3話-7『参加試験』

 見守っていたユウトとリョウヤの元へヨロヨロとした動きで辿り着いたコトネは、重い息を吐きながら床に腰を下ろす。


「な、なんとかなったぁ……」

「お疲れさん。よく頑張ったな、コトネ」

「お疲れ様、コトネさん」


 2人の祝福を受けて、えへへとコトネは力なく笑った。とても喜んでいるようだが、喜ぶ元気が無いらしい。


「にしても、いつ魔術の練習なんてしてたんだよ。びっくりしちまったぜ」

「いや、あれは、その……咄嗟に、です」


 申し訳無さげに眉を下げたコトネが、そう言いながらユウトへ視線を向ける。


「最後の瞬間、ユウト先輩の【局撃ストライク】を思い出したんです。あとはもう、必死に」

「正しい判断だったと思うよ」


 ユウトがそう言って柔らかな表情で頷けば、コトネは安堵したように息を吐いた。


 事実、彼女が最後に放った魔術――【ストライク】は基礎魔術であり、行使するための難易度はどの魔術よりも低い。なにせ精霊が発現する魔法をそのまま放つだけなのだ。人によって武器から放出したり、玉や矢となるかぐらいの差しかない。


 とはいえ、だ。問題なのは行使した魔術の難易度ではない。


(練習したことのない魔術を、一発勝負で成功させるなんて)


 更に、生み出した風を地面に叩きつけることで範囲化させ周りの火球を消し飛ばすなど、とても学び始めて1ヶ月の魔術師ウィザードとは思えない。刹那的な状況で最適解を導き出せるその状況判断能力と、それを迷いなく行動にできる決断力。


『――天才だよ』


 試験前にリョウヤが言っていた言葉を思い出して、ユウトは無意識に拳を握りしめた。それを知ってか知らずか、水月がユウトへ声をかける。


「黒井、最後はお前だ。準備は出来ているな?」

「……はい」


 リョウヤやコトネは無事に試験を合格した。残るのはユウトのみ。


 最も合格が危うい、”爆死”だ。


「ユウト先輩! が、頑張ってください!」

「ありがとう、コトネさん」


 何とか声を上げる元気を取り戻したのか、ふんすっと鼻息を荒くしてコトネはユウトを見上げていた。先ほどまで巨剣を手に戦っていたのと同一人物とは思えず、ユウトは変な笑いが出るのを噛み殺しながら頷く。


「……ユウト」

「なに、リョウヤ?」


 言葉を選ぶように何度か口を開閉したリョウヤは、絞り出すように言った。


「無茶するんじゃねぇぞ」

「無茶なこと言わないでよ」


 願いのような言葉を一刀両断して、ユウトは檜山の元へと歩いていく。


「無茶しなきゃ、たどり着けないんだよ」

「…………」


 何も言えないリョウヤを置き去りに、ユウトは指定場所へと辿り着いた。そのまま、自らの精霊が入っている赤い魔石に手を伸ばす。


「アリナ、武装形態オープン・アームズ

『了解しました、このセンチメンタルマスター』


 さらっと毒舌を吐くアリナの声とともに、魔石から小さな炎が出現。片手剣と化してユウトの右手に収まった。


「センチメンタルマスターって、酷くない?」

『他人の才能に嫉妬して、気にかけて下さっている友人を無下にしたのにですか?』

「……そんなこと、わかってるよ」


 誰よりも才能がないことは分かりきっている。無能であることが変えられない現実なことも。だとしても、それは他人を羨まない事にはならないのだ。


(こんな感情、気持ち悪い)


 意識しなければ良い。見なければ良い。本来ならこれでこの感情からは逃げることができる。しかし、ユウトがこの世界に居続けるのならば、意識しないことも見ないこともできない。


