プロローグ『魔術師のいる世界』
その日、人類は
映し出される画面の奥では炎が燃え盛り、水が溢れ出し、風が吹き荒れ、土が砕き割れる。まるで天変地異のような中で、剣や弓を持った人々は残像を残しながら走り、空を華麗に舞っていた。
科学が闊歩する現代で世界を夢中にするのは、現実のスポーツではない。――剣と魔法で彩られた、
イギリス、<ウィッチクラフト・スタジアム>。
「【
突如、巨大な谷間から爆炎が爆発音と共に弾ける。それを起こしたのはミサイルや砲弾ではない。体を黒マントで覆い尽くす、目深なトンガリ帽子の少女だ。
「【
魔法使いのような様相の少女が、起伏の少ない声色で唱えつつ赤色の宝玉が嵌め込まれた古い杖を掲げる。途端、杖の宝玉が更に赤く輝き始め……宝玉から人ひとりを軽く超えるほどの、巨大な炎球が飛び出した。
勢いよく発射された炎球が向かう先は、少女に相対していた3人の男女たち。巨大な炎の塊が迫りくるという、あまりに現実離れした光景を前にして1人の男が動いた。その男は果敢にも前に進み出ると、水色の数珠を付けている右手を突き出して叫ぶ。
「【祓い給え】!」
身に着けていた数珠のひとつが青々しい光を放ち、男の眼前に水の膜が生まれた。薄く盾のように広がった水と、巨大な炎の球がぶつかり――爆発する。爆音とともに周囲へ水蒸気が溢れかえり、視界が一気に悪くなった。
『おおっとォ! ミア選手の代名詞である【
『ミア選手は火力特化の
ぶつかり合う光と光。現実からかけ離れた戦いが、スタジアムの各所で映し出されていた。実況と解説に煽られ、スタジアムに詰め込まれた観客たちは声を枯らして盛り上がる。
『さて、現試合は<
『そうですね。日本も奮闘していますが……やはり、状況はイギリスの優勢でしょう』
映像を見れば、イギリス代表の選手たちが思い思いに攻撃を仕掛け、日本代表は防戦一方を強いられていた。
『確かに日本はかなり苦しそうだ! イギリス代表の攻撃に防ぐことしか出来ていなァい!』
『えぇ。だからこそ、日本の勝利は彼女に託されたと言っても過言ではないでしょうね』
解説のその言葉とともに映像が切り替わる。爆音響く谷間の戦いから離れ、そこを抜けた先にある森の中へと。
『――日本代表のリーダー、ツバメ選手に』
◇
森の中、疾走する影がひとつ。
ショートボブに紫がかった黒髪を揺らしながら、彼女――ツバメは目的地へと一直線にかける。それは常識外れな速度で、1つ地面を蹴るごとに残像の軌跡さえ残していた。まるで自動車か、それ以上の速さで森を疾駆するツバメは、視界の奥で光が差し込み始めたのを確認する。
(そろそろ目的地、だな)
迫り上がる緊張を無理やり飲み込み、最低限の装甲のみを身に着けたボディースーツの左脚へと左手を伸ばした。その手首に付けているブレスレットを意識しながら、自らの相棒へと指示を出す。
「
『ギアチェンジ要請を受諾。ブースターを点火します』
ツバメの声に、ブレスレットに嵌められた緑色の宝石がチカチカと明滅しながら応答した。次の瞬間、足底に圧縮された空気の塊が発生して爆発――埒外の加速を彼女へ与える。風のブースターによって更なる速度を得たツバメは、勢いのままに森の出口へ迷うことなく躍り出た。
『目的地に到着。戦闘準備』
シナトベの通達が聞こえたと同時に視界が一気に晴れる。目の前に広がったのは、森の中にある小さな広場と、
「――見つけたッ!」
俳優もかくやと言うほどの美麗な金髪碧眼の少年。黄金の輝きを纏っているようにも思えるその少年に対し、ツバメは瞳に戦意を滾らせてブレスレットの宝石に触れ――自らの武装を
「
『承諾。携帯モードから武装モードへ変換開始します』
