2話-4『”転入生”』

「い、いきます!」


 ”爆死”VS”水鏡”と”転入生”。


 一番初めに行動を起こしたのは、意外にも”転入生”だった。身の丈以上の巨大な剣を上段に構え、巻き起こる風を推進力に突撃する。


 構えも走り方も、何もかもが基本の”き”すらマトモに出来ていない。しかし、そのスピードは異様なほどに早かった。巨大な剣も合わさって、まるでダンプカーのように見える。


「やぁっ……!」


 圧倒的な質量による打撃のような斬撃を、コトネはなんの躊躇もなく放った。対するユウトはまだ一歩でさえ動いてはいない。


(いける!)


 上から襲いかかる刃を受ければ最後、たとえ”Cランク”や”Bランク”でさえ一撃で粉砕されるだろう。


 ――そう、受ければ。


「えっ!?」


 攻撃を放ったコトネが感じたのは、違和感。確かにユウトは攻撃を受けていて、なのにコトネの手には何の感触も返ってこない。


 まるで、全力で素振りをしたかのような気持ちよさ。


「本当にコトネさんはポテンシャルが高いね。転入して早々、こんなに速く動けるなんて」

「え、きゃぁ!?」


 相手が受けることを前提にして振っていたため、そのままコトネはバランスを崩して地面にコケてしまう。急いで体を起こしながら振り向けば、ユウトは涼しい顔で剣を構えていた。


(……どうして)


 自身の速度に、ユウトは一歩も動けないでいたはずなのに。不思議に思うコトネの脳裏に過ぎったのは、”白亜の騎士”との<魔術戦争マギ>で学園長が解説していた言葉。


『相手の振るった攻撃に対して、受け側の負荷をゼロで受け流してんだ』


 ブルリと体が震えた。


(……これが、ユウト先輩の)


 あの試合を傍目から見ていたコトネは、自らが攻撃する側になって初めて実感する。ユウトが持つ、”Sランク”の攻撃を尽く無力化した技術の凄まじさを。


「はぁっ!」


 地面に亀裂をつけながら食い込んだ巨剣を持ち直し、次にコトネは横へと薙ぎ払う。


 が、駄目。先ほどと同じように放った斬撃は、知らぬ前に軌道をズラされた。結果、ユウトは一歩も動かないままに攻撃を躱してみせる。


「く……! やぁっ!」


 斬撃を放ち、放ち、放ち続け――ユウト相手に掠りもしない。尽くが流され、避けられ、まるでひとりで素振りをしているような感覚。


(魔術なんかじゃない。これは、ユウト先輩自身の技術なんだ)


