2話-3『”転入生”』
「……と、今日はここまで。鍛錬や勉強は程々にな、それじゃあ解散」
チャイムと共に今日最後の授業が終わったのを確認して、
『明日の放課後、第2訓練場に集まってお互いの実力を確認しようか』
無事に所属できたチームの人――ユウトから昨日の別れ際にそう伝えられたのだ。
「コトネちゃん。どうしたのそんなに急いで」
普段とは違う様子に隣の女子から話しかけられ、コトネは若干言葉に詰まりながらも言葉を発する。
「ぁ……う、うん。所属したチームの人に呼ばれてるんだ」
「うそー! もうチームに所属できたの!? すごいじゃん、おめでとう!」
「え、えへへ。ありがとう、ナギサちゃん」
我が事のように喜んでくれる女子生徒……ナギサに、コトネは嬉しさと恥ずかしさで頬を染めながら祝福を受け取った。
隣の席であるナギサは、”転入生”で右も左も分からないコトネに話しかけてくれ、学園について色々と教えてくれた恩人である。<
「それでコトネちゃんは誰のチームに所属したの?」
興味に満ちた瞳で尋ねられ、コトネはおずおずと答える。
「えっと、リョウヤ先輩とユウト先輩のチーム、だよ」
「……ええええッ!?」
突然張り上げられた大声に、クラスメイトの視線が2人に集中した。明らかに目立ってしまったことに慌てるコトネだったが、それに構わずナギサは全身を前に傾けながら声を張り上げる。
「コトネちゃん、あの黒井先輩のチームに入ったの!?」
「えっ、う、うん……」
あまりに驚いているナギサに、呆気にとられるコトネ。小さく頷いて肯定すれば、2人のやり取りを聞いていたクラスメイトが急にざわつき始めた。
「黒井先輩って、確か”Fランク”と契約した人だよね?」
「あー、あの”爆死”の人か」
「先週”白亜の騎士”を倒したっていう」
一瞬で”爆死”の噂で持ちきりとなるクラスに、コトネは手に引っ掛けていた鞄をギュッと握る。
(やっぱりユウト先輩って、凄く有名なんだ。……いい噂、じゃないみたいだけど)
昨日、ユウトの元へリョウヤから誘われた際にある程度の事情は聞いていたが、実際にクラスメイトたちの反応を目の当たりにして再度認識した。この世界の”Fランク”という重みを。
(でも、ユウト先輩は勝ったんだよね。あの”Sランク”の人に)
「まさか、皆あの試合を信じてるのかい?」
「――――!」
ザワつく教室の中で、一際大きく澄んだ声が響く。声の主は、複数の男女に囲われた美形の男子だった。
美形の男子の一言で静まり返ったクラスの中で、ひとりの男子生徒が声を上げる。
「アオイはあの試合を疑ってるのか?」
「当然。だって相手は”白亜の騎士”、エリー・レンホルムだぞ? ”Aランク”であるボクでも勝つのが難しい相手を”Fランク”が倒す? ……ありえない」
クラスメイトの問いに答えた美形の男子――アオイは、やれやれと肩をすくめながら続けた。
「あれはレクリエーションだよ、レクリエーション。学園長が生徒のやり気を引き出すための作り物。それなら、ただの私闘なのにスタジアムを使ったり、学園長がわざわざ解説したりしたのも説明がつくだろう?」
アオイの言葉に、クラスメイトたちは顔を見合わせる。
「まぁ、確かに常識で考えれば無理だよなぁ」
「ひとつランクが違うだけでも、勝つのは難しいのにね」
段々とあの試合は嘘っぱち、という雰囲気になりつつあるのを感じながら、コトネはそっと視線をアオイへと向けた。
(
「でもさー、ユウト先輩が最後に凄い一撃を放ったのも事実じゃない? スタジアムって周りからの介入を防ぐために結界を張ってる訳だし」
そして、このクラスで同様の発言権を持つのがもうひとり。
(同じ1年で”Aランク”の、
コトネの隣の席に座る女子生徒であり、1年でも有数の実力者である。
「ナギサ、キミはあの試合を信じるってことかい?」
自身の持論に反論され、気分を害した様子のアオイは苛立ちを込めた声色でナギサに問いかけた。
「信じる信じないじゃなくて、ユウト先輩が魔術でエリーさんを倒したのは事実でしょって話してるのよ」
対するナギサは呆れたと言わんばかりに、ため息交じりで言葉を返す。それを聞いて、アオイは僅かに目を細めながら椅子から立ち上がると、数歩だけ近寄って嘲笑を浮かべた。
「ならキミはどう説明するつもりなんだ? ”爆死”が”白亜の騎士”を倒した魔術について」
「それはっ……」
あの試合を見た者の誰もが記憶に焼き付いている、ユウトが放った最後の一撃。”Fランク”の精霊でありながら、”Fランク”の力とは到底思えぬ、全てを灰燼に帰すほどの火力を秘めた魔術。
結局のところ、アレのカラクリを誰も知りはしなかった。知らないのならば、それは真実たり得ない。
思わず口籠るナギサに、アオイは「まぁ?」と言葉を続ける。
「”ヤク”でも使えば、話は別だろうけど」
(……”ヤク”?)
