4話-3『天宮寺』

 ウソで騙られたリョウヤによるユウトの過去話は、実に1時間にも及んだ。途中からはユウトも完全に止めることを諦め、できるだけアリナたちの反応を見ないように空を見上げることしか出来なかった。


「ふー、とても有意義な話だったよ。リョウヤ、ありがとう」

「俺も聞きたいです南茂先輩!」

「あ、ズルい私も!」


 そんな地獄のような時間も、エリーのチームメイトが合流したことでようやく幕を閉じる。……と思われていたのだが、存外エリーのチームメイトもリョウヤの話に興味を持ってしまっていたようだった。


「はは、タイガにクルミちゃんも興味津々だね。こんな話で良けりゃあ、今度にでも話してやるよ」

「おお!」

「やったー!」


 ハツラツとした少年――タイガと、ポニーテールが特徴的な少女――クルミが嬉しそうな声を上げる。妙にリョウヤと気が合いそうなエリーのチームメイトたちは、3人でヤイヤイ騒いでいた。


「あの、次の機会にはエリーさんのお話も是非聞かせてください!」

「ん? あぁ、ボクの話でよければ喜んで。コトネ」


 今回の時間を通じてだいぶ打ち解けられたのか、エリーとコトネもご機嫌に笑いながら喋っている。


 そんな青春を謳歌する学生たちを、ユウトはどんよりした顔で見つめていた。ひとりだけ完全に除け者なユウトに、そっと影が差す。


「随分と、ふふっ。お辛そうですね?」

「笑いながら心配されても嬉しくないよ……」


 顔の大半を隠したゴーグルに無感情な声でも、流石に最近は感情の機微になんとなく察しがつくようになってきたユウトは、半ば睨みつけるような視線でアリナを見上げた。


「それはすみません。……でも、少し私は嬉しいです」

「どうして?」


 嫌いな人間の恥部を聞けたからだろうか。とネガティブなことを考えていたユウトの視界で、彼女の口元がほんの少し緩まる。


「さぁ、何故でしょうね」

「……あっそ」


 はぐらかした答えに、ユウトは素っ気なく呟いて視線を下ろした。それを見てから、アリナも視線をユウトから離して今もなお盛り上がる3人を見つめる。


 リョウヤが心の底から楽しそうに語った過去話が大嘘だということを、実のところアリナは察していた。


 全てが嘘じゃないことも。


 嘘の中に潜む本当の話。たった1ヶ月という時間であっても、ユウトを側で見続けていたアリナにはなんとなく分かってしまっていた。


 彼は昔から傲慢で、強欲で――誰よりも努力をしているのだと。


(親近感、ですか)


 少しだけ嬉しくなった原因を、心の奥底でアリナは呟いた。だが、同時に覚えるのは違和感。


(……彼は誰から見ても才能がある。それは魔術師ウィザードとしても)


 戦闘に関して、身体能力や技術、経験が飛び抜けて高くても魔術師ウィザードになれない人間はごまんといる。


 だがユウトは違うのだと、アリナはそう感じていた。


(『魔素の呼吸』なんてものを発見して、しかも使いこなす。それほどの魔素を操る力を持っているのだから)


 この世に神がいるとするならば、これほど愛された人間などそう居ないと思えるほどに、黒井クロイ悠隼ユウトという人間は高みに立っている。


(なのにどうして、”Fランク”である私と契約したのだろう)


 思考が行き着く先はいつもこの疑問だった。封印が解かれてからずっと胸の端でこびりつくシコリに、今もなお答えが出ることはない。


「さて、そろそろ行こうか」

「……はい」


 結局、今回も例に漏れずアリナの心の奥底にその疑問は仕舞われた。ユウトとアリナは、今も騒いでいるリョウヤたちの元へと近づいていく。



「――聞くに堪えないお話」


 彼らを見つめる、影の存在に気づくことも無く。



                  ◇



 それから暫く後、大量のアパレルブランド名がついた紙袋を引っさげたレギンレイヴと合流する。人間6人、精霊6体と大所帯となったユウトたちは、モールの広間に集まっていた。


「あー、遊んだ遊んだ」

「思った以上にリフレッシュできたね」


 満足そうな表情の仲間たちにユウトは微笑んで、近くにある時計台を見上げる。気づけば日が沈み始める時間帯だ。そろそろ頃合いかと、学園へ戻る算段をつけ始める。


 ユウトたちが通う光来学園は海上に作られた人工島だ。日本という極小の国では魔術師ウィザードの育成が満足にできない。そのため、国が総力を上げて膨大な広さをもつ人工島を作り上げ、それら全てを学園としたのである。


 いわば学園都市ならぬ学園島。故に街から学園へと戻るためには、少なからぬ時間を必要とする。コレぐらいの時間から動かなければ、余裕を持って門限に間に合わないだろう。


「あ、あの……すみません」

「ん? どうしたのコトネさん」


 スマホを操作して帰りの交通機関を調べていたユウトに、恐る恐ると言ったふうにコトネが声を上げた。


「えっと、その……」

「おーいユウト、帰る前にトイレ行かせてくんね? 漏れそう」


 少し恥ずかしそうに言葉をつまらせていた彼女に、リョウヤが軽い口調で言いながら股間を抑える。大体それで何が言いたかったのかを把握できたユウトは、周りの人を見渡した。


