4話-7『天宮寺』
ユウトたちの危機に突如として現れた真っ黒な少女。彼女に”爆死”と呼ばれたユウトは、驚きで目を見開きながら小さく呟いた。
「ツムギ、なぜ……」
「――黙れ”爆死”」
真っ黒な少女――ツムギは殺気さえ籠もった声で言い捨てる。思わず口を噤んだユウトに、変わらず侮蔑の目で見つめながら言葉を続けた。
「無能に、名前を呼ばれたくありません。虫酸が走ります」
表情、目線、言葉……感じ取れる全てで、少女はユウトへの嫌悪感を隠さない。
「…………」
これ以上何も言えないユウトに対して、ツムギは興味を失ったように視線を外す。次に捉えたのは、突如現れたツムギを警戒して距離を離していた優男だった。
異様なまでに膨れ上がった両脚を見つめて、ツムギは憐憫すら秘めた瞳で優男を蔑む。
「”ヤク”程度で驕り高ぶる。なんて無様でしょう」
「ナ、ナンダと!?」
可哀想なものを見る目とはこういうものだと言わんばかりの視線に、優男は凶笑を打ち消し吠えようとして――
「――ッ!?」
その顔が驚愕に染まる。
まるで始めから其処にいたように、離れていたはずのツムギが間近に迫っていたからだ。
「吠えるな、駄犬が」
右手に持つ片手剣から袈裟斬りを放たれ、優男は大げさすぎるほどのバックステップで一気に距離を取る。そのまま弧を描きながら移動を開始して、蛇男と優男でツムギを挟み込んだ。
油断の欠片もなく得物を構えた優男と蛇男に、ツムギは欠片も気にした様子を見せない。それどころか、心底つまらなさそうな表情で己の武器……片手剣を見つめていた。
「やはり、模造武装ではこの程度ですか」
「……ハ?」
小さいながらも届いたその言葉に、優男は自らの耳が可笑しくなったのではと心から思った。
模造武装が使用者に与える力は、精霊で例えるなら”Dランク”程度だ。”Fランク”であるアリナよりも数倍マシなものの、それでも得られる身体強化はたかが知れている。
(ダガ私ハ、先程の攻撃が見エナかっタ)
優男は迫るツムギの動きを全く察知できなかった。精霊覚醒剤によって”Aランク”並の力を宿している
同じことならば優男でも出来る。だがそれは契約した精霊の力によって成し遂げられるもので、基礎魔術しか扱えない模造武装では不可能だ。
(……ツマリ”Dランク”の身体能力ト、技術のみデ先程の動キを成シ遂ゲタ、と?)
理解した瞬間、背筋が凍りつく。
そして同時に優男は悟った。――目の前の少女は、”神童”よりも化け物だと。
「……シッ!」
相手との実力差を悟ってからの優男の行動は早かった。自らが最も得意とする0から100への急加速によって、一気にツムギへ距離を詰める。
出し惜しみはしない。魔素を”外”から手繰り寄せて魔術を発動させた。
「【
通常3本の水の刃先を出現させる魔術を、精霊覚醒剤の力によって倍増させ6本に増やす。レイピアの刺突と合わせて7部位への同時攻撃は、ユウトでさえも初見で躱しきれなかった。
「…………」
だが目の前の少女は動揺した様子もなく、片手剣を下段から切り上げる。
たったその一振りだけで、水の刃先はレイピアごと
「ナッ!?」
いとも容易く真正面から対処された優男は、驚愕によって目を見開く。少女は呆れたようにため息をつくと、振り上げた刃を返して流れるように袈裟斬りを放った。
「【
振り下ろされる刃が優男へと届く前に、横から蛇男の魔術が撃ち出された。凝縮したコンクリートを更に魔術によって強化した、質量の暴力とも言える砲弾が少女へと迫る。
「芸のない方々ですね」
失望を超えて呆れを秘めた抑揚のない声で言いながら、少女は振り下ろしていた刃の軌道を変え――斬撃が煌めく。
「――ッ!?」
瞬間、重機を用いてようやくヒビが入るであろうほどの砲弾が……幾万に塵と化した。
「わかりませんか? わからないんでしょうか?」
