4話-1『天宮寺』
「リョウヤーっ! ユウカあれ食べたい!」
「はいはい。ったく、お前どんだけ食うんだよ」
「クウちゃんも何か食べたいものがあったら言ってね」
「ありがとの、お嬢」
綺羅びやかにガラスケースの中で輝くクレープへ突撃するフウカに、それをため息混じりに追いかけるリョウヤ。側に寄り添うクウコへと優しく笑いかけるコトネ。
思い思いにはしゃぐ面々を見ながら、ユウトは自身の隣に立つ機械少女へと目を向けた。顔の大半を覆うゴーグルによって普段から表情が見えない彼女は、しかしどこか困惑しているように見える。
「どうしたんだい、アリナ」
顔全体を左右に揺らして周りを見渡しているらしいアリナに、ユウトは優しく声をかけた。
「……いえ。その、初めてですから」
なるほど、と納得する。
「俺も、学園から外に出るのは久しぶりだな」
アリナと同じように周りを見渡せば、そこは普段過ごしていた学園とは全く違う風景が広がっていた。
周囲は様々な店が立ち並んでおり、歩く人々も老若男女さまざま。ユウトたちが居るフロアから上は吹き抜けとなっており、円形状に2階、3階と続いている。2階あたりの吹き抜けの柵から、『光来ショッピングモール』という文字の看板が下げられていた。
「普段、学園生は街に出られないからね。目一杯、見て回ると良いよ」
「……はい」
そう言ってユウトは笑いかけると、アリナはおずおずと頷く。
ユウトたち3人が無事に参加試験を合格してすぐ、リョウヤからとある提案があった。
『試験合格を祝して、打ち上げしようぜ!』
本来、参加試験の合格程度でわざわざ打ち上げすることもない。……が、残念ながらユウトたちが受けた試験は普通とはかけ離れていた。
なにせ学園の遠距離タイプでも1,2を争う
(まぁ、
檜山が実際の<
とはいえ、かなりの難易度である参加試験を合格したことは事実である。それを皆で分かち合おうと、リョウヤは打ち上げを発案したのだった。
「むー……」
「どうしたんだよ、フウカ?」
と、ユウトの視線の先で美味しそうにクレープを口いっぱいに頬張っていたフウカが、不意に不快そうに眉をひそめる。元気っ子なフウカらしくない表情に、リョウヤは視線を下げて問いかけた。
「やっぱりコレ、外しちゃだめ? 魔法使わないからー」
彼女が不快そうにする理由、それは首元に着けられた黒いチョーカーだった。見れば、アリナやクウコも同じようなチョーカーを首につけている。
「ダメダメ。それがなきゃ俺たちは外に出られないんだから。ちょっと我慢しててくれ」
「むーっ!」
不機嫌そうに唸るフウカを必死に宥めるリョウヤを尻目に、同じくクレープを頬張っていたコトネは、隣に行儀よく座るクウコへ目を向けた。
「クウちゃん、やっぱりその
「ま、多少はの。じゃがコレのお陰で外に出られるんから、文句はゆわん」
そう言ってクウコは差し出されたクレープをがぶりと一口。ニンマリと大きな口が嬉しそうに吊り上がった。
2人の様子を見つめていたアリナは、自らのチョーカーに手を伸ばす。
「……そんなに、気になるんですか?」
「あー、アリナはあまり気にならないかもね。魔力量が多い、言ってしまえば高ランクの精霊ほど違和感を覚えるらしいよ」
ユウトはそう言って周りに視線を送れば、好奇の目がこちらへ集まっているのを感じた。
「俺たち
「だから
精霊の全員が身につけている黒いチョーカーは『魔封帯』と呼ばれており、名の通り精霊の力を封印する帯である。詳しくいえばその源である魔力を、だが。
「そうだよ。ついでにコレもね」
補足したユウトが軽く右手を上げれば、人差し指の指輪にはアリナたちが身に着けているチョーカーを小さくしたような帯が巻き付いている。精霊と魔石に巻きつけることで、互いのリンクを無理やり弱めているのだ。
「ですがコレ、外そうと思えば簡単に外せますけど……」
「あくまで今は力を使えませんよっていうアピールだからね」
それに、と少し遠い目をしてユウトは続ける。
「完全に力を封じるとなれば、掛かるコストも一気に跳ね上がるし……」
「……あぁ、なるほど」
ユウトの口ぶりで、アリナは自らに施されていた封印を思い出す。どうやらアレは、かなりの費用と手間をかけて施されたものだったらしい。
「ま、そういうわけだから周囲の目は気にせず、今日は楽しもうか」
「……えぇ、そうですね」
2人して軽く笑い合い、ユウトたちもリョウヤたちが食べているクレープを買いに店へと足を伸ばした。
◇
「ふぅ、落ち着いたー」
「ちょ、ちょっと疲れちゃいました」
6人(3人と3体)は、ショッピングを楽しんだあとモールの中にある喫茶店で腰を落ち着けていた。流石に店の中で精霊たちを居させるのは憚れたので、外にあるテラスで一息つく。
「にしても2人とも、色々買い込んだね」
「そうか?」
「そうです……か?」
苦笑するユウトの視界には、幾つもの紙袋が2人の左右にどっさりと積んであるのが見えた。対するユウトたちは小物を数点ほどである。
