3話-2『参加試験』
それから2日後、少し広めの自修室には4人の人影があった。うち3人はユウトを始めとした、チームの面々。最後の1人は――
「よし! それでは何用かな、後輩諸君ッ!」
――無駄に熱量の高い男子生徒だった。
刈り上げられた赤い髪に、身長は低めながらも分厚い筋肉が特徴的な男子は、件の
春だというのに、捲りあげた袖から見える筋肉質な腕でガッツポーズをしており、二カッと気持ちの良すぎる笑みを浮かべていた。
「えっと、まずは貴重な時間を使っていただきありがとうございます」
勢いに押されつつユウトは軽く頭を下げると、檜山は笑みを浮かべたまま「気にするな!」と大きい声量で答える。
「檜山先輩をお呼びしたのは、先輩の魔術を一度お見せしていただきたいからです」
「ふむ。諸君が受ける試験の対策かね?」
随分と素早くユウトたちの意図を把握したらしい檜山に、ユウトは一瞬だけ目を細めつつ肯定した。
「はい。過去の試合記録も見させていただきましたが、やはり実際に確認したいと思いまして」
「ふむふむ……了解したッ!!」
檜山は説明を聞きながら何度も頷くと、キラリと白い歯を見せて快諾してくれた。それを見て、ユウトは心のなかで安堵の息をつく。
そもそも<魔術>とは、精霊が発現する魔法に様々な命令を下す――言い換えるのならばプログラムだ。例として精霊が火属性の魔法を発現するとして、
火力、射程、範囲などを定め状況に応じて命令を設定し、最後にプログラムへ詠唱という命名を施して、魔術として完成させるのだ。
結果として火力に特化した近距離の魔術や、遠距離から範囲攻撃を行える代わりに火力の低い魔術などが出来上がる。なればこそ
檜山先輩はそれらのリスクを承知の上で、快諾してくれた。
「そういうことなら早速始めようじゃないか! 相手はここのマネキンで良いだろう?」
「はい。お願いします」
檜山はひとつ頷き、端末を操作してマネキンを部屋の奥に出現させる。放った魔術がどれほどの火力かを確認できる、例のマネキンだ。
「よし。では行こうか、ホルシード!
『応ともさ、敬愛なる我が友よ!』
叫ぶような大声で言葉を放ち、イヤーカフに嵌め込まれた赤い宝石が輝く。すると、檜山の声量と同等かそれ以上の声量の男声が聞こえて、周囲が赤く染まった。
魔石から放たれたのは赤い、ひたすらに赤い炎。灼熱、という言葉が似合うそれは、言ってしまえば小さな太陽だろう。それは頭上高くで光り輝き、ゆっくりと落下して檜山の両手に収まった。
彼の手で象るのは、人の頭ほどもある赤い水晶玉。これこそ
「檜山先輩の
ユウトとリョウヤの間に挟まって立つコトネが、ポツリと呟く。誰もが最初に抱く疑問に、ユウトは口を開いた。
「見た目からは想像つかないよね。でも、檜山先輩の実力は確かだよ」
「あぁ。学内でも1、2を争うほどの遠距離型の
視線を檜山から逸らさず「見ていて」とだけ言ったユウトの言葉に頷いて、コトネは静かに前を見つめる。視線の先では、檜山が赤く煮えたぎる水晶を頭上高く掲げたところだった。
「さぁさぁ、まずは軽くウォーミングアップといこうじゃないか。――【
魔術名を叫んだ瞬間、檜山の持つ水晶が眩く発光し、水晶から人の頭ほどの火球が出現する。
「ドーンッ!」
間抜けな掛け声とともに、輝く炎という名に相応しい火球がマネキンへ一直線に突っ込んでいく。そのまま火球はマネキンと接触し、戦車砲が直撃したような爆発を起こした。熱風が周囲へ襲いかかり、ユウトたちの頬を撫でる。
[判定:120]
爆発による煙が収まると、マネキンの頭上に先程の一撃の判定が出現した。表示された値を見て、檜山先輩は満足そうに頷く。
「うむ。こんなところだな!」
「えっ、と……?」
評価するならば、先程の一撃は”Cランク”の通常魔術ほどの火力。学内1,2を争う遠距離型の
反応に困った様子で見上げるコトネに、ユウトは苦笑を返した。そして彼女から視線を外すと、満足気な表情の檜山へと声をかける。
「檜山先輩、加減は大丈夫そうですか?」
(……あっ)
ユウトの言葉にコトネも先程の一撃が加減されたものだと知り、困惑してしまった自分に恥ずかしさを覚えた。
「応ともさ! これなら試験用として十分だろうッ!」
そう言って、檜山は再び自らの
「ちゃんと見といたほうが良いぜ」
「えっ?」
呆けた声と共に、リョウヤをチラリと見上げたコトネ。視線を感じつつ、リョウヤはポツリと言葉を溢す。
「……アレが、俺たちが大会に出るための壁だ」
「では――【
――瞬間、コトネは自らの目を疑った。
フザけたような詠唱から飛び出したのは、先程と同じ人の頭ほどの火球。”Cランク”程度の火力しかない、言ってしまえばただの火の玉だ。
それが、
「はいドーンッ!」
まるで花火のようだった。
1つが戦車砲並の爆発が次々に重ねられ、圧縮され、破裂する。爆風と爆風が強大な身を焦がしそうなほどの暴風が全身を叩きつけた。あまりに止めどない爆発音に、鼓膜が絶えず揺れ続けている。
