第40話
「そろそろ
ミルクにマグロ、猫用のケーキにふっかふかの黎桜専用ベッドを用意したマリンソフィアは、ふんすふんすと拳を握った。彼の役割は、野良猫に扮して王太子の透明な服に、カラフルな足跡をこれでもかというほどに付けてくることだ。アルフレッドは何度も練習台として黎桜の肉球スタンプの餌食になってきた。
「おチビさんにもな」
「そうね、特別手当とは別に何かして挙げられたらいいんだけれど………」
顎に手を当ててう~んと悩み込んでいると、アルフレッドが不思議そうな顔をして提案してくる。
「………普段着ようの服でも仕立ててやれば?」
晴天の霹靂だ。お礼には名店のおやつなどを菓子折りとして渡したりするのが、マリンソフィアの常識だったのだ。だから、自分で作ったものをという認識などなかった。
「あら、それも良さそうね。あの子なら、ひまわりみたいな黄色いワンピースが似合いそう。レースとリボンをふんだんに使って、可愛らしくするの!!」
「………本当に、服を仕立てるのが好きなんだな」
「えぇ!!わたくしのスローライフって最高でしょう!!」
マリンソフィアは思わずぴょんぴょんと飛んで、アルフレッドに力説する。けれど、彼は胡乱気な表情をして不思議そうに首を傾げている。
「………すろー、らいふ?」
「? 知らないの?自由気ままにマイペースな生活を送ることよ?」
「………のんびりとした生活のことじゃないのか?」
「? 十分のんびりしているじゃない。ご飯は3食にお風呂にも足を伸ばして入れて、そして何より、6時間睡眠にお昼寝つきよ?何がスローライフじゃないって言うわけ?」
マリンソフィアは王太子の婚約者時代の怒涛の毎日を思い出して、遠い目をしながら、指折り今のスローライフを教えてあげる。王太子の婚約者時代のマリンソフィアは、どうにかこうにか時間を作って、『
「………全部が全部だよ」
「そう?でも、わたくしにとっては十分にスローライフよ。こういうのは個人的に思うことだから、他人からは忙しく見えても、わたくしとってはスローライフだからそれでいいのよ」
「そうか………」
言い切ったマリンソフィアに、アルフレッドは渋々ながら頷いた。彼女は自分がこうと決めたら絶対に曲げない性格なのは、10年来の関わりにより、誰よりもしっかりと理解していた。だから、彼は渋々ながらも優しく頷いて、そして彼女の頭をよしよしと撫でるのだ。
「あら、時間ね」
この世界では非常に高価で王族でも持つのが難しいと言われている、超高級品な懐中時計を手にしたマリンソフィアが、カチコチと針を動かす懐中時計を見ながら言った。
「うわっ、な、何でそんなもの持っているわけ!?」
「え?持っているから持っているのよ?」
「いやっ、解答になってないから、それ」
軽口を叩きながら、マリンソフィアとアルフレッドはぴょんと軽やかな調子で大空を飛び、べちゃっと王太子のお洋服に足跡をつけた黎桜のことを見た。
『うわっ!!』
パレードの観客から歓声が上がった。
「あらあら、すっごく熱狂的な歓声ね」
「………悲鳴の間違いだろ………………」
実際に何度も肉球スタンプをその身に浴びたアルフレッドは、王太子のことを可哀そうなものを見る目で見つめている。
「………好いた女からのプレゼントなんだ。ちゃんと受け取っとけよ、馬鹿太子」
アルフレッドの言葉を適当に流しながら、マリンソフィアは可愛いうちの仔のことを見つめた。
うちの仔こと黎桜は、その後上手に衛兵の追跡を巻き、『
「あらあらっ、とってもいい仔ね、黎桜。おチビちゃんもよくやったわ。足もちゃんと拭いてから帰宅させるなんて、とっても気がきくわね」
マリンソフィアはそう言うと、黎桜をぎゅっと抱き上げ、そしておチビちゃんに抱きついた。そして、彼女の耳元でうっとりするような甘美な声を出す。
「ご褒美に素敵なお洋服を仕立ててあげる。お給料も弾んであげるから、しっかりと好きなものを買うのよ?」
マリンソフィアの言葉に、おチビちゃんはこくこくと真っ赤な顔で頷いた。
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