指名手配犯アトリエの女
若い女の遺棄された遺体が奥多摩で見つかったという通報で、私は捜査班の一員として現場に急行した。現場は奥多摩川の上流域の河原で地元警察によりブルーシートが張られ、立ち入り禁止の黄色のテープも張られていた。
ところが簡易裁判所から
遺体が発見された場合、遺体発見現場やその状況が分かる写真と、現場の見取り図を添えて、簡易裁判所に
奥多摩湖から東京都心までは車で2時間ほどかかる。現地の警察が現場写真と現場の見取り図を持って都心まで行って、本署で必要書類を添えて申請をして、許可状を取るのだから、場所によっては時間が掛かるのだ。だから一報を受けて現場に急行しても
検証許可状だけではない、
遺体遺棄はそもそも犯罪なので、とても面倒くさい手順になるのだ。
現時点で分っている事は・・
現場は奥玉川上流・・
渓流釣りの男が遺体を見つけて通報・・
近くにリュック・・
リュックの網ポケットにスマホ・・
12才から18才ぐらい・・
リュックは濡れていないので上流から流れ着いたのではない・・
遺体は腐敗しておらず。死後あまり経過していない・・
遺体は目立った外傷は無さそうで、性的被害が有るのかはまだ分からない。
◇ 検証 ◇
現場が本署から遠い場合、現場近くに民宿などの安宿を借りる。経費を抑えるためにその安宿で雑魚寝をしながら捜査をするのだが、女の私はそうもいかないので個室を用意してもらう。女が捜査に加わると経費がかさむ、そのため女は面倒臭がられるのだ。現場の検証が済み、本署での遺体検証の結果分かってきたことは・・
身長は150センチ
体重は43キロ
最近性交渉をしている。
外傷が有るが死後の物であり遺棄された時のものと思われる。
他の場所で死亡し現場に遺棄された。
死後2日から3日で有る。
死亡原因になるような外傷無い。
衣類に損傷はなく下着も付けている。
スマホはシム無しでWi-Fiで使っていた。
Googleにアカウントが有りGメールを使ってる。
スマホの中に写真が数百枚は有る。
カードなどの自分を証明するものが無い。
リュックの中は殆ど衣類
財布の中に現金が3740円
口紅などの化粧道具が少し
薬物検査で覚せい剤使用の痕跡が有る他に、アルコールやカフェインの過剰摂取もあり、現時点では死因が特定されていない。つまり複数の要因が重なって死亡したものである。
この子は何処で暮らしていたのか、奥多摩の近くなのか、都内なのか、それとも他県なのか、何処でどの様に死亡して、誰が現場に遺棄したのか。そしてこの遺体が誰なのか、現時点では何も分からないのだ。
1年間に出される全国の行方不明届は8万5千人以上にもなる。
身元の分からない遺体は事件性の無い者を含めると、全国で年間2万人以上にもなるのだ。そしてその中の数百人は身元が特定されず、身元不明遺体のままで処理されることになるのだ。
この子の場合シム無しのスマホが有りロックが掛けてなかったので、Gメールが本人特定の手掛かりになる。
アカウントはkiyo836でパスワードはクロームの自動記入になっている。
メールはwebメールの着信が残されており送信メールも残されている。
その内容から見るとSNSで知り合った相手とメールでやり取りしていたようだ。
彼女には決まった住所は無く、知り合った相手のアパートを泊まり歩いていたようだ。
クロームの閲覧履歴は残されていてアカウントとパスワードを自動入力に設定しているので閲覧サイトを辿る事が出来る。
彼女が登録していたのは出会い系のハッピーメールと、神待ち掲示板である。
掲示板の登録地域は栃木の宇都宮だ。
この「神待ち掲示板」で泊めてくれる相手を探していたようだ。神待ち掲示板とは女の子が「私を泊めて下さい。」とか「美味しいものを食べさせて下さい」と神様にお願いを書いて神様の返事を待つという趣向で、人の好い神様が彼女らを助けに現れるという仕掛けなのだ。貧困層の女性や家出をした女性が利用しているようだ。
SIMカードが無いスマホと言えど、ネットにアクセスしていたのならスマホは所有者の情報の宝庫だ。本人の好みや人との交流、ネットで買った物や、好きなサイト、人に知られたくない趣味趣向まで、何でも残っている。本人が死亡していても、スマホは多くの事を語ってくれるのだ。
インターネット時代の警察には、ＩＴ系の知識や技術を持った捜査官が必須である。デジタル情報の中には犯罪の事実や証拠がゴロゴロしているからだ。
私より年下のＩＴ系捜査官の荒木君が私に丁寧に説明をする。
「このスマホのクロームは初期設定のままだからGmailも閲覧履歴も９０日間のデータが残っています。あー、別ホルダに移動させたメールは無期限で残るんですが、その設定はしてありません。着信には捨てメールと言って数日間しかアドレスの残らないアドレスも多いですね。」
