3話-1『参加試験』

 模擬戦を終えた翌日の放課後、ユウトとリョウヤ、コトネの3人はとある部屋へと訪れていた。「水月」と書かれたプレートのある扉へ手の甲を向け、ユウトは3回ノックする。


「入れ」

「失礼します」


 女性にしては低い声が中から聞こえ、ユウトは一声入れて扉を開けた。すると、視界に入ってくるのは整理整頓された書類や機器の数々。自修室にあるAR機器も配置されていた。


 部屋の左奥にはマルチディスプレイのパソコンが様々な資料を表示しており、それと睨めっこするように水月が座っている。


「ん、誰かと思えば、黒井クロイ南茂ミナモと……あと、例の”転入生”の風鳴カザナリか」


 ユウトたちが部屋に入室したのを確認した水月は、流れる手付きでディスプレイの画面をブラックアウトさせると、椅子を回転させてユウトたちへ体を向けた。


「随分と不思議な組み合わせだな。黒井と南茂はともかく、1年の風鳴も一緒とは。一体、何のようだ?」

「今年度の<魔術戦争マギ>の参加を申請しに来ました。この3人で、出場します」

「ほぉ」


 少しだけ驚いたような声を漏らして、水月はユウトへと視線を向ける。……とはいえ、サングラスを掛けているので恐らく、ではあるが。


「精霊の封印を解いたんだ、出場するとは思っていたが……。意外だな、レンホルムとは組まないのか?」

「はい」


 つい昨日リョウヤから同じことを聞かれたな、とユウトは内心苦笑しながら迷いなく頷いた。


「もう一度、エリーと戦いたい。私闘じゃなく、ちゃんとした大会で勝ちたいんです。そうして初めて、俺はエリーを越えたと言えるので」

「……強欲だな、お前は」


 私闘であれ先日のユウトとエリーの戦いは、れっきとした<魔術戦争マギ>である。結果として【局撃ストライク】という切り札を効果的に切ったユウトが勝利した。違反もズルもしていない以上、そこに疑いの余地はない。


 だというのに、この少年はもう一度、次は公の場で戦いたいと言う。これを強欲と言わず、なんと言えば良いのか。


 僅かに口元が吊り上がるのを感じながら、水月はデスクへと体を向けてPCの画面を表示させるとカチカチと操作する。


「了解した。ユウトのことだ、すでに申請書はネットで出しているんだろう?」

「はい。この部屋へ来る前に」


 時代は変わるものだ、と心のなかで嘆息しながら水月は申請書を確認し始めた。


 自分たちが学生の頃はあらゆる申請書が紙で行われたというのに、現代は学園から配布されたタブレットに入力するだけで、簡単に申請を行えてしまう。


(まぁ、こちらもそちらの方が楽だから良いのだがな……っと)


 ユウトが提出した申請書に承認ボタンを押した水月は、引き出しの中から1枚の資料を取り出した。


「申請を承認した。よって、これからお前たちは大会出場者だ」

「出場者……候補?」


 後ろで大人しくしていたコトネが、水月の言葉に引っかかりを覚えたのか復唱する。水月はその言葉に頷き、口を開いた。


「<魔術戦争マギ>は非常に危険なスポーツであることは、すでに風鳴も承知だろう。だからこそ、半端なチームは大会前に弾く必要がある。死傷者や重傷者を出さないためにもな」

「な、なるほど……」


 現代で一番の人気競技である<魔術戦争マギ>は、学生大会だとしてもテレビやネットで中継されている。視聴者が多くいる中で万が一でも死傷者や重傷者が出てしまえば、その責任は学園だけにとどまらない。下手をすれば日本という国が各国から責め立てられるだろう。