聞き覚えのない単語に首を傾げるコトネだったが、ナギサはそうでもなかったらしい。
「……ッ! ちょっとアオイ! 言って良いことと悪いことがあるでしょッ!」
眉をひそめ、突き刺さるような声でナギサは強く非難した。あまりの剣幕に一瞬アオイはたじろぎ、すぐに咳払いと共に気を取り直すと廊下へと歩き出す。
「ともかく、コトネも災難だね。あんなイカサマ野郎のチームに入るなんて。さっさと抜けておくのをオススメするよ」
最後にそれだけを言い残し、アオイとその取り巻き達は教室から姿を消した。
「……はぁ。アイツの言葉、何も気にしなくて良いからね、コトネちゃん」
「う、うん」
ナギサの言葉に頷きつつも、コトネは脳裏で先程の会話を思い出す。
『”Aランク”であるボクでも難しい相手を”Fランク”が倒す? ……ありえない』
『”ヤク”でも使えば、話は別だろうけど』
(……知りたいな)
一体、彼の何が本当で何が嘘なのか。漠然とした気持ちを胸中に隠しながら、コトネは2人が待つ場所へと急いだ。
◇
「す、すみません! お、お、遅れました……!」
放課後、第2訓練場に集まっていたユウトたちの元へ、小さな影が息を切らせて走り寄ってくる。つい先日ユウトたちとチームを組んだ、期待の新人であるコトネだ。
すでに汗だくの彼女に、ユウトとリョウヤは2人して苦笑を漏らす。
「お疲れさん。そんなに慌てなくても大丈夫だぜ?」
「まぁ、ウォーミングアップは必要なさそうだね。息が整い次第、始めようか」
「は、はい……!」
遅れてきたのにも関わらず優しく許してくれた2人に感謝しつつ、コトネは深呼吸をしながら辺りを見渡した。
学園に3つある訓練場のひとつである第2訓練場は、学校のグラウンドほどもある巨大な施設だ。そこには多くの学生たちが集い、それぞれ場所を確保して練習をしている。
主にチーム単位での連携や戦術を練っている人が多く、自修室では狭くて行えない練習をしている様子だった。
地を舐めるように燃え盛る炎。空を舞う半透明な暴風。地面からは岩石が盛り上がり、その硬い岩肌を容易く切り裂く水の刃。
目の前に広がる光景は、現実とは程遠い幻想に満ちた景色だった。思わず息をするのも忘れて周囲を眺め続けるコトネ。
(私、本当に
じんわりと広がる実感に、胸がどうしようもなくざわついて止まらない。
「……おーい、コトネ。もう大丈夫そうか?」
興奮冷めやまずといった様子のコトネに、リョウヤは苦笑を更に深めながら顔を覗き込む。
「えッ!? あ! う、うん!」
すると、まるで電気でも流れたかのように体をビクつかせてコトネは我に返った。それを見ていたユウトも小さく笑むと、ふたりに向き直る。
「それじゃあ、まず初めにチームのリーダーを決めようか」
「ユウト。この話終わり」
即答もびっくりの速さで答えるリョウヤに、ユウトは困ったように眉を下げながらコトネの方へ向く。
「ってリョウヤは言ってるけど、コトネさんもそれで問題ないかな?」
「あ、は、はい! 大丈夫です!」
完全に流れに乗っかっただけなコトネだったが、それでも了承は得た。ユウトはひとつ頷いて、改めてふたりの前へと立つ。
「じゃあ僭越ながら、俺がリーダーをさせてもらうよ」
宣言すると、そのままコトネへと視線を向けた。
「最初に確認させてもらいたいんだけど、コトネさんは今どこまで精霊を扱えるのかな」
「え、えっと……
「へぇ……」
思わず感嘆の声を漏らす。
普通の生徒ならば<
「それなら今すぐに始めても問題なさそうだね」
「……? なにを、ですか?」
何を言いたいのか理解できず首を傾げるコトネに、ユウトはゆっくりと2人から背を向けて歩き出す。
「俺たちがまず最初にすべきなのは、相互理解。どんな精霊と契約しているのか。どんな戦闘タイプなのか。どんな
多種多様な人々が集い研鑽し合うフィールドの中をユウトは悠々と歩く。そのまま、ある程度確保された空間で足を止めると、2人へと顔を向けてニヤリと笑った。
「――俺と、戦え」
「……ッ!」
ゾクリ。コトネの背筋に強烈な悪寒が奔る。目の前の相手は危険だと、そう本能が叫んでいた。
(全然、違う。この人は……誰?)
