3話-5『参加試験』

 ユウトとアリナがそれぞれに特訓を始める中、リョウヤとコトネも特訓をするために自修室へと訪れていた。


「それじゃ、始めるか」

「は、はい。よろしくお願いします!」


 やる気十分に勢いよく頭を下げたコトネに、リョウヤは1つ頷くと自修室の端末に近づいて自らのスマホと繋げる。しばらくすると電子音と共に天井から光が放たれて、スマホの画面が投影された。


「本当にハイテクですね……」


 半ば呆然としながら呟くコトネに、リョウヤが笑みを漏らす。


「だろ? まぁそんだけお国様が俺らに期待をかけてるってことだな」


 IT化が進んだ現代でも、ここまで便利な施設が揃う学校は中々ない。恐らくIT企業でもここまでの施設は大企業でもない限り揃わないだろう。


 改めて自分がとんでもない学校に入学したのだと認識したコトネは、緊張から身を守るために両手を握りしめた。それを見かねて、リョウヤは柔らかな声色で言葉を続ける。


「気にするなって言っても無理だろうけどさ、ひとまずは目先のことに集中しようぜ。頑張るって決めたんだろ?」

「……はい!」


 リョウヤの言葉で自らの決意を思い出したコトネは、力強く頷いた。


「んじゃ、コトネがする特訓だけど」

「……っ!」


 人並み外れた身体能力を持ち、魔術を操る魔術師ウィザードの特訓とは一体どのようなものなのか。期待と不安にゴクリと喉を鳴らすコトネに、リョウヤはズバリと告げた。


「まずは授業だ!」


 …………。


「……え?」


 思わず間の抜けた声で首を傾げてしまう。その反応は予想できていたのか、リョウヤは困ったように苦笑した。


「まぁ何するにしても知識がないと始まらないからな。実技の練習はその後になるわけよ」

「わ、分かりました」


 若干期待外れ感が否めないものの、リョウヤの言葉は正しい。コトネも納得出来たらしく、しっかりと頷いてみせる。


「コトネは入学してまだ1週間ちょっとしか経ってないよな? 魔術関連について、何処まで把握できてる?」

「えっと、ひとまず基礎的な部分だけです。魔術の構造とか、精霊との関係とか」


 それを聞いて、リョウヤは心のなかで軽く驚いた。


 魔術関連の話は目に見えない部分が多く、パッと理解できる人は少ない。リョウヤたちのように、幼い頃から魔術の世界に身を置いていれば話は別だが、ある程度の固定観念が出来ているこの歳で魔術の理屈は理解の追いつかない人が多いのである。


(……ま、もう武装形態アームズを出せてるんだ。理屈は知っていて当然っちゃ当然か)


 精霊の器を武装と変化させる武装形態アームズは、分類的には基礎魔術の1つだ。精霊の器を一度消滅させて、魔力を用いて武装に再構築するため、使うためには最低限の技量と知識が必要となる。


「んじゃあ少し進んだ話をするか。具体的に言えば、属性の話だな」

「属性、ですか?」


 未だ授業で出ていない単語にオウム返しするコトネへ、リョウヤは説明を続けた。


「確認になるが、基本的に俺たちが<魔術>と呼ぶものは、精霊が発現する魔法を操作したものだ。んで、その魔法を発現する精霊には必ず1つ属性がある」

「火とか、雷ってことですか?」


 パッと思いついたのはユウトが放つ魔術の爆発――属性として振り分けるなら火、だろうか。あとはエリーが纏っていた雷だ。


「そうそう。ユウトの精霊であるアリナちゃんの属性は火。エリーちゃんの精霊……たしかレギンレイヴだっけか? なら雷。俺の精霊、フウカなら水って感じだな」

「私の場合は……風」


 コトネの精霊、空狐クウコ武装形態アームズへと変化するときに大量の風が生み出される。マトモな魔術を使ったことのないコトネだが、恐らくクウコの属性が風だろうことは推測がついた。


「基本的に精霊の属性は『火』『水』『土』『風』の4つだ」


 ふんふんとメモを取っていたコトネは、あることに気づいて頭上からクエッションマークを生み出す。


「あれ? エリーさんの雷は……?」

「基本的に、ってだけで4つの属性以外にもあるのさ。エリーちゃんの雷は例外のひとつ。まぁ雷は割と数もいる属性だけど」


 特別な属性は高ランクの精霊にある事が多く、いま判明している”Sランク”は全て特殊な属性を持っている。恐らく、”Aランク”ならば半数ほどが特殊な属性を持っている統計のはずだ。