斬撃を空を切る。たったソレだけで風が吹き荒れ、砲弾だった塵が霧散し、1粒すら彼女の肌に届くことはない。
「仕方ないですね、わからせてあげます」
圧倒的すぎる強さにたじろいだ優男たちへ、少女が滑るように前へと踏み出した。
数十mはあったはずの距離が、まるで地面そのものが縮んだように一瞬で消え去って、蛇男の目の前に少女が現れる。
「ク、クソッ!」
苦し紛れで放たれた蛇男の砲弾は掠りすらしない。斬り裂かれることもなく、少女はさも当然のように至近距離の砲弾を避けてみせると斬撃を放った。
「グォッ……!?」
「アナタたちがどれほど足掻こうとも」
派手に倉庫の壁へと吹き飛ばされた蛇男は、そのまま泡を吹いて地面に倒れ込む。少女が刃を振るった隙を逃さず、優男が更に強化された急加速を持って突撃した。
「アナタたちがどれほど策を弄そうとも」
例え高ランクの
――しかし、少女には届かない。まるで背後に目が付いているように、たった一歩、左脚を軸に右脚を回転させるだけで避けられる。
「【
それを優男は覚悟していた。
すぐさま姿勢を崩した状態で魔術を発動。水の刃先が空中に現れて少女を穿つ。
危機的状況になって、優男の魔術は進化した。同時攻撃に全てを賭けるのではなく、己が囮になって致命の一撃を相手に与える戦法を編み出したのである。
――それでも、少女には届かない。
「アナタたちがどれほど努力しようとも」
「……ェ?」
優男は自らの目を疑った。
「
少女が呟いた刹那、彼女は残像を残して――あらゆる方向から迫っていた6本の水の刃先、その全てを
「本物の”天才”には、勝てないんですよ」
鈴がなるような、納刀の音。
「――――」
瞬間、優男の体に数え切れぬほどの衝撃が奔り、彼の意識はそこで途絶えた。
◇
『なん、ですか……あれは』
少女の――ツムギの戦いの一部始終を見ていたアリナは、無意識に言葉を溢していた。
最後の一撃……いや、
あまりに速く、あまりに巧く、あまりに強い。これが彼女の言う”天才”なのだと、否応なく理解させられる。
「殺してないよね?」
だが同じく一部始終を見ていたはずのユウトは、目の前の現実に大して驚いた様子もなく問いかけた。視線の先には、ピクリともせず倒れ込む優男の姿がある。
「ここは日本です。殺す訳ないでしょう」
ため息混じりにツムギが答えれば、ユウトの表情は変わらず硬いものの、若干ながら目尻を下げる。
どうやら安堵したらしいが、それが死んでいない優男に対してか、ツムギに対してかはアリナには分からなかった。
「とりあえず、今は」
一度ツムギから目を背けたユウトは、痛む左腕を引きずりながら立ち上がると、未だに縛られたままのコトネへと近づく。今度こそ強く縛られた縄を切り裂いて、口を抑えるために結ばれた布を解いた。
「ぷはっ! あ、ありがとうございます。ユウト先輩」
口を抑える布で呼吸がしずらかったのだろう。息を荒らげながらも感謝の言葉を口にするコトネへ、ユウトは安心させるように柔らかく微笑む。
「ううん。コトネさんが無事で良かったよ。縛られたところが内出血してるし、奴らに何をされたか分からないから、後で病院に行こう。
ひとまず救援が来るはずだから、此処でゆっくりしていて」
「は、はい。あ、でも、ユウト先輩こそ怪我を……!」
優男からの刺突を受けた左腕には小さな穴が複数箇所空いており、止めどなく血が流れていた。コトネは慌てたように周りを探して、自らの口を抑えていた布とハンカチを取り出して何とか傷口を縛る。
「ありがとう、コトネさん。助かるよ」
「い、いえ! 私のせいでこんな怪我を――」
「――いいえ、違いますよ」
自責の念に囚われ、泣きそうになっていたコトネへ外からの声が掛かった。思わず声がした方向へ視線を向ければ、ツムギが呆れた目でユウトを見ている。
