近寄ってきて、私を餌にするんです。」


「だから、殺したの?」


「だからって訳じゃ無いですけど・・ 事件の初めが何処なんだか・・・」


「話したい事が有るなら何でも話して良いですよ。私も女だから分かって上げられるかも知れないから。」


「刑事さんは傷ついた魚じゃあ無いですからね・・」


「そうかもね・・でも聞きたいの、話してみて・・」




「私、父の顔を知らないんです。私が母のお腹に居るときに、警察に逮捕されたそうなんです。それから病気になって死んだそうなんです・・ 当時19才だった母は、私を祖父母に預けて都会に働きに出て・・それっきり。祖父母は当時40代前半で二人共働いてましたから、私は邪魔だったようです。

小三ぐらいから祖父が私に触るようになって・・ 性的虐待ですね・・中学に上がる頃には挿入されてました。身体は快感で、心は嫌悪感でした。気持ちのいい事を嫌いな奴にされるって・・心が壊れるんです、解ります?・・解らないですよね・・ 

高二の時に家を出たんです。 パパ活とか出会系で出会った男の部屋を転々としました・・ 結局、男達って私の身体を抱きたいだけなんですよ。 それに気持ちが良い自分がキモいと言うか・・愛なんて信じられないんです。

でも最近、ニ年一緒に暮らしていた彼がいたんです。でも私が駄目なんです。彼を信じる事が出来ないんです。愛って何だか分からない・・感情的に上手くいかなくて・・結局彼の部屋を出たんです。

アイツのせいだと思って・・祖父が私を駄目にしたんだと思って・・私は祖父に会いに行ったんです。どう思っているのか・・責任を感じて、謝って呉れるのか・・

何が決着をつけたかった。

でも祖父は私を見ると言ったんです。・・どうした?抱いてもらいに来たのか?って・・ だから包丁で刺したんです。死んて責任を取れば良いって・・ だから何度も刺したんです。」


「なるほどね。要するにアナタは、殺そうと思って会いに行ったんじゃ無いのね。謝って貰おうと思って行ったら、レイプされそうになって反射的に刺した。そう云うことなのね。」


「どうなんでしょう、何で今さら会いに行ったんでしょうか。私は中学生の頃、祖父を殺そうと思ったんです。でも出来なかった・・私はずーっと殺したかったのかも知れません。」


「そうかも知れないけど、それは昔の事で・・ 今は殺意は無かったのよね。アナタは久しぶりに祖父に会いに行った。そうしたら祖父が、あなたを昔のようにレイプしようとしたので、アナタは反射的に刺したのよ。刃物も準備して行った分けでは無いし、殺しに行った分けでは無い。

しっかりしてね、ここが大事なの。アナタかレイプに反撃したのなら、正当防衛で罪には問われない。殺しに行ったのなら計画殺人でアナタは殺人を犯した事になるんです。昔の気持は昔の事なのよ。今は殺意を持って会いに行ったんじゃ無いんでしょう?!」


「そうですね、今は謝罪が欲しかった・・ それだけだったと思います。」


「しっかりしてね、少しの違いが大きな違いなのよ。昨日アナタの彼が面会に来たのよ。今は会えないけど、じきに会えるようにして上げるから。彼はアナタの事を心配して泣いてたのよ。アナタは愛が分からないって言ったけど、彼はあなたを愛しているのよ。でなきゃあ会いには来ないでしよう? 信じて上げなさいよ・・ 彼の為に無罪にならなきゃあね。投げ出したら駄目だよ。」


「いつ会えるんですか?」


「明日の午後には会えるから、しっかりしてね。」     」


私は彼女の正当防衛が認められる事を願う。しかし、台所まで包丁を取りに行っているし、何度も執拗に刺している。どうなるかは解らない。


彼女がどんな酷い目にあっても、相手を殺すと犯罪者として裁かれる。それが法律なのだ。しかし・・彼女が言った言葉が心に刺さる。


・・鮫は傷ついた魚を、決して逃さない・・

彼女を殺人者にしたのは彼女じゃあ無いのだ。


犯罪者は弱いものを選んで狙う。子供や女、そして年寄だ・・

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