触れた宝石が強く発光し、女性の周囲に強烈な風が吹き荒れる。目に見えるほどに濃縮された風はやがて彼女の右手に集い、物理法則を無視して1つの形を成した。
それは、1m半ば程の柄に刃渡り20cmの刃が付いている――いわば槍。穂先側の柄に管が付いているため、もっと詳しく種別するならば
「セァッ!」
ツバメは気合の声とともに槍を両手で構え、真っ直ぐに突撃。暴風と化しているそのスピードのままに、穂先を躊躇うことなく相手へ押し込んだ。
――瞬間、爆轟。
殺人的な速度と共に穿たれた刃が少年へと接触し、押し込められていた風が一気に周囲を吹き飛ばしていく。どう足掻いても人の半身を吹き飛ばすほどの一撃は……しかし、少年の
「間近で見ると、本当に凄まじい速度ですね、ツバメさん」
「そちらこそ反則のような強さだな、アーサーッ!」
この一合を持って、イギリス代表リーダーのアーサーと、日本代表リーダーのツバメの戦いの火蓋が切って落とされた。
槍を両手に持ち、目を疑うような速さで幾度となく攻撃を行うツバメの姿は、正に苛烈の一言。突きをメインとしながら、時として払いや蹴りを加えることで、息つく暇も与えない。
パッと見、ツバメが優勢な展開である。だが戦う2人は――否、映像で見続ける観客さえもそう考えては居なかった。なぜならば、
『防ぐ防ぐ防ぐ――! アーサー選手、ツバメ選手が放つ嵐のような攻撃に対し、
実況の言葉が全てである。黄金の少年は一歩も動かずに右手のみで、あらゆる方向から連続で放たれる多彩な攻撃を捌き切っていた。時たま放たれる分かりやすい攻撃に対しても避ける素振りすら見せず、まるで子供の遊びに付き合う大人のように正面から受け止め続けている。
『す、凄まじい防御力! とても精霊と契約して
『ツバメ選手は日本でも数少ない”Sランク”の精霊と契約した
本来、契約してまだ間もない少年が世界大会に出ることなどあり得ない。これは年齢制限無し、本当の世界の頂点を決めるための大会である。しかしアーサーという少年は、その常識を覆してしまった。
『なにせ、アーサー選手は
長い時間をかけて修練を重ね、経験を重ね、そしてたった一握りだけが参加できる世界大会。それをこの少年は、たった1年で成し遂げてしまった。
観客の誰かが、ゴクリと唾を飲み込む。
『とはいえ、戦いが決したわけではなさそうですね』
解説の冷静ながらも何処か期待するような声色に、観客たちは自然と映像を見上げる。そこには、今なお諦める事なく挑み続けるツバメの姿が映っていた。
「さすがは”最強”、このままだと厳しいか……!」
『マスター。状況変化のため、”あの技”の使用を具申します』
「……応!」
短く返答し、ツバメは一度アーサーから距離を取って槍を深く構え直す。
「
『ギアチェンジ要請を受諾。ブースター火力上昇します』
足底から放たれる風のブースターが力を高め、ツバメの姿が無音で掻き消えた。数瞬の後、遅れて破裂するような音が聞こえてくる。
戦闘機並の速度――音速で疾走するツバメは、攻撃の連撃速度を更に上げアーサーへと仕掛ける。もはや人の目では追いつくことができない連撃を、アーサーは軽々と片手で受け止めて、
「……!」
いや、少しずつ受け止める掌に傷が増えていく。それに気づいたアーサーは、攻撃を受け止めながら僅かに眉を潜めた、その瞬間――。
「【
「ッ!?」
突如としてツバメの姿が、文字通り
「ぐッ……」
急激すぎる減速により、ツバメの体に尋常ではないレベルの負荷がかかる。鋼鉄さえ圧縮されるだろう圧力に、全身の筋肉が悲鳴さえ上げられずに潰れていく。
だが、それでもツバメは苦痛の声を、顔を、噛み殺した。渾身の一撃を打ち込まんと、闘気に満ちた瞳がアーサーを穿つ。
「セァッ!」
