暗黙のルール
「ちょっと!何やってんの!ヤメなさい!コラ!!止めるんだよ!!」
私は声を上げて直樹を叱咤した。
部屋に入って来た直樹がいきなり慎二をボコったのだ。
「何するのよ!直樹!!・・ 慎二の顔にアザが出来たじゃあないよ、見せてごらん・・ ああ、もお・・ 氷で冷やさなきゃあ・・」
私は急いて氷水を作りタオルを浸すと、それを絞った。
「ほら慎二、顔を上げて・・ 唇から血が出ているじゃあないの・・ 何すんのよ直樹! 今度やったら暴行罪で現行犯逮捕するからね!!」
「こいつ浮気してたんだ・・!」
「えーっ! あなたに貞操観念が有ったなんて知らなかった!! いつも三人でやってるじゃあない! 慎二はあなただけのものじゃあない、私のものでもあるんだからね! こんな事絶対許さない!!」
私の怒りに圧倒された直樹は大人しくなった。
「分かったよ、ごめん・・」
「じゃあ部屋から出て行って! 慎二と二人にして!」
私と慎二の関係は男と女の関係では無い。私の妹の様な存在なのだ。いつも一緒にショピングをしたり、美味しいケーキを食べたり、カフェでお茶をする仲なのだ。実際私達がデートしていても、男女のカップルだと思う人はいないだろう。どこから見ても姉妹なのだ。
直樹と私の間には男と女の壁があるのだが、私と慎二の間にはそれが無い。私達には心理的にも姉妹としての繋がりが有るのだ。
「守ってあげれなくてごめんね・・ 何があったの?」
「僕に好きな男が出来たと思ったんだよ。」
「出来たの?」
「出来ないよ。僕はバイだけと、間に女が居ないと無理なんだ。男と男だけでは興奮しないから・・」
「そうなの? 知らなかった。複雑なんだね・・ ごめんね、私に免じて許してやって。」
そう言いながら私は傷ついた慎二の唇にキスをして優しく抱きしめた。
◇ ◇
私に怒鳴られて部屋を出ていった直樹は、夜になっても帰ってこない。
「由美子さんが電話したほうか良いよ。直樹はバツが悪いんだよ。」
と慎二が言う、
「もう少し放おっておこう、頭を冷やした方が良いよ。」
と私は突き放す。刑事の私の前で殴るなんて、本来なら留置所行きなのだ。
私が慎二に聞いた。
「ストーカーの岩本は誰かがお金を払ってベトナムマフィアに殺らしたと思っているんよ。聞くけど、あなたじゃあ無いよね。」
「違うよ! 正直言って、一瞬考えたけどね。だつて由美子さんは切羽詰まっていただろう。でもやらなかった。僕が岩本に会えば何とかなると思って・・お金で解決出来ると考えていたんだ。 僕は由美子さんがやったのかと・・」
「動機が有るのは私だけどね。でも私はやってないよ。いざとなったら警察は辞めろ覚悟だったから。」
「じゃあ直樹?」
「それはないでしょう。彼なら自分で殺る。直樹はそっち方向には頭が回らないから。」
玄関が開く音がする。直樹が帰って来たようだ。
「慎二、笑顔で迎えてやろうか・・」
と私が言うと慎二がにっこり微笑む。
◇ ◇
五反田のマンションに死体が有るとの匿名通報があり調べた結果女性の住民が遺体で発見された。
住民の氏名は鈴木亜衣 34才 独身 無職
死因は窒息死 絞殺では無く何かを被せて殺害したようだ。
スマホが無く犯人が持ち去ったと考えられる。
本棚の横にデスクトップパソコンが有りテレビのモニターと繋がっている。
部屋は荒らされておらず、遺体はベッドの上に仰向けの状態で、争った形跡は無かったが体内からは二人の体液が見つかった。
私がコンビを組む荒木捜査官は署内では売れっ子捜査官だ。彼は元 ITエンジニアでスマホやパソコンに強いからだ。ITエンジニアと言っても彼は、科警研の職員では無くれっきとした警察官なのだ。科警研とは科学警察研究所の事で、ここの職員は警察官ではない。
「パソコン周辺にパスワードが書かれているのが普通なんですよ。紙切れとかノートとかにね。もし忘れたらパソコンが開けなくなりますからね。」
彼の言うとうりマウスパッの裏に紙が貼られておりパスワードやIDが記されている。
「これは、WEBカメラですね。Wi-Fiでパソコンと繋がってると思います。しかしパソコンと言い、モニターと言い、かなり高級機種ですから相当収入が有ったのかも知れませんねえ。」
「高級機種なの?」
「ゲームマシンと言ってパソコン本体だけでも40万以上します。モニターも20万ぐらいしますから・・キーボードやゲームコントローラーなど70万は掛かってますよ。」
「そんなに? それじゃあパパが3人か4人は必要ね。」
