2話-5『”転入生”』

「さて。集まったところで、さっきの戦いの感想を言おうかな」


 自習館の一室。そこにはユウトたち3人を始めとして、精霊たちも姿を現して集まっていた。少々手狭さを感じながらも、ユウトはリョウヤへ視線を向ける。


「まずリョウヤだけど、論外。特にコメントなし」

「なんじゃそりゃ」


 思わずずっこけるリョウヤに、ユウトは呆れたようにため息をつく。


「本気を出してないのに何も言えるわけないでしょ。強いてあげるなら、狙う場所を見すぎだよ。視線で何処を狙うのかバレバレ」

「えぇ……。そもそも、普通なら目線だけで狙う場所を把握とか無理では?」


 さも当然のように断言された言葉を聞いて、リョウヤは困惑を隠せない。


 銃弾を避ける自体ならば、普通の魔術師ウィザードならば誰でも出来ようが、それはあくまで弾丸をからだ。常に戦況が変わる試合の中で、しかもコトネを捌きながら同時にもう1人の視線を気にする……なんて、常人ならば無理じゃなかろうか。


「無理でもないよ。実際、精霊の力なしにソレをやる人はいたし」

「……マジ?」

「大マジ」


 諦めの色を込めながら「マジか……」と肩を落とすリョウヤを尻目に、ユウトは次にコトネへ向く。


「次はコトネさんだけど、本当にポテンシャルは高いね。まだ転入して日が浅いとは思えない動きだったよ」

「え、あ、ありがとうございます……!」


 ただ、とユウトは言葉を続けた。


「当然だけど技術も経験もまだまだ。ひとまずは体作りよりも、技術関連の基礎を固めることを最優先にしようか。試合用の魔術も少しずつ覚えていかないとね」

「は、はい。がんばります!」


 やる気十分なコトネに頷いたユウトは、改めて2人を見渡す。


「互いの現状が分かったところで、大会についての話をしようか」

「あ、あの!」


 次の話へと進めようとしたユウトだったが、突然コトネが声を上げて流れを断ち切った。小動物的な雰囲気のコトネが大声を出したことに驚きつつ、ユウトは視線を向ける。


「コトネさん、どうしたの?」

「あの、えっと……。ユウト先輩はさっきの戦いで、”あの魔術”を使われなかったですよね。その理由を聞かせてほしいな、と」


 この事がよほど気になっていたのだろう。気まずそうに段々と声を萎めながらも、コトネは最後まで言い切った。それを見ていたリョウヤも、片手をあげて口を開ける。


「俺も聞きてぇな。お前との付き合いも長いが、あの魔術は初めて見たぜ。後で色々と教えてくれるって話だったよな?」

「……そうだね。これからの大会の上で必要なことだし、最初に話しておくよ」


 ユウトはひとつ頷くと、リョウヤたちの横へ並ぶように座っていたアリナへと視線を向けた。


「アリナ、申し訳ないけど、頼んでも良い?」

「…………了解しました。マスター」


 本当に不承不承といった感じで頷いたアリナが、立ち上がりユウトの元へと向かって武装形態アームズへと変化する。片手剣を手に、ユウトは部屋の隅にあるパネルを操作し始めた。


『訓練形式”直立不動”で開始します』


 すると、そんなアナウンスが響き渡り、部屋の奥で1体のホログラムが現れる。マネキンのようなホログラムは、片手剣を構えた状態で固定されていた。


 同時にユウトとマネキンを囲むようにして、半透明の結界が張り巡らされる。


「あの……これは?」

「あぁ、コトネはまだ使ったことないのか」


 突如として起きた出来事に頭が追いついていないのか、首を傾げるコトネにリョウヤが説明を始めた。


「自修室は魔術的な拡張現実ARを使えるのさ。あのマネキンで火力を確かめたり、AI操作にして擬似的な模擬戦もできる」


 科学によって魔術の利便性は殆どなくなったが、こと魔術師ウィザードに関しては魔術を用いることは多い。この自修室もAR自体は科学の力だが、魔術師ウィザードの評価などは魔術を用いている。