 ガリガリとメンタルが削られていくのをコトネは感じる。あらゆる攻撃が一切通じず、マトモな感触さえ感じないのは思っていたより数倍、精神に来るものがあった。


「当た……って!」


 一撃一撃を構え直しながらでは遅すぎる。横薙ぎの遠心力を利用して、姿勢を安定させるために屈みながらその場で回転。流れるように再びなぎ払いを放った。


「くぅ……!」


 だが、やはりこれも流される。悔しさに顔を歪ませるコトネを見ながら、ユウトは小さく笑みを浮かべた。


「良いね」


 瞬間、銃声――火花が散る。


「ッチ……! やっぱ弾かれるかぁ」

「え?」


 突然、背後から聞こえた火薬の破裂音にコトネは後ろを振り返った。そして、銃口から煙が立ち上る騎兵銃カービンを構えたリョウヤの姿を見つける。


「あっ……」


 背後で援護射撃してくれたリョウヤの姿を見て、コトネはようやく複数人で戦っていることを思い出す。そして、今までの自分はなんと独り善がりな戦い方をしていたのかも。


「気づけたのならよし。なら、ギアを上げていこうか」

「え? わわわっ!」


 正面へ向き直ったコトネに、ユウトの上段斬りが放たれる。無意識に巨剣を眼前に掲げ攻撃を受け止めるも……衝撃が伝わってこない。


「え?」


 どれほど身体能力に差があれど衝撃は発生する。微かも感じないということは、それは攻撃されていないということ。


「……ッ!」

「きゃぁ!?」


 気づけばユウトは、巨剣を盾にするコトネの懐まで入り込んでいた。超至近距離から放たれた突きは、しかし堅牢な結界に阻まれて止まる。


「流石は”Aランク”。俺の攻撃はそもそも効かないか」


 攻撃が通じないことを確認したユウトは、突きの反動を活かして背後へとステップ。諦念の表情を見せながら剣を構え直す。


 対するコトネは、さきほどユウトが見せた一連の行動に未だ混乱が治らずにいた。


(クウちゃん。さっき、ユウト先輩は何をしたの……?)

『恐らく、敢えて自分の刃をお嬢の剣にんじゃねぇけんのぅ』


 武装形態アームズと化したコトネの精霊……空狐クウコが発した言葉に、コトネは寒気を抑えきれない。


 相手の攻撃を躱すための技術である受け流しを転用し、攻撃へと至るための行動に変えてしまった。一体それは、どれほどの技術と経験が必要なのだろうか。


(……この人は、本当に”白亜の騎士”を倒したんだ)


 魔術師ウィザードとなって日の浅いコトネでもわかる。ユウトは明らかに普通の魔術師ウィザードとは違う。


 コトネが短いながらも、この学園の授業で教えられたのは、何よりも魔術の重要性だった。各個人によって特色が違ってくる魔術は、魔術師ウィザードにとって生命線であり力の根源である。


 だが目の前の”爆死”と呼ばれた男子生徒の戦い方は、言ってしまえば魔術師ウィザードではない。精霊の力を使うことなく……いや使えず、見に宿す剣術だけで戦いを成立させてしまっていた。


 コトネが放つ攻撃は全て何の抵抗もなくズラされ、ユウトの攻撃はまるで誘導されているかのように綺麗に入る。そもそも2人の間にある身体能力の差など微塵もないように。


(あの小僧っ子が凄まじいなぁ、戦いの流れを精密に制御しきっとるところじゃ)


 精霊のランクの差によって、コトネとユウトの身体能力はかけ離れている。流石に”白亜の騎士”ほどではないが、それでも原付とスーパーカーぐらいは差があるだろう。


 しかし、歴然な差の中でユウトが戦えているのは、ひとえにたった1度の動きで複数のモーションを連続的にこなしているからだ。それは全てユウトの緻密な技術の連続によって成し遂げられており、ひとつでも僅かに失敗すれば全てが無に帰してしまう。


「もう降参かい?」


 不敵な笑みを見せるユウトに、コトネは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。


 彼の行う技術は全て常人では真似できないレベルのもので、それを連続的に行うことは、いわば針に糸を通し続ける作業に等しい。1つ通すだけでも極限の集中力が必要だというのに、それを戦っている最中ずっと続けなければならない。


