3話-6『参加試験』
そうして、それぞれが試験クリアを目指して2週間が経とうとしていた。
「檜山先輩、今日はよろしくお願いいたします」
「応とも。全力で答えてみせようッ!」
チームを代表してユウトが挨拶を行い、檜山が豪快に笑いながら応じる。
自修室の中にはユウトたちと檜山、それに教師である水月がいた。
普通、個人が自修する目的で作られた自修室はかなり狭いのだが、今回ユウトたちがいるのは広めの自修室である。どうしても周りから隠れてチーム練習をしたい場合などに備えるため、数室だけ用意がされていたうちの1室だ。
かなり有用な部屋のため競争率が高く、運が良くなければこの部屋を使う機会は無い。とはいえ、大会出場のための試験ともなれば優先的に予約が取れるのだ。
「私も忙しい身の上だ。さっさと終わらせてしまおうか。誰から試験を受ける?」
水月の問いかけに、ユウトたちは軽く互いに目を合わせる。
「最初はリョウヤが受けます。リョウヤ、それで良い?」
「あいよ。ま、泥舟に乗ったつもりで見てな」
冗談を言いつつ軟派な笑みを浮かべたリョウヤは、部屋の中央へと歩いていく。大して緊張した様子もなく檜山の前で足を止めると、しっかりと頭を下げた。
「ということで、お願いしますね。檜山センパイ」
「ふむ。最初は
「お手柔らかに頼みます」
やる気十分な様子の檜山にリョウヤは苦笑しつつ、左側のピアスに手を添える。
「行くぞ、フウカ。――
「いっくよーッ!」
元気いっぱいなフウカの声とともに、水がリョウヤの周りから溢れ出た。それは徐々にひとつの形を象っていき……古式の
まるで美術品のような騎兵銃を手に、リョウヤは流れるように戦闘準備を終える。檜山も早々に自らの
「…………」
「…………」
互いに戦闘態勢へ入ったことを確認した水月は、ひとつ頷くと右手を高く掲げる。
「それでは、
一瞬の空白。
「――始めッ!」
「行くぞホルシード! 【
始まったと同時に、檜山は火球を次々に出現させていく。その数、およそ30。大量の火球が隙間なくリョウヤを覆い、巨大なドームを作り上げる。
周囲360度を囲む圧倒的な物量を前に、リョウヤは銃を天へと掲げた。
「【バブル】」
動揺した様子もなく、リョウヤが静かに魔術を詠唱する。一瞬だけ銃身に嵌め込まれた魔石が輝き、銃口から泡状の水が射出された。
だがそのスピードは、銃口から放たれたにしては途轍もなく遅い。まるで風船のような速度で、ふわふわと上空へ上がっていく。
予想もつかない行動に一瞬だけ檜山は眉をひそめたが、気を取り直すようにすぐさま剛毅な笑みを浮かべた。
「はいドーンッ!」
掛け声を切っ掛けとして、大量の火球が一斉に加速し始め、目標へと突っ込んでいく。迫りくる火の壁を前に、それでもリョウヤは欠片も表情を変えることはない。
銃口を空へと打ち上がった水に向けたまま、もう一度トリガーを引き絞る。連続した発砲音が鳴り響き、フルオートで撃たれた大量の弾丸が次々に水の中へ入っていった。
(一体、何をしてる?)
