2話-1『”転入生”』

「ねぇねぇ、あの人って」

「例の”爆死”……」

「”白亜の騎士”に勝ったって」

「八百長じゃないの?」


 エリーとユウトの<魔術戦争マギ>から2日経った月曜日。学園へと向かうユウトは、今までよりも遥かに多い視線に襲われていた。


「……はぁ」

『どうしましたか。ご気分が優れない様子ですが』

(普段から見られ慣れてるって言っても、この視線の量は気分も悪くなるよ)


 とはいえ、彼らが見たがる理由もわかっている。魔術師ウィザードの世界は精霊のランクが全て。よほど状況が良くない限り、ワンランク上の魔術師ウィザードにすら勝てないことが常識だ。


(そんな常識を覆したんだから、疑われるのも当然か)


 今まであり得なかったことが起きたために、周りはその真偽を確かめたがっている。


『確かに、これだけの好奇の視線は辛いものがありますね』

(昔に戻った気分だよ)


 ユウトが学園に入学した当初の頃は、あらゆる人から見定めるような目を向けられていた。なにせ契約した精霊が”Fランク”である。同級生からはもちろん、当時の2,3年生からの視線も凄まじかった。


 時間が経つことでそのような視線を向けられることは減っていったが、再び向けられるとは思いもしなかったのである。


「はぁ」

「なーに朝っぱらから溜息ついてんだよ、ユウト」


 と、背後から肩を叩かれた。


「……リョウヤ」


 聞き覚えのある声に、ユウトは視線だけで横に並んだ人影……リョウヤを見つめる。どうやら今日はフウカを外に出していないらしく、左耳のピアスが爛々と輝いていた。


「いや、いつも以上に周りが騒がしいなって思ってさ」

「そりゃそうだろ。なにせあの”白亜の騎士”に勝ったんだぜ? お前が”爆死”なんて呼ばれてなくても注目されるって」


 中等部の大会とはいえ、準優勝したチームメンバーの1人だった”白亜の騎士”。その強さは先日の<魔術戦争マギ>にて表示されていた通りで、入学当初ながら学生の中でもトップレベルだ。


「ま、もうひとつの理由もあるだろうけど」

「……? どういうこと?」


 両手を頭の後ろで組みながら空を見上げたリョウヤに、ユウトは首を傾げる。


「――お前、出るんだろ? 今年の大会」

「そのつもりだよ」


 問いに首肯して、同時にリョウヤの言うに辿り着いた。


「……なるほどね」


 途端、集まる視線の感じ方が変化する。彼らはただ疑惑や好奇でユウトを見ていたのではない。


 対戦相手として、その力量を見計らっていたのだ。



                  ◇



「始業の慌ただしさが落ち着いたところで、改めて話をしておこう」


 授業が終わり、夕刻のホームルーム。ユウトたちの担任である水月が、教壇の前でバインダーを叩いた。


「話の内容はもちろん、今年の<魔術戦争マギ>大会のことだ。すでに2年であるお前たちは知っているだろうが、確認のために再び説明する」


 大人しく聞き入っている生徒たちを一度見回してから、水月は言葉を続ける。


「大会の開始は夏。まだ詳細な日にちは決まっていないが6月初旬になるだろう。ルールは”紛争ストライフ”だ」


 周りと同様、静かに聞いていたユウトの魔石が微かに瞬いた。


『マスター、”紛争ストライフ”とは?』

(あ、そうか。……ごめん、気が付かなくて)


 封印されている間、精霊の意識はほぼ皆無に等しい。当然、契約当初から封印されていたアリナが、その間に起きた出来事や知識など知っているはずも無かった。


 昔の自身が起こした浅はかな行動を改めて反省しつつ、ユウトはアリナへ説明を始める。


(ひとえに<魔術戦争マギ>と言っても、その対戦ルールは複数存在するんだ。1対1の”決闘デュエル”。3対3〜5対5の”紛争ストライフ”。6対6以上の”戦争ウォー”ってね)

『なるほど。つまり大会は3対3〜5対5のルールなのですね』

(あぁ。いつも通りなら3対3だと思うよ)


 魔術師ウィザード同士の単純な実力を競うだけならば”決闘デュエル”形式が最も適しているが、魔術師ウィザードの全員がタイマンに適しているとは限らない。


 例えば火力特化の遠距離タイプならば、誰かに守護してもらわなければ火力を十全に活かしきれないし、そもそも戦闘が苦手な回復特化や索敵特化の支援タイプも存在する。彼らの力も含めて競わせる場合、少数戦の”紛争ストライフ”が最も適しているのだ。


「大会に出場したい場合は、チーム結成の書類を今月中に提出。同時に出される課題をクリアする必要がある。分かったな」

「はい!」


 元気よく返事する生徒たちに水月は頷く。


「毎年開催されるこの大会は、プロの魔術師ウィザードを目指す上で避けられない登龍門だ。結果如何に関わらず、お前たちにとって素晴らしい経験となることだろう。是非とも全員参加してもらいたい」