「直立不動形式だと、あのマネキンを攻撃することで、さっきの攻撃がどれくらいのものかを判定してくれるのさ」

「そういうことだね。とりあえず、1回試してみるよ」


 ユウトは3回ほど剣で空を切り具合を確かめ、片手剣を両手で掴みつつ上段に構えた。


「【ストライク】」


 詠唱と共に片手剣に嵌め込まれた赤い魔石が発光し、刀身が熱を帯びる。そのまま勢いよくマネキンへと振り下ろせば、小さな……拳大ほどの爆発が発生してマネキンへ襲いかかった。


[判定:5]


 与えられた傷が一瞬にして修復したマネキンは、その頭上に先ほどの攻撃がどれほどの強さなのかを示すメッセージを表示する。


「っと、こんな感じに表示されるわけ」

「す、凄いです」

「確かにこんな最先端技術取り入れてるの、魔術学園ぐらいだもんな」


 未だ現代で広まっているのは簡易的なAR、VR技術のみ。この自修室にて取り入れられている技術も、未だ仮駆動の域を出ず一般使用はされていない。


「にしても【ストライク】で5点ってのは、中々キツいもんがあるな」

「もう慣れたけどね」


 そう言って苦笑するユウトに、コトネは疑問を投げかけた。


「【ストライク】……というと、基礎魔術ですか?」

 

 基本的に、魔術はそのほぼ全てが本人しか使えないオリジナルである。とはいえ、誰もが必ず最初に覚える基本的な魔術があった。


「あぁ、そうだよ。基礎魔術の【ストライク】。精霊が発現する魔法をそのまま放つだけの魔術だね。基礎魔術と言うだけあって誰も使わないんだけど、1つ特徴があるんだ」

「特徴……?」


 言葉を復唱するコトネに、リョウヤが説明を続ける。


「【ストライク】は精霊の魔法を加工せず放つから、精霊の強さを誤魔化せないんだよ。つまり、測定に一番適した魔術ってわけ」


 基礎は全ての応用の基だからこそ、魔術師ウィザードとしての強さもほぼ【ストライク】を見ればわかってしまうのだ。


「なるほど……。あの、平均値ってどれくらいなんですか?」

「100点だね」

「ひゃっ……!?」


 即座に返された答えを聞いて、コトネは絶句しながらマネキンを見る。それは変わらず、[判定:5]を表示し続けていた。


(ユウト先輩の力は……平均の20分の1ってこと……!?)


