4話-2『天宮寺』

「やぁユウト。元気にしていたかい?」


 そこに居たのは、白みを帯びた金の髪に、髪に比べて柔らかな金の瞳が特徴的な純外国人。制服が男物で、俳優もビックリの美貌、更にお団子ヘアで1つに纏められた髪によって、一見どこかの王子様のよう。


 しかし彼女は決して王子様で終わる存在ではない。なにせ中等部の世界大会で準優勝した、北部ヨーロッパ代表メンバーがひとり……”白亜の騎士”その人なのだから。


「エリー、どうしてこんなところに?」


 若干驚きを含んだユウトの問いに、エリーは余裕さを感じさせる柔らかな笑みで答える。


「参加試験の合格祝いと、メンバーとの交友を深めるために打ち上げをね。見たところ、キミたちもそうなんだろう?」

「あぁ。……っと、紹介するよ。俺のチームメンバーの、コトネさんとリョウヤだ」


 ユウトに促されてコトネは慌てて椅子から立ち上がると勢いよく頭を下げ、リョウヤはヘラヘラと軟派な笑みのままで軽く手を振った。


「あっ、えっと。い、1年生の風鳴カザナリ琴音コトネです! よ、よろしくお願いしますっ!」

「うん。エリー・レンホルムだよ。同級生同士、よろしくね」


 挨拶にエリーは頷くと、そっと手を差し伸べて握手を求める。ワタワタとしながらも握手に応じたコトネだったが、随分とフレンドリーな距離の詰め方にタジタジな様子だ。


南茂ミナモ亮也リョウヤってんだ。コイツの幼馴染ってやつ。よろしくな~騎士さま」


 問題は、この後である。


「――キミはユウトの幼馴染なのかい!?」

「うわぁッ!?」


 急激に顔を近づけてきたエリーに、思わずリョウヤは両目を大きく開けて椅子から飛び退く。人によって傷付きそうなその挙動に、しかしエリーは気にした様子もなく目を輝かせながらリョウヤに詰め寄った。


「本当なのかいそれはっ!?」

「あ、あぁ……」


 女性慣れしているリョウヤでも、流石にここまでの美人に迫られるのは慣れていないらしい。若干頬を赤く染めながら、コクコクと頷いてみせた。


「それなら是非とも昔のユウトの話を聞かせて欲しいな!」

「ちょ、ちょっと待ってエリー!」


 雲行きが怪しくなり始めた会話に、思わずユウトはリョウヤとエリーの間に割って入る。


「そ、そっちの他の面子は見かけないけど、どうしたの?」


 周りを見渡しても、ユウトたち以外に学園生らしき男女はいない。


「ん? あぁ、その事か。他の2人とはハグレてしまってね。レイヴも意気揚々とアパレルショップに突撃していったから、少し困っていたんだよ。まぁボクは目立つし、ここらでお茶でもしていようとね」

「……なるほど」


 確かにキラキラ王子様系の美貌を持つエリーが居るせいで、店の周りは簡単な人集りが出来ている。中には思わず写真を撮っている人までいるが、流石にちょっと辞めて欲しいとユウトは思った。


 恐らく世界どこに居てもエリーはその外見から目立つ。というより、実際に目立ってきたのだろう。なるほど、こんなに目立つなら手探りで人を探すよりも、何処かで待っていたほうがずっと賢い。


 思わずエリーならではの対処に感嘆してしまったユウトは、完全な隙を晒してしまった。――それを見逃すほど、エリーは甘くない。


「それでリョウヤ、過去のユウトについて色々と教えてくれないか? 代わりにキミの頼みを1つ、応えられる範囲で応えてみせようじゃないか」

「え? マジ?」


「コトネ、キミも聞きたくないかい? あのユウトの過去を」

「う。た、確かに……」


「ちょ、ちょっとエリー!?」


 気づけば2人は完全に懐柔されていた。リョウヤは貰える代価を前に話す気満々で、コトネも申し訳なさそうにしつつ聞く体制である。


「……私も、気になります」

「アリナまでっ!」


 そして決定打は、ユウトの精霊であるアリナだった。



                  ◇



 ――当時の彼を一言で表すのならば、”神童”ほど似合う言葉はないだろう。


「はあぁ――ッ!」

「…………」


 片手半剣バスタードソードを上段で構えながら迫る少年に対し、片手剣を持った黒髪の少年は一歩だけ前に踏み込む。振り下ろされる刃が加速しきる前に、刀身の腹を自ら当てた。こちらの負荷が掛からないように、頭上から落ちる力の流れを緩やかに流してゆく。