「転入生は『魔術師攫い』の格好の的。それを危惧しないまま、何も考えずに外へ連れ出した”爆死”の責任です」
それに、と言葉を続けた。
「こんな程度の連中に怪我を負うなんて、ワタシなら恥ずかしくて自害しますから」
「……っ!」
遠慮の欠片もない、嫌悪感を前面に押し出したツムギの言葉に、思わずコトネは言い返そうとして……左腕を伸ばしたユウトに止められる。
「事実だから良いんだよ。ありがとうコトネさん」
「ユウト先輩……」
何を言い返そうとも、事実としてユウトは彼らに殺されかけた。対するツムギは息ひとつ荒げること無く、彼らを一方的に倒した。それが全てだ。
同じ
他でもない本人から止められて押し黙るコトネへ、ユウトは安心させるように笑いかけた。そして、静かに見つめ続けるツムギへ視線を返す。
「アリナ、コトネさんを見ていて」
「……分かりました」
妙な雰囲気だとすぐに悟ったアリナは、ユウトの言葉に頷いて
「――――っ」
瞬間、殺意すら秘めた負の視線がアリナに突き刺さる。
あまりの迫力に身構えるアリナだったが、ツムギから向けられる視線を防ぐようにユウトが前に出た。
「……それで、どうしてキミが此処に?」
「ワタシが此処にいては不思議ですか、”爆死”」
質問に質問で返したツムギへ、ユウトはハッキリと頷く。
「不思議だね。どうして
「え……?」
その言葉を聞いて、コトネは疑問符を頭上に飛ばした。
(確か天宮学園って関西の魔術学園だったはず……)
ユウトたちが所属する光来学園は、関東地方の人工島に存在する学園だ。当然、遊びに来ていた街も関東の海沿いに位置している。
関西の学園に通う学生が……それも外出が難しい
疑問の瞳を向けられたツムギは、見下すように目を細めた。
「”爆死”が再び
喋り方は丁寧なものの全く嫌悪感を隠していない声音に、コトネは気持ち悪さすら感じる。
「大人しく諦めれば良いものを」
疑うべくもない。
ツムギという少女はどうしようもないほどに――ユウトを心の底から嫌っている。それこそ、台所に湧く虫のように。
対するユウトも、それを承知の上で対話しているのだ。
「ハッキリ言ってあげます。――こんな連中にすら手こずるようなら、さっさと辞めろ」
もはや殺意ともとれる圧力を打ち放ちながら、ツムギは断言する。
「お前がこの場に居るだけで、お前が無様な姿を晒すだけで、ワタシたちの家名が傷づくと知れ」
「俺はもう、
(天、宮寺……!?)
コトネは何度目かも知れぬ驚愕に見舞われた。
『
『お嬢、
(……うん。天宮寺は
朝廷に代々仕えてきた、華族の中でも上位に位置するのが天宮寺家だ。現在は魔術関連に対して多くの貢献を行い、日本の
(そしてユウト先輩が”神童”と呼ばれていた頃の、家名)
『ということは、つまりあの2人は……』
クウコの言葉と共に、コトネはツムギの姿を改めて見つめた。
彼女を一言で表すのならば、怖いほどに美しい黒。
肩上までの艶やかな黒髪に、鋭い吊り目の黒い瞳。細身の体は黒い制服を纏っており、真っ黒なマスクで顔の下半分を隠している。マスクと前髪のせいで顔が目の周辺しか見えていないものの、かなりの美少女であることが伺えた。
国際交流やファッションの広まりによって、現代ではかなり珍しい純粋な黒髪黒目。丹念に磨かれた刃を思わす雰囲気。
――彼女は、あまりにユウトの面影があり過ぎた。
「今のお前の家名が何だろうと、忌々しいことにワタシたちと同じ血が流れています。お前が
だから、重ねて問います。お前は何故、今も
まるで銃口を突きつけられているような、ヒリつく雰囲気のツムギを前に、ユウトは静かに問いかける。
「それが、キミの聞きたかったことなんだね」
その問いに、ツムギは「えぇ」と頷いた。
「普通に考えればおかしいでしょう?