 大会で良い結果を残せればプロになれる確率が上がれるのはもちろん、他の進路でも随分と有利になる。魔術関連の職業に就職するのならば、出場しただけでも優先されやすい。


 まぁ、そもそも魔術学園自体が国内最上位の学校であるため、卒業するだけで就職先は引く手数多なのだが。


「今日はこれでホームルームを終了とする。大会に向けて動くも、息抜きに遊ぶのも自由だが、怪我だけはするなよ」


 最後にそう言って教室から水月は出ていき、教室がざわっと騒がしくなった。


「お前は今年、どうすんの?」

「去年組んでたチームが解散してさぁ。今年は誰と組もうかなぁ」

「ねぇねぇ、今年も一緒に組もうよ!」

「誰かひとり、支援系の魔術師ウィザードが欲しいよね」


 各々が大会に向けて集う中、ユウトはひとり立ち上がる。向かう先は教室の外……ではなく、教室の中の人集りでも、一際大きい塊へ。


南茂ミナモくんって、今年はまだ誰と組むか決まってない感じ? それなら私と」

「あ、ズルいぞ! 俺と組んでくれよ!」

「先駆けは許さねぇぞ!」

「男子どもは男子だけでつるんでなさいよ!」


 人集りの中心にいるのは、爽やかな笑みを浮かべる軟派な男子……リョウヤだった。男女問わず多くの熱狂的なアピールを受けても、彼は汗1つかかずに対処しており、普段からの人気具合を伺わせる。


(な、中々行きづらいな……)


 巨大な集いの中へ掻き入っていく勇気が出ず、立ち止まってしまったユウト。固まっている彼に気づいたのか、リョウヤは「ごめん」と立ち上がった。


「誘ってくれるのは嬉しいけど、今年は先約があるんだよ」


 人混みを掻き分けて、リョウヤはユウトの元へと近寄るとその肩を叩く。それを見たクラスメイトである女子の1人が声を上げた。


「黒井さん、もしかして今年は出場するの?」


 彼女が放った質問に、教室中の誰もが会話を止めてユウトへ視線を向けた。


「…………」


 ユウトは入学してから今まで、1度たりとも大会に出場していない。魔術師ウィザードにとって最も大切な精霊を封印していたのだから。


 ならば”白亜の騎士”との戦いを通して、その封印を解いた彼は大会にも出場するのか。


 ――答えは、決まっていた。


「……うん、出るよ」


 ハッキリと頷くユウトに、教室中が一気に騒がしくなった。


「ようやくかよ、ユウト!」

「当たったときは覚悟してよね!」

「こりゃ今年は荒れるぞ……!」


 予想とは違い、喜ぶようなクラスメイトたちにユウトは呆気にとられる。


「――――」

「なに呆けてんだよ。別におかしなことじゃねぇだろ」


 そう、彼らの反応は何もおかしなところはない。ユウトの同学年である彼らは、誰よりもユウトの努力を間近で見てきたのだから。


 壊滅的な実技を補うために他科目全てにおいて主席を取り、エリート校であるこの学園を通い続けてきた。そんな彼がようやく大会に出場するというのだ、誰が非難できようか。


「つーことで、今年はコイツと組むよ。ごめんな」

「まぁ、それなら仕方ないか。2人は仲良しだもんね」

「頑張ってね! ライバルだから応援できないけど!」

「すでに応援しちゃってるって」


 快く受け入れてくれたクラスの仲間たちにユウトは安堵しつつ、リョウヤへと振り返った。


「それじゃあリョウヤ。少し話をしたいことがあるから、付いてきてもらってもいいかな?」

「おうよ。そんじゃ俺らは先に失礼するな」

「ばいばい〜」

「お疲れ〜」


 未だに騒がしい教室から出て、ユウトたちが向かう先は自修館である。受付を済ませ、指定された部屋の中へと入ると、ユウトとリョウヤは向かい合って備品の椅子に座った。


「それで? 話したいことって何だよ」

「大会って3対3だよね? 最後の1人をどうしようかって」

「あーなるほど」


 今日は4月10日の月曜日。チーム結成の提出期限まで、あと2週間と少しだ。別段慌てるような時期でもないが、早めにチームを組めばそれだけ連携も取りやすくなる。


 特にユウトの場合は今大会が初出場であり、殆どの人が彼の扱う魔術や戦い方を知らない。先日の”白亜の騎士”との<魔術戦争マギ>を見ても、せいぜい片手剣と火を使う程度の認識だろう。ユウト自身もしばらく戦いから遠ざかっていたこともあり、チームの結成は早いほうが良いのだ。


「リョウヤって知り合い多いし、紹介してもらえないかな」

「確かに多いけどよ、どんな奴が良いんだ?」


 うーん、とユウトは顎に手を添えて思考を巡らせる。


(俺は近接系で、確かリョウヤは遠距離系だったはず……)


 しかし近接系と言えど、ユウトの場合は。片手剣持ちの近接タイプとはいえ、基本的な身体能力は遠距離タイプよりも遥かに低かった。


(なら、俺たちに必要なのは)


