第4話決闘

 ギルバードの言うとおり、私は皆の前で恥をかかされた。

 恥は雪がねばならない。目の前に恥をかかせた者がいるのならば即刻に。

 私はギルバードに近づいた――それを防ぐ若い執事たち。


 おそらくギルバードの用心棒なのだろう。執事風の恰好をしているけど、明らかに戦闘に慣れた動きをしていた。その人数――三人。

 私に触れようとした執事の手首を掴んで外側に曲げる――痛みに呻く声。


 そのまま曲げ続けて――体勢を崩したので次の執事に移る。

 拳を構えた執事を見て、私はもはやギルバードの婚約者ではないのだと感じた。

 さて、この後どうするか――


「やめろ! アンヌ、ここで大立ち回りでもするつもりか!」


 引きつった声でギルバードが喚く。

 私は冷静に「そうですよ」と肯定した。


「恥をかかせたあなたには、報いを受けていただきます」

「馬鹿か! 僕が侯爵家の者だと知っての狼藉か!」

「関係ありません。もはや――私はあなたの婚約者ではないのですから」


 周りが騒然とする中、私たちは会話――対話する。

 今まで出来なかった――否、するべきだったことをする。


「君のせいで僕は陰口を叩かれた! 婚約者に剣で負けた男! そして婚約者に庇ってもらった情けない奴として! 君がルアバを暴行したせいで、僕は肩身の狭い思いをしたんだ!」

「それなら陰口を言った者共を教えてください。全員、懲らしめますから」

「そ、そういう、野蛮なところが嫌なんだ! たとえようもなく嫌いだ!」


 ギルバードの言わんとすることは分かる。

 周囲から陰口を叩かれたら良い気分ではない。

 ならば全ての人間に仕返しするべきだ。

 不毛でも、繰り返せば零となる。

 どうしてそこに気づかなかったのか――


「ええい、言葉では分かり合えないようだな! ならば、決闘だ! 剣をもって君の矜持を打ち砕いてやる!」


 一応、私は女の身である。

 それが分かっていながら決闘をするとは、あまり余裕がないみたいだ。

 しかし、私としても恥を雪ぐ機会だ。


「いいでしょう。剣を貸しなさい」


 私が受けたことで周りがざわめき始める。

 ギルバードは「こ、後悔するなよ!」と震えた声で叫んだ。

 すぐさま真剣が手渡された。決闘なのだから模擬刀や木剣ではない。


 周囲の人間は私たちが決闘の邪魔にならないよう、あるいは巻き添えを食わないよう、場所を開け始めた。今の状況があまり判然としてないらしく、どうして私とギルバードが決闘するのか、訳が分からない者が多い。


 けれど決闘が宣言された以上、私はギルバードを斬らねばならない。

 それが流儀であり法度である。

 私は剣を抜いて素振りをした。久方ぶりの剣はしっかりと手に馴染んだ。


 一方、ギルバードは剣を構えつつ、私の様子を窺っていた。

 私が五才の頃から、ギルバードも鍛錬を積んでいるのなら、相当な腕前になっているはずだ。


 屋敷内の空いた場所に私とギルバードは向かい合う。

 そして私たちは無言で剣を構えて、お辞儀をしてから――決闘を始めた。


「いくぞ! アンヌ! 君を倒して僕は汚名を払拭する!」


 鋭い横薙ぎを受けるか躱すか――後ろに下がって、ガラ空きになったギルバードの腹を突こうと迫る。

 だが予想していたのか、素早く戻した剣で私の刺突を防ぐ。

 この反応から、防御しつつ反撃する戦法を取っていると分かる。

 私をかなり警戒しているようだった。


「やああああああああっ!」


 私は裂ぱくの気合とともに、ギルバードに斬りかかった。

 上段からの斬撃に、ギルバードは多少うろたえたが――剣を盾のようにして防いだ。


「うぐぐぐ……! なんて力だ……!」


 ギルバードの手首から上腕部にかけて痺れているのが分かる。

 そのくらい強く打ったのだ。


「――勝機」


 私は痺れて動けずにいるギルバードの腹部を剣の腹で殴った。

 斬ってしまうのは簡単だが、ギルバードの服の膨らみからくさりかたびらのようなものを身に着けていると分かった。先ほどからじゃらじゃら静かに音がしているのもそのせいだ。


「うぐっ! この――」


 苦し紛れに剣を振るうギルバード。

 それを払って地面に落とし、剣を彼の喉元に突きつけた。


「勝負あり、です」

「く、くそ! まだ――」


 往生際が悪いギルバードに若干の怒りを覚えて。

 私は剣ではなく、手で彼の頬を張った。


「ぎゃああ! い、痛い、何を――」


 まるで殴られたことのない反応に情けなさを覚えた私。

 尻餅を突いたギルバードの胸倉を掴んで、今度は思いっきり拳で殴った。


「ぶべら! ……ひ、ひいい」


 まだ恥は雪げていない。

 無理矢理立たせて数度殴る。

 ギルバードにはもはや戦意が無かった。


「や、やめて、くれ……僕が悪かった……」

「…………」


 顔中、涙と涎と痣だらけになったギルバードだけど、まだ目が死んでいない。

 もし途中でやめてしまうと、必ずこの男は復讐をする。

 だから――決定的な敗北と屈辱を与えなければならない。

 キリシタン共の一揆と同じだ――


「お待ちください! もうこれ以上、ギルバード様を傷つけないでください!」


 そう言って割って入ったのは美しい娘だった。

 私よりも年上でギルバードと同じ年だろう。素朴な顔をしていて、髪の色は白に近い金。目がぱっちりと開いていて、一目で美人と分かる。


「何者だ、あなたは?」

「わ、私は――」

「よ、よせ。君まで――」


 ギルバードが止める中、その娘は大声で叫んだ。


「ギルバード様は、私と婚姻するために、あなたとの婚約を破棄したのです!」


 これには私だけではなく、周りも静まり返るほど驚いた。

 大粒の涙を流しながら、その娘は言う。


「私は下級貴族の出――マリンといいます。いつも私は家柄のせいで一人きりだった。でもギルバード様は私に優しくしてくれた。そして私を受け入れてくれた」


 とうとうと話すマリンに口出しする者はいなかった。

 私を含めて、誰もが黙り込んだ。


「ギルバード様は私に打ち明けてくれた。自分の婚約者は恐ろしいと。もし私との関係を知られたら容赦なんてしない。きっと殺されると。私は妾でも良かった。でもギルバード様は――あなたに殺される覚悟で、婚約を破棄した」


 マリンが一息で言うと、ギルバードは「もういい、マリン」と傷ついた身体を起こして抱きしめた。

 それは愛しい者を守るような、優しさの籠った行為だった。


「逃げるんだ……アンヌは、決して、君を許さない……」

「そんなこと、できません!」


 マリンは恐怖で震えながら、私を睨んだ。

 射すくめるような目だった。


「私にも覚悟があります! ギルバード様を――」


 最後まで、言わせなかった。

 私は落ちていた剣を拾った。

 マリンに向けると、恐ろしさのあまり、彼女は喋らなくなった。

 それでも、ギルバードから離れようとしなかった――


「……もういい」


 私は剣を投げ捨てた。

 なんだか馬鹿馬鹿しく思えたのだ。

 ギルバードのこともどうでも良くなかったのだ。


「萎えたわ。二人共、好きにすればいい」


 私の傍に近寄る者たちがいた。

 おそらく侯爵家の者だろう。

 私は、一切抵抗せずに――縄に打たれた。

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