第4話 悲哀を抱いて
海に沈む夕陽を見ていた。残照が西の空を彩る。鮮烈な夕陽は雲まですっかり茜色に染めていた。
目に焼き付いて離れない。どう言い表していいものか分からないけれど、きっと死ぬまで忘れない。それほどの美しさ。もっと私に教養が
白い砂浜に備え付けられた丸太のベンチに座っていた。
「はいこれ」
陽人が自販機で買ってきてくれた紅茶を受け取る。
「いくらだった?」
「別にいいよ、これくらい」
「付き合ってないのに?」
「意地悪はやめてくれよ」
「悪かったね。ありがとうね、これ」
「どういたしまして」
夏と言えど夕方になれば潮風もあり海辺は冷える。それを踏まえてのあったかい紅茶には賞賛を送りたい。
「真面目な話をしたい」
一息ついたタイミングで陽人は切り出した。
「どうぞ」
「はぐらかさないで聞いてほしい。俺は清華のことが好きだ。病気のことは十分知っている。それでも諦めたくない。後でどんなに非難されてもいい。清華のことが好きだ。俺と付き合ってくれ」
「真面目に話すよ。その告白は素直に嬉しい。でも私は受けない。未練を残して死にたくはないからさ。死ぬために色々準備してるんだ。邪魔しないでくれよ」
陽人は一度顔を俯かせた後、キッパリと顔を上げた。目には確固たる意志が宿っていた。
「清華、清華がやりたいことは俺が全部叶える。俺が使える時間もお金も、何もかも清華に捧げる。だから清華に残された時間を俺と一緒に過ごしてくれないか?」
「それ、どういうことか分かって言ってるの?それが私にとってどんなに残酷なことか分かってる?」
死ぬのは怖い。とてつもなく怖い。だけど未練は無くして死ぬ用意はできている。なのに恋人を作ったら心残りができてしまう。なんで好きな人を残して死ねるだろう?胸が張り裂ける。それに好きな人を残して死ぬという恐怖に苛まれてしまうではないか。なぜ陽人はそんな残酷なことができるのだろう?
「わかってる。俺だって清華の命が長くないことは知ってるよ。それでも俺は好きな人と、清華と一緒になりたい。それに卑怯だって言うなら清華もだよ。俺がどれだけ前から清華のこと好きだったか知ってるだろ?俺だって好きな人がいなくなってしまうのは辛いよ。でも、それでも、それを承知の上で俺は清華と付き合いたい」
「……やだよ。折角未練を無くしたんだ。もし陽人と恋人になったらやりたいことが沢山出来ちゃうじゃん。私にはそれを全部やる時間、無いんだよ?」
「できるさ。やるよ。やろうよ。言ってみてよ。何をしたいか」
本当に?とてもじゃないが出来るとは思えない。……でも、陽人なら。その明るい笑顔と一緒に、私を引っ張って行ってくれる気がした。
でも、できるなら。やりたいことは無限に出てくる。
「……デートしたい。水族館行ったり観覧車乗ったり、また今日みたいにおしゃれなカフェでデザート食べたい。花火を見に行きたい。旅行にも行きたい。ねぇ、出来るの?」
既に心は張り裂ける寸前だ。なぜ私は皆が普通に出来ることが当たり前に出来ないのだろう。どんな言葉で表したらいいのか分からない。ただただ悲しくて、悔しくて頬を涙が伝う。
「出来るよ。デートにはすぐにでも行ける。三月までまだまだ時間はある。何回でも行こうよ。旅行にだって行けるさ。お金はあるし、足りなければ作る。花火大会だったまだあるはずだよ。大丈夫なら遠いところに行ってさ、それで見ようか。清華のしたいことは俺が全力で叶える。だから」
それからもう一つ。これは無茶苦茶なお願いだ。人生を左右するほどのお願いになる。
「……まだ足りないの。……結婚したいの。してくれる?半年後にはいなくなる人と結婚できる?」
恋人はいつか結ばれて夫婦になる。私にはまるで関係の無い話だと思っていた。それでも手を伸ばせば届くかもしれない状況に来た。なら私は掴みたい。
「うん。できるよ。すぐにでも結婚しよう。結婚式は質素になっちゃうだろうけどすぐにしよう」
「恨むよ。これから死ぬまでずっと」
陽人は私に死ぬ恐怖に怯えろと言うのだ。なら恨むくらいは許されて当然だ。
陽人は涙を溜めた瞳で真っ直ぐ私を捉えた。
「構わない。だから、俺と結婚してくれ」
本当に全部できるだろうか。到底無理なような気がする。でも、不思議と陽人となら出来るんじゃないかと思えてくる。
陽人の覚悟はとうに出来ている。なら、私が死ぬまでずっと、私の悲哀を優しく包み込んでほしい。
「……はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます