合同捜査

https://kakuyomu.jp/users/minokkun/news/16817330651694426184


関東を中心に大病院を狙った窃盗グループがいた。大病院は職員数も多く研修で来ている看護師やインターンの学生などもいて、常に人の入れ替えが有る為、警備の職員も全ての職員を知る事は無い。誰でも白衣を着ていれば職員のように見えてしまうのだ。

犯人グループはそこに目を付けて、白衣を着て病院に入りロッカールームや事務室を荒らしているのだ。


彼らは男5人のグループらしいのだが、詳しくは判っていない。移動をしながら犯行を繰り返しているため、警視庁や千葉県警、埼玉県警など複数の県警が合同捜査本部を設置して捜査をしていた。しかし犯人たちの移動が速く車も変えるので、被害を聞いて駆けつけても犯人は居ない、ここかと思えばあちらで、まるでモグラ叩きゲームの状態だ。東京周辺は人口過密地帯が多く病院も多い、面が割れてない容疑者を捕まえるのは容易ではない。



私は警視庁職員なので東京都職員になる。

警察庁と警視庁を混同している人も多いが、警視庁は東京都の警察であり他の県警と同じく知事が頂点にいる。

それに引きかえ警察庁は国家機関で全国の県警や府警の元締め的存在なのだ。だから警察庁が事件現場に出てきたり犯人を逮捕するような事は決して無い。


日本はアメリカのFBIの様な組織は無く、各県に跨る犯罪を捜査するときは関係県警による合同捜査本部を設置して捜査をする。もちろん東京都が絡めば警視庁も合同捜査に参加する事になるのだ。


  ◇   ◇


その日私は荒木君と夕食を食べていた。そこは行きつけの居酒屋で、奥に座敷があり、テーブルが衝立で囲まれていて、個室のようになっている。隣の話声は聞こえるのだが、目線が合う事が無いのでくつろげる空間なのだ。


「僕ね・・ 課長に注意されたんですよ。署内恋愛は自由だけど、あまり噂にならないように控えめにやってくれって言われたんです。」


「何それ? 噂をしてるのは私達じゃあないじゃん。それに控えめって何の事?」


「いや、だから・・僕と由美子さんが付き合っている事を、皆が奇跡みたいに言ってて、いつ別かれるか掛けをしているらしいんです。」


「いやいやいや! 掛けしているのは私らじゃあ無いし。注意する相手が違うんじゃあない?! だいたいね、いい女がブサメンにくっついたらお金お金狙いだと思ってるんだよ!荒木君はお金がないからモテる理由がないってね。失礼な奴らだよ。 人を外見だけでしか理解できない馬鹿が多いから・・ 絶対別れないからね! 荒木君もそのつもりでいてね!」


「あ、はい。もちろん・・別れません・・」


私は私の容姿だけに惚れられても嫌だ。顔が良いとかおっぱいがどうとか・・私は外見の良いセックスドールじゃあ無い、人間なんだよ。

リンゴを色と形だけで選ぶ人はリンゴの味を知らない人だ。私を色や形で選ぶ男は私の人間性を知らないか、或いはそれには興味の無い人だ。そんな男はごめんだ。


先日「どうして荒木君なの?」と職場の同僚に言われた。何であんなブサメンと?