 足掻けば足掻くほど、目を逸らそうとすればするほど、このネバネバした感情は大きくなっていく。もっと才能があれば、もっと強い精霊と契約していれば。


 そうして、嫉妬と羨望という底なし沼に、溺れていくのだ。


『ならば、証明しましょう』

「証明?」


 だから、アリナの意外な言葉にユウトは少し驚いた。自身と同じ、自らが無能であると苦しんでいたはずのアリナが、そんな前向きなことを言い出すとは思わなくて。


『はい。証明です。――”Fランク無能”と契約しても、この世界で戦っていけるのだと』

「……ははっ」


 思わず小さく笑ってしまう。その笑い声を聞いて、片手剣と化した精霊が若干不機嫌になるのをユウトは感じた。


『意外ですか?』

「意外だよ。……でも、そうだな。そうだよな」


 強く、強く、片手剣アリナを握りしめる。


 全てわかった上で、己は戦うのだと決めたのだ。足掻くしかないことも、目を逸らせないことも、最初からわかっていた。


(俺ができるのは、たった1つだけだ)


 この才能で全てが決まる世界に……抗うこと。


「行こうか、アリナ」

『了解しました、マスター』


 ユウトは流れるような動きで片手剣を正眼に、左手を右腕に軽く触れさせる構えをとった。彼が最も基本とする、受けの構え。


「よろしくお願いします。檜山先輩」

「うむ。黒井後輩の実力、見させてもらうぞ!」


 互いに構えをとって、静寂が訪れた。


「それでは、黒井クロイ悠隼ユウトの大会参加試験を始める。両者、構えセット


 水月が右腕を頭上へと上げて、勢いよく振り下ろす。


「――始めッ!」

「【輝炎:多重サンライト・たくさん】ッ!」


 間髪入れずに檜山が魔術を発動。ユウトの周囲360度に推定30個の火球が展開された。1つが”Cランク”の威力を持ち、頬に掠っただけでも”Fランク”の結界値HPは儚く崩れ去り、敗北は必至だろう。


「はいドーンッ!」


 冗談のような掛け声で、冗談のような数の火球がユウトへ向けて一斉に放たれた。


「ッ!」


 ――同時にユウトは


 眼前に広がる火球に対して、自ら死地へと赴いたのだ。


「なっ!?」

「黒井ッ!」


 掠れば結界値HP全損。すなわち直撃が意味するのは”死”だ。その事実を前に檜山と水月が思わず焦ったような声をだして、


「――ぁ?」


 間の抜けた声へと変貌する。


(なに、が)


 10年以上もの間魔術師ウィザードとして生きてきた水月にとって、目の前で置きた出来事は――常識の埒外だった。


 フワリと、まるでカーテンを退けるように。目の前で舞う埃を優しく払うように。ユウトに直撃するはずの火球が、


「シッ……!」


 驚愕の表情を見せた檜山を尻目に、ユウトは更に近くの火球へ刃を振るう。鋭く、しかし柔らかな軌跡を描いて進行方向をズラされた火球は、まるで掬い上げられるように上空へと打ち上がった。


 瞬きの後に、ユウトの頭上で大爆発が起こる。ズレた火球がそのまま全方位で集結していた火球に直撃し、連鎖的に爆発が起こったのだ。


 一部始終を眺めていたリョウヤは、汗を一筋流しながら呟く。


「相変わらずヤベェな、アイツ」

「リョ、リョウヤ先輩。な、なんですかアレ……?」


 目の前で起こった状況を把握しきれず、コトネから問いかけたリョウヤは少しだけ考える素振りを見せる。


「……特訓の前に話した魔法の属性について、覚えてるか?」

「――ぁ」


 リョウヤの言葉を切っ掛けとして、すぐさま記憶から教わった言葉が湧き上がった。


『火球は不安定な魔術で……いわば安全機構が外れた爆弾だな。ほんの少し制御を誤れば、簡単にボンッ』


 そして同時にコトネは目の前で起こった現象の異様さを、改めて認識する。


「『火』は、特に檜山先輩の扱う火球はですよね?」


 ほんの少し衝撃を与えただけで、簡単に爆発してしまうほどに。


「そう。俺やコトネは、それを利用して対処していたんだ」


 泡のような水から四方八方に銃弾を撒き散らすことで、周囲を取り囲んでいた火球に衝撃を与えて爆発させたのがリョウヤの戦法だった。コトネの場合は、繊細すぎるが故に火球の軌道が愚直な特徴を利用して、突撃チャージの戦法を行っていた。


