93日目

その日は朝から酷く蒸し暑く、風の通らない自室にいるよりも縁側で涼む方が心地よかった。浴衣を適当に着て、団扇で風を送っても、暑いものは暑い。

首筋から汗が流れ落ちていく。下の方で適当に結っていた髪をかきあげて、のんびりと空を見上げた。

こんなにもゆっくりと過ごすのは、ここに来て初めてかもしれない。

「はー……あっつい……」

「日に焼けないどくれよ。アンタはまだ客を取ってるんだから」

「女将さん……分かってるけど、暑いんですよ」

冷たい手ぬぐいが差し出される。有難く受け取り、首を拭うと暑さが少し引いていく。

「そんなに暇ならこっちを手伝っとくれ。細々した荷物が多くて困ってんだ」

「出来ることならしたいけど、俺じゃどうしたらいいか分からないものばりだろ」

「それもそうだねぇ……アンタ、使わないだろうし」

何を、と思ったけど聞かないことにした。どうせ後孔を解すための道具とか、そんなものだろう。道具なんか無くても自力でどうにかなっているし、もし運悪く周に道具を見られでもしたら……。

それだけは、絶対にあってはいけない。

「アンタも、もう要らないものは売るかい?」

「そうですね……打ち掛けとか簪とか、もう使わないだろうから」

「もしあったら夕方までにまとめときな。旦那が質屋に持ってくからさ」

ふわ、と煙管から紫煙を吐き出す様子を見て、俺も久しぶりに煙草を取り出した。周に遠慮していたわけではないが、食事をするところに煙が立ち込めるのは嫌だろうかと思ったからだ。

くら、と頭が軽く痺れる。久しぶりだからか。目眩がするほどまで煙草を吸うことがなかつたのか。

「旦那さんも、お忙しいんですか」

「まあ、ほどほどだね」

旦那さんは店の裏方に徹していて、人前に出ることはほとんどない。俺も長くここに住んでいるけれど、直接会ったのは数回程度だ。寡黙で落ち着いた雰囲気だったことは覚えている。

店がなくなると決まって、一番忙しいのはきっと旦那さんだろう。これからどうやって生きていくのかとか、どこで暮らしていくのかとか。

「そういえば一つ、気になることがあって」

「雲雀のことだろう?」

「はい。雲雀はどこに行くんですか? あの子だけ引き取り手が決まっていないし……」

長いこと俺の禿だったこともあり、雲雀のことは可愛い弟のように思っている。だから、最後まで引き取り手が決まっていないことが心配だった。

そのことを、女将さんが気づいていないわけがない。なにか考えがあるのかと思い尋ねてみる。

「引き取り手は、あるにはある」

「よかった!」

「まだ本人には話していないけどね。少し、時間が必要だろうから」

「はぁ……」

果たしてどんな理由があるのか分からないが、女将さんがそう言うなら俺は何も口を挟めない。

どんな理由があれ、雲雀が幸せに生きてくれればそれでいい。


さて、雲雀の件は落ち着いたが、こちらは難航していた。一昨日から進捗がないのだ。

「どうやっても無理だろこんなの……」

昨日も指一本は大丈夫だった。だが、二本目を入れようとしても全くうまくいかなかったのだ。狭いし痛いし気持ち悪いしで、周の香袋が無ければきっと意識を飛ばしていた。

いきなり上手くはいかないと頭では分かっているけれど、どうしても焦ってしまう。少なくとも周が戻ってくる前日までには三本入るようにしないといけない。それにはあまり時間がないのだ。

まさか自分がこんなことをするなんて。周に出会うまでは思ってもいなかった。床入りしないようにしてきたし、準備なんかする必要もなかった。でも今は違う。なんとかして周と繋がりたい。周がどう思っているかは別として、こちらの準備不足で出来ませんでした、だけは何としてでも避けたいのだ。

女将さんから譲ってもらった大量のいちぶのりを枕元に広げる。解すためには、なによりもぬめりけが必要になる。一つで足りないのなら二つ使えばいい。そう思って、すっかり舌に馴染んだ微かな甘みを感じながらいちぶのりをふやかしていく。

「ここまではいいんだ、ここまでは」

昨日までの努力が実ったのか、中指はすんなりと入っていく。気持ち悪さも感じない。馴染むまでしばらく待って、今度はゆっくりと抜き差ししてみる。

時間をかけて解していけば、必ず柔らかくなるらしい。焦らず、ゆっくり。少しずつ広げていくように指を動かしていく。

「ふー……っ、ううっ……」

ぬる、ぬる、自分でも分かるくらい指がなめらかに滑っていく。なんだかいやらしい気分になってきた。呼吸があからさまに浅くなっていく。数日前までは異物感しかなかったのに。

指を止める方法を、俺には分からなかった。

何度か指を往復させているうちに、昨日までとは明らかに柔らかさが違うことに気がついた。そのまま自然と二本目の指が入ってしまいそうなくらい、ほぐれている。

もしかしたら、と思い、ぐっと人差し指に力を入れると。

「あ、ああっ……!」

あっさりと二本の指を飲み込んでしまった。しかも、根元までずっぽりと。衝撃のあまり一瞬呼吸を忘れるが、指先に伝わってくる内壁の蠢く様に体が震えた。

奥へ、奥へと誘うように戦慄いている。頭の中が真っ白になりそうだった。

「はっ、は、っ……、あぁ……っ!」

まだ多少苦しいけれど、それとは違う感じがする。一体、何なんだろう。また指を動かしてみれば分かるだろうか。さっきみたいに抜き差しは出来ないけれど、指先を動かすくらいなら。

爪が当たらないよう気をつけながら、指の腹を内壁に押し付ける。その圧迫感が、やけに現実的に感じて、また腰が震えた。かすかに膨れている箇所があり、そこを目掛けて指を動かす。

でも、俺の指では少し届かないらしく、微弱な快楽だけが生殺しのように伝わるだけだった。

「んー……っ! やだ、もう……っ!」

目尻から涙が溢れてくる。もどかしいのと、苦しいのと、気持ちよさで混乱していた。それに、なによりも。

足りないと、感じてしまったのだ。

自分の指なんかじゃ足りない。周がいい。今すぐにでも抱いて欲しい。上手に出来ないかもしれないけれど。気持ちよく出来ないかもしれないけれど。

この焦燥感を満たしてくれるのは、周しかいない。

「ばか、あまねのばか……、っ、ああ……っ!」

しょうがなく反り上がった魔羅に手を伸ばし、我武者羅にしごきあげる。いまだに濃い香りをさせる白檀を思い切り吸い上げ、涙混じりの声で何度も周の名前を呼びながら静かに果てた。

手のひらに広がる生暖かい飛沫を見て、どうして貴方はここに居ないんだと、しくしく痛む胸を抑えながら声を出さずに涙を零した。

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