 非情な現実を前にたじろぐコトネへ、ユウトはフッと優しく笑うとマネキンへ視線を向ける。


「……まぁ、とりあえずこれが俺の普通だよ。こんな一撃、どれだけ与えても”Dランク”だって倒せない。……だから」


 そこで言葉を切って、ユウトは再び片手剣を上段に構えた。


「すぅ……はぁ……」

「――ッ!?」


 ――瞬間、悪寒が奔る。


 吐き気さえ感じる違和感がコトネとリョウヤを襲い、同時に恐ろしいほどの速さでユウトの集中力が高まっていくのを感じた。


「なに、これ……」

「なんだんじゃ、これは……!?」


 どうやら違和感を覚えたのは2人だけでは無かったらしい。……いや、2人よりも彼らと契約した精霊のほうが、よりその異様さを明確に感じているようだった。


「どうした、フウカ?」

「ユウっちが手繰ろうとしている魔素、おかしいよ」

「おかしい……?」


 魔素はこの世に存在する物質ではない。本来、精霊が生きる別世界に存在するナニかだ。それらをこの世界に手繰り寄せることで、魔術師ウィザードは魔術を行使できる。


 別世界のものだろうと世界を構成する性質には違いない。――ならば、なぜ精霊である彼らが”おかしい”と感じているのか。


「……いくぞ」


 小さく、ユウトが呟く。


 次の瞬間、リョウヤとコトネの目に精霊たちが”おかしい”と称した理由が、目に見える形となって現れた。


「魔力が、目で……見える?」

「空気が、歪んでる」


 本来ならば、どれほど多い魔素を手繰り寄せても空気が歪むほどの事象は起きない。ならば、今目の前で起きている現実はなんだというのか。


 この部屋にいる者全てが困惑した表情で見守る中、ユウトは鋭い視線でマネキンを見抜き、


「【局撃ストライク】」


 ――瞬間、爆轟。


 周りを囲む結界全てに爆炎と爆風が襲いかかり、僅かに結界が軋み悲鳴を上げる。”Sランク”さえも一撃で沈めた魔術が今、放たれたのだ。


 結界中を包む煙が少しずつ晴れていく。そこで見えたのは、片手剣を振り切ったユウトと、何事もなく佇むマネキンと、その頭上で表示された――。


[判定:200]


 実に判定だった。


 表示された数値を見て、その場に居た全員が驚愕で固まる。


 平均的な魔術師ウィザードの【ストライク】が100点。そして初めに見たユウトが放つ【ストライク】の判定は5点だったはず。


(なら、これは一体なんだよ……っ)


 2度目、ユウトが放った魔術の判定は200点。これはランクにして”Bランク”の……それもプロの最大火力レベルの数値だ。


 さらに言えば、彼はこう言わなかっただろうか。


 ――基礎魔術である、【ストライク】と。


「ユウト、これは一体どういうことだ」


 冷や汗を垂らしながら問いかけるリョウヤの纏う雰囲気は、とてもではないが友人へ向けるものではなかった。それほど、ユウトに与えられた衝撃は想像の遥か上だったのだろう。


 ユウトはリョウヤへ一瞬だけ目線を向けると、すぐに自らの精霊であるアリナを人型へと変化させた。


 ――そして、それはリョウヤたちを2度目の驚愕へと追いやる。


「……ぐっ、はぁっ……!」

「――!」


 武装形態アームズから通常の姿へと戻ったアリナが、荒い息を吐きながら地面に倒れ込んだのだ。機械人形という無機質を模す彼女は、長距離マラソンを走りきったような様子で自らの胸を必死に掻き抱く。