「――――ッ」
長かったような、実のところ20〜30秒ほどの短い間、鳴り続けていた爆発音がようやく止んだ。途中から細めていた目を、コトネはゆっくりと開けていく。相変わらず無傷のマネキンの頭上には――
[評価:測定不能]
――この男が学内でも1,2を争う
「うむ。これで満足かな? 後輩諸君よ」
「……はい、ありがとうございます。檜山先輩」
ニカッと気持ちの良い笑みを浮かべた檜山に、ユウトは3人を代表して頭を下げる。それをどこか遠い風景のような感覚で、コトネは絶句したまま呆然としていた。
◇
「それで、どうだった? コトネさん」
檜山が筋肉を見せびらかしながら帰っていくのを見送ったユウトは、未だ若干ながら呆けているコトネへ問いかけた。少しだけ数巡した後、コトネは一言だけ呟く。
「……どう、するんだろう」
無理じゃないのか。と続いて言ってしまいそうになった言葉は、何とか呑み込む。
”Cランク”の火球を、一度に数十個も出すような
どうするんだろう。
コトネの言葉は、今の状況を端的に表していた。
「今のままだと絶対に無理だろうね」
だからユウトはそれに肯定してみせて、次に柔らかく微笑んでみせる。
「だからこそ、わざわざ時間を作ってもらって見せてもらった訳だから。現状を把握してくれたのなら良かったよ」
「は、はい……」
少しだけ表情がマシになったコトネから視線を外して、ユウトは「さて」と軽く2人を見渡した。
「認識合わせをしよう。現状であの試験をクリアできるのは」
視線を向けた先は、左耳のピアスを弄びながら考えに耽っている様子のリョウヤ。
「リョウヤのひとりだけだね」
「ん……? あー、まぁな」
自分のことが話題になると思っていなかったらしい。リョウヤは一瞬だけ呆けた顔になって、すぐにユウトの言葉に肯定する。
迷うこと無く先程の攻撃を凌げると言い切ったリョウヤに、コトネは思わず体を前のめりに傾けた。
「リョウヤ先輩、さっきの魔術を対処できるんですか!?」
「いやいや、そんなすげぇ事じゃねぇよ。ただ相性が良いってだけさ」
困ったように頬をかいたリョウヤは、その話題から逃げるようにユウトへ声をかける。
「んなことよりも。ユウトはあの魔術の対処法、持ってないのかよ。改めて檜山先輩の魔術を見て思ったけどさ、ありゃヤバいだろ」
「流石にアレぐらい数が多いと中々ね。単純に手数が足りないかな」
檜山が放つ火球の数は数えるのも億劫なほどに多い。パッと見でも、恐らく30は下らないだろう。更に1つでさえ”Cランク”レベルの魔術というオプション付きだ。
普通の
ユウトならば1発が頬を撫でただけでも
(……かなり、厳しいな)
内心で溜息を吐きながら、ユウトはチラリとコトネを見た。
正直に言えば、時間さえあればコトネは大丈夫だろう。なにせコトネの契約する精霊は、超前衛向きの”Aランク”だ。余りある身体能力と
とはいえ、準備にかけられる時間はたったの2週間。それだけでは知識ゼロのコトネに、大したことも教えることはできない。何かしら工夫を凝らす必要があるだろうが。
(逆に言えば、工夫を凝らせばコトネさんなら行ける)
残る問題はひとつ。
(俺、か……)
思い起こされるのは、試験を言い渡すときに言っていた水月の言葉だった。
『黒井の実力は確かだが、それはあくまで1対1の場合だ。複数魔術の対処はできるのか? 遠距離魔術の対処は?』
(痛いところを突くなぁ)
1対多の対処。それはユウト自身でも問題視していた部分だ。
戦っている場合、基本的にユウトが1つ動くまでに、相手は2つ動く。1対1ならば、ユウトの卓越した技術と先読みによって対処が可能である。
だが1対多の場合は不可能に近い。どれほど先が読めても、どれほど効率的に体を動かしても、限度がある。しかも、掠りでもすればユウトは終わりだ。
最近になって
(ホントに、クソみたいな世界だ)
どれほど足掻いても、どれほど諦めずとも、魔術の世界は才能という言葉を押し付けてくる。それから逃げることも、目を背けることもできない。
ただ立ち向かうことしか、出来ないのだ。
『――お前が歩みたいと願う場所は、お前にとっての死地だ』
それでも、諦めるわけにはいかない。赤く光る魔石にそっと手を伸ばして、ユウトは覚悟を決める。
不可能に近いこの試験をクリアする、という覚悟を。
「これからコトネさんには時間いっぱい掛けて、対檜山先輩の特訓をしてもらうよ。リョウヤはコトネさんのサポートをお願い。やってほしいこととかは、後でメールで送るから」
「ユウトはどうすんだ?」
リョウヤの問いに、ユウトは自らの掌を見つめる。
「少し、ひとりにさせてほしい。この中で一番クリアが厳しいのは、俺だから」
「……りょーかい」
こうして、ユウトたちの試験に向けての特訓が開始されたのだった。
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