「というわけでお前たちのチームに課される試験は、コイツだ」

「……俺たちのチーム?」


 その言葉に嫌な予感を感じながら、ユウトは渡された資料に目を通して……クシャリ、と紙が音を立てた。


「おい、どうしたんだよユウト――って、あー……」


 明らかに雰囲気が変わったユウトに、リョウヤは後ろから紙を覗き、納得と呆れを合わせたなんとも言えない表情になる。


「黒井、南茂、風鳴の3名に言い渡す課題は2つ」


 ピッと、水月は人差し指を立たせた。


「黒井悠隼は、学園長に対して某日の<魔術戦争マギ>に際して見せた魔術の詳細を説明すること」


 次に中指。


「そして、本学園に在籍する檜山ヒヤマ良治リョウジの攻撃を1対1にて3分間耐えきること。以上だ」

「ちょっ、ちょっと待ってくれませんか、ミナヅキ先生」


 話を終わらせようとした水月に、慌ててリョウヤが待ったをかける。


「なんだ、南茂?」

「1つ目の課題は、まぁ分かります。だけど2つ目の課題は……普通に比べて厳しくないっすか」


 普通、大会出場者候補に出される課題の難易度は全て同じだ。例えば”Cランク”の魔術を一度受け切るとか、魔術を使わない教師相手に模擬戦をするとか、その程度である。


 だが教師側が課題の相手に個人を、しかも生徒を指定することは殆ど無い。しかも――。


「檜山先輩って、檜山先輩っすよね?」

「あぁ、本学園に檜山は1人しか居ないからな」


 随分と慌てた様子のリョウヤに、その檜山良治という人物を知らないコトネは厳しい表情をしているユウトへ説明を求めた。


「あの、ユウト先輩。檜山先輩っていうのは……」

「この学園の3年生だよ。”Aランク”の精霊と契約していて、全国大会にも出場している。この学園でも、上位に食い込むレベルの人だね」

「え、えぇ?」


 つまり、ユウトたちに課せられた試験は「学園のトッププレイヤーとサシで戦え」と言っているに等しい。それも殆ど初心者が居るようなチームに対して、だ。


「よりにもよって、そうきたか……」


 愕然とするコトネを尻目に、ユウトは苦虫を噛み潰したような表情で呟く。目の前では、未だにリョウヤが水月に対して抗議しているところだった。


「こっちにはコトネが居るんすよ? それに檜山先輩の相手って、ユウトが一番キツイじゃないっすか」

「当然だろう」


 水月は短く肯定すると、サングラスの場所を直してからコトネ、そしてユウトの方へと顔を向けた。


「南茂は1年時点で学内大会に出場し、一定の結果を出している。だが、問題があるのはそこの2人だ」

「…………」

「わ、私、ですか?」


 視線を向けられたコトネは慌てたように自分へ指を指し、ユウトは少しだけ思案顔を見せてから口を開ける。


「俺が”爆死”で、コトネさんが”転入生”だから……ですか」

「そうだ」


 確かにユウトは”Sランク”を倒した実力を持っており、コトネは将来有望な”Aランク”との契約者だ。しかし、それだけで出場できるほど<魔術戦争マギ>は安全な大会ではない。


「風鳴は”転入生”が故に戦いの心得がない。経験のない状態で大会に出場するのなら、せめて自らの命を最低限守れることを証明しなければ、大会に出場はさせられない」

「……は、はい」


 どれほど強力な精霊を持っていても、扱うのは究極のところ契約した人間だ。どれほど結界値HPが強固でも、不意をつかれれば”Dランク”レベルの魔術で怪我を負いかねない。


 周りの足を引っ張ってしまうのは許容できる。だが、本人が怪我を負わないよう、死なないように判断できる力が大会参加には最低限必要なのだ。


 逆に言えば、その力がなければ”Sランク”と契約していても大会には出場できないだろう。幾ら安全マージンを高く取っていたとしても、命を賭けていることには変わらないからだ。


「黒井の実力は確かだが、それはあくまで1対1の場合だ。複数魔術の対処はできるのか? 遠距離魔術の対処は?