そんな風に聞こえて腹が立った。私はそんな無知な女じゃあ無いのだ。荒木君の人間としての魅力は分っているつもりだ。


私が何故荒木君を好きなのか、それを荒木君は分っていないのは問題だ。他の女ならともかく私にはもっと自信をもって欲しいのだけれど。



隣のテーブルの数人の男性客が、お酒が回って来たのか少しうるさくなってきた。

しかも何か卑猥な話をしているのだ。


・・最初の頃は涙流して泣いていたのによ、この頃は泣いて喜んでいるからな・・

・・良い女になったよなあ、イクときにしがみついて来るだろう、たまんねえわ・・

・・あいつ誰が一番好きなのかなあ・・

・・それは俺、俺のが一番デカいもんな・・

・・まあまあまあ・沙也はみんなのものだから・・

・・まあな、そこはルールだからな・・


「何、なんの話・・」


「グループsexじゃあないですか・・」


「最初は泣いてたって・・ レイプじゃあ無いよねえ・・」


「どうですかねえ・・ エロゲームかも知れないし・・」


「エロゲームを皆でやる?」


「いや分かんないですけど・・ルールとか言ってましたよね。」


私たちは男性客が帰りそうになったので合わせるように店を出た。


「職質してみます?」


「いや、酔っ払いだから意味ないでしょう。それにこっちも酔ってるし・・」


「ですね・・何才ぐらいだと思います?」


「そうね、20代前半でしょうね・・ねえ、私の写真を撮って・・だから奴らを背景に入れて・・」


荒木君が私のスマホで写真を撮る。私は変顔をしてふざける。

今日は荒木君のアパートに泊るので酔い覚ましにぶらぶら歩く。私はこの時間が好きだ。酔っぱらって火照った体でぶらぶら歩くのは楽しい。


「どっかでタクシー拾いましょうよ。」


「嫌だ!アパートにまで歩く。」


「馬鹿言わないでくださいよ、僕は嫌ですよ。」


「星を見ながら歩きたいの!」


「星なんて見えませんって・・」


荒木君が手を上げてタクシーを止める。私はわざと駄々をこねて荒木君を困らせる。駄々をこねるのは私の愛情表現なんだよな・・荒木君が好きだから。

荒木君がタクシーの運転手に誤っている。


「すみません、酔っぱらってて・・」


「その人彼女なんでしょう、あんた幸せもんですよ。大事にして上げなさいよ。」


「やっぱりそう見えますか・・僕には不釣り合いだって・・」


「失礼ですけどね・・そう見えますよ、ははは」


「よく言われるんですよね、ははは・・」


「実はね、僕はフラれるっていう噂が有るんですよ。それが心配で・・」


「いや、そういうカップルは意外と続くんだよね、彼女さんはね、あなたの外見じゃあないところに惚れてるんですよ。」


荒木君の膝枕で二人の会話を聞いている・・私が上物の女だと話している・・そうか・・私たちは別れないのか・・そうだよね・・眠いよ・・


  ◇   ◇


その日私は聞き込みの為に池袋を歩いていた。晴天の下を歩き回って喉が渇いたのと、歩き疲れたので休息の為に軽食喫茶に入った。何か飲み物を注文して時間をつぶすつもりだ。

奥の席に5人の若者が陣取り食事をしていた。どこかで見た顔だと思った。もしかして・・私はスマホを出しで画像を開いた。居酒屋の前で荒木君に撮影してもらった写真だ。写真は夜だったので薄暗いが、街灯の明かりで一人だけ顔が確認できる。間違いない、あの時のグループだ。ただし今日は4人の男に1人の女だ。

私はあの時の彼らの会話を思い出していた。


・・最初の頃は涙流して泣いていたのによ、この頃は泣いて喜んでいるからな・・

・・良い女になったよなあ、イクときにしがみついて来るだろう、たまんねえわ・・

・・あいつ誰が一番好きなのかなあ・・

・・それは俺、俺のが一番でデカいもんな・・

・・まあまあまあ・沙也はみんなのものだから・・

・・まあな、そこはルールだからな・・


女の子を観察する・・

大人しい子だが嫌がっている雰囲気は無く、男たちの会話に笑顔で答えている。しかしなぜか気になる・・

私は先に店を出て彼らが出て来るのを待った。

彼らは店から出て来ると店の裏の方に回った、そこには鉄板の階段があり、彼らはそれを上がって行ったのだ。彼らが部屋に入りドアをバタンと閉めたのを確認すると、私はその階段を上がってみた。しかし表札には名前も無かった。