「ありがとう、アリナ」

「はぁッ……はぁッ……。何度、試しても、慣れませんね……この、痛みは……」


 マトモに身動きもできない様子のアリナを、ユウトは魔石へと戻すと、改めてリョウヤたちへと向き直った。


「……ユウト。お前まさか」

「当然、”ヤク”じゃないよ。今、説明する」


 ユウトは部屋の端にあるディスプレイを操作してマネキンと結界を消去すると、リョウヤたちの近くに座り込む。


「まず初歩的な話だけど、どうやって魔術を行使できるかは答えられる?」

「その、”外”から魔素を手繰り寄せて、この世界の無色の力――魔力にします。それを精霊へと譲渡して、えっと……」

「……その魔力で精霊が魔法を発現。魔術師ウィザードが発現した魔法に細かな命令を与え、魔術として行使する、だろ?」


 言葉に詰まったコトネの代わりにリョウヤが答えた。コトネは”転入生”としてこの学園に入ったばかりである。答えられなくても仕方がないだろう。


 ひとまず理解しているとユウトは頷いて、


「なら、魔素の説明はできる?」

「説明……ってーと、異世界を構築する元素……だっけか」


 リョウヤが頭を捻りながら答えるも、ユウトはそれに首を横に振った。


「よく勘違いされるけど、魔素は扱いとしては元素じゃないよ。言い換えるなら魔素はこの世界の電子だ。つまり、魔素は異世界の素粒子、だね」

「魔素は、異世界の素粒子……」


 記憶に刻むようにコトネは反復する。


「そして、不思議なことにこの魔素っていうのは、力の波がある」

「波……。音波みたいに、ですか?」

「うん、そんなイメージ」


 魔素の持つ力が波のように高まったり、弱まったりを一定の周期で繰り返す。もっと言い換えるのならば、これは魔素が持つ呼吸だ。


 人が呼吸で酸素を吸ったり吐いたりするように、魔素も独自の呼吸で力を溜め込んだり吐き出したりしている。


「ってちょっと待てよ。俺そんなこと学んだり聞いたりした記憶ないぞ」


 慌ててリョウヤは口を挟んだ。魔術学園に通うならば当然、魔術専門の学問を習う。だがその知識の中に、そんな話は聞いたこともない。


「当然だよ。3年前、偶然俺が見つけたんだから」

「……はぁッ!?」

「ええぇ!?」


 さも当然のように言われた言葉に、リョウヤとコトネは揃って素っ頓狂な声を出す。ユウトはその反応をされると分かっていたらしく、苦笑を浮かべた。


「まだ公には晒してない話だから、周りに言いふらさないでね」

「いや、ちょっと待て! その話が本当だとしたら、お前だいぶ凄いこと言ってるぞ!?」

「確実にニュースに乗るレベルの話、です……よね?」


 ユウトが言っていることは、いわばこの世界で新たな元素が見つかったとか、新たなエネルギーを見つけたとか、そのレベルの話である。研究者がこぞって調べている中で、ただの魔術師ウィザードの学生が発見したとなれば、それだけで世界から大注目だろう。


 それを聞いたリョウヤは、何かに思い至ったらしくハッとした表情を見せた。


「……その魔素にある力の波ってのが、お前のあの魔術の理由なんだな?」

「うん。そういうこと」


 魔素には力の波がある。つまりそれは、


「魔素の波をこちらから制御して、バラバラな魔素1つ1つの波を大きな脈動に纏め上げて、量はそのままに、最も力が高まった状態の魔素を手繰り寄せる。……それが、さっきの一撃の秘密だよ」

「……なるほど。だから、”アレ”なのか」


 ユウトが魔術を放つ際に見えた、あの現象。周囲の空気が歪んでいるように見えたアレは、魔力が強すぎた結果なのだ。


 精霊が溜め込める魔力の量には限りがある。そして物質界に生きる生命ではない以上、精霊に成長する余地はない。溜め込める量が一定であるならば、質で補う。


 単純に言えば、量より質を求めたのだ。


「与える魔力の量をそのままに、質を上げる。確かにそれは精霊が発現する魔法の強さを跳ね上げることができたけど……デメリットも大きいんだ」


 そう。そんな美味い話がある訳もない。それを先ほど、アリナの異変という形でリョウヤたちは目にしていた。


「精霊に負担がかかる……ということ、ですか?」


 コトネの言葉にユウトはハッキリと頷く。


「発見した当時、<魔術演習メイガス>でこの技術を使わなかったのは、模造武装じゃ一度使えば壊れてしまうからなんだ。あまりに濃密な魔力が器ごと破壊してしまう。……言ってしまえば、家電製品に高圧電流を流し込むようなものだよ。」


