3話-4『参加試験』

「ごめんね、ちょっと散らかってるけど」

「あ、いえ……」


 曖昧に返事をしながら、アリナは視界を左右へと揺らす。散らかっている、などと言ってはいたが、何処を見渡しても汚れのひとつ見当たらない。


「ふふっ。自分の部屋に人を呼ぶのは久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃうな」


 そうアカネは言うが、やはり言葉とは裏腹に全く緊張していない様子だ。ベッドに置いてあったクッションをアリナへ手渡してから、流れるように備え付けの小さなキッチンへと向かっていく。


 アリナは自分の立ち位置を探すように少しだけ足踏みをすると、部屋の中央にある机の近くに腰を下ろした。


『教えてあげよう。私が知る限りの、人間私たち精霊キミたちの関係を、ね』


 そんな言葉と共にアカネに連れて来られたのは、彼女の部屋だ。


(ここが、アカネの……生徒会長の部屋)


 軽く部屋の中を見渡せば、赤い家具が次々に映る。どうやら赤色が好きらしい。特にこれといった装飾も少なく、シンプルなデザインが多めな印象だった。


(部屋の隅に目を向けなければ、ですが)


 1Kの部屋は全体的に洋風で固められていたのだが、隅にある1畳ほどの小さなスペースだけ畳が敷いてある。壁には刀が掛けられており、部屋の洋風なイメージも合わさって異様さに磨きが掛かっていた。


 どれほど甘めに見ても、女性的な部屋とは決して言えないスペース。思わずそこをジロジロと眺めていたアリナへ、背後からアカネの声がかかる。


「あぁ。やっぱりそのスペース、気になる?」

「あ、いえ、その……はい」


 湯気を立ち昇らせるマグカップを渡されたアリナは、少し戸惑いながらも頷いた。やっぱり、と言わんばかりに苦笑したアカネは、自らの首に掛けているアミュレットに手を伸ばす。


「だそうだよ? 避来矢ヒライシ


 アカネの言葉に反応して、アミュレットの中心に嵌め込まれた黄土色の魔石が瞬き、人影が違和感のあった畳の上へ着地する。


「許可をしたのはうぬだ。文句を言われる筋合いはないぞ」


 魔石から姿を現したのは、小学生5,6年生ほどの少年だった。顔は整っているのだが、くすんだ白い髪が腰辺りまで無造作に伸ばされていたり、ボロい甚平を身に纏っていたりとイケメンの雰囲気を自らぶち壊している。


 何より、彼の瞳が老人のように達観していて違和感が凄まじい。まるで子供の姿をした老人だ。


 少年の異様な雰囲気に呑まれつつ、アリナはアカネへと質問を投げかける。


「あの家具は、アカネが契約した精霊の物なのですか?」

「あぁ、うん。ヒライシの強い希望でね。仕方なく」


 そう言うアカネに、少年の精霊――ヒライシが不機嫌さを隠しもせずにジト目を向けた。


「仕方なく、とは何だ。うぬも同意しただろう」

「同意はしたけど、ここまで景観をぶち壊されるとは思わなったよ」


 お互いにやれやれと言った空気で軽く口喧嘩をする2人に、アリナは自然と口元が緩む。


 きっと、この2人の立ち位置は一緒なのだろう。どちらかが、どちらかに気を使うことのない……そんな自然な関係。


(私たちには、無理そうですね)


 ユウトとアリナの関係は自然と対局にあると言っていい。片や封印したことに負い目を持っており、片や自らの無能さに負い目を持っている。だから、互いに嫌い合うことは合っても好き合うことはなかった。


 目の前の2人が相棒とするならば、ユウトとアリナはビジネスパートナー。


(だからこそ)


 少しでもそこから抜け出すために。自らに負い目を感じなくても良いように。アリナは知りたいと願ったのだ。


「アカネ。そろそろ本題に入っても大丈夫でしょうか」

「え? あーごめん。そうだったよね」


 アカネは申し訳無さそうに眉先を下げると、手に持ったままのコップを自身の前に置いて、クッションの上に座る。さり気なくヒライシもキッチンから緑茶を用意して、畳の上で胡座をかいた。


