1話-6『”爆死”と”Fランク”』

「……ぁ」


 目覚めは驚くほどにスムーズだった。


 視界に広がるのは白いタイル状の天井。ここは一体どこなのかを少しだけ考えて、


『――【局撃ストライク】』


 脳裏によぎった、気を失う直前の出来事。


(あぁ。ボク、負けたのか)


 結果、保健室のベッドで横たわっているのだと悟った。


「起きましたか」


 声が聞こえた方へと顔を動かせば、紫紺の髪と瞳を持つ絶世の美女がこちらを見ている。”白亜の騎士”と契約した精霊、レギンレイヴだ。


「……おはよう、レイヴ」

「おはようございます、エリー」


 途中まで読んでいたらしい本を膝の上に載せた彼女は、心配そうな表情を浮かべている。エリーが大丈夫だと微笑んで見せれば、その表情が安堵へと変わった。


「…………」

「…………」


 静寂が保健室を満たした。考えることが無ければ、エリーの思考は無意識に先の試合を思い出していく。


(強かった、本当に)


 こちらの放つ攻撃は全て流され、終始マトモに打ち合えることは殆どなかった。”Fランク”の力しか持たないはずの魔術師ウィザードは、しかし”Sランク”である自分に勝利したのだ。


 エリーが敗北した決定的な理由は、精霊ではなく扱う人間の技量。全ての能力に対して勝っている相手を打ち負かすほどの、人を超えた技術と経験だ。


 試合を振り返っていると顔が歪んでいくのを感じ、エリーは覆い隠すように右腕で両目を覆う。


「……ごめんね、負けちゃって」

「…………」


 小さく、蚊の鳴くような声でエリーは呟いた。その声は震えていて、ギュッと両手を握りしめている。


「ごめんね、ボクっ」

「エリー……」


 彼女は全力を賭して戦いに挑み、敗北した。しかも相手は最弱である”Fランク”。胸の内に秘める悔しさは、きっと誰もわかりはしない。けれど、パートナーとしてなにか伝えられる言葉があるのではと、レギンレイヴは口を開け、


「嬉しい――ッ」

「……は?」


 開けた口が、塞がらなかった。


「だって、だってさ! ユウトは、”神童”と呼ばれたあの人は、死んじゃいなかった! 今もなお、ボクの目標であり続けてくれてるんだ……! こんなに嬉しいことはないよッ!」


 エリーの口から溢れ出るのは歓喜と、期待。今、彼女はこれ以上ないほどに――舞い上がっている。敗北の悔しさなど欠片も見せずに頬を釣り上げて喜ぶ彼女の姿に、レギンレイヴは呆れたように苦笑を漏らした。


「まぁ、確かに先の戦いでの彼の強さは異常でしたね」


 目を閉じれば彼の戦いが印象として強烈に残っている。


 ユウトとエリーの身体能力は、契約する精霊のランクにより雲泥の差と言っても過言ではなかった。馬力で例えるのならば、原付で戦闘機と戦っているようなもの。だが彼の動きは、技術は、それほどの差を埋めて対等な戦闘を行ってみせた。


(彼はあの戦いで常に相手の先を読み、1つの動作でこちらの複数放った動きに対応していた)


 攻撃を放てば流され、さらなる攻撃を重ねても1度目の攻撃を動きの起点として流し、躱す。それがどれほどの事か。端から見れば数十倍もの身体能力に差があるなど、とても気づけやしないだろう。


(極めつけは最後のあの魔術――)


 黒髪の少年が放った、倒せぬ相手を倒した奇跡のような一撃。――【局撃ストライク】、だったか。


 一体アレは何だったのだろう。


 エリーは無理のある体制ながらも、あの場面で出せる最大火力を放っていた。だがユウトの攻撃を前に全ては吹き飛ばされ、問答無用で結界値HPがゼロとなったのである。どう考えても”Fランク”が使える魔術の火力ではない。”Bランク”や”Aランク”の、しかも火力特化型の最大火力レベルだ。