 何にでも適正な力、というのは存在する。リンゴを持つにも握力が弱すぎれば手から落ちてしまうし、強すぎればリンゴを潰してしまう。


 同じように、密度の高すぎる魔力は溜め込む器を破壊してしまうのだ。


「とはいえ、精霊は電化製品ほど繊細な存在じゃないから、1度や2度なら問題ない」


 更に言えば、精霊の顕現する体そのものが魔力を用いて象られた仮初の器なため、時間を空ければ後遺症も残らないだろう。


「1日3回。……それが、俺の【局撃ストライク】を放てる限度なんだ」

「……1日3回って」


 淡々とそう断言したユウトに、コトネは眉を吊り上げて怒りを滲ませた。


「1回使っただけで、アリナさん……あんなに苦しそうだったじゃないですか! それを3回もなんて……!」


 確かに【局撃ストライク】は凄まじい破壊力を持つ。使える限度を間違えなければ精霊の器も壊れない。


 ――だが、それだけで結論を出すには、あまりに精霊の意思を無視している。


「あぁ、俺自身もそう思ってるよ。1度使っただけであの様子なら、本当に苦痛なんだろう」

「なら……!」


「もう、決めたことなんだよ」


 ピシャリ、とユウトは断言した。


「決めたこと、って」


 信じられないといった表情を見せるコトネに、ユウトは僅かに目を細める。思い出されるのは、エリーとの戦いを翌日に控えたときだった。



                  ◇



「……これが、俺たちが勝つための魔術。【局撃ストライク】だ」


 自修室にて、ユウトは模造武装では到底出せない判定を表示するマネキンをアリナへ見せていた。


「なるほど。魔力の量ではなく、質で補っているのですね」

「この技術ならアリナでも高火力の魔術を放つことができる。……けど、ひとつ大きな欠点がある」


 そう言ったのと同時に、ボロボロと音を立ててユウトが手に持つ模造武装が崩れ落ちていく。


武装形態アームズに負荷がかかる、ということですか」

「うん。恐らく強度が高いと言われる武装形態アームズでも、2,3度が限界だろうね。そしてなにより」


 真剣な表情でユウトはアリナへ向いた。


「ほぼ確実に、考えられないほどの激痛がアリナを襲うことになる」

「…………」


 放たれた言葉に、アリナは無言でユウトの右手を見つめた。模造武装が【局撃ストライク】を放った後、どうなったのかを思い出しているのだろう。


(迷って当然、だよな)


 アリナが魔力によってこの世界への顕現を維持している精霊といえど、何をしても良い訳ではない。魔法を発現させ、契約者に身体強化を施すのは全て精霊が居てこそだ。なればこそ、人間と精霊の間には必ず信頼関係が必要不可欠となる。


 勝つために激痛を我慢しろ、なんて提案は普通に考えれば即答で断られるはずだ。


「わかりました。それでいきましょう」


 だからこそ、少し間を置いてその提案を受け入れたアリナに、ユウトは驚かずにはいられなかった。


「……良い、のか?」

「勝つためにはその方法しかない。ならば良いも悪いも無いでしょう」

「そりゃ、そうだけど」


 苦虫を噛み潰したような表情のユウトに対して、アリナの表情は相変わらず見ることが出来ない。何も感じていないのではないか、とさえ勘違いしてしまうほどに。


(でも、そうじゃない)


 アリナは機械ではない。機械人形の姿をしているが、その中には生命体らしい感情がちゃんとある。


 そうでなければ、1年封印されたことに怒ることもなかったはずだ。


「どうして……?」


 知っているからこそ、気になってしまう。


 なぜ、激痛に襲われることを許容するのか。なぜ、そんなに簡単に受け入れられてしまうのか。なぜ、ユウトの提案を信頼できるのか。


「……はぁ」


 ユウトの視線に耐えきれないと言ったふうにため息をついたアリナは、目を逸らすように顔全体を斜め下へと傾ける。


「正直に言いますが、私は貴方が嫌いです」

「……あぁ」


 召喚された途端、1年間も封印と言う名のコールドスリープをされたのだ。嫌って当然だし、怒って当然である。ユウトもそれを理解していて、アリナと共に居た。


「――けれどそれ以上に、私は私が嫌いです」

「ぇ?」


 故に、その次の言葉を聞いてユウトは思わず間抜けな声を出してしまう。


「貴方はとても強くて、修練を絶やさず、経験に驕りもしない。”Fランク”と契約した今でも、色々な人から”期待”されるほど、貴方は強い」

「…………」


 否定は、しない。実際<魔術演習メイガス>の頃は優勝なんて当たり前だったし、世界で通用する選手だという自負もあった。自身と吊り合う”天才”は、あの金髪碧眼のアーサーだけなのだと、信じて疑わなかった。


