第3話
センター・オブ・ジ・アースの列に並びながら、私がリップを塗り直していたら、伶菜も釣られたのか、一緒に塗り直していた。
伶菜のリップはベビーピンクで、白い肌によく合っている。そんな可愛い唇なんて見てしまえば、途端にこのあいだの記憶が蘇ってきて、恥ずかしくてたまらなくなる。
このあいだのクリスマスの日、私の告白に伶菜はOKをくれた。
大学四年間必死で勉強した私は、GPA平均3.8超えというなかなかに優秀な成績をキープし、就活では第一志望の企業に内定をもらうことができた。それは伶菜の就職先である関西のメーカーだった。
私は伶菜のことを諦めたくなかったのだ。大学四年間は、伶菜のそばに行きたい一心でそればかりを考えて過ごしていたから、他に好きな人なんてできる余地もなかったし、伶菜以外の恋人がほしいなんて思ったこともなかった。
それでも、断られることを覚悟で、友達でいられなくなったらどうしようとか、いろいろ不安はあったけど、私は伶菜に告白をして、OKをもらって、それで私たちは晴れて恋人となったのだ。
恋人になった証、ということで、私はそんなことちっとも期待なんてしていなかったのだけど、別れ際に人目を盗んで、伶菜のほうから私にキスをしてくれた。伶菜も、私の告白がとても嬉しかったのだそうだ。
恥ずかしくて、でも愛しくて、もうずっと離したくないって思ってしまったけど。でも終電の時間が来て、私たちは泣く泣くさよならをした。
そのあとすぐに、私は今日のディズニーデートを提案して、せっかくだからと伶菜がお泊まりで行こうと言ってくれて。それで私たちは今日こうしてここにいるわけだけど。
正直、ずっと友達だったから、恋人として初めてに近いデートをどんなテンションで過ごしたらいいか、私はつかめていないのだ。
でも、多分それは向こうも同じだと思う。リップを塗りながら目が合った途端、伶菜は恥ずかしそうに下を向いてしまったから。
もう、可愛くて可愛くて仕方ないのだけど。
そんなことを考えているうちに、順番がやってきた。
私が先に乗り、伶菜の手をとって席に誘導してやる。さっきまで緊張している様子だった伶菜は、今はなんとなく元気そうだったから安心した。
安全バーがきちんと下りているのを確認して、私たちはお互いの手を握る。ぐっと後ろから圧が加わり、車体が動き出した。
スピードが上がるのに合わせてキャーキャー騒いでいるうちに、センター・オブ・ジ・アースはいつのまにか、終わってしまった。並んでいる時間のほうがよほど長いのだから、テーマパークのアトラクションなんて、そんなものなのだ。
「あーー、こわかった!」
「楽しかったねー」
そう言ってお互いに笑い合ううちに、なんだか邪念もすっかり消し飛んでしまった。
「次は、どうしようか?」
今度は伶菜が私に聞いてくれる。
「そうだな……じゃあ、ちょっと落ち着こうかな」
そう言って私はまた伶菜の手を引く。絶叫系に乗った後は、少し落ち着いた場所に行きたいものだと思うのだ。
そこで私が選んだのはアラビアンコースト。マーメイドラグーンのあたりを超えて行くと、たまねぎ型の屋根の宮殿が見えてくる。
「ここ、行こうか」
私が伶菜を連れてきたかったのは、『シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ』。小舟に乗って、シンドバッドのストーリー を音楽と共に体験するアトラクションだ。
私はここの音楽が大好きなので、どうしても伶菜に聞かせたかったのだけど、伶菜はとあるキャラクターに夢中だった。
「なに、この子……! 可愛すぎる……!!!」
それは、シンドバッドの相棒として一緒に旅をする子トラのチャンドゥだ。
「やばい……あの尻尾の動き、なにあれ、可愛い……」
もう、伶菜はストーリーというよりもチャンドゥの動きを追うのに夢中で。こちらからすれば、可愛い可愛いと連発している伶菜のほうがよほど可愛いと思うのだけど、そんなことを言うとややこしくなるし恥ずかしいので、黙っておくことにする。
しかし相変わらず、アラン・メンケンの音楽は最高だ。私も思い切り、アトラクションを堪能する。何度乗っても、この音楽のせいでついつい泣きそうになってしまう。
感動の旅が終わった後も、残る余