昨日、初めて会話したときから感じていた、ユウトの温厚さや優しさは欠片も感じられない。肌が焼き焦げてしまいそうなほどの、強烈な戦意が全身から溢れ出ている。
これが”白亜の騎士”と戦い、勝利した
「アリナ、
だがその見た者に恐怖を与えるような笑みを一瞬で掻き消したユウトは、いつもの優しげな笑みを浮かべてそう自らの精霊に呼びかける。
『……はぁ。了解しました』
ため息混じりで了承し、アリナが魔石から
「さぁ、ふたりも構えて。始めるよ」
片手剣を眼前に構えたユウト。慌ててコトネは
「
横並びで立つコトネとリョウヤと、ユウトの立つ位置。2人に対して放ったユウトの言葉。それらが意味するものはつまり、
「2対1ってこと……?」
溢れた言葉を聞いて、リョウヤは苦笑を漏らしながら左耳のピアスに手を触れる。
「行くぜ、フウカ。
『おっけーっ!』
魔石が青色に瞬いて、多量の水が吹き出した。波ひとつ、不純物ひとつ見当たらない澄んだ水は、まるで鏡のように美しい。リョウヤを守護するように囲っていた純水は、やがてひとつの形へと圧縮されていき……主の両手へと収まる。
「いつ見ても、リョウヤの
「褒めても何もでねーかんな」
そう言って笑うリョウヤの手にあるのは、古式の
リョウヤは騎兵銃の銃口をユウトへと向けると、流れるようにセーフティを外し、引き金に指をかける。油断の欠片もない、綺麗な射撃体勢への移り方だった。
「コトネ、構えろ。コイツはマジだよ。本気で俺ら2人と
「で、でも」
先に構えたリョウヤの言葉に、しかしコトネは迷いを振り切れない。
試合のためのスタジアムや訓練場、自修室は専用の結界が張られているため、怪我を負うことは少ない。だがそれは、あくまで比較するのは
毎年、プロの試合では怪我人が出ることも少なくない。それが”Fランク”の精霊と契約していれば、その危険性は並の
「もしかしたら怪我を負わせるかも……なんて考えてるなら、それはお門違いってもんだぜ」
「え?」
頬に汗を垂らすリョウヤは、そのまま続ける。
「アイツは、あの”白亜の騎士”に勝利した男なんだからな」
「……!」
『”Aランク”であるボクでも難しい相手を”Fランク”が倒す? ……ありえない』
『”ヤク”でも使えば、話は別だろうけど』
3度、思い出すアオイの言葉。無意識に拳を握りしめ、コトネは一言も発さず静かに構え続けるユウトを視界に映す。
(……知りたい)
心の内から湧いてくるのは、純粋な興味だった。
何故、”Fラン”や”爆死”と言われ続けてもなお戦い続けるのか。何故、”白亜の騎士”を倒せたのか。何故、そこまで自信を持ってこの場に立ち続けられるのか。
気づけば、コトネは迷わず自らの精霊……バングルに嵌め込まれた魔石へ触れていた。軽く瞳を閉じて、意識を向けるのはこの世界の”外”……異世界。そこに漂うこの世ならざる物質、魔素を意識にて掴む。
イメージで例えるのならば、それは手で水を掬い運ぶようなもの。零さないように、離さないように、慎重に世界の壁を越えて魔素をこの世界に手繰り寄せる。
グッと、自身の中が濃密な力で溢れるのを感じた。魔素が世界の壁を超え、この世界に無色の力――魔力となって現れた証拠である。それを右手に通して、触れる魔石へと移していく。
そして、緑色の魔石が鮮やかに煌めいた。
「
――瞬間、烈風。
コトネを中心として、極小の台風がその姿を現した。やがてその風はひとつに固まっていき、彼女が掲げた両手へと収まっていく。
「これ、は」
突然吹き荒れた強風に、周りの人々さえも特訓を辞めてコトネを見つめた。そして……思わず呟く。
「でっか……」
それは、巨大な剣。身の丈を大きく超えた刀身は、優に2メートルは超えている。幅もかなり太く、巨躯の男でさえ持ち上げられないだろう。
だがその巨剣ともいうべき武器を、身長150センチにも満たない少女が軽々と持ち上げていた。
「力を貸して、
少女の声に呼応して、巨剣へと変化した精霊は強烈な風が巻き起こす。
「……これが”転入生”の、コトネさんの精霊なんだね」
この場にいる誰もが彼女の持つ力に驚きを隠せない。今まで大した運動もしてこなった少女が、精霊と契約して間もない少女が、成し得る芸当ではなかった。
それを成し得る理由は、ただひとつ。
「軽く見積もって、”Aランク”ってところかな。……笑えないね」
『笑ってますよ、このマゾマスター』
予想以上の才能を見せつけられ、ユウトは堪えきれないと笑みを浮かべた。
「さぁ……行くぞッ!」
「おうよ!」
「は、はいっ!」
”Fランク”と”Aランク”ふたりの対決が今、始まる――。
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