極限まで緩急をつけられた突きが、真っ直ぐに打ち出され――ギリギリのところでアーサーの左手に受け止められた。
「【
予測済み。
槍から伝わる反発力を活かして、足底から放たれたブースターと共に空へと翔び上がる。靭やかなツバメの体が空を舞い、槍を投げる構えへと変貌した。
ツバメの構えと共に、槍の姿が不自然に歪み始める。……否、圧縮された空気によって歪んで見えているのだ。その歪みが、槍を中心にグルグルと回転していく。
扱い切れる風を全てかき集め、彼女の槍は極小で極濃なタイフーンと化した。
「穿てェッ!」
暴力的なまでの風の渦は、彼女の手によってギリギリまで溜め込まれ――放たれる。
「これ、は……!」
災害。目の前に迫る光景は、正にそうとしか言いようがない。
秘められた破壊力は計り知れず、避けることも防ぐこともままならないだろう。思わずアーサーは冷や汗を垂らして……それでも、彼は空を穿ち落ちるタイフーンに向けて両手を掲げた。
直撃、破裂……嵐。人に災害が堕ちる。
これ以上ない一撃に対して――
「はぁッ、はぁッ!」
――それでも、アーサーは受け止めきった。
片膝をつきながらも、息を荒らしながらも、相手の渾身の一撃をねじ伏せる。これこそが、”最強”の名を冠する
――それでも、ツバメは諦めなかった。
一撃を受け止め切られた槍が地面へ刺さる寸前で、彼女は空から舞い降り槍の柄を掴む。
「勝負だ、アーサー」
ツバメが見せたのは、左手にある管を最大限まで穂先へ伸ばし、伸ばした右掌は柄頭を抑える異様な構え。マトモな突きは望めず、初心者でもそのようなおかしな構えはしないだろう。
「……っ!?」
なのにどうしてか。ゾクリと、アーサーの背に悪寒が奔る。
「
ほぼ無意識だった。けたたましく鳴る脳内の警告に従い、彼は
瞬間、右手で顕現するナニカを
「【
『ギアチェンジ要請を受諾。残存魔力全集中――』
「――
全てが吹き飛んだ。
◇
すべてが終わった後、生い茂る森は痕跡すら残さず消滅していた。代わりにあるのは、隕石でも衝突したかのような巨大なクレーター。
――そして、地面に倒れるツバメと、黄金に輝く剣を手に佇むアーサーの姿。
勝敗は決した。
『し、試合終了――! 日本代表のリーダー、ツバメ選手の敗北により、勝利を手にしたのは……アーサー率いるイギリス代表だ――ッ!』
「わあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
実況の言葉を切っ掛けに、歓声がスタジアム中に響き渡る。実況席のガラスが巨大な音に震えているのを見つめながら、解説は興奮冷めやらぬといった風に言葉を紡いだ。
『……驚きましたね。今まで頑なに見せてこなかった
『あれこそが彼を”最強”たらしめる、世界にただ1体の”SSランク”の精霊、ヴィヴィアン! ”最強”から矛を抜かせたツバメ選手に、皆さま盛大な拍手を――ッ!』
”最強”アーサーの
『わぁぁぁぁぁぁっ!』
「…………」
そんな祭りのように盛り上がるスタジアムの様子を、少年はスマホの画面から眺めている。濁り淀んだ無感情の瞳が、スマホの光を反射して四角に光っていた。
中継されているカメラが切り替わり、”最強”たる黄金の少年を映し出す。スマホを眺める少年と同い年でありながら、世界最強として立つ少年を。
『約束しよう、ユウト。世界の頂の上で、キミと戦うことを』
脳裏で疼く記憶を閉じるように、スマホの電源を落としてベッドへと放り投げる。
「……俺は、いったい何してんだろうな」
暗く静かな部屋でひとり、少年――
爆死した自らの運命を呪いながら。
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