 ――だが先程ユウトが起こした現象は、それと真逆と言って良い。


「ユウトのやつ。火球を爆発させないように出来る限り衝撃を抑えた上で、火球の進行方向を自由に変えやがったんだ」


 リョウヤの解説を聞いて、衝撃のあまり思わずコトネは言葉を失う。


 例えるならば、檜山の操る火球はパンパンに膨らんだ水風船だ。ほんの少し爪楊枝で突けば、簡単に破裂して中の水が周囲に撒き散らされるだろう。しかしユウトは、爪楊枝よりも扱いが難しい片手剣を用いて、なおかつ速度をもって迫ってくる水風船を割らずにズラしてみせた。


 一体、これがどれほどの技量を必要とするのか。コトネには欠片も理解できないが、現実離れした事実だということは確かだった。


「……これは中々。流石”Sランク”を倒しただけのことはあるな、黒井後輩よ。なら、こうしてみようか――ホルシード、【輝炎:多重サンライト・たくさん】ッ!」

『応ともさ‼』


 曲芸のような技で交わしきられた状況でも、檜山は動じない。ただひたすらに勝ち気な笑みを浮かべて、火球を増産していく。それを眺めながら、ユウトは息を整えつつ心のなかで呟いた。


(コトネさんの試験から思っていたことだけど、檜山先輩ってあれでメチャクチャ冷静だね)

『学園でも屈指の魔術師ウィザードというのも単純な実力だけではない、ということですね』


 檜山が行使した魔術は、先ほどとは少しばかり様相が異なっている。ユウトを取り囲むように出現した火球の包囲網は変わらないが、先ほどよりもずっと広がって作られていた。


 変わらず笑みを見せる檜山は、右手を銃のように構えてユウトへ人差し指を向ける。


「ドンドンドーンッ!」


 そして、今までとは少し違う掛け声とともに、火球が一斉に――


(――いや、違う!)


 射出され始めた。


(クソ、やっぱりすぐに対策されるかッ!)


 思わずと言った風にユウトは心のなかで愚痴を吐く。


 隙間の欠片さえないほどの密度と狭さで、空間そのものが迫るような包囲網を作り出していたのが先ほどまでの魔術だ。しかし、今回はそれとは違う。


 包囲網が広がることで火球と火球の間に隙間が生じ、ユウトが最初にやってみせた爆発を連鎖させての対処が不可能となった。代わりに逃げ場ができてしまうものの、それをあらゆる方向から火球を休む間もなく連射することでカバーしている。


 とはいえ隙間がある以上、最低限度の身体能力を持った魔術師ウィザードならば躱し切ることは可能だろう。


「ぐッ……!」


 ――だが問題は、ユウトがその最低限度すら持っていないことだった。


(どこから火球が来る……!?)


 何も状況が判断できないままでは危険だと、ユウトはすぐさま腰を深く落とす。両足の筋肉が一瞬にして圧迫されたのを感じると、大きく上へ跳躍した。


 次の瞬間、足元で火球が地面に直撃したのか爆発が連続的に発生する。爆発により吹き荒れた暖かな風に背中を押されつつ、空中へと身を躍らせたユウト。


「ユウト先輩っ!」


 上空で体制を整えたユウトを見て、コトネが思わず声を上げる。空中では最低限の身動きしかできない。上空への跳躍はその場凌ぎとしては十分だが、何も出来ない時間を見過ごすほど檜山は甘くなかった。


「いくぞォッ!」


 空中の敵を狙って、未だ大量に残っている火球が連続射出される。


 詰み。


 そうコトネは考えて、


「――【局撃ストライク】」


 全身に響くような爆発音がすべてを吹き飛ばした。


 ”Fランク”の精霊が発言する魔法とは思えない、圧倒的な爆発。それを用いて、ユウトを取り囲んでいた火球の包囲網全てを打ち払ったのだ。


 周囲が安全になったことを確認しつつ、ユウトは着地体制をとって音もなく着地する。危機一髪の状況から逃れきったというのに、しかしその表情は暗かった。


(クソ、使わされたな。……アリナ、大丈夫?)