行動の意図が掴めず、警戒するように目を細めた檜山の視線の先で、リョウヤが小さく呟いた。
「弾け跳べ」
次の瞬間、泡状の水に取り込まれた数十発もの弾丸が――中から一斉に飛び散った。
あらゆる方向に放たれたその弾丸は、周りを覆い尽くす火球に直撃して次々に爆発が起こる。
「きゃぁッ!」
試験を遠くから見ていたコトネは、唐突に襲いかかった爆風に思わず目を瞑る。しばらくの間、爆発が周囲の光景と音を埋め尽くした。
目を開けるのも憚れるほどの爆風がようやく止み、恐る恐ると目を開く。――そこには、傷1つ負わずに火球全てを対処しきったリョウヤの姿があった。
「す、すごい。これが、リョウヤ先輩の魔術」
いとも容易く大量の火球に対処したリョウヤの姿を見て、コトネは驚きで目を見開く。
「【
「【バブル】」
その後の展開は代わり映えしなかった。時間の限り檜山が大量の火球を生み出し続け、それをリョウヤが淡々と撃ち抜き続ける。
「そこまで! 南茂亮也の
3分きっちり。檜山の猛攻を防ぎ続けたリョウヤは、あまりにも容易に試験を突破したのだった。
「おめでとうございます。リョウヤ先輩! フウカちゃんもお疲れさま!」
「おう、サンキューな」
「ふふんっ。よゆーよゆー!」
試験終了とともにコトネがリョウヤに駆け寄り、試験合格を祝う。元気いっぱいにドヤるフウカを宥めながら、リョウヤはコトネを見つめた。
「さぁコトネ。次はお前の番だぞ」
「え、あっ。は、はははは、はい!」
先ほどまで我が事のように喜んでいたコトネは、一瞬にして緊張でガチガチになってしまう。あまりの変わり身の速さに吹き出すのを我慢しながら、リョウヤは肩を優しく叩いた。
「大丈夫だよ。言ったとおりすれば絶対に行ける。……俺が、太鼓判を押すよ」
「……! はいッ!」
気合が入った様子のコトネを送り出して、リョウヤは静かに見守っていたユウトへと近づく。
「お前が言ったとおりに教えたが、あれで良かったのか?」
「うん。大事な基礎は授業でやるし、2週間の突貫工事ならアレが一番だよ」
少し離れた場所では、檜山が休憩を取っている間に諸々な注意点を聞いているコトネの姿が見えた。
”外”から魔素を引っ張る都合、理論上はほぼ無限に魔力を用意することが可能だが、そもそも魔素を手繰り寄せる工程は凄まじく体力を使う。あれほどの魔術を何度も休みなく使うのだ、休憩を適宜いれなければ連続で試験など行えない。
「それで? リョウヤから見て、コトネさんはどう?」
「うーん……そうだな」
やはり緊張が抜けない様子のコトネは、カチコチになりながら右腕のバングルに手を伸ばした。緑色の魔石から柔らかな風が舞い、彼女を纏っていく。
身の丈を超えた巨剣を片手で軽々と持ち上げる、正に”Aランク”らしいコトネの姿を見ながら、リョウヤは一言だけ呟いた。
「――天才だよ」
「……そっか」
コトネと檜山の準備が整ったらしい。……コトネの試験が、始まろうとしていた。
「それでは、
「すーっ……はぁーっ」
大きく深呼吸をひとつ。緊張で固まった体を少しずつ解していく。
(ひとりで居た私を誘ってくれたリョウヤ先輩。快く受け入れてくれたユウト先輩。……先輩たちのためにも、ここで止まれないよね)
そもそも試験が大変な事になった原因の一端が、コトネが”転入生”だからなのだ。大変なことにしてしまった責任は、取らなきゃいけない。
(それに、先輩達にもっと色々なことを教えて貰うんだ!)
自分は恵まれていると、コトネは誰よりも自覚していた。
とっても優しくて面倒見の良いリョウヤに、才能がないと言われても直向きに努力を続けるユウト。あの人達の傍に居たい。もっともっと、色々なことを知りたい。教えてもらいたい。
(そのためにも、合格しなきゃ!)
決意に胸を滾らせて、コトネは自らの
「――始めッ!」
「さぁ行くぞコトネくん! 【
瞬間、檜山は不敵な笑みを浮かべながら極小の太陽を天へと掲げる。瞬きの間に、30ほどの火球がコトネの周りを埋め尽くした。
大量の火球を前に、対するコトネが行ったのは、
「よろしくお願いします……!」
――巨大な剣を盾のように構えること。
「ほぅ」
それを見た水月は、感心したように小さく息を吐いた。
コトネの
刀身部分に手を添えて刃の腹を見せるように構えれば、それはもう一種の巨大な縦長の盾である。3分間、猛攻を耐え続けるという試験に最も適した構えと言えるだろう。
(だが、檜山の魔術は周囲360度だ。その構えでは前方しか防げないぞ)
水月と同じ考えに至ったのか、檜山はいつもと変わらぬ調子で大量の火球をコトネへ突撃させた。
「はい、ドーンッ!」
着実に迫りくる火球を見て、コトネは姿勢を若干ながら変える。
刃先を地に接触させ、支えとしながら両足に力を集中させていく。巨剣に体を預けるようにする姿勢は、まるで円を書くためのコンパスのようだった。
「行きます!」
(……行くって、何処へ?)