「このパソコンには2テラの外付けHDが接続されているんですよ。それにWEBカメラが繋がっていたとなるとこの部屋を訪れた人物などが記録されてるかも知れませんよ。」
パソコンは証拠品として警察に持ち帰り荒木捜査官によって徹底的に調べられる。
「これを見て下さいよ。ウェブカメラはテレビの上に有ったんです。ソファーに座ると丁度正面なんですよ。ソファーの後ろがベッドですから、そこも少し映っています。ほらソファーに座った訪問者が映っています。4人の援助者がいたようですね。女は男を名字で呼んでますし・・話の内容を精査すれば4人を特定できると思います。この中の一人が犯人かも知れませんね。」
荒木君の手に掛ればこのパソコンが宝の山になる。パソコンの中のデジタルデータが証拠に変わる。今の時代は荒木君のような人間がヒーローなのだ。
今、私は荒木君に夢中になっている。オタクっぽい話し方も、眼鏡をちょっと触る癖も、少しおデブな体型も、私は荒木君の全てが好きだ。
好きな人が関西人なら関西弁がすぐに移るように、好きな人がITオタクならITオタクが私に移る。私の成長を支えているのは私の惚れっぽさにあるのだ。だから私の貞操観念の無さは仕方が無い、それは私の成長にとって必要な事なのだ。
動画の記録時間は数百時間あり、それを見るのは大変な仕事だ。荒木君はアパートに持ち帰って調べている。私は彼の部屋に泊まり込んで彼をサポートする。食事を作ったりコーヒーを入れたり・・
「荒木君少し休まなきゃあ・・」私がベッドへ誘うと荒木君が私を押し倒す「違うよ・・ あ・・少し眠った・・ほう・・が・」荒木君は若くて疲れを知らない。私を抱き終わるとすぐパソコンの前に座る。私は疲れて少し眠る。
鈴木亜衣には4人のパパが居た。
斎藤豊54才歯科医師
工藤浩二48才フリーランス
前田亮60才不動産会社経営
大林幸一42才会社員
15万円から25万の円の支援を受けており月の総額75万円になる。
「あの体で、それだけの価値が有るんですかねえ。」
と荒木君が言う。
「有るわよ! だってソープに行ってみなさいよ60分で2万として計算すれば安いぐらいじゃないの。」
私がそう答えると荒木君は何やらぶつぶつと計算している。
「僕も由美子さんに月に60万ぐらいですね。 ねえ・・何で僕と付き合うんですか、イケメンじゃあ無いし・・最近噂になってて。皆があり得ないって噂してるんですよ。僕は直ぐにフラれるって・・」
「何で付き合うかって?それはあなたが好きだからでしょう! 直ぐにフラれるなんて失礼な奴らね。そんな事は無いよ。」
毎回違う相手と金品を貰いながらセックスをすると売春になる。しかし相手が特定の相手なら何人のパパが居ても違法にはならない。社長や政治家が数人の愛人を抱えていても違法ではないのだ。それがおかしいと言うならば法律を変えなければならない。しかし政治家の先生たちは変えようとはしない。その当たりが悩ましい問題なのだ。我々警察は法律を守るのが仕事で有り、間違った法律を改めるのは国会の仕事だ。時代に合わない法律でも守らなければならないのが警察なのだ。
動画には4人のパパ以外にも1人の若い男が写されていた。そして動画の最後にはその若い男が移っていたのだセックスをしながら何かで抑え込まれているようにも見える。ただ男が誰なのかは分からない。残されたDNAは複数あり、パパたちにも協力してもらいDNAを特定していくと不明なDNAと指紋が有った。
日本の犯罪者のDNAデータや指紋データは世界でもトップクラスの情報量を誇る。一度犯罪を犯した者は窃盗だろうと痴漢だろうと万引きであろうと全て登録をされているのだ。
鈴木亜衣の部屋から以前性犯罪で逮捕された男の指紋が発見され、男は逮捕された。男の自供によるとネットで知り合いになり鈴木亜衣が自ら招き入れたそうだ。招き入れた性犯罪者にレイプされ殺されたのだ。
私が荒木君を好きになれば直樹の方は嫌いになるのか?私はそんなに単純ではない。ただ、今は荒木君の方が好きなのだ。私の様な女をだらしのない女と言うのだろうが・・・私は自分に正直すぎるだけなのだ。ただ、正直すぎるのは世間の暗黙のルールに反する。
女は男より劣っているとか・・
人を二人好きになるのはだらしがないとか・・
政治に口を出す女は可愛くないとか・・
レイプされた女は汚れているとか・・
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