『ぐッ……っつぅ……。は、はい。まだ、行けます』


 苦悶の声を上げながらも、アリナは気丈に振る舞う。とはいえ、状況は良くない。


 1日に3度しか使えない【局撃ストライク】を早速使わされてしまった。先の試験を通して、檜山は魔術を5回使用している。その2回目で、だ。


(でも、同じことをされたら現状じゃあ対処できない。どうにか……攻略法を見つけないと)


 このままでは4回目で【局撃ストライク】を使い切り、5回目の魔術に対処できなくなる。それまでに、自力のみで先ほどの魔術を攻略しなければならない。


「……ふむ」


 対峙する檜山は、ユウトの現状を正確に把握していた。


(わざわざ佐々木校長と水月先生から頼まれたのは、こういうことなのだな)


 ”爆死”と言われる魔術師ウィザードとは思えない破壊力を秘めた魔術。確かに一撃の高さは計り知れない。更にユウトの技量も特筆して高いことも合わさり、並の魔術師ウィザードならば全く歯が立たないだろう。


(目を引く強さはあるが……なるほど、脆い。あのお二方が心配されるのも仕方ないな)

『それだけじゃねぇぞ、我が友よ。ありゃあ精霊に多大な負担をかけてる。契約してる奴ァは大変だぜ』


 魔術を放つ際に映った、目に見えるほどに濃密な魔力。”外”から手繰り寄せた魔素の量は極小だったが、それに秘められた力は比類ないほど大きかった。


『言っちゃなんだけどな。ありゃあ、遠くない日に潰れる』


 世界の”外”から召喚されてきた精霊にとって、人間とはあくまで力を貸しているだけの存在。この世界に執着する意味もないし、する理由もない。なにせ精霊は精神的な生命なのだ。


 人間から力を欲しいと頼まれて契約している、言わば神にも等しい存在。そんな精霊が、意味のない苦しみに耐え続けることなどあるだろうか?


(そんな訳がねェ)


 今は上手く言っているのかもしれない。だがこれから大会が始まり、勝ち抜いていく中で今の関係が続く訳もないだろう。


 必ず、どこかで綻びが生じ、信頼が崩れ――戦えなくなる。


(……ならば、その前にここで終わらせることが我らの役目か)


 1人の魔術師ウィザードとして、1人の先輩として、檜山はそれを見逃すことなど出来ない。自らの手に持つ武装形態アームズを高く掲げて魔力を込めれば、爛々と輝く太陽が更なる光を放った。


「――【輝炎:多重サンライト・たくさん】!」


 檜山が選んだのは、先ほどと同じ形の魔術。包囲網を広くしつつ連射する、対ユウトに特化した魔術だった。


「ッ……!」


 連続的に発射される火球を前に、ユウトが選んだ道は前へ駆けること。動かなければ為すすべもなく火球の嵐に揉まれるしか無い。そうする他、勝機はなかった。


 最も近くにある火球の進行方向をズラし、背後に迫っていた火球の1つにぶつける。そこで発生した爆発が、すぐ近くまで迫っていた他の火球に連鎖して爆風を巻き起こした。強烈な風に煽られ、整えかけていた体制が崩れる。


「ぐ……ッ!」


 休む間もなく上空から更に複数の火球が迫ってきていた。ユウトは前に倒れかけていた体制を必死に両足で踏ん張って、


「――【局撃ストライク】!」


 魔術によって周囲一体を全て吹き飛ばす。


「ッチ……!」

『はぁ……ッ! はぁ……ッ!』


 これで2回目。迫る”詰み”の予感に、体の感覚が遠くなるのをユウトは感じた。


(せめて、どこから来るのかさえ分かればっ……!)


 どれほど技術を高めても、先見の眼を鍛えても、結局ユウトが把握できるのは人間の動き。


 エリーとの戦いでは接近戦が主だったため、ユウトの力で対応することができた。しかし今回は違う。ユウトが対処しなければならないのは人間の動きではなく、魔術だ。これに関しては、先に察知することなど不可能。


 結果的に火球を見てからしか動けず、それでは対処が間に合わない。ならば魔術に頼ろうとしても、マトモ使えるのが【局撃ストライク】だけ。


「休む暇は与えんぞ、黒井後輩! 【輝炎:多重サンライト・たくさん】!」

「ぐッ……」


 これで4回。同じ包囲網で3度展開される火球に、ユウトは片手剣を痛いほどに強く握りしめる。


 考える時間は無かった。ただ迫るタイムリミットから逃げるように、ユウトは前へ駆けるしかない。


「――ッ!」

 

 苦しい展開を前にユウトが抗う中で、アリナもひとり、激痛をひたすらに耐えていた。


(はぁッ……はぁッ……)


 止まりそうな呼吸をなんとか続けて、息を吸うたびに悲鳴を上げる痛覚を必死に耐える。


 体中が痛い。全身がひび割れて、今にも砕け散りそうだ。


(けど、わたし、は……!)


