第38話 アンバーから話をきいてみた

小一時間は経っただろうか。暫くはフシューフシューとおかしな音を立てて荒ぶっていたアンバーの様子が落ち着いてきたようだった。鬼か悪魔かといった、思い出して表現することすら恐ろしい状態からは、今はまだ人と呼んでもいい状態までは戻ってきている。


「お、落ち着きました?」


 しばらく動かなかったマリンは、落ち着いてきたアンバーに恐る恐る声をかけた。そりゃ怖いよね。俺も怖い。


「ちょ、ちょっと取り乱したわ。ごめんね」


 ちょっとか? ちょっとで変な音出るんか? どういうゲームだよ、このゲーム。そうだよ、よくよく考えたらこれゲームの世界だわ。あの怒りのモーションはゲームの映像が見せてるんだわ。リアルでビックリして少し漏……いや、なんでもない。ってか運営は正気か? 悪ふざけがすぎないか?


「いえ、なら良いんです」


 マリンも意外と落ち着いている。俺方がビックリしてたかも。もしかして、最近のゲームはこんな感じなのかも……俺の知らない間にゲームも色々変わっているのかもしれない。


「で、どうしてファーストがこれを持ってるワケ?」


 と、アンバーが俺をじろりと睨みつけてくる。先程までのアンバーならまだしも、普通の美少女になったアンバーならもう怖くなどない。


「いや、最初会った時に『ビー』狩りに連れてって全然アローが当たらないから可哀想だなって」


「で、あげたと……無闇にあげるなって言ったのに」


「いや、アンバーは売るなって言ったぞ」


 アンバーの表情が苦虫を噛み潰したようになっていった。どうやら売るなって言った自覚はあるみたいだな。


「あと、あげたのは私なんです!」


 俺のことを庇おうとマリンが俺とアンバーとの間に割って入ってきた。


「じゃあマリンは今は持ってないの?」


「ぐぬぬ」


 ぐぬぬってリアルで初めて聞いたわ。まあ、庇ってくれたら俺も庇わないとな。と、今度は俺が割って入った。


「あ、いや。また作って渡してあげたけど……」


「はぁ……もういいわ。そもそも三億の価値ある装備をポンポンあげるか普通は……」


 とため息を吐いて呆れた様子で頭を左右に振るアンバーだったが、ファーストはとある言葉を聞き漏らさなかった。


「え? 三億?」


 なら黙ってても仕方がない。話しちゃおうかな。


「あー、そうそう。俺が売り出した『冒険者の服』についた《先発千中》を巡り巡ってアンバーが購入したみたい。で、その値段が三億」


「さ、三億……そんな……返せない」


 今度はファーストがへなへなとその場に崩れ落ちた。似た者同士なんだな。マリンとファーストは。同じ反応してるし。


「いや、そもそも返して欲しいなんて思ってないし」


 と俺が声をかけてあげてもファーストには届いていないのか、地面に突っ伏している。ま、マリンの時もだったけど、こういう時はほっとくしかないかな。いつか元に戻ると信じて。


 と、アンバーも同じことを思ったのか、既にファーストのことは気にしていない様子で俺に話しかけてきた。


「まあ、こういうトンデモ装備を惜しげも無くあげちゃうくらいだから別に……って感じよね」


「トンデモ装備?」


「そりゃそうよ。強化されすぎてだいぶ先の装備と同じくらいの強さになっちゃってるわ。付けられる能力の枠は少ないけど、単純なATKなら引けを取らない。《ジャベリン》なんかは初心者には良いだろうし、《速記》も魔法使うにはありがたい能力ね」


「ああ、そう思ってな。《ジャベリン》なんかは先に行けば無駄スキルになりそうだけど、最初のうちは助かるかなって。あ、もしかしてもう持ってた?」


 と、復活しないファーストではなく俺はマリンに尋ねた。


「いえ、まだのはずです」


「なら良かった」


「なるほどね。わざわざその為に《ジャベリン》を買ったのね」


「いや、買ってないぞ? 《アロー》使いまくってたら勝手に覚えてた」


 アンバーは予想外の言葉を聞いたかのように目を見開いてしまった。


「呆れた……確かに覚えられるとは言ったけど、誰が覚えようとするのよ。普通にボス周回とかして稼いだお金で買った方が早いじゃない」


「まあ、別に早く覚えたかった訳じゃないしなぁ……」


 覚えられるのを知ってたなら別に使い続ければいいだけ。買う必要なんか無いよう思えるけどな……


「早く覚えたいも何も《アロー》を使ってる時に低確率で覚えるって話だったはず。普通ならその低確率を引くなら買うわよ」


「低確率? 覚えるまで使い続ければ覚える確率は百%だろ?」


「もしかして、レアドロップも……手に入れられる確率は百%だと思ってる?」


「そりゃそうでしょ」


 ガチャみたいにお金に限りがある訳でもない。ただ使えばいいだけ、ただ倒せばいいだけなら止めない限りはいつかは手に入るのは必然だろう。そうすると手に入る確率は零か百しかない。当然のことだ。


「久々化石みたいな人見たわ……」


 ただ、アンバーは理解出来ない生物を見るかのような目で俺をみてきた。少し違った様子ではあるが、マリンも同様に頷いている。


 ま、それはそれとしてだな……


「つーかどうするよ、コレ」


「どうにもならんでしょう。ほっとくしか……」


「だよなぁ……」


 地に倒れ伏しているファーストを三人で生暖かく見守るという微妙な空気だけが残った。

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