第3話 お正月 新太郎は家族の誇り

 当然あれから娘達から音沙汰なしだ。新太郎も同様に今さら謝れるかという感じ。それから数ヶ月が過ぎて、三月三日ひな祭りの日が近づいて来た。

 新太郎と典子は女の孫だけで六人も居るし祝ってやりたかった。

 あれ以来、娘達から電話一本もない。代わりに娘の夫達が度々お詫びの電話は来たが、娘達からは連絡なし。いつもなら例年通りにお祝いするのだが、新太郎も気まずくて連絡もしない。本当は孫たちが可愛くてしょうがない新太郎だ。しかし娘達は子供を叱ることを知らない。いや叱ろうとしないのだ。新太郎はそれに怒ったのだ。

 我が娘ながら情けなくてしょうがない。孫が可愛いのは知っているはずだ。その可愛い孫に怒鳴った。好きで怒鳴った訳ではない。度が過ぎた行為に叱らない娘達に腹が立ったのだ。

 しかし幼くても、やってはいけない事がある。子供を叱るどころか親に牙を剥く娘達にはショックが大きかった。今年のひな祭りには誰も来ないと新太郎は諦めていた。


 ところが三女の夫は仕事の都合で来られないが、他はみんなやって来た。

 ひな祭りの準備も料理も何もしていないが、なんと娘達や長男の妻が父母に挨拶して、それぞれ買って来た食材で料理を作り始めた。新太郎は何が起きたか唖然としている。だが典子はニコニコして新太郎の慌てぶりを楽しんでいるように見えた。そう知らないのは新太郎だけだ。典子には事前に行くから宜しくと連絡があったからだ。ただそれだけで娘たちはどんな態度に出るかは知らない。


 そのチビッ子ギャング達は、一斉に庭の掃除を始めたではないか。

 新太郎と典子はその変貌ぶりに唖然として見ていた。

 そして料理の準備が整い父と母を上座に座らせた。

「お父さん、お母さん正月はごめんなさい。反省しています。子供達もこの通りちゃんと躾ましたので、今後ともよろしくお願いします」

 と頭を下げたが、気まずい新太郎は妻と顔を合わせ返答に困った。


 いったい娘達に何が起こったのかと後で聞いた話によると、長男の幸太郎が長女の麻美の家に行き説得したそうだ。そのあと次女、三女と足を運び、こう言ったそうだ。

 「俺もあの時もっと早く止めるべきだったが話に夢中になり気づくのが遅かった。勿論俺だって反省しているし責任も感じている。それでも他人の家に行き子供が悪さをしたら叱るだろう。実家だからと甘えていたんじゃないのか」

 「そうね、分かっている。仏さまみたいな父だって怒るんだとね。自分の子供可愛いさ、につい父を攻めてしまって……」

 「普段温厚な父だが、社長賞で貰った七福神の置物は長年勤めた功労の証しだったんだ。それと盆栽が破壊されては我慢の限度が超えたのだろう。分かってやれよ」

「そうね。お父さんもやってしまったというような顏をしていたわ」

 「喧嘩別れして仲直りする、きっかけがなくて困っていた所なの、私達が親になったのに親の心を忘れていたのね」

 「ああそれが良い、決して親父に謝らせるな。父の威厳と言うものがある」

 もっともだと、娘達の夫も兄に賛同したのだった。

 それと娘達は初めて夫達から聞かされた事がある。お酒は貰ったが手紙の事は黙っていたようだ。母から頂いた手紙を見せた。

『いつも娘たちがお世話になっています。この度は夫が騒がせて申し訳ありません。夫も我慢すれば良かったのですが堪えられなかったようで、でも夫の気持も汲んでやってください。可愛い娘に孫だからこそ怒ったのです。それも愛情の証しと、思って頂ければ幸いです』

「母さん、いつの間に……やっぱり母は偉大だわ。内助の功の鏡ね。お母さんには叶わないわ」

 優しい父だって人の子、どんなに大事にしていた置物か、会社勤めしていた時に一番貢献した社員に贈られる置物だった。それだけに庭に置くと存在感があった。つまり新太郎の長年会社に貢献した証であり誇りとも思う一品だったのだ。七福神の置物の価値は分からないが、有能な社員と認められた証の置物だった。それを切々と典子から聞かされ、流石に身勝手な娘達も目が覚めたらしい。


 それから娘達はことの他、親孝行するようになったと云う。

 孫たちも驚くほど素直になり新太郎は嬉しくて涙した。

「母さん、俺達の子育ては間違ってなかったようだね。特に長男の幸太郎は出来た人間だ。考えて見れば置物が壊れたおかげで分かち合う事が出来た。あれは会社時代の俺の勲章だったが、壊れて意味があったのかな」

「ええ、これからは貴方の誇りは私が守ってあげますよ。子供や孫がこんなに集まってくれるのが何よりも私達の財産であり誇りよ。そして貴方の勲章なのよ」


 了

お正月Ⅱへつづく




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