「数日で自動的に抹消されるアドレスなんですね。それはどのくらい有るの？」
「全部に返信を送れば解ります。アドレスが無ければ英文でエラーメールが返って来ますから。あ、捨てメールはアドレスが有効な期間を自分で設定出来ますので、、５分で抹消される場合もあれば数ヶ月以上有効な場合もあるんです。自分を特定されたくない通信には便利ですね。脅迫とか詐欺にも使えます。」
「なるほど、怪しいサイトの連絡には好都合ね。でも住所不定の女の子に連絡を取るのに捨てメールが必要ですか？」
「どうでしょう、この子が１４才以下なら、アパートに止めれば誘拐拉致レイプになりかねませんし・・ しかし捨てメールの着信が多いですねえ。この捨てメールで送って来る相手は恐らく同一人物だと思います。普通捨てメールなんか使いませんし、捨てメールの存在すら知らない人が多いですから。」
「捨てメールをその都度新しいアドレスで使う場合、相手に自分であることを知らせる必要があるよね。じゃなかったら、相手は誰から来たのか分からないから。」
「ですね・・・件名にこんばんわってあるやつ・・・多分これです。他は件名が無いですから。」
「それじゃあ、それを時系列に別ファイルに並べてくれますか。」
「分りました、直近なので送信メールも残っていますのでそれも時系列に並べましょう。」
▶免許証の写真とれた？
⬅撮れた
▶はめどりは？
⬅まだ
▶なんで？ 簡単だよ。
⬅同時になんて近すぎて無理。
▶カガミが有る部屋か良いよ。
⬅写真まだ？
▶今度の土曜に会うから。
⬅顔が写って無いと駄目だよ。
▶わかってる。
⬅いつもの場所で６時だよ。
▶吉田は何も知らない？。
⬅大丈夫！
「何の話？ 免許証の写真とかハメ取り写真って・・」
「これがスマホの中に入っていた写真です。大変な数です。」
PCモニターには千枚以上の写真のサムネイルが表示されている。この中から免許証の写真とセックス写真を選びだしてみる。
驚いた事に18枚の運転免許証写真と26枚のセックス写真が含まれていた。
14才位の女子にお金を払ってセックスをすれば売春防止法違反、児童福祉法違反、拉致監禁罪などに問われる。警察に通報されたら、場合によっては10年以上の実刑を喰らうことになる。
メールから察するには、遺体の女は写真をネタにしたユスリに加担していた可能性がある。
彼女が出会い系で出会った男とセックスし、隙を見て免許証の写真を取り、セックス中の写真を撮れば、後でお金を脅しとるネタになる。男が大金を取り、分け前を彼女にわたす。これは良くある事だ。
この少女が誰か解らなくても免許証の写真から脅迫された被害者の名前は解る。名前だけてはなく、住所や生年月日まで分かるのだ。
しかも被害者は犯罪者でも有るのだ。その証拠写真が有れば、、少し脅かせば何でも話してくれる筈だ。
◇ ◇
「あなたは齋藤貴樹さんで間違いありませんか。この写真に写っているのはあなたの運転免許証です。こちらは、あなたと少女のセックスを証明する写真です。
正直に全て話して下さい。でないと、貴方は重罪に問われます。」
「僕は罠にはまったんです。掲示板で住む所の無い女の子がいて・・・僕のアパートに泊めてやったんです。ご飯も食べさせてやりました。セックスなんかする気は無かったんです。本当です。でも彼女から迫ってきて何度かしました。僕の部屋に5日ほど居たんです。でもある日仕事から帰ったら居なくなっていました。それから3日程して母親が写真を持って来たんです。200万円で示談にすると言われて・・ 払いましたよ。だって警察に行かれたら僕は終わりですから。これは計画的な犯罪ですよ。僕は被害者です。」
「その母親と言う人は名前とか住所は分かりますか？」
「一応示談書は有ります。示談書が有れば罪には問われないですよね。」
「民事と刑事は別ですから・・ それに、あなたの言うように罠だったら、氏名は偽名でしょうね。まあ警察に協力をして下さい。その方があなたの為ですから。」
示談書に記載された住所氏名は、母親は小林静江、娘は真理。住所は板橋区加賀2丁目のアパートとなっているが、アパートは存在しない。
「僕、示談の時に、アクションカメラを仕掛けて録画を撮ったんです。示談の証拠の為です。」
「そんな物が有るんですか？直ぐに提出して頂けますよね、あなたの件では無く、別件の捜査のためなので、あくまても任意で提出してください。協力してくれたら、あなたの人生が終わらないように、私も協力しますから。｣
「そんな事ができるんですか？」
「貴方が詐欺の被害者なら、あなたの罪は情状されますよ。｣