「まずアリナくん。再確認だけど、キミは精霊自分の事を知ろうとしていたね?」

「……はい」


 知らないことはたくさん有る。有りすぎて何処から知るべきかわからないくらいには。ひとまず最初に知るべきなのは己自身だと、そうアリナは考えた結果の行動だ。


「なら、そうだね。まず前提だけど、精霊は人間が15歳のときに”契約の儀”という儀式によって、異世界から喚び召される。そうして召喚された精霊の強さが、召喚した人間、つまり魔術師ウィザードとしての素質となる。……ここまでは大丈夫だよね?」


 コクリと頷いて、アリナは先ほど調べた知識を補足として発する。


「無事、魔術師ウィザードと成れた人間には契約した精霊の核となる魔石が与えられ、精霊と人間はそれを媒介として魔力や魔法の主導権を渡します」


 本来、人間は魔術を使えない……というより、魔法を操ることはできない。あくまで人間が可能とするのは、世界の”外”から魔素をこちらの世界に手繰り寄せることだけ。故に、魔石を通して精霊から発現した魔法の主導権を貰う。


 主導権を譲渡された魔法に対して、人間側が様々な動きや特徴を付与する……それが魔術だ。魔素、魔石、精霊。この3つが揃って、初めて人間は魔術師ウィザードを名乗れる。


「その通り。ちゃんと調べてるね」


 アリナの説明にアカネは人当たりの良い笑みを浮かべると「それじゃあ」と言葉をつなげて、放った。


「――人間と精霊の違いってなんだと思う?」

「…………」


 問いかけられた言葉を、アリナは自身の中で反芻させる。


 人間と精霊の違いとは何か。何が違うのかと問われれば、全てが違うと言わざるを得ない。


「まず、住む世界が違います。それに人間は体を持っていて……精霊は魔力で構成された器により存在しています。あとは、人間たちは生命維持に様々な要因が必要ですが、精霊は魔力のみで存在できます」


 考えれば考えるほどに、人間と精霊は全く違う存在なのだと再確認できる。そもそも別世界の生物なのだから、当然と言えば当然なのだろうが。


「うん。アリナくんの言うように、人間と精霊は違う点が多い。……でもね、私はこう思うんだよ」


 アカネは部屋の隅で胡座をかくヒライシへ目を向けた。


「人間と精霊の違い結局のところ、たったひとつなんじゃないかってね」

「たった……ひとつ?」


 言葉の意味がわからず、アリナは首を傾げる。それを見て僅かに笑ったアカネは、片手にマグカップを待ち、もう片手を自らの胸に当てた。


「――物質と精神、その差だよ」

「――――」


 それは正に、アリナにとって青天の霹靂のような一言だった。


「人間は物質の世界に生まれ、物質を依代として、物質を得ながら生きている。

 精霊は精神の世界で生まれ、精神を依代として、精神魔力を得ながら生きている」


 全く別の世界で生まれ、育まれてきた2つの生命。それらが召喚という形とはいえ、互いに支え合う今の状況は限りなく奇跡に近かった。


 言語が交わせなかったかもしれない。敵対していたかもしれない。そもそも存在すら許されなかったかもしれない。


 多くの可能性の上で成り立つ現状において、人間と精霊の違いは本当に致命的なほどに多いのか。その差に喘ぐ人々がいるというのだろうか。


 ――ならば、この世からすでに人間か精霊が姿を消していることだろう。


「つまり人間と精霊。それらの間には些細な差しかない、と?」

「私はそう思ってるよ。共通する部分が多い生命同士だから、文明が築かれてからずっと仲良くできているんじゃないかな」


 人間と精霊の付き合いは非常に長い、というのが通説だ。明確にこの年から関係を築き始めたという文書は無く、それ故に文明が存在している頃から繋がりを持っている可能性すらある。


 少なくとも、歴史上に名を残した英雄や偉人たちは、その殆どが魔術師ウィザードであることが多かった。


「人間と精霊は思ったよりも違いがない。……本当にその通りなら、私はこう思うんだよ」


 精霊は”外”の生命だから、人間とあらゆる部分が違うから、どうしようもない。それがもし違うとしたら? 根本的に間違っている認識だとしたら?


「私たちが賢明に努力して強くなるのと同じように。アリナくん、キミにはキミの強くなり方がある」

「――――」


 人間は強くなるために、筋トレや積み重ね肉体を鍛えていく。鍛錬をこなして体の使い方を学んでいく。それはつまり、この世の理――物質に適応した強さだ。


(なら、精霊は?)