 イメージするのは、なだらかな川。全てを優しく包み込み、力の流れを拒まず、しかして受け止めず、ほんの少しだけ向きを変えるだけで良い。


「ぅえ?」


 それだけで、人はその微小な違和感を感じ取れずに全力で斬撃を振り切る。視界の端に映るのは、まるで初心者のように大きく姿勢を崩した少年の姿。この大きすぎる隙は、見逃すほうが難しい。


「【ストライク】」


 最小限の魔素を”外”から手繰り寄せて、最低限の力で魔術を放つ。隙だらけなその背中に爆炎が直撃し、少年の身を守る結界値HPの砕ける音がした。


『――勝者! ”天宮寺テングウジ悠隼ユウトッ!』

「わあぁぁぁっ!」


 周囲の観客席から惜しみなく浴びせられる歓声に、黒髪の少年――ユウトは一瞥もせずにフィールドから離れてゆく。


 選手入場口を抜け、待機室の扉を開いたユウトを待っていたのは、昔から変わらず軟派な笑みを浮かべる少年、リョウヤだった。


「さっすが”神童”。開始して数秒で優勝候補を倒すとか、半端じゃねぇぜ」

「……当たり前だ。俺は”天才”なんだからな」


 短く答えると、ユウトはすぐさま腰に差していた片手剣――模造武装を抜き放ち正眼に構える。それは意識を集中させたいとき、気持ちを落ち着かせるときに行うユウトの癖のようなものだった。


「さっきの試合が準決勝だから、決勝戦まで結構時間あるな。今のうちに昼飯とか食べとくか?」

「必要ない。体が鈍くなる」


 半ば自動的に返事をしながら、ユウトは剣を振るう。一振り一振り、緻密に、微細に、かつ最速を目指しながら振るい続けた。


 試合が終わったばかりで鍛錬に打ち込むユウトへ、思わずリョウヤはため息をつく。


「ならせめて少しは休んどけよー。お前、マトモに寝てないだろ」

「2時間は寝た」

「2時間って……。よく体が保つよな」


 報告された睡眠時間は、寝たと言い張るには無理があった。とはいえ、リョウヤから見たユウトは健康体そのもの。睡眠不足らしい徴候は欠片も見当たらない。


 非難めいた視線を受けながらも、特に気にした様子もないユウトは少しずつ剣の型を変えてゆく。


「それで回復できるように体を作っている。”凡人”であるお前らと違ってな」

「さいですか……」


 やがて彼の振るう軌跡は単純な型から連続的な型へと変わっていき、いつしか舞のように地を滑り始めた。


 ――これは剣舞だ、とリョウヤは思う。


 空気を切り裂く音が流れる曲で、振るう刃が依り代。ならばこれは誰に向けた祈祷なのだろうか。


(自分に、だよな)


 今や”神童”がひとりと謳われ、中学2年でありながら全国大会で優勝する一歩手前まで来ているユウト。普通なら多少なりとも浮かれてしまう現状の中で、彼は


 睡眠時間を短くできる体を作ったのも、盛大に祝福される歓声を興味を示さないのも――己を”天才”と自称して、他者を”凡人”と蔑むことでさえも。


 自信のなさを、言い換えるのならば自己肯定感の低さを、如実に表していた。


 だから彼は舞う。斬撃音を祝詞に、剣を依り代に、足運びの音さえ消して、静かに祈るのだ。


 どうか、どうか――、と。


「――ッ」


 そうして、自分自身に向けた祈りの舞が終わりを告げた。ユウトの全身は凄まじい量の汗で覆われており、下手な試合よりも疲れているように見える。


 荒い息をどうにか抑えつけて、ユウトはリョウヤに視線を向けた。


「リョウヤ、決勝までどれくらいだ」

「あと20分ってとこかな」

「タオルで拭くか……」


 残り時間を聞いて明らかに落胆した様子のユウトに、どうやらシャワーを浴びたかったらしいのだと悟って、リョウヤは思わず苦笑を漏らす。


 幼馴染みの様子を歯牙にも掛けず、ユウトはため息をひとつ溢してからその場で脱ぎ始めた。そのまま、大量に汗を吸い込み重くなった運動着を適当なベンチに放り投げる。


「…………」


 瞬間、リョウヤの視界に入ってくるのはおびただしい数の傷痕。およそ平和な現代を生きる若者の体とは思えぬ傷だらけの背中を見るたびに、リョウヤはいつも言葉を失ってしまう。