 耐えなければならない。戦わなければならない。どれほど辛かろうと、どれほど痛かろうと、どれほど苦しかろうと。


 諦めて、自分の無能さに打ちのめされるより、ずっとマシだから。


「はぁッ……!」


 揺れる視界の中で、自身の契約者が必死に抗っている姿を見た。常人とは思えないほどの精錬された動きで、荒れ狂う火球の嵐を掻い潜っている。


(私と、契約さえしなければ)


 ずっと思っていた。ずっと考えていた。


 ――”Fランクわたし”と契約しなければ、この人はどこまで行けたのだろうか、と。


「ッ! 【局撃ストライク】ッ‼」

『ぁ、――――――ッッ‼』


 瞬間、体内に熱い、熱い、熱い魔力ナニカが入り込んでくる。


 これはマグマだ。あらゆるものを飲み込み、問答無用で溶かし尽くす、摂氏1000度以上のドロリとした熱。


 パキッ。


 体中にヒビが入ったのを感じる。まるで古くなったプラスチックのような音を立てて、からだが壊れていく。


(アリナ、大丈夫かっ!)


 それでも、彼女は耐えなければならなかった。


『……はい。大丈夫、です。こちらのことは、気にしないでっ、ください』


 これ以上この人の足手まといに、なりたくない。


(いた、い。痛い。い、タイ)


 意識が朦朧としていて、考えがおぼつかなくなっていく。痛みも限度を超えて、熱さしかもう感じることが出来ない。


 次に同じ痛みを味わえばこの器は死ぬ。不思議とそう直感した。


(だめ、だ)


 この器が壊れるだけならば良い。精霊はこの世界の生命ではないのだ。器が壊れても自身が死ぬことはない。


 ただ、この世界に留まることが出来なくなって、元の世界へ還るだけ。駄目なのは、それによって精霊を失ったユウトが魔術師ウィザードとなれなくなることだ。


(私のせい、で。この人の夢を、壊したくない)


 彼は”天才”なのだ。


 運動神経もよく、頭脳明晰で、外見も整っている。望めば何でもなれるこの人は、ただひたすらに魔術師ウィザードの才能だけがなかった。


 一番ほしいと願った才能が、誰よりも、過去類を見ないほどに存在しない。


(そんな、の。精霊才能だけで全てが決まるなんて――)

 

 ――そんな世界、間違ってる。


 どれほど体を鍛えて運動神経もよく見せても、どれほど勉強して頭脳明晰に見せても、どれほど気を配り外見を整えても。


 精霊才能には、勝てない世界など。


(そんなの、許さない)


 なら、考えろ。


 何も出来ない、無能で無力で無知な精霊は何が出来る? 痛みに耐えるだけ? ――そんなはず、ないだろう。


『よいか? らは物質に束縛されん存在だ。物質を越えた視点、らの視点でしか見つからん物がある』

(……そうだ)