 ふと自らを確認するように、アリナは自身の掌を見つめる。


 機械で出来た無機質な掌。誰よりも、何よりも無能であり最弱であることを示す、逃げようもない肉体物質


「ふむ……。アリナと言ったか。からも言わせてもらおう」


 アカネとは違う、声変わり前の高めな声に顔を上げれば、横で茶を啜っていたヒライシが年季を帯びた瞳でこちらを見ていた。


ら精霊は、絶対に物質的な意味で強くなれん。この世界に存在するための依代を、魔力で構築しているからだ。

 構築できる器が定まっている以上、付随する能力……つまるところ蓄えられる魔力量も、発現する魔法も、変化できる武装も、永劫変わることはない」


 故にこそ、と続ける。


うぬが共に在る人間と、本当の意味で相成る存在へ成りたいと願うならば。らの性分を……領域を伸ばす他ない」

精霊私たちの、領域」


 ひとつ、断言しよう。ユウトがエリーに勝利できたのは、9割9分ユウトの力だ。


 アリナの力は雀の涙ほどの身体強化と魔法のみ。たとえ相手が”Eランク”であろうと、この勝利する為のバランスを変えることはできない。


 だからせめて、アリナは降り注ぐ耐え難い苦痛に耐えていた。


 自分は耐えることしかできないのだと。それが唯一ユウトに対して出来る、精一杯の努力なのだと――そう思っていたから。


「よいか? らは物質に束縛されん存在だ。物質を越えた視点、らの視点でしか見つからん物がある」


 一体それが何なのか。ヒライシはあえてそれを伝えず、真剣な表情で話を聞いているアリナへ結論を出した。


うぬが相成る存在となりたいと願うなら、それを探せ」

「…………」


 何をすれば良いのか、何から手を付ければ良いのか。アリナはただそれを悩んでいた。何も知らず、何もわからず、何も出来ない。そこから脱却するための方法を。


 今、アリナの前に道筋が示されている。自らの無能さに恨み辛みを積み重ねるだけだった自身にも、できることがあるのだと、その道は教えてくれていた。


(でも、わからない)


 目の前のヒライシを見る。彼は召喚されてまだ幾年月も経っていない。だというのに、なぜこれほどに差があるのか。これも、”Fランク無能”のせいなのだろうか。


 ――なら、せめて追い縋らなければ。


「ご教示いただき、ありがとうございました。重ねて、無理を承知の上でお願いがあります」


 そのために自分がどうすべきか。それが、今のアリナに唯一分かることだった。


「私に、彼と並ぶ努力の仕方を……教えてください」

「……ふむ」


 真摯の気持ちを込めて、深く、深く頭を下げたアリナに、ヒライシは目を細める。


うぬは敵同士。敵へこれ以上親切にするほど、うつけ者ではない」

「……っ」


 当然の答えだった。学生でありながら苛烈な競争世界に身を置く彼らにとって、他者に教えを与える暇などない。いや、それ以前に教えれば自身が不利になる。


(でも……!)


 諦めるわけにはいかなかった。ようやく見えかけた希望の光を、このまま諦められる訳がない。


 どうして説得しようかと考えを巡らせるアリナへ、不意に横から声がかかった。


「別に教えてあげても良いんじゃない?」

「……アカネ」


 助け舟を出してくれたのは、ヒライシと契約した魔術師ウィザードであるアカネだ。紅茶を飲みながら軽く言ったアカネを、ヒライシは呆れを含んだ視線で睨みつける。


「敵に塩を送るのか?」

「私たちはひとりの魔術師ウィザードである前に、この学園の生徒会長なんだ。生徒の頼み事を聞くのは当たり前のことだよ」


 鋭い視線が容赦なく突き刺さっているはずのアカネは、それを気にした様子もなく断言した。しばらく視線を交わしあった2人だったが、やがてヒライシの方が諦めたらしく、大きな息を吐く。


の契約者に感謝することだな。……教えてやろう、うぬの強くなり方を」

「は、はい! ありがとうございます……!」


 万感の感謝を込めて、2人へ向けて大きく頭を下げた。


(いつかきっと、あの人の横に近づいて見せます)


 微かだが見えた希望にやる気を漲らせたアリナは、自身の契約者を思い出しながら決意を固めるのだった。

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