 ……契約している精霊の性能上、お前は戦いの中で1度でも被弾は許されない。どんなチャチな魔術でも、掠れば最後。お前の結界値HPは砕け散るだろう」


 それだけで済めば良い、と水月は続ける。


「お前は出場者の誰よりも弱く、脆く、そして経験豊富だ。普通ならば気にも止めない、牽制レベルの魔術にも意識を割いた上で、周りの戦況を鑑みて指示を出さねばならない」


 1対1ならば目の前で対峙する相手のことだけを考えていればよかった。事実、エリーとの<魔術戦争マギ>はそれにより勝利したと言っても過言ではない。


「良いか、よく心に刻んでおけ――お前が歩みたいと願う場所は、お前にとっての死地だ」


 現代の<魔術戦争マギ>は過去と違い、死傷者や重傷者が出ることは殆ど無くなった。特にここ数年はゼロを維持し続けており、安全な競技というイメージが高まっている。


 だが、その”安全”はだ。最低評価である”Eランク”よりも低い”Fランク”のことなど、端から考えている訳がない。


「それでも、お前は大会に出たいと願うのか」

「はい」


 水月に問われているのは決断ではない――覚悟だ。


 傷を負う事になったとしても、死ぬことになったとしても、自らの願いを叶えるために前へ進み続けるのだという、覚悟。


 一瞬すら間を置かず即答したユウトに、水月は鋭い視線を向けて……ため息をついた。


「……分かった。ならば試験を見事、クリアしてみせろ」

「わかりました」

「試験の期限は4月末。ゴールデンウィーク前までだ」


 ユウトは壁にかかっているカレンダーに視線を向けて、猶予を確認する。


「2週間ちょい、か」

「課題の審査は教師であれば誰でもいい。事前に教師、檜山両者の予定を取ること。なお、檜山に関しては指定させてもらった代わりに評価点を付与するため、遠慮なく声をかけると良い」


 あと、と水月は付け足してユウトを見た。


「黒井、この後予定はあるか? 丁度学園長の都合がつくらしい。1つ目の課題を今日中に終わらせても良いが」


 学園長は何だかんだ言って多忙な人物である。入学直後からエリーとユウトを戦わせたり、それを見世物にしたり、やっていることを考えれば暇人にしか思えないが。


(説明できるのなら、さっさと済ましたほうが良いかな)


 なにせ、説明無しで見れば違反行為にも取られかねない魔術である。学園側に理解者がいれば、今後も動きやすくなるだろう。


 ユウトはそう結論づけると、水月に向けて頷いた。


「……そうですね。2つ目は今すぐ動けないでしょうし、大丈夫です」

「了解した。ならここで少し待っていてくれ。仕事が一段落したら案内する。ほか2人に関してはもう大丈夫だ、解散してくれ」


 片や軽く、片や緊張した様子で頷くと、部屋から退出しようとする。遠ざかりつつあったリョウヤの肩を、ユウトは手を置いて引き止めた。


「リョウヤ、檜山先輩に連絡とれる?」

「ん? あぁ、多分ツテ使えば行けるけど……もうやるのか?」

「いや、別のことだよ。……できれば明日か、明後日か、時間を作ってもらえるよう頼めるか」

「あいよ」


 リョウヤは二カッと気持ちのいい笑みを浮かべて、部屋を退出する。


『リョウヤさんの人脈には頭が上がらないですね。……ボッチなマスターとは違って』

(ボッチは余計だよ)


 アリナの言葉に嘆息しつつ、実際のところ本当に頭が上がらなかった。彼の持つ人脈のおかげで”転入生”という将来性抜群なメンバーを迎え入れることが出来たし、クラスの中でも特別浮かないのはリョウヤの影響が大きい。


(今度、何か飯でも奢ろう)

『私はシチュー、というのを食べてみたいです』

(アリナってご飯食べられるの……?)