黒井クロイ悠隼ユウト……か)


 ”爆死”と呼ばれながら、前代未聞の”Fランク”の精霊と契約していながら、”Sランク”に勝つ魔術師ウィザード


(案外、日本に来たのは正しかったのかもしれませんね)


 最初、エリーが日本へ留学すると言い出したときは正気を疑ったものだが、今ならその理由を納得できた。あれほど面白い魔術師ウィザードは、世界を探し回れどユウトくらいのものだろう。


(何より、エリーも喜んでいますし)


 レギンレイヴは思考をそこで区切り、今もなおベッドの上で嬉しげに悶えるうら若き少女騎士の姿を見つめた。


「うへ、うへへへへ」

「…………」


 間違っても少女がしてはいけない表情を見せるエリーに、小さくため息をつく。


(まぁ、今はこれで良しとしましょうか)


 そう締めくくり、レギンレイヴも途中まで読んでいた本……ファッション雑誌を読み始めるのだった。


(……あ、この服かわいい)



                  ◇



 ”爆死”が”白亜の騎士”を倒してから、数刻後。学園の中央管理棟の最上階にある学長室に佐々木はいた。夕日が今にも落ちかけるような時間の中で黙々と書類にペンを滑らせていると、不意に扉のノック音が響く。


「あぁ、入ってくれ」

「失礼します」


 扉を開けて入ってきた人影は女性。やり手キャリアウーマン風な彼女は、ユウトが所属するクラスの担任――水月だ。


「わりぃな、定時後のこんな時間に」

「いえ、教師に定時という概念はありませんので」

「……そ、そうか」


 何とも反応に困る返しをされ、佐々木は何とも言えない表情になるがコホンと気を取り戻す。


「さて、本題なんだが」


 机の書類にチラリと目を移して、再び水月を見つめた。


「ユウトの、どう思うよ?」

「…………」


 アレが一体何を指すのか。当然、先の<魔術戦争マギ>にて最後にユウトが放った魔術――【局撃ストライク】だ。


(……どう思う、か)


 だからこそ、水月は顎に手を添えて思考を巡らせる。


 一言で言えば、異常。”Sランク”を一撃で倒すレベルの破壊力を秘めた魔術を、”Fランク”の力で為したのだ。


(だが、恐らく学園長が期待しているのはその言葉じゃない)


 あの一撃が異常なのだと、ある程度の実力を持ったものならば誰でもわかる。そんな陳腐な感想を求めているわけもない。ならば、と水月は口を開く。


「……あれほどの魔術を放つための魔力を、”Fランク”の精霊が保持できたとは思えません」

「というと?」


 先の言葉を佐々木は促した。


「精霊は幾つかの項目を評価されランク分けされます。<魔術戦争マギ>の際に生成される結界の耐久値を表す”HP”。精霊が受け取れる魔力の総量を表す”MP”。武装形態アームズの強さを表す”武装”。契約者の身体能力を強化する倍率を表す”強化”。そして、どれだけ強力な魔法を扱えるかを表す”魔法”」


 この5項目で精霊のランクをつけていく。どれかが極端に高くとも、他が低ければ相応のランクに落ちるし、その逆も然り。


「この項目に置いて、アリナの評価は以下のようになります」


[HP:E MP:E 武装:E 強化:E 魔法:E]


