第1話
俺は生贄の儀の帰り道についている。
儀の後は、信徒達が次の生贄の見定めをする。殺されたくなければ目立つな。それだけ。
街の南部の家々は冷たい風が吹き晒すボロボロの家屋が沢山立ち並ぶ。
この街はどこもかしこもそうだが、南部は特に柄が悪い。
俺の家の前で人が殺されている真っ最中なんてよくあること。
「ヒヒヒ……殺す……全部殺してやる!」
全身血塗れで、赤いナイフを持つ男はこちらに気がつく。
一体何を考えているのか、両目はどちらもあらぬ方向を向き、発狂しなごら俺に突進してくる。
俺はそれを寸前でひらりと回避すれば、男の髪を鷲掴みして止め、ナイフを奪い喉仏に刺す。
ここに躊躇いは無い。あるやつはこの町で生きていけない。若しくは異常者か。
死体はきっと好むやつが持っていってくれる。
「汚れたな……」
俺はすぐに家の中に入ると、返り血で汚れた服を脱いで、事前に汲んでおいた飲み水の入った桶に入れて洗う。
「最悪だ。これじゃあ飲めないな」
南部に水は無い。東部に行けば水はある。
確かこの水を汲んだのは一週間前だったか。人を殺すことは慣れるけど、殺されないように隠れて行動するのはなかなか慣れない。
信徒を目を掻い潜って東部と南部を行き来するのは無駄に疲れる。
でも水が無いと生きていけないからやるしか無い。
俺は返り血を洗い流し濡れた服を適当な場所に置いて干し、ビリビリに破けた汚いベッドに寝る。目を覚ますのは、一回目の鐘の音だ。
しばらくしてゴーンという重く低い鐘の音が街中に響く。
俺はその音を聞いて目を覚ます。そろそろ儀式後の信徒の動きは静かになっただろう。
飲み水用の桶を持ち上げ、家を出て東部に向かう。
東部は南部と違って活気に溢れている。だからといって安全でもなく、変わりなく殺人は起こるが、比較的に少ない。
だから東部にいる間は安全と言っても構わない。運が良ければ自警団の誰かが信徒の気を逸らしてくれるからな。
そうして俺は南部から中央部を何事なく通り抜け、東部に到着すると目に入った適当な民家に入る。
中に入ると椅子に座って静かに陶器のコップに入ったコーヒーを啜る若い男性がこちらを向く。
「ん? あぁ、ヴェイルか。水を汲みにきたのか?」
「あぁ、ちょっと汚れてな。捨てざるを得なかった」
「あいよ」
俺の名前と顔は殆どの自警団に知られているが、信徒にこれを知られる心配はほぼない。
信徒は住人たちの噂を真剣に聞き入れる程暇じゃないからな。その熱すぎる信仰が逆に今の安全を作っていると言っても過言ではないだろう。
「よし、水はこれくらいでいいか? 水桶じゃ持ち難いだろうから、使ってないやかんに入れて置いたぜ」
「それは有り難い」
「んじゃ気をつけて帰れよ」
「あぁ」
俺は男から水がたっぷりと入ったやかんを受け取ると、静かに家を出て南部に戻る。
がそこで不意に道を歩いていた信徒に話しかけられる。
「そこのお前。これからどこへ行くというのだ」
あぁ、面倒だ。信徒には世間話は通用しない。少しでも否定的な発言をすればすぐに反逆だの何だの揚げ足を取ってくる。
だからもし信徒に出くわした場合は、教会に入るつもりはないけど、神のことを信じている姿勢を徹底すること。あまり大袈裟だと喜んで教会に連れていかれるからな。
「あぁ、ついさっき儀式があったから、静かな今のうちに石像にお祈りしておこうと思った」
「おぉ、なんと敬虔な者だ。いつどんな時でも神への祈りを忘れないとは。このような者もいるとは。
ならば、さらにその信心を深めるために教会に来ないか?」
「いいえ。とても苦しいですがお断りします。教会に入り悔い改めることはとても重要ですが、私にとっては毎日神にお祈りを捧げるこの行為こそが、心を鎮める唯一の方法なので」
信徒の前に膝を付き、頭を下げて、心にも思っていないことを棒読みで言う。
「おぉそうか。そうか。我々にはお前たちのような生活を邪魔できるほどの権利は無い。ならば行くといい」
「感謝いたします」
俺は立ち上がると、信徒の後ろを通り過ぎて改めて帰路につく。
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