示談書からは、小林静江と名乗る女の指紋が採取され、録画画像から、指名手配中の連続殺人犯の静江であることが判明した。娘は捜査中の遺棄遺体の女で有る事も確認できた。
静江は数年前に自分のアトリエで、二人の中学生と探偵社の社長を毒殺して、全国に指名手配されている。静江は「アトリエの女」と呼ばれているサイコパスキラーだ。
私は性暴力犯罪担当の刑事だ。
性被害者がらみの事件とは性欲がらみの事件だとも言える。性的趣向というのは複雑だ。女の胸で欲情する男もいれば足で欲情する男もいる。エロい下着で欲情する男もいれば人妻に欲情する男もいる。女だってそうだ、レイプみたいに乱暴なのが好きな女もいれば、逆に男をいたぶると欲情する女もいる。性的趣向は様々だがどれも犯罪ではない。趣向さえ合っていればSMで虐めても、それは愛なのだ。合意が有れば違法にはならない。
現在のように、同性間の恋愛にも寛容な社会になると、何が異常で何が正常なのかの定義はあいまいになる。私の彼はバイセクシャルで男臭さが無く、同性とフェラが出来る変態なのだが、私は彼にぞっこんで別れる気がしない。私が許していて合意が有れば変態は犯罪にはならないのだ。
しかしどのような場合でも合意の無いセックスは違法な犯罪なのだ。暴力が無くても、立場を利用して相手の意思を封じたセックスは、たとえ合意が有るセックスでも性暴力犯罪になる。
◇ ◇
現場検証で忙しかった私は一段落がついたので、ドラゴン工房の彼に会いに行った。暫く会っていなかったので本当に嬉しい。彼は私を見ると両手を広げて「おいでよ！」と言う。私がそばに行くと彼は私を抱えるようにハグをしてくれる。私は嬉しくて涙ぐみそうになる。どうしてこんなに彼が好きなんだろう。私は彼の工房に居る時が一番心が落ち着く、まるで故郷に帰ったように。
「私が捜査していた死体遺棄事件が指名手配中のサイコパスキラーと繋がったんよ」
「サイコパスキラーって？」
「正樹ってサイコパスキラーを知らないの？」
「いや、知らない・・」
「そうねえ・・日本語では精神異常殺人鬼になるかな。」
「何か凄いなあ・・で、具体的にはどんな男？」
「今回のケースは女なんだけどね・・例えば死体に性的興奮したり、遺骨に興奮したりとか、人が死ぬのを見たら性的興奮したりとか・・正樹みたいな普通の変態じゃあ無くて、変態を超えてる異常者なのよ。」
「俺と比べるなよ(笑) 死体とか死ぬのを見て興奮するのかあ・・それは変態じゃあ無くて異常者だわ。俺なら思いっきり引いて、立つものも立たなくなるよ・・」
「その女はね、子供2人と大人と三人毒殺しているんよ。背が高くて超美人で絵画を描くのが趣味なんよ。殺しの現場がアトリエだったので通称アトリエの女と呼ばれているんよね。調べていたらその女にたどりついたんよ。」
「凄いなあ・・お手柄じゃん。」
「そうでも無い・・どこに居るのかも分からないし、ただ被害者だけが居るのよね。それも沢山・・」
「殺されたの？」
「多分・・ でも捜査状況は話しちゃあいけないから・・」
「俺は言わないから・・ちょっとだけ教えて・・」
「死体が1人と行方不明が２人なのよ、多分殺されている気がする。」
「じゃあ6人の連続殺人のサイコパスキラーかよ。」
「多分・・」
◇ ◇
免許証の写真から18人の男性を調べると、1６人の男性が静江と接触して、それぞれ200万から300万の慰謝料を取られていた事が分かった。総額3８00万円以上のお金である。他の二人の男性は捜索願が出ていて連絡は取れなかった。
被害者たちは全員その後の、静江との連絡方法が無く捜査は行き詰まってしまった。
結局、遺棄された女の子の身元も年齢も解からず、被害者たちとの売春の事実も証拠は無く、彼らはお叱りを受けただけで放免となった。
ハッキリしたのは、指名手配中のアトリエの女がネットの中に潜み、したたかに犯罪で利益を上げている事だ。静江は若い女の子を利用して男の弱みをつかみ、大金を脅し取っている、そして簡単に邪魔者は消すのだ
ホラーゲームやホラー映画を好む人は多い。人は人の痛みや死を楽しんでいるのだろうか・・しかしゲームで人の痛みを楽しむのと実際に人を痛めつけるのとでは違う。殺したいのと、実際に殺すのとは違う。そう思うのだが・・ しかし心の中での線引きはどうなんだろう。
人の痛みや恐怖、死や死体が性的興奮をもたらすサイコパスはどの位居るのだろう。想像するだけのサイコパスと、想像を実行をするサイコパスキラーとの違いってどうなんだろうか・・心の中の闇は深い・・
サイコパスキラー・・アトリエの女
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