 見事なほどに全項目が最低評価のEである。だからこそ前代未聞の”Fランク”と呼ばれているのだが。


「ユウトが最後に放ったあの魔術。あれは精霊のMPが最低でも”C"は必要でしょう」


 魔術の力は本人の技量は必須として、精霊のMPと魔法によって決定される。


「通常、人間が魔術を放つためには以下の工程を踏みます」


 1.人間が”外”から魔素を取り込み、魔力へと変換。

 2.変換された魔力を精霊へ譲渡。

 3.譲渡された魔力を用いて精霊が魔法を発現。

 4.人間が発現した魔法に命令を与え、魔術として行使。


「低評価の魔法を持つ精霊と契約した魔術師ウィザードが高レベルの魔術を放つためには、精霊が2の工程で魔力をどれだけ多く受け取れるかによります」

「つまり、あのレベルの魔術に対してアリナが受け取れる魔力の量は少なすぎる、か?」

「その通りです」


 ”魔法”という項目は、精霊が発現できる魔法の強さを表すため、この項目が低くとも高レベルの魔術を放つことは可能である。つまるところ、質が悪ければ量で補えばいいだけの話。しかしユウトの<精霊>は全項目が”E"であるが故に、それも不可能……のはずだった。


「実際のところ、アイツは”白亜の騎士”との<魔術戦争マギ>でそれをやってのけた訳だ」

「はい。私闘だったため噂程度ですが、ネットにも広がっているようです」


 だよなぁ、と佐々木は天井を見上げる。


「まさかマジで勝つとは思わなかったしよ……」

「勝てない試合を組んだのですか?」


 ”爆死”と”白亜の騎士”の決闘を仕込み、大騒ぎにした張本人は佐々木だ。何故そんなことを、と水月が眉をひそめる。非難の視線を浴びて、佐々木は困った表情で口を開いた。


「……区切りをつけてほしかったんだよ、オレぁ」

「区切り、ですか」


 あぁ、と頷いて目を細める。思い浮かべるのは数々の科目でトップを取りつつ、魔術のみ最低評価だった少年の姿。


「アイツは天才だ。実技なしでこの学園に居座れるほどの、な。だが決定的に魔術師ウィザードの才能だけはなかった」

「だから、諦めて他の道を選んでもらおうと?」

魔術師ウィザード以外の道なら、アイツはどの道でも成功したはずさ」


 そんな思いと裏腹に彼が固執したのは魔術師ウィザードの道だった。前代未聞の”Fランク”と契約しても学園に居続けたのは、その執着故だろう。しかし、この道を歩み続けてもきっとその努力が花開くことはない。何処かで区切りをつけさせる必要があった。


「エリーの嬢ちゃんがこの学園に来たいって話を通してきたとき、これだって思ってよ」

「……そういえば、エリーは初めから幼少期のユウトを知っている様子でしたね」


 エリーとユウトの邂逅は忘れもしない。入学式の新入生代表挨拶を使って、全生徒の前でユウトに<魔術戦争マギ>を申し込んだのである。


「後は逃げられないように外堀を埋めて、精霊の封印を解かせて、<魔術戦争マギ>で対決……までは良かったんだがなぁ」


 結果はユウトの勝利。しかも通常では放てないはずの高レベル魔術を使って、だ。


「こちらでチェックしましたが、違反や”ヤク”の可能性はありません。落ち着いた頃合いを見計らって本人に聞くのが一番かと」

「……そうか。そうだな」


 佐々木は水月の言葉に頷いて、シンプルながらも高級感溢れる椅子から立ち上がり、背後にある窓へと近づく。そこから外を見下ろせば、人工の光が星のように瞬いていた。


「ただ、懸念があるとすれば」


 人々の営みを見つめる佐々木に、水月は言葉を続ける。


「世界が変わるかもしれません。彼の存在によって」

「あぁ」


 小さく頷いて、佐々木はチラリと机の上の書類に視線を向けた。一枚の紙のタイトルはこう書いてある。


[今年度の学内<魔術戦争マギ>大会について]


 これからの事を思いつつ、佐々木はその書類から目を外した。再び窓へと視線を向け、次は空を見上げる。


「苦難の道を選んだのはアイツだ。……なら、とことんまで足掻いてもらうさ」


 人工の光で照らされ、自然の光はひとつも見えやしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る