最終話 地獄へ落ちろ

 三月も下旬を迎え、いよいよ最後が近づいていた。


 死ぬなら自宅で死にたい。両親にお願いして病院には行っていない。無機質な病室よりも思い出のある自宅で最後を迎えたかった。


 昨日、母方と父方両方の祖父母が来た。自分達より先に孫が死んでしまうからと大泣きしていた。


 連日、両親は泣き腫らしているらしい。私には決してそんな姿を見せないけど目元や雰囲気を見れば一発で分かる。


 一ヶ月前から冴月は一緒に寝ると言ってきかない。終いには両親も一緒に寝始めて、私の隣で寝るために毎夜競り合っている。


 一週間前、最後の彫刻を作り終えて冴月に渡した。冴月を泣かせてしまった日のことが忘れられなくてコツコツ作っていた。


 猫好きなのに猫アレルギーの冴月のために二頭身の猫を作った。自分で言うのも何だけど丸っとしていて中々可愛い。


 冴月はすっかり忘れていたようで大急ぎで私が完成させたやつを持ってきてくれた。驚いたことにアクリルケースに入れられて厳重に保管されていた。


 その時に悲しいと泣いてしまったけど、今度はなんとかあやすことができた。



 

 自分のことだからよく分かる。次の眠りは永遠のものになる。


 今日も陽人は私のかたわらに寄り添ってくれていた。冴月はそばを離れたくないとぐずって大泣きしたけど夫婦水入らずの時間をもらった。


 「お願いがあるんだ」


 「うん、何?」


 「私達さ、二人で桜を見たことが無いでしょ?だからさ、春になったら私のお墓に桜を添えてほしいの」

 

 「それは……。うん、分かった。必ずやるよ」


 声は悲壮そのものだった。陽人は無理にでも笑おうとしているのだろうが失敗して引き攣った顔になってる。そんなことをされると余計悲しくなるからやめてほしい。


 「ねえ陽人。私本当に驚いたよ。私がやりたかったこと全部叶えてくれたんだもん」

 

 「言ったろ?清華の願いは全力で叶えるって」


 「うん。すごい嬉しかったよ」


 互いに重ねた手は熱い。この温もりを失いたくない。


 「やりたいことは全部やれた。でもさ、そしたらまたやりたいことが出てくるんだよ。ねぇ、まだ陽人と一緒にいたいよ。離れたくないし、やりたいことだって一杯あるんだよ。……だから、死にたくないよ」


 最後の一言は絞り出した言葉だった。


 もう片方の手は知らないうちに布団に強く握りしめていた。辛い。もう陽人とは会えなくなる。あまりに残酷で残虐で、気付けば視界は涙に歪む。


 「うん、そうだな」


 陽人はゆっくり私の手をさする。


 「ねえ陽人。私はやっぱり陽人のこと恨むよ。私さ、本当に死にたくないんだよ。陽人のせいだよ、私が安らかに死ねないのは」


 「ああ、覚悟はとうにできてるよ」


 どんな美辞麗句でだって私と陽人の離別を止める事はできない。どんな悲嘆も慟哭どうこくも、何もかも死という絶対の前では何の意味もなさない。


 そのことを覚悟して陽人は私と寄り添うことを選んだ。いかに残酷なことかを理解して選んだのだ。だから、このくらいは言わないと気が済まない。


 「なら……、なら……。私は陽人が地獄に行かないと納得しないからね」


 「ああ。あの世の入り口で待っててくれ。それで俺が地獄行きの門をくぐるのを見ていてくれればいい」




 私は自身の運命が不幸だと信じて疑わない。でも、私は幸せだった。

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死んでも生きる @yositomi-seirin

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