汚れた女

山梨県から東京都を縦に流れる1級河川は多摩川である。八王子市当たりから、少し多摩川をさかのぼると、東京都とはいえ農地が広がり、たくさんのキャンプサイトが現れる。そのキャンプサイトの近くに山下家の住宅が有った。

その住宅には仲の良い60代の夫婦が暮らしていた。家の周りには林が有り、その林の中を小川が流れ、自然と住宅の庭とが一体化して、それは美しかった。林からは小鳥のサエズリが聞こえ、その家はまさに理想郷のようだった。


その日、山下夫妻は二人で庭の手入れををしていた。


「助けて下さい、、」

何処からか消え入るような声が聞こえ、妻が耳を澄ました。


「えっ、何なの? あなた何か聞こえた?」


「助けて、、、」


「あなたの後ろ、、木立の陰に誰が居るよ。」


妻にそう言われて夫が振り返ると、木立の陰から若い女の子が精霊のように現れた。

よく見ると、彼女は破れたシャツを着ているだけで下半身は裸だった。


それを見た妻が

「まあ、大変!」

と小さく叫んで彼女に駆け寄った。


「さあ、こっちに来て、、あなた、私の下着とワンピースを出して、、」


妻はその子を家に入れると、破れたシャツを脱がして自分の下着とワンピースを着せた。


「ねえあなた紅茶をいれて、、」妻は夫に紅茶を入れるように促すとその子に話しかけた。

「どうしたの、、 何があったの?」 


「私が不注意でした。レイプされたんです。」


聞くまでもない事だった。集団レイプされたのだろう、身体は汚れていて精液の匂いがしていた。


「お風呂を入れたから体を洗いなさい、、」と妻が言うと、夫が口をはさんだ。


「ああ、、警察に届けるんだろ。それなら、風呂には入らない方が良いよ。証拠が消えるから。」


「届けません。私が馬鹿だったんです。警察に行きたく無いんです。どうせ捕まらないですよ。私を私の車まで送っで頂ければ自分で帰れますから。」


妻が困った顔で夫に言った。


「あなた、、どうする?」


夫が、その子に言った。


「告訴するかどうかは君が決める事だからね、、だけど、どうだろう。私の知り合いの娘が性暴力担当の警察職員をしているそうなんだ、まだ30才ぐらいの若い子だから、その人の意見を聞いてから決めたらどうかな。一人で抱え込むのは大変だよ。」


それに答えて女が言う、


「警察は勝手に調べたりしませんか?そういう事が嫌なんです。」


妻が女に同調して、

「私はあなたの気持ちがわかる、警察の捜査の為にさらし者にされたくないわよね。」


「だからね、それは分かるんだ。警察に介入させないで、專門の相談者に意見だけきくんだよ。相手にこちらの事は知らせないから。」


夫は知り合いの所へ電話をして、そこ経由で私の携帯に電話して来たのだ。


「彼女は酷く傷ついていて世間も警察も恐ています。4人にレイプされたそうで、初めは届け出をしないと言ってたんです。無理をしたら自殺をするかも知れません。本人の気持を無視しないと約束をしてください。」


なんという素敵な夫婦だろうか、被害女性と私達警察の間に入って彼女を守る気なのだ。


「ご夫婦の心配は理解します。どうぞ彼女を守って上げて下さい。私は、こういう時の為に刑事になった性暴力担当刑事です。同じ女性としてレイプ被害者の気持は分かります。どうぞ、彼女に代わって下さい。」

 

暫く被害者と話してみたが彼女の意志は固く告訴はしない事になった。私は事の顛末だけを、電話で聞いた。


被害者の名前は優香、26才足立区在住、

自家用車で1人でキャンプに来ていた。

キャンプサイトで知り合った男に誘われてトレッキング路を外れた。男は素敵な感じで、誘惑されたいと思い付いて行ったのだそうだ。


しかし人のいない場所着いてキスを始めると別の男が3人現れたのだ。押さえつけられ身動きが取れないまま服を脱がされ、次々とレイプされたそうだ。男達が去り、服を探したが何処にも見当たらず、裸では恥ずかしくてキャンプサイトに戻れず。山を下りて民家に助けを求めたのだ。


「ほんとうに大変でしたね。同じ女性として同情します。良い人に助けられて良かったですね、私もあなたを守りますから、私を信頼してください。

レイプ被害者は後になって精神的後遺症が出ることがあります。その時は無理して一人で抱え込まないで、私に連絡してください。」

そこまで話すと、山下さんに電話を代わってもらい、お願いをした。

「警察は介入しませんので今夜はお風呂に入れて、ゆっくり休ませて上げて下さい。明日キャンプサイトまで送って行ってもらえますよね。よろしくお願いします。」


  ◇  ◇


日本の場合レイプ被害者が届け出をする割合は4%だと言われる。米国の45%と比べると異常に低い数字だ。その統計を元に推測すれば周辺のキャンプ場に20人ぐらいのレイプ被害者が居ることになる。届け出率が極端に低いことが捜査を困難にしているのだ。

被害者の世間や警察への不信感は強い。私達の責任は大きいのだ。


  ◇   ◇ 


それから半年後のある日一人の女性が警察に駆け込んた。彼女は山間部で4人組の男にレイプされ、その様子を動画に撮影されたのだ。

それをネタに脅かされ半年に渡って何度も呼び出されレイプをされ続けた。そして彼女は妊娠してしまったのだ。追い詰められた彼女は妊娠した事でパニック状態になり、どうにでもなれと、警察に飛び込んだのだ。


人物確認の結果この4人組が優花をレイプした犯人と同一だったのだ。

犯人たちはたくさんの動画を撮っており21人の被害者が確認出来た。それを元に私は被害者に面会したのだが、告訴に参加する女性は3人だった。

日本社会には性被害者を汚れた傷者として見下げる悪い習慣がある。性被害を減らすためには社会も変わらなくてはならないのだ。


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