 その点で言えば、リョウヤやコトネは残り半数に数えられる基本属性持ち、ということになる。


「そこらは今度説明するとして、属性にはそれぞれの特徴があるわけよ。まー、一言で表すなら『魔法が現実に及ぼす影響の原因』かねぇ」

「つまり、どういう風に魔法が発現するか。……みたいなイメージで合っていますか?」

「お、そんな感じ」


 精霊が発現する魔法は、漫画やアニメとは違い現実にも影響を及ぼす。火属性ならば火事が起こるし、水属性ならば洪水で物が流れていく。


 各属性ごとに現実へ影響を与える種類があり、その原因を表すのが属性の特徴だ。


「例を上げるほうが早いな。例えば俺の場合なら属性は『水』だから、特徴は”質量”だな」

「……?」


 あまり水属性の特徴とは思えない単語に首を傾げるコトネを見て、リョウヤは思わず苦笑した。


 一般的な……ゲームや漫画の世界で言う水の魔法や魔術のイメージといえば、やはり回復だろうか。コトネはつい最近までそういう一般常識の中で育ってきたのだ。イメージが一致しないのも無理はない。


「そうだな……津波を想像してみ?」

「津波、ですか?」


 繰り返すコトネに、リョウヤは「あぁ」と頷く。


「津波は簡単に車を押してしまうし、下手すればビルをも倒壊させる。その原因は結局のところ、水の圧倒的な”質量”だ」


 成人男性でも足元30cmの水深もあれば歩くのが困難になり、50cmなら勢いに押され始め、1m……つまり腰ほどもあれば立てなくなる。10mを超える巨大な津波ともなれば、ビルの構造によっては倒壊するだろう。


 だがそれらの災害を起こした原因は、ただの水が大量に集まり流れただけ。


「他の例えなら、ウォーターカッターとか知ってるだろ? あれも原理は一緒。パッと見は切断しているように見えるが、実は違う」


 説明しつつ、リョウヤは自らの左耳に手を当てて武装を喚び出した。


「フウカ、武装形態、開始オープン・アームズ

『いっくよーっ!』


 清純な水が周囲から溢れ出て、リョウヤの右手へと集って1つの形を成していく。真っ白な銃身に水色の装飾が施された、まるで芸術品のような騎兵銃カービン。――フウカの武装形態アームズだ。


 そのままリョウヤは端末を操作してマネキンを出現させると、顕現した騎兵銃をスムーズに構えてセーフティを外す。


「水を放つだけなら、それは破壊力のないただの水鉄砲だ。だが一定以上の水を圧縮させて、高速で射出すれば――」


 マネキンへ狙いを定めると、呼吸を落ち着けてからリョウヤは詠唱した。


「【バレット】」


 ズバンッ! と発砲音と共に凝縮された水流がマネキンへと直撃する。その頭上に[判定:150]というメッセージが表示され、その威力を物語っていた。


「圧縮した”質量”で狙った物質だけを”吹き飛ばす”ことができる。結果、それが切断されるように見えるだけって寸法さ」

「な、なるほど……」


 水の危険性はよく聞く話だったとはいえ、実際に見ると改めてコトネは実感した。


 地球の動物たちを潤わせ地に恵みを与える水は、集えば他者を殺める弾丸にもなりうる。……確かにこの水属性の特徴は正に”質量”だ。


「それじゃあ他の属性はどんな特徴なんですか?」


 水属性の魔術のイメージが一気に変わったコトネは、他の属性についても興味が湧いて前のめりに問いかける。興味津々な瞳を受けたリョウヤは、武装形態アームズを消すとスマホを弄り始めた。


「『土』の特徴は”密度”。割と土属性の精霊と契約したいっていう人は多いぞ」

「え? そうなんですか?」


 <魔術戦争マギ>を見る側からすれば、土属性の魔術師ウィザードはそこまで派手ではなく人気になることは少ない。だが選手からすれば真逆らしい。


 思わず口にしてしまった様子のコトネに、リョウヤは「あぁ」と頷く。


「土属性ってあんまりパッとしないイメージあるが、チームに1人いるとかなり嬉しい属性だからな。『火』『水』『風』に比べると『土』は石や鉱石などの固体を扱うから魔術の強度が高いんだよ」


 他の基本属性は気体や流体として発現するため、圧縮させるなど工夫をしなければ試合用の魔術として扱うことは出来ない。だが固体を最初から扱うならばそのままでも十二分な効力が望め、更に工夫すればあらゆることに転用できる。


「攻撃、防御、サポート。割と何でもござれで、魔術師ウィザード目指すやつはひとまず土属性を欲しがるな」

「そうなんですね……! 勉強になります」


 優しいイメージの『水』が力強かったり、地味なイメージの『土』が好まれていたり、意外な事実にコトネは目をキラキラさせながらメモを真っ黒に埋めていく。


(コトネって見た目とは裏腹に好奇心が強いよなぁ)


 かくいうリョウヤも、コトネの意外な一面に内心で苦笑しつつ説明を続けた。


「次はコトネの精霊の属性である『風』だが、コイツは”圧力”だ」

「この流れなら……風は空気にある圧力の差で生まれるものだから、ですか?」

「おおぅ、賢いな。正解だ」


 『水』と『風』。どちらも力によって押し流すことは同じだが、その現象を起こす原因が違う。


 水ならば圧倒的な質量によって問答無用に押し流し、風は地球を覆う空気が反発し合う力によって押し流すのだ。いわば風属性は空気圧を変化させる魔法と言っても過言ではないだろう。


「次は、『火』ですよね?」

「あぁ」

「なら……」


 例えで言ってみたことが正解だったことにコトネは頬を緩めて、次の属性についても考えてみた。


(火の”特徴”は……あれ?)