 周りを見渡せば5度目の、試験最後の魔術が放たれようとしていた。


「大会に出たいと願うなら、自身の願いを成就したいと思うなら、耐えきってみせろ!」


 視界は未だに揺らいでいて、まるで視力が悪くなったのではと錯覚する。ブレる景色。もう見ることすら危うい世界で、


「――【輝炎:多重サンライト・たくさん】ッ!」

『……ぁ』


 瞬間、なにかが


 赤いユラユラとしたナニカ。檜山の持つ太陽から伸びた赤いユラユラは、そのままユウトを取り囲むように伸びていき、火球を形成していく。


「ドンドンドーンッ!」


 檜山が叫べば、大量にある火球の中から連続的に赤い線がユウトへと突き刺さった。


 ――このユラユラは魔術の行き先だと、アリナは無意識に直感する。


『1時、3時、5時、6時、9時から来ます』

「……は?」


 唐突に敵の攻撃を予測したアリナに、ユウトは思わず間抜けな声を出した。だがすぐさま、言われたどおりの場所と順番で火球が発射される。


「――ッ! 信じる!」


 咄嗟にユウトはそう言い切り、右方向へ全速力で駆けた。1時方向から迫ってきていた火球を、ズラして6時方向の火球にぶつける。


 背後で爆発が発生し、それに飲み込まれて5時方向の火球も連鎖爆発した。


 そちらに一切目を向けず、ユウトは真右から迫る3時方向の火球をギリギリでズラして、9時方向の火球へぶつけて対処する。


『次! 2、4、7、3、11、8!』

「う、ぉらッ!」


 伝える速度を重視したアリナの言葉を脳に焼き付けながら、ユウトはそれらを卓越した技術によって次々に処理していった。


 迫る場所とタイミングさえ分かれば、後はエリーのときと一緒。1つの動作で複数の攻撃を躱し、流し、干渉させる。ひとつひとつ対処するのではなく、一連の流れとして全てを対処していくのだ。


「……す、すごい」


 目の前で繰り広げられる光景に、コトネは呆然と呟く。


 まるで何かのパフォーマンスのようだ。


 予めどのように動けば良いのか指定されているかのように、ユウトの動きは一切の淀みがない。火球の発射には音や光などの兆候がないはずのに、視界外から迫る火球を全て把握した上で動いていた。


『5、3、8、12、9!』


 人間には見えない、わからない魔術の把握。それを成し遂げているのが、他でもないアリナである。


「――――ッ!」


 息つく暇もなく火球をひとつひとつ対処する作業は、ユウトが今まで経験したこともないほどに苛烈で苦行だった。


 集中し続けることや精密作業を続けることが原因ではない。――他者に全てを預けて戦うことが、原因だ。


 今までユウトは他者と背を預け合って戦う経験などなかった。<魔術演習メイガス>は1対1が基本だったし、<魔術戦争マギ>に関しては参加したこともない。


(まぁ、そもそも精霊に頼るなんて考えたことも無かったけど……!)


 <魔術演習メイガス>に参加していたときはもちろん、エリーと戦ったときもユウトは常に独りだった。あくまで戦うのは自分自身で、精霊は力を貸してくれるだけ。


 本来、アリナが【局撃ストライク】の負荷に耐えてくれているだけでも、ユウトからすれば本当に感謝していたのだ。毎回死に追いやられるほどの苦痛を受けるなんて、人間でも耐えてくれる人などそうは居ない。


 その精霊が指示を出して、その通りに動かなければならないこの状況は受け入れ難くて、


(……こんなに、嬉しいなんてな!)


 笑みが零れ落ちる。


 ずっと独りで戦うことが普通だと思っていた。そして、これからもそうなのだと割り切っていた。


 でも違う。少なくとも今は、違った。


『――ラスト、6時方向!』

(了解ッ‼)


 右手に在る片手剣を強く握りしめて、ユウトは振り返りざまに刃を振るう。するりと火球の推進方向がズレて、遥か上方で破裂するように爆発が起こった。


「はぁッ……! はぁッ……!」

『はぁ、はぁ……ぐッつぅッ……』


 ――上空の爆発音が止んだとき、ユウトの耳に聞こえたのは、体中が酸素を求めて酸素を求める音と、アリナが痛みに耐える音だけ。


 後は全て、静寂だった。


「っ! ……そこまで! 黒井悠隼の結界値HPの残存を確認。よって黒井悠隼の試験は――合格とする!」


 しばらくの空白の後、気がついたように水月が試験合格を発表して、


「ユウト先輩、すごいです!!」

「おいおい、やってやったな、ユウトッ!」


 リョウヤとコトネが揃ってユウトの元へと駆け出した。2人に駆け寄られて祝福されたユウトは、極度の疲れから曖昧な笑みを浮かべつつ、


「……アリナ」

『ぐぅッ……。な、なんです、か?』


 自らの右手に収まる片手剣アリナを優しく撫でる。


「ありがとう」

『……えぇ』


 どこかぶっきらぼうな声色で言葉少なく返したアリナに、ユウトは何となく心が満たされるのを感じた。





 こうして黒井悠隼、南茂亮也、風鳴琴音の3名は、無事に大会出場の資格を得たのだった。

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