 思考をそこで区切り、ユウトは結論を口に出す。


「盾役かな」

「……盾役ってーと、タンクか」


 出された条件に少しだけ悩んだリョウヤは、すぐさま「あっ」と何か閃いたらしく両手を叩いた。


「それこそお前、あのエリーちゃんはどうなのよ? あの武装形態アームズならバリバリのタンク系だろ?」


 先の<魔術戦争マギ>では、エリーは常に先手に回りユウトへ攻撃を仕掛けていた。とはいえ、あまりの身体能力の差によってそうせざるを得なかっただけで、恐らく本来の戦い方ではない。


(多分、俺との戦いで最後に見せた待ちの構えが彼女の本気だよね)


 エリーの武装形態アームズは巨大な騎士盾と剣である。総合的なステータスも高かったことを考えると、推測するに彼女のスタイルは高い身体能力を活かしたカウンター系。つまり、生粋のタンク系の魔術師ウィザードなのだろう。


 確かにそう考えると、エリーをチームメンバーに誘うのは最善と言えた。だが……。


「ううん、エリーとは組まないよ」

「そりゃまた何で。あの子と組んだらかなり楽になるぜ? お前の夢にも近づけるんじゃねぇか?」


 意外そうにリョウヤは目をパチクリと瞬きをする。


 リョウヤにとってエリーという人物に対して見識が深いわけでもないが、それでもユウトに対する尊敬は良くよく感じ取っていた。一言誘えば、確実に喜び組んでくれるだろう。


「だからこそ、だよ」


 ユウトの言葉の意図を汲み取れず、リョウヤは首を傾げた。


「俺の夢を叶えるために、俺はもう一度エリーと戦わなきゃいけない。大会の場で戦って、勝って、そこでようやく俺は一歩近づくんだ。……”最強”っていう俺の夢に」

「――っ」


 思わず、息を呑む。


 優勝するだけならば、エリーと組むのが最も近道だろう。なにせ相手は世界クラスの魔術師ウィザードだ。少なくとも本戦出場は確実。


 だが、それは。ユウトが目指すのはそこではない。


 彼が見据えるのは、この世界の頂点なのだから。


「は、ははは! ははははッ!」


 気づけば、リョウヤは込み上げる衝動に任せて大きな声で笑っていた。


「な、なんだよいきなり」


 驚いた様子で若干引き気味のユウトに、リョウヤは笑いすぎて浮かび上がった涙を指で拭きながら、心の底からの笑みを見せる。


「わりぃわりぃ。いや、お前は変わらねぇなと思ってさ」

「……子供っぽいってこと?」


 自分の夢を語って笑われたのが不満だったのか、眉をひそめてユウトは抗議する。と、そこで身に着けている指輪が赤く瞬いた。


『”最強”を目指すというのは十分に子供っぽいのでは? このお子ちゃまマスター』

「うっ……!」


 突き刺さる正論に思わずユウトは口を閉ざす。”最強”になりたい、というのは確かに傍から見れば子供が語る夢物語だ。


『……まぁ、夢が無いよりは良いんじゃないですか』

(え?)


 なんとなく落ち込んでいたところに、アリナが蚊の鳴くような声でそう呟く。意外すぎる言葉に、ユウトは思わず間抜けな返事をしてしまった。


『な、なんでもありませんっ!』

(……あ、う、うん)


 常に機械的で感情の欠片すら感じられない声色のはずなのに、アリナは今恥ずかしがっている。それが分かってしまったユウトは、しどろもどろになりながらリョウヤへ首を横に振った。


「そ、そういう訳でエリーを誘うつもりはないよ。だからリョウヤの知り合いに居ないかな? タンクできそうな魔術師ウィザードって」


 顔色が鮮やかに変わるユウトを見て、精霊と何かを話していたのだと把握したリョウヤは、込み上げた笑いを抑えつつ腕を組む。


「んー……良さそうなやつはとっくの前にチームを組んでるからなぁ」

「まぁ、そうだよね」


 魔術師ウィザードを目指す人は、魔術学園に入る以前から<魔術演習メイガス>に参加していることから、すでにチームを組んでいることが多い。特に2,3年生ともなればそのメンバー以外は考えられないだろう。


 何かしらの事情でチームが解散してフリーとなっている生徒も居るが、有望な人材でフリーはそう居なかった。


(リョウヤの伝手が無理なら、地道に探すしか無いかな)


 そうユウトが思っているとき、リョウヤが不意に「あっ」と声を漏らす。


「ひとり心当たりがいる」

「え、本当に?」


 思わず前のめりになったユウトへ、リョウヤは力強く頷いた。


「確か、契約したのが身体強化の倍率が高い近接系の精霊だったはず。ただまぁ、ちょいと問題があるが……」

「問題?」


 不穏な単語に眉をひそめつつも、すぐにユウトは首を横に振って思い直した。こうしている間にも、どんどんフリーの生徒は減っていくのだ。焦れている余裕はない。


「いや、どちらにせよ取り敢えず会ってみたい。リョウヤ、連絡取れる?」

「おうよ。任せとけ」


 少し不安要素があるものの、何とかメンバーが集まりそうで安堵の息を漏らしたユウトだった。

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