「ユウトが買わなさすぎるんだよ。1年でそう何度もない外出の機会だぜ? 服とか色々と欲しくならねぇか?」
「私服とか買っても、別に着る機会ないからなぁ」
国を問わず、全ての魔術学園は全寮制である。更に諸々の理由から外に出ることが難しいことから、学生たちは普段を学生服で過ごしていた。
「ったく、お前も少しは色気づきゃモテモテだろうによ」
「確かにユウト先輩、素でも容姿良いですからね。着飾ったら俳優さんと遜色なさそうです」
「期待されるところ悪いけど、興味ないからね」
明らかに落胆した様子の2人から目をそらしつつ、ユウトはコーヒーに口をつける。
ユウトにとって、いわゆる青春というものは存在しない。あるのは常に自らの目標と、それを達成するための惜しみない努力だ。
(ましてや”爆死”なんかに、そんな余裕なんてあるはずない)
だが”Fランク”の精霊と契約したユウトにはそれが当てはまらない。精霊が雀の涙ほどしか力を与えられないため、力不足を補うためにはユウト自身が努力するしかない為だ。
「にしてもよ」
「……?」
この話では盛り上がらないと早々に見切りをつけたリョウヤが、ユウトの隣でコーヒーを飲むアリナへと顔を向けた。
「封印してた時期除いたら、まだ1ヶ月だろ? アリナちゃんは良くあの土壇場で【
リョウヤの話をキッカケとして、ユウトの脳裏にあの時の出来事が過ぎる。
『1時、3時、5時、6時、9時から来ます』
土壇場になって唐突に辺りを囲う大量の火球から、迫る方向とタイミングを言い当て始めたアリナのおかげで、ユウトは試験に合格できた。自らを『役立たず』と自称した”Fランク”である彼女は、しかし確かな力をユウトへ与えたのだ。
「【
未だこの世界の知識が定かではないコトネが、見知らぬ言葉に首を傾げた。それを見てユウトはティーカップをソーサーに置くと、説明するために口を開く。
「精霊なら誰もが持つ、特殊な感覚のことだよ。俺たち人間には分からないけど、どうやら魔力の流れを感知することが出来るらしいね」
簡潔なユウトの説明に、リョウヤが我が事のようにドヤ顔で後に続いた。
「とはいえ、基本的に精霊自身が何年も経験を積むことで初めて開花するんだぜ? それをアリナちゃんはたった1ヶ月で身に付けちまったわけだ」
「おぉ……! アリナさん、凄いです!」
瞳を輝かせて見つめたコトネだったが、当の本人であるアリナの様子は少し落ち込んでいるように見える。
「ですが、再現は出来ていませんから……」
それもそのはず。試験の後、ユウトたちは改めて開花した【
「それに関しては仕方がないさ」
「……フォローですか?」
何でもないように話すユウトに、アリナはどこか不満めいた雰囲気で呟く。ようやく自身が身につけたと思っていた戦える力が、実は身に付いていないことに不満を覚えているのだろう。
「事実だよ。そもそも1ヶ月で習得できるような技術じゃないんだ、アレは。普通ならこの学園を卒業してから。早い人でも3年生になってからようやく身に付けるレベルなんだよ」
「ま、プロへなるには必須級の技術だし、どちらにせよ大きな一歩だぜ? 良かったじゃねぇか、アリナちゃん」
一度でも開花している。これは本当に大きな差だ。今は再現できなくとも、時間をかければ必ず身に付けられるという確固たる事実が、彼女の努力に背を押すだろう。
「……はい」
言われたアリナは納得しきれていない様子である。これについては時間が解決するしかないと、ユウトはそう思って頬を緩めた。
「ふふっ」
「ん?」
と、それを見ていたコトネがクスリと笑う。思わず片眉を上げて彼女を見れば、慌てたように両手をブンブンと振った。
「い、いえあの! 何だかおふたりの雰囲気が柔らかくなって、嬉しいなぁっと」
「確かに。お前らいっつも、何というか事務的だったもんな」
2人の言葉にユウトとアリナは思わず顔を見合わせる。そして気まずそうに、ポリポリとユウトは顔を背けながら頬を軽く掻いた。
「まぁ、アリナのお陰で合格できたことは事実だし、わざわざ嫌う必要もないっていうか……」
「……私は、別に最初からそこまで怒っていた訳ではありませんし」
何とも不器用にコトネの指摘に肯定する
「な、なんだよ」
「ど、どうして笑うんですか」
「ふはっ。いや別に?」
「ふふふっ。何でも無いですよ」
笑いを止められない仲間たちに、ユウトは腕を組んで顔を逸らし、アリナは唯一顔で見える口を両手で隠した。照れ隠しだとパッと見で気づいてしまったリョウヤたちは、更に笑いを加速させる。
「ぉ?」
堪えきれないと笑っていたリョウヤは、不意に少しばかりキョトンとした表情へと変わった。そしてやけに軟派な笑みを浮かべると、ユウトへ向けてクイッと首を上げる。
「ユウト、お客さんだぜ。しかも超べっぴんさんだ」
「――久しぶりだね。ユウト」
次の瞬間、背後から聞こえてきたのは中性的な声。聞き覚えのある声に振り向けば、確かに”超べっぴんさん”――エリーがそこに居た。
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