 普通なら、精神が摩耗して必ず何処かでミスをする。だが目の前の彼はどうだろうか。


 ――不敵な笑みを、見せているのだ。


「……いえ、いきます!」


 もう疑うべくもない。彼が”Fランク”でありながら”Sランク”を倒したのは間違いではなかった。


 改めて自らの武装を構えて、コトネは果敢に飛びかかる。目の前に立つ彼へ、自らの力をすべて見せるように。



                  ◇



「はぁっ……はぁっ……!」

「ふぅー……」


 10分と少し後、そこには体中に汗を流しながら地面に倒れ込むコトネと、両目を揉みながら座り込むリョウヤの姿があった。


「お疲れ様。おかげで大体の実力は把握できたよ」

「くっそー……涼しい顔しやがって」


 対するユウトといえば、息ひとつ乱していない。これが”Fランク”と”Aランク”2人の戦いの結果だと、誰が見て思うのだろうか。


「アリナ、コトネさんの介護お願い」

「わかりました」


 武装形態アームズから人型へと変化したアリナは、タオルと水を持って一歩も動けない様子のコトネに近づいていく。それを眺めながら、リョウヤはユウトへと話しかけた。


「ほんっと相変わらずつえーのな、お前」

「お前こそ、本気出してなかったろ」

「うげ……」


 気づいてたのか、と苦虫を噛み潰したような表情となるリョウヤに、ユウトは溜息を溢す。


「魔術のひとつも使ってないんだから、気づくに決まってるだろ」

「そういうお前も使ってなかったじゃねぇか」


 先ほどの戦いでユウトは一度も”あの魔術”を使わなかった。ただ振るわれる攻撃を流し、躱し、たまに意味のない攻撃を当てていただけ。


「……チームメイトになる2人には後で色々と伝えるつもりだけど、とりあえずアレは気軽に使えるモノじゃないんだよ」

「まぁ、そりゃそうだよなぁ」


 ”Fランク”とは思えないほどに強力な一撃を放つ魔術。それが何の制限もなく放てる訳がない。


 納得したように頷いたリョウヤは、よっと身軽に立ち上がるとアリナに介護されているコトネの元へと向かう。


「よう、コトネ。大丈夫か?」

「はぁ、はぁ。は、はい……」


 未だに荒い息でアリナに支えられているコトネは、掠れるような声で小さく喋った。息をするのもやっと、という雰囲気のコトネを見てユウトは声を上げる。


「リョウヤ、コトネさん。落ち着いたら自修室に来てくれる? 色々と共有したい話があるから」

「あぁ、わかった」

「わ……わかり、ました」


 コトネの様子ならばこの場で話すのが一番良いのだが、何分この訓練場は人が多い。<魔術戦争マギ>でこれから対戦するであろう彼らに、できるだけ情報を渡したくはなかった。


「それじゃあアリナ、コトネさんをしばらくお願い。自習室の部屋番号は後で連絡するね」

「はい」


 そう言って去っていったユウトをアリナはしばらく眺め続けていると、不意に地面に置かれていた巨大な剣が緑色に光り姿形が変わっていく。


「アリナ嬢、支えていただきありがとの。ワシじゃ支えになれんけぇ、助かる」

「え? あ、いえ、お気になさらず」


 光が収まると、そこに居たのは尾のない白い狐だった。綺麗な毛に知性を感じさせる細長い瞳を持ち、神聖さを感じさせるものの、妙に訛った喋り方で全てをぶち壊している。


「お嬢、大丈夫か。戦った経験もないのに無理するからよぉ」

「う、うん……ようやく、落ち着いてきたよ」

「ならええが……」


 鼻を擦り寄せる白い狐……空狐に、コトネは微笑みながら優しく撫でた。気持ちよさそうに空狐が目を細めるのを、リョウヤは物珍しそうに眺める。


「人型じゃなくて、動物型の精霊とは珍しいなぁ」

「そう、なんですか?」


 意外な事実に、アリナは感情が伺えない無機質な声で聞き返せば、リョウヤはコクリと頷いた。


「精霊の大概は人型なんだよ。理由は未だに解明されてないけど」

「……分からないことが多いんですね、精霊は」

「あぁ。何分、こっちの世界では存在しない概念の話だからなぁ」


 精霊や魔法という存在は、人間の持つ科学とは真逆の概念だ。どれほど時間と労力を掛けようが、科学の力で解明できるのは科学のみ。


 そして精霊の記憶は召喚された瞬間から始まるため、彼らに聞いても何も答えは帰ってこない。科学と真逆……例えるならば精神的な性質を持つため、どうしても精霊や魔法は感覚的な話となり、言語化が難しいのも理由の一端である。


 だからこそ、精霊が発現する魔法という不可思議な現象に人間の技術を組み合わせることで、<魔術>として操れるようにしているのだ。


(いずれは知ることができるのかな。私の力も、ユウト先輩のあの魔術も)


 3人の話を聞いていたコトネは、自身の体が落ち着いてきたのを確認してゆっくりと立ち上がる。


「あ、コトネさん。もう体は大丈夫でしょうか」

「は、はい。だ、大丈夫、です」

「おし。それじゃあ自修館に向かおうぜ。多分、そろそろアイツから部屋の連絡があるはずだしな」


 マトモに歩ける状態になったコトネを連れて、リョウヤ達は自修館へと向かった。

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