 ”神童”と呼ばれる少年、天宮寺テングウジ悠隼ユウト。今どき珍しい黒髪黒目で、無造作に掻き上げられた髪から鋭い眼光が覗く、幼馴染であるリョウヤにして怖いと思わせる少年だ。


 もうひとりの”神童”アーサー・クラウンと唯一肩を並べる存在として、いま世界中で注目されている。誰もが彼を、誰よりも才に恵まれた神の愛子と信じてやまない。


 ――本当は、才能で片付けられないほどの努力を積み重ねてきたというのに。


 一体彼がどれほどの自身の肉体を虐め、自らの血と汗に溺れてきたのか。それは幼馴染であるリョウヤも全ては知らない。聞いても、恐らくユウトは答えてくれないだろう。


 それでも分かることがある。


「やっぱり、お前は”神童”だよ」

「――――。何を当たり前なことを言っている」


 彼を一言で表すのならば、”神童”ほど似合う言葉はない。”爆死”と呼ばれる現在も、リョウヤはそう思い続けている。



                  ◇



「でさぁ! ユウトのやつ、周りの歓声に対して『ふっ、俺は”天才”だからな』なんてカッコつけちゃってさ! 澄ました顔でいやがんの!」

「もうホントにやめてくれ……」


 30分ほど経っただろうか。モールにあるカフェのテラス席、そこは地獄だった――主にユウトにとって。


 話しているうちに楽しくなってきたらしいリョウヤは、それはもう様々なジェスチャーを加えながら、過去話を思い切り誇大して語っている。


 誰も歓声に対して『ふっ、俺は”天才”だからな』なんて済ました顔で言っていない。気にも留めていなかっただけで。


「やっぱりユウトといえばその傍若無人な態度だよねっ!」

「え、えぇ……ウソぉ」


 エリーは目をキラキラさせながら頷き、まるで恋する乙女のように両手を前に合わせて拡大解釈された話に聞き入っている。彼女にとって過去の自分は一体どのような存在なのか、聞きたいような聞きたくないようなユウトだった。


 何気に見ていて一番辛い反応をするのがコトネである。披露されるエピソード1つ1つを聞くたびに顔をしかめて、ドン引きしていた。チラリと事あるごとにユウトを見つめるのが更に辛さを増している。


「えー、そのときのジコチューなユウっち見てみたかったー!」

「……まぁ、人の過去はそれぞれじゃけぇのぉ」


 フウカは無邪気にはしゃいでいるのでマシな部類であるものの、たまにグサリと突き刺さる一言のダメージがでかすぎた。クウコの、その生暖かい目も地味に心へダメージを負う。


 だが何よりユウトにとって耐え難いのが――。


「……ッぷ」

「クッソぉ……!」


 ユウトの隣で永遠と肩を震わせて吹き出しているアリナだった。


(機械人形な見た目して人間みたいに笑いやがって!)


 その笑い声も機械のため抑揚がないのが更に腹立たしい。せめて感情が乗った声色で爆笑してくれた方が幾分かユウトの気分は楽だった。


「そしたらさ、ユウトのヤツ負けた選手になんて言ったと思う!? 『気にするな、お前に落ち度はない。ただ、俺という”天才”を相手にしたことが運の尽きだったのさ』だってよ! ひー、面白すぎるって!」

「お前ほんっといい加減にしろよッ!」


 本当に欠片も言った覚えがない話で爆笑するリョウヤに、ユウトは青筋を立てて叫ぶ。


 結局、ユウトの過去話という名のユウト弄りはエリーのチームメイトが合流するまでの間、続けられたのだった。

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