「――どうして、貴方と契約したのが私だったのでしょうか」


 ユウトほど技術と経験があれば、”Sランク”ではなく”Bランク”や”Cランク”でも世界に名を馳せる魔術師ウィザードとなったことだろう。


「どうして、私は完成されているのでしょうか」


 精霊はこの世界の生命体ではない。魔力で象られた異世界の生命だからこそ、これから一生、成長することはない。生まれた時点が、限界値なのだ。


「どうして、私は何もできないのでしょうか」


 人間ならば、弱さを克服するために努力を重ねれば良い。そうすれば、出来ないことが出来るようになっていく。すでに出来ることが、更なる高みへと昇っていく。


 だが精霊は違う。筋トレしても、精神力を高めても……努力を重ねても、保持できる魔力は増えないし、発現できる魔法は強くならない。


「だから、私が出来ることは何でもします。それが貴方という才能を潰した、私ができる唯一の罪滅ぼしです」

「……どうして?」


 どうして、そこまでしてくれるのか。


 ユウトが嫌いなら協力しなければ良い。劣等感に縛られているのなら、力を使わなければ良い。結局のところ、魔術師ウィザードは精霊なくして魔術師ウィザードたり得ないのだから。


「自分の仰ったこと、もう忘れましたか」

「……ぁ」


 口元を緩めて言われた言葉に、ユウトの脳裏に新しめの記憶が目覚める。


『――精霊キミを好きになれるのか、嫌いのままなのかを知るために』


 そう。最初からアリナの気持ちは決まっていた。今は嫌いなこの人間を、嫌いな自分自身を、好きになれるのかを知るために。


 ならば、言い出しっぺのユウトが立ち止まってはいけない。互いを好きになるために、この相手で良かったのだと、心から思えるために。


「……分かった。お願いするよ、アリナ」

「えぇ。私が辛かろうと、苦しかろうと、構わず使ってください」


 ――それが貴方の横に並ぶための、せめてもの足掻きなのですから。



                  ◇



「だから、これは2人で決めたことなんだよ」


 それは”爆死”と”Fランク”という烙印を押された者たちが、強者へ抗うために行き着いた力。これなくして戦えないというなら、使わない選択肢は最初から無い。


「コトネさんには悪いけど、これは俺たちが勝つために必要な力なんだ。文句は言わせない。……だからさ、幻滅したら抜けても構わないよ。もちろん、リョウヤも」

「…………!」


 それは暗に絶対この方法を止めない、という意思表示だった。


「でも……っ」

「コトネ、止めとけ」


 なおも許容できない様子のコトネに、リョウヤは静かに首を振る。


「他の誰でもない、当人たちが決めたことなんだ。俺たちが……ましてや、”Aランク”の精霊と契約する俺たちが、口を出せる問題じゃない」

「…………」


 ユウトが独自に発見し、独自に磨き上げた技術は、恐らく世に出してもそこまで広まらないだろう。魔素の呼吸を明確に察知できる第六感や、それらを操る繊細な技術力が必須となるのに対して、得られるメリットよりもデメリットのほうが大きいからだ。


 だが、ユウトはこれに縋るしかない。どれほど鍛えようとも魔術師ウィザードである以上、すでに限界の底が見えているユウトは特に。


 ”Aランク”という、魔術師ウィザードでも一握りの才能を持つリョウヤやコトネたちがそれに異を唱えることは、ただの驕りだ。


「……わかり、ました」

「うん。ありがとう、コトネさん」


 長い時間をかけて飲み込んだ様子のコトネに、ユウトは申し訳無さそうに笑う。


「それで? お前の魔術の秘密が分かったところで、実戦はどうすんだ? 1日3回が限度ってんなら、無駄撃ちは絶対できねぇだろ」

「……あぁ、そうだね。基本的には――」


 リョウヤが空気を入れ替えるように明るい様子で話し始めたことに内心感謝しつつ、ユウトたちは今後の作戦について話し始めたのだった。

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