消えるのは一定以下の精霊と契約した、人生ガチャで失敗した人たち。大体の人は”Cランク”以下なら諦め、別の道を探し……中には”Bランク”でもその道を諦める人は居ます」
そもそもの話になるが、”契約の儀”に辿り着ける人は多くない。精霊と契約するための最低条件は”外”に存在する魔素を感知できることであり、そしてそれが出来る人は限られている。
魔素の感知は努力すれば誰でもいつかは出来るようになるが、それを中学卒業までに身に着けられる者は少ないのだ。
運良く、または必死の努力によって魔素を感知できるようになった人間は、そこまでしてようやく”契約の儀”という人生ガチャを試すチャンスが与えられる。人生でたった1度のガチャで、高ランクを引けなければ最後……
”Aランク”を引き当てる確率は実に1%未満。”Bランク”ならば5%。”Cランク”なら10%。”Sランク”は世界に十数人しか居ないし、”SSランク”に至ってはたった1人のみ。
つまり、何とか魔素を感知できるようになった80%以上は――
「ですがお前は今もなお、
”Fランク”。それは『世界で唯一』という共通点を持ちながら、”SSランク”とは真逆の存在。
世界で誰よりも弱い精霊と契約した彼は、故に人生ガチャで失敗中の失敗を引き当てたのであり――だからこそ”爆死”と呼ばれた。
”Cランク”や、下手をすれば”Bランク”の精霊と契約した人が諦める世界で、何故か”Fランク”が立っている。確かに、知る人が知れば発狂しかねない事実だろう。
「誰もがお前を肯定し、お前に期待をかけている。――ワタシは、それが許せない」
言いながらツムギは手に持っていた模造武装を放り投げた。クルクルと回転して、ユウトの足元にソレは突き刺さる。
「何の、つもりだい」
「決まり切っています」
疑心を秘めたユウトの言葉にツムギは顔色を変えること無く、腰に帯剣していたもう1つの模造武装を抜き放った。
「丁度良い観客も居ますから、教えてあげるんですよ」
「……!」
チラリと、ツムギの視線が一瞬だけコトネへ向く。
「お前にかけている、その期待はあまりに荒唐無稽なものだとね」
「――ッ!」
瞬間、火花が散る。
何の予備動作もなく、ツムギは突如としてユウトへ襲いかかった。いち早くその動きを察知したユウトは、足元に突き刺さっていた片手剣を手にしてツムギの斬撃を真っ向から打ち合う。
ほぼ同時にユウトはせめぎ合う刃をズラして、ツムギの体制を崩しに掛かるが――
「相変わらず、技術に特化した戦い方」
「ぐッ……!?」
――
滑らせようと僅かながらにズラした刀身に、すぐさまツムギが追いついてくる。先ほどよりも無理のある体制で鍔迫り合いが起き、ユウトの顔が僅かに歪んだ。
「ほら、お互いに模造武装ですよ。……女に押し負けるんですか?」
「ッセァ!」
気合と共に吠えて、ユウトは無理やりにツムギを力押しで吹き飛ばす。
ユウトらしからぬ戦いに、アリナたちは思わず動くことすら忘れて目を見開いた。対してツムギは、面白おかしそうにクツクツと笑う。
「ねぇ”爆死”の精霊さん」
「……っ」
いきなり話の標的とされ、アリナは思わず身を固くした。
「こう思ったことがありませんか? 『どうしてこの人と契約したのは私なんだろう』って」
「――――ッ!?」
ビクリとアリナの肩が震える。
まるで心を読んでいるかのように、ツムギは的確に彼女の考えを言い当てた。あからさまに動揺を見たツムギは、目を愉快そうに細める。
「その疑問の答え、教えてあげます」
「え……?」
マスクで隠れて見えないはずのツムギの口が弓なりに大きく歪むのを、何故かユウトは理解し……同時に悟った。
今ツムギは――
「
そうして、彼女は言った。
「――病弱なの」
彼にとって目を背けたい事実を。
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