 と、魔石の中にいるアリナと雑談しつつ待っていること10分と少し。PCを操作していた水月が、電源を落として立ち上がる。


「悪い、待たせたな。学園長だが、今すぐにでも大丈夫だそうだ。それでは行こうか」

「わかりました」


 ユウトは頷いて、水月とともに学園長のもとへと歩き始めた。



                  ◇



「……魔素の呼吸、ねぇ」


 ユウトから一通り先の魔術について聞いた学園長こと、佐々木は顎の無精髭を撫でながら怪訝そうに呟く。


「信じられないのも無理ありませんが、この方法でエリーを倒したのは事実です」

「わぁってるよ。あの試合は目が回るくらい検証したからな」


 あの試合で唯一分かったことは、目で見て分かるほどの魔力が発生していたことのみ。その現象も、ユウトの説明を聞いた後だと辻褄が合う。


 理屈としては疑うべくもないし、そんなフザけた嘘を付く人物でもないことは理解している。だとしても歯の奥に物が詰まったような態度なのは、


「誰も発見できなかった事実を、中学2年の子どもが発見したってのがなぁ」


 この事実によって、世界が今すぐ大きな変化を迎えることは無いだろう。検証するのが難しすぎるからだ。


 そもそも誰も知らない”魔素の呼吸”なるものを感じ取るところから始まり、未だ謎が多い魔素をコントールし切らなければならない。ユウト自身、その技術を会得するために年単位で努力し続けていたのだ。


 更にその技術を会得したとして、精霊に強烈な負荷を耐えてもらう必要がある。1日3回までは耐えられるというが、逆に言うなら4度体験すれば死ぬような痛み、ということだ。


 精霊は道具ではない。れっきとした感情や意思を持つ生命体である。安々と許可をもらえるとは思えない。それこそユウトとアリナのように歪な組み合わせではないと、難しいだろう。


「この情報をどう扱ったものかねぇ」


 公に晒すのが一番トラブルを避けられる方法だ。ただしその代わり、第一発見者であるユウトは世界中から注目されるようになり、確実に<魔術戦争マギ>どころでは無くなる。


 とはいえ情報を秘匿しようものなら、ユウトの魔術に関して変な噂が立つだろう。噂だけならば良いが、それに感化された人が余計なトラブルを起こす可能性もあり得る。


 ウンウンと頭を悩ます佐々木に、同室していた水月が口を開いた。


「ならば”魔素の呼吸”自体は秘匿しつつ、黒井を学園長の弟子ということにすれば宜しいのでは無いでしょうか? 学園長が持つ秘技を伝授した、とだけ広めれば宜しいかと」


 魔術師ウィザードの扱う魔術は十人十色。本来、精霊が発現する魔法からは想像もつかないような魔術を操る魔術師ウィザードもいる。


 その事実を利用して、世界でも屈指の魔術師ウィザードである学園長の秘技を受け継いだと言われれば、恐らく世の中の殆どは納得するはずだ。


 更に言えば、佐々木がエリーとユウトの<魔術戦争マギ>に対して色々と手を回していたことにも理屈が通る。


「……だが、それだとこれから先”魔素の呼吸”を世間に発表したとしても、ユウトの手柄では無くなるぞ」


 学園長の弟子、という立場があるからこそ押し通る話なのであって、前提から覆されれば疑いの眼差しは免れないだろう。一度吐いてしまった嘘は飲み込めない、ということだ。


 つまるところ、学園長がユウトの努力の結晶を横から掻っ攫う形になってしまう。


「俺は構いませんよ」


 佐々木の疑念をユウトは構わない、と即答でぶった切った。


「確かに魔術における新たな発見者、ともなれば金や名誉は手に入るでしょう。ですが、俺が欲しいのはそんなものじゃありませんから」


 そもそもユウトが拘るのはたったひとつの名誉のみ。それ以外は何も望まないし、望む気もない。


「その方向で対処お願いできますか」

「……まぁ、本人がそれで良いってんなら良いけどよ」


 何もしていないにも関わらず歴史的発見した当事者となることに、佐々木は大きなため息を漏らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る