 だが、すぐにコトネの思考は止まる。


(『火』って現実にどう影響を及ぼしてるの……?)


 すぐに思い浮かぶだけで、火が現実に及ぼす影響は多種多様に渡った。燃料があれば燃え移るが、そもそも火は空気を燃やしている。ならば”燃焼”が特徴となるのか?


(……なんだか、違う気がする)


 眉をひそめて頭をひねるコトネの様子に、リョウヤはしばらく待ってから答えを出した。


「まぁコイツは難しいよな。火属性は”融合”だ」

「……?」


 ”質量”、”密度”、”圧力”ときて、最後は”融合”。


 何故か『火』の特徴だけ異様さを放っている。それは説明している本人も感じているのか、リョウヤは苦笑いを浮かべながら「わかるぜ」と続けた。


「だがまぁ、そもそも火っていうのは物質じゃないからな。別々の物質同士が融合し合い、それによって発生するのが火っていう現象だ」


 通常ならば、可燃性の物質と酸素が熱によって結びつくことで酸化反応を起こし、その際に発生するエネルギーが光を伴って火となる。別枠の話ならば、水素同士が結びつくことで大量の熱と光を放出する核融合反応もそうだ。


「物質同士が結びつく……融合することで反応が起こり、火というエネルギーが生まれる。だから”融合”が火属性の特徴ってわけだ」

「難しい話ですね」


 魔法や精霊というファンタジーな存在に対して、話の内容が現実すぎるため、違和感がどうしても拭えない。


 うむむと唸りながら煮詰まった様子のコトネに、リョウヤは意識を逸らす意味合いを込めて説明を再開する。


「あと豆知識程度になるが、火属性の魔術師ウィザードって少ないんだぜ?」

「え、どうしてですか?」


 新たな興味を惹かれる説明に、コトネは思考を止めて思わず問いかけた。


 基本属性に分類されるからには、恐らくそれなりの数がいるだろう。一般人としてのイメージでは『魔術師ウィザードと言えば火の魔術』だったのも合わさって、理由を思い至ることが出来なかった。


「魔術の練習ってのは危険と隣り合わせだ。その中でも、特に『火』の危険性は他の属性に比べてダンチで高いからな。一歩間違えば、それこそ死者が出る可能性すらある」


 他の属性は気体、流体、固体と現実に物質として存在するが、火は物質ではなく現象である。だからこそ扱うためには繊細な操作が必須となり、魔術師ウィザードに求められる技量は他よりも高い。


「中でも火の遠距離魔法は至難の業って話だ」

「……それって」


 話の流れが読めて、コトネは目を見開いた。それに肯定するように、リョウヤはコクリと頷く。


「あぁ。特に火球なんかは、その最たる例ってやつだな」

「…………っ!」


 火は物質同士の融合による反応だ。火球の場合、その反応を操作して球状に留めているため、少しでも手元が狂えば非常に危険である。


 反応が足りずに火が消えるだけならば問題ない。だが、もし過剰なまでに反応させてしまえば……大爆発が起きる。


「つまり、檜山先輩はあの見た目に反して超器用な魔術師ウィザードってことだ。本来、不安定な火球をあれだけの数を出すわけだからな」


 1つの火球の形を留めるだけでも集中力を必要とするのに、檜山の場合はそれがおよそ30個近くだ。それだけで檜山の技量がどれほど高いか分かるというものだろう。


 納得するコトネに対して、リョウヤは「と言っても」とすぐに先程の言葉を否定した。


「あの先輩だって完璧じゃない。恐らく、あの大量の火球全てを制御するのは無理があるだろうさ。それがそのまま、あの人の欠点になるわけだ」

「つまり、檜山先輩の欠点は火球そのもの、ですね」


 確認するようなコトネの言葉に肯定すると、リョウヤは言葉を続ける。


「火球は不安定な魔術で……いわば安全機構が外れた爆弾だな。ほんの少し制御を誤れば、簡単にボンッ。檜山先輩はそうしないように手一杯で、他のことに手を回す余裕がないはずだ」


 遠距離からの魔術は、普通に飛ばすだけなら簡単に対処されるのが普通だ。そうならないよう、対応できないような速度で飛ばしたり、軌道に変化をつけるなど工夫を入れていく。


 しかし檜山の場合は一度に操作する数が異様に多く、更に扱いが難しい火球のため工夫をいれる余力など無いだろう。


「そこで、だ。これからコトネには、その欠点を突くことに特化した特訓をしてもらうぞ」


 試験の期間は短く、今からマトモに強くなる方法を行っても、大した効果は得られない。ならばこの試験に特化した戦い方を学ぶ他ないだろう。


「前振りの講座はこんなところだな。準備はいいか、コトネ?」

「――はい!」


 ニヤリと不敵に笑うリョウヤに、コトネは気合十分な顔持ちで頷いたのだった。

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