「そうだね。学園に着くまでそういう時間もないだろうし、少しだけ自由時間にしようか。20分後にここで集合でいい?」

「さんきゅ〜」


 各々が頷いて別れていく中、ユウトは特に催している訳ではなかったので近くのベンチに腰を落ち着ける。ふと、その隣にアリナが座った。


「今日はなんだか、1日が早かったです」

「ん? あぁ、確かに」


 肯定しつつ、ユウトは自らと契約した精霊をチラリと見る。


「すっごいデリカシーのない質問していい?」

「……内容によります」

「アリナってトイレとかするの?」


 瞬間、ツムジに衝撃が奔った。


 目の前が真っ白になったユウトは、凄まじい痛みに唸りながら顔を伏せる。視線だけを上げれば、怒りを滲ませながら右手で拳を作っているアリナが見えた。


「最低です。このノンデリマスター」

「いや……だって、普通の精霊は人間とそこら辺は変わらないからさ」


 本来この世界の生命体ではない精霊は、存在するために与えられる魔力を用いて器を用意する。作られた器はこの世界の生命体と殆ど同じ構造のため、人間と同じくご飯も食べられるし寝ることも可能だ。


 とはいえあくまで可能である、というだけで別に必須ではない。魔力を用いれば常に最高のコンデイションに器を維持することもできる。まぁ、基本的に娯楽の1つとして楽しんでいる精霊が多いようだが。


「でもアリナの場合は、普通の精霊とは違うだろう? 今まであんまり気にしなかったけど」

「……そういうことですか」


 アリナはため息を溢して、ふるふると首を横に振る。


「私は人間が必要とする行為の殆どができません。飲食なら可能ですが、それも味を感じませんし」

「ま、そうだよね」


 1ヶ月間共に過ごしていたのだから、ユウトも元々何となく察していた。あくまで知的好奇心と今後のための確認である。


(だけど、なんだかなぁ)


 胸にこみ上げる不満を飲み込みながら、ユウトはチラリと気づかれないように見つめた。


 どう見てもアリナの外見は生命体ではない。人間の造形はしているものの、全て機械で作られているのだから人間のような器官や感覚は存在しないのだろう。


(知ってほしいと思うのは、エゴなのかね)


 今日遊んでいたアリナの雰囲気にそういうものの憧れが見えた気がして、ユウトはそう思っていた。


「…………」

「…………」


 それから2人は特になにもせず、特に話すこともなく広場で行き交う人々を眺めていた。元々、2人はそう喋る組み合わせではない。リョウヤやフウカがいればまた別なのだが。


「ふぃー、出たでた」

「デリカシー無いよ、リョウヤ」

「それを貴方が言いますか」


 5分後、リョウヤたちが帰ってきて、とりとめのない話をしながら時間を潰す。


「へぇ、1年の間じゃまだ意見割れてんのか」

「そうっすね。学園長からの話なんで納得したヤツも多いっすけど、やっぱまだ黒井先輩を疑ってるヤツもいるっす」


 リョウヤの問いかけに応じたのは、エリーのチームメイトである男子生徒――タイガだ。


 かなり短い赤茶色の髪に、明るめな赤色の大きな瞳が特徴的な、活発そうな雰囲気が溢れ出ている。顔が童顔で、身長も160cmほど。エリーよりも身長が低いせいか、少年という言葉がよく似合った。


「まぁ簡単に納得はしてもらえないよね。”Fランク”が”Sランク”に勝ったのは」

「同学年は元々ユウトの努力見てきた奴らだし。3年生も檜山先輩のお陰でだいぶ緩和されてるからな。1年はまだ疑ってもしゃーない」


 話題の内容は1ヶ月前に行われたユウトとエリーの<魔術戦争マギ>についてだ。一時期は八百長と疑う目が多かったが、ひとまず学園長から説明があったことで落ち着いてはいる。とはいえ、やはりまだ疑問視する声も少なくない。


「いやでも俺は信じてるっすよ! エリーがアレだけ憧れてる先輩だし、それにロマンあるじゃないっすか!」

「ロマン?」


 思ってもみなかった評価に、ユウトは思わず単語をオウム返しする。


「俺の契約してる精霊もランクは低いんすけど、体には結構自信あるんすよ! だから、黒井先輩みたいに戦えるかもって!」

「――――」


 憧れで目を輝かせるタイガから視線を外して、ユウトは空を見上げた。その眼差しはどこか揺れていて。


「そうだね。そうなると、良いね」


 含んだ物言いにタイガが疑問を覚える前に、リョウヤは声を上げる。


「なぁ、コトネたち遅くねぇ?」

「……確かに」


 ふと時計台を見上げればすでに20分は経っていた。スマホを取り出して通知を確認してみても、連絡はきていない。


 ユウトとリョウヤが持っている女性陣の連絡先は、チームメイトであるコトネだけだ。ならばとタイガにもスマホを確認してもらおうとして、


「ん、電話?」


 タイガのスマホがタイミングよく着信音を鳴らす。頭にハテナマークを浮かべたタイガが、スマホを操作して耳に当てた。


「もしもし、エリー? どうし……え? お、おう。分かった」


 困惑したようなタイガがそこで一度スマホを耳から離して、ユウトへと差し出す。


「黒井先輩、エリーが変われって。なんか慌ててる感じっすけど」


 嫌な予感で体が少し震えるのを感じながら、ユウトは受け取ったスマホを耳に当てた。


「エリー、ユウトだ。一体どうしたんだ」

『ユウト! すまないッ』


 エリーの悔しそうな声が聞こえる。彼女は一瞬だけつっかえたように声を詰まらせて――


『――コトネが、攫われた』


 今日は、まだ終わりそうになかった。

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