・・最初の頃は涙流して泣いていたのによ、この頃は泣いて喜んでいるからな・・

・・良い女になったよなあ、イクときにしがみついて来るだろう、たまんねえわ・・


この話はさっきのあの子の話ではないのか?・・私は住所を記入しアパートの写真を撮影してその場を離れたのだった。



  ◇   ◇



病院のロッカー荒らしは警察署員が病院に出向き、病院の警備員と共に監視カメラの映像を確認するのだが、その中から見慣れない顔を探すと言う、地味な捜査を続けていた。その結果一人の不審な人物の顔が有った。被害にあった複数の病院のカメラ映像ででその顔が確認され、おそらく犯人の一人だと思われた。

そして、その画像を見た時、私は例の男と似ていると思ったのだ。病院の画像も、居酒屋の前で取った画像も不鮮明なのだが、どこか似ているのだ。


「荒木君、どう思うよ。似てない?」

「似てますねえ!これ、そうですっって!」

「私、この男にあの後で会ってるんだよね。あの居酒屋の近くに住んでいるのよ。」

「え! そうなんですか! すぐに報告しなくちゃあ。」


私たちは捜査本部へ行って事の顛末を説明した。


「これは間違いなくそうだろう・・ お手柄だよ。しかし、移動をしている犯人だからな。何時までもそのアパートに要るとは思えない。直ぐに出動しよう。」


直ぐに捜査陣はその現場に行きアパートを包囲した。私と荒木君もそのメンバーに加わったのだ。階段だけが出入り口なので犯人の確保は容易だが、犯人が武器を持っている可能性は有る。私たちは階段の下を固め、屈強な捜査員がドアを叩いた。ドアには外開きと内開きが有りアパートは普通内開きだ。ドアを内に引いて・・

「え・・何ですか?」と男が顔を出す。途端に捜査員がドアを押し開いてなだれ込む。彼らは呆気にとられて、何をする事も無く簡単に逮捕された。


逮捕された彼らは思ったより素直にロッカー荒らしを自供した、そして若い女は家出娘で有る事も分かった。行くところの無い彼女は、ネットで知り合った彼らに、ついて回っていたのだ。


「あなたはレイプされたんじゃあ無いの?」

「いえ、違います・・」

「でも彼らは皆であなたを抱いたんでしょ?」

「私、好きですから、4人共・・」

「そうなの?でも彼らが話していたのよ、最初は泣いていたって・・何でかばうの、かばう必要無いのよ。あなたが被害者なら、あなたは罪に問われないのよ。よく考えて・・」

「あ・・確かに・・そうでした最初は無理やりでした。でも後は私が許したから・・」

「それで良いのよ。最初がレイプなら後で合意が有ってもレイプになるから。」


結局彼女は被害者と確認され窃盗の罪には問われなかった。彼女がグループに拾われたのは福岡で、犯人たちは広島、関西、名古屋と病院や事務所を荒らしながら、1年がかりで東京にやって来たのだ。福岡で18才だった彼女は、今では19才になり、引き取ってくれる身寄りは無いと言う。福岡には帰りたくないのだそうだ。


「私は東京で働けませんか?仕事は何でもします。お金は無いですけど・・警察は助けてくれますか?」


「お金が無くて住むところが無いとホームレスって事になるからね・・分かりました私に任せて。」


私は知り合いのホームレスの支援ボランティアに連絡を入れ、今後の自立した生活の構築を依頼した。彼らは不動産業者と提携してホームレスに宿を提供する活動している。東京には借り手が着かない古い物件がかなりある。その空き部屋となっている部屋を低料金で使わせてもらっているのだ。彼女はそこで生活をしながら就活をすることになるのだが、就職先は私の知り合いの飲食業の社長にお願いをした。真面目に働けばすぐにアパートを借りられるようになるだろう。しかし彼女は知り合が居ない東京で1人で暮らす事になるのだ。福岡でレイプされそのまま東京まで着いてくるような、少しとろくさい彼女が心配だった。


「いろいろ有難う御座いました。ほんとうに助かりました。」

と彼女は言った。


「私を友達だと思って良いからね・・いつでも連絡してね。」


私はそう言って彼女に5万円を握らせた。彼女は潤んだ目で私を見た。東京はいろんな事情の有る人々を飲み込んで、膨らんでいるのだ。彼女が幸せになれる隙間ぐらい、きっとあるだろうと私は思った。


























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