瞬間、コトネの姿が
姿がブレて見えるほどの速度で、火球の一角に全力で突っ込んだのだ。巨剣と火球が高速でぶち当たり、盛大な破裂音と共に爆発する。
一瞬にして火球の包囲網から抜け出したコトネの背後で、火球がコトネの居た場所に着弾して爆発を起こしている。容赦なく降り注ぐ爆風に目を細めながら、ユウトは頬を釣り上げた。
「うん、ちゃんと様になってるね。コトネさんの
「だろ? 2週間掛けてずっとこれを練習してたからな」
ユウトとリョウヤが安心したような表情を見せる中、試験を見守る水月もコトネの戦法に称賛していた。
(風鳴は”転入生”のために他の生徒よりも技術や経験が足りない。だがなるほど、こうすれば確かに技術や経験は関係がないな)
全てが学び始めたばかりの現状では、剣を振ることすら危うい。特に彼女の扱う武器は、確実に扱いづらいだろう巨剣だ。普通の方法で檜山の魔術を対処するのは、恐らく不可能だろう。
”転入生”ゆえの短所があるならば、”転入生”ゆえの長所を使えば良い。具体的に言えば、精霊から受けている多大な身体強化を利用してのゴリ押しだ。
(巨剣を盾にしつつ、火球の包囲網を突き進むことで被害を最小限に抑える。これなら風鳴もすぐに動きを覚えられるだろうし、何より彼女に前衛の心構えをつけられるだろう)
事実、チラリと<
(なるほど。天才……ね)
戦法を考えついた本人であるユウトは、その電子板が示す数値に複雑な心持ちで眺めていた。
コトネの
先ほどのリョウヤと同様、1回目をループ再生しているような展開が続き、
(これで、4回目!)
経過時間は2分と少し。制限時間である3分まで僅かだ。先ほどのリョウヤの試験から考えて、あと檜山が魔術を撃てるのは1度が限界だろう。
「はぁッ……はぁッ……!」
度重なる突撃と受ける攻撃が積み重なり、コトネの体力もかなり削られていた。電子板に映る
(……でも、もう一度だけ防げれば、合格できる!)
希望が見えてきたと、改めて巨剣を構え直す。対する檜山も、連続した魔術の使用で体力を消費しているのか、頬に伝う汗を腕で拭き取っていた。
「さて、準備は良いかなコトネくん!」
「……どうぞっ!」
未だ熱の冷めないコトネの声に、満面の笑みを浮かべた檜山は、大きく頷いてから自身の
「【
5度目になる檜山の大魔術。ふざけた詠唱から発生する、目を疑うほどの大量の火球。
それらを前にして、コトネは油断なく巨剣を防御姿勢で構えた。
(……あれ?)
ふと、違和感を覚える。
その違和感が何なのか、具体的には出てこないが――ただ、嫌な予感がした。
「はい、ドーンッ!」
違和感があれど敵は待ってくれない。いつもの掛け声とともに、大量の火球がコトネの元へ迫ってくる。
(いつもどおりで、大丈夫!)
今更迷っている暇はないのだ。ならば、同じことを繰り返すしかない。
巨剣の切先を地面に刺し、それを支柱として全力で前傾姿勢になる。普通の武器ならば到底不可能な姿勢だが、コトネの持つ巨剣は間違っても普通とは程遠い。
「行き、ますッ‼」
急激な加速による突風が発生して、空気を切り裂くようにコトネは真っ直ぐ火球へと突っ込んでいく。着弾する衝撃を感じながら火球の壁をぶち破って、包囲網を抜けた。
(よし、これで……!)
『お嬢ッ!』
終わったと安堵したとき、自身と契約した精霊――
(火球が、残ってる……!?)
5個ほどの火球が、突っ込んだ先の空間でさらなる包囲網を形成している。その光景を見て、連鎖的にコトネは先ほどの違和感の正体に悟った。
(あれは火球が少なかったんだ!)
普通ならば30はあるはずの火球だったが、思い返せば確かに先の4度よりも少なかった気がする。本来、一気に打ち尽くすはずの火球を一定数残しておき、防御し終わった後の隙で直撃させるつもりなのだ。
(防御は間に合わない! 回避も……だめッ!)
万事休す。
そんな言葉が脳裏をよぎる。今のコトネに現状を覆す技術はない。それらを考えつく経験もない。
ならば、諦めるのか?
(――そんなの、イヤ)
諦めたくない。確かな思いを胸に、コトネの脳は高速回転を始めた。
(どうする? どうする? どうすればいい? 私は……私に出来ることは!)
記憶を辿り、知識を辿り、印象づいていた授業を思い出し、何かしらの解決策を見つけようと頭を振り絞る。
だが見つからない。見つかるはずもない。1ヶ月も無い程度の薄い記憶では、この状況を覆す一手など端から存在するはずがなかった。
もう火球は目の前に来ている。猶予は――もう無い。
(だめ、なの……!?)
チームに誘ってくれて、何もかもが初めてな自分に、色々なことを教えてくれたリョウヤ先輩。快く自分を受け入れてくれて、”爆死”と言われようが真っ直ぐに努力をし続けているユウト先輩。
2人に何も返せないまま、終わってしまう?
(ふざけないで)
迫る現実に、苛立ちにも似た激情が溢れ出す。どうにもならないなんて、どうしようもないなんて――ふざけている!
『――【
「――――ぁ」
瞬間、思い出すのはひとつの魔術。
あの時、あの人はどうしようもない状況を打破して見せた。
ひとつ上のランクである”Eランク”にさえダメージを与えられないと言われ、それを目の当たりにしたあの状況を――あの人は笑ってみせたのだ。
これしか無いと、無意識に悟る。
(クウちゃん! 魔法準備、併せて!)
『なっ、お嬢!? そりゃぁまだ練習しとらんぞ!?』
(良いからッ!)
ギュッと、手に持つ巨剣を振り上げた。
迫っていた火球はすでに目と鼻の先にある。瞬きの間に複数の火球が連鎖的に爆発を起こして、コトネの
故に許されるのは一振り。これで、この状況から生き残るしかない。
「――――」
意識を集中する。魔術なんて授業でまだ習っていない。いや、きっと他の生徒たちはこの学園に入学するまでの間に<
どちらにせよ、事実はたった1つ。コトネは未だに魔術を使ったことがない。リョウヤから教わったのも、
(でも、これに賭けるしかないんだ)
『魔素を”外”から手繰り寄せる』という行為は、川から水を掬い上げることに感覚が似ている――そうコトネは思っていた。
常に留まることを知らない濁流の中へ手を突っ込んで、自身が流されないように適量の水だけを手繰り寄せる。
それが出来れば、手繰り寄せた水は無色の力となって掌に存在する。あとはそれを精霊に渡せば、魔法が発現してこちらに譲渡される。
巨剣に嵌め込まれた緑色の魔石が光り輝くのを視界に映す。
空気中の圧力が変動し始め、風が巨剣へ集っていくのが分かった。さらにそれを圧縮。圧縮を繰り返して巨剣を中心として溜め込んでいく。
(……いける)
無意識に、そう思った。故に彼女は放つ。
「――【ストライク】ッ!」
全身全霊の、人生初めての魔術を、
瞬間、そこに極小のタイフーンが生まれた。
「うぉッ!?」
嵐に揉まれているような風が体に打ち付けられ、リョウヤは片膝をついて体制を安定させる。そうでもしなければ、吹き飛ばされそうだ。
「……天才、か」
荒れ狂う暴風の中で、ユウトは立ち尽くしたまま呟きを零す。
ほんの僅かの間だけ魔術的に引き起こされたタイフーンが収まり、視界がゆっくりと開けていく。
そこで見えたのは、火の壁で風から身を守っていた檜山と、
「はぁ……はぁ……」
――全身で呼吸しながらも、攻撃を1つとして受けていないコトネの姿だった。
電子板に目を向ければ、残存する
「そこまで! 風鳴琴音の
”転入生”というハンデを持ちながら、その才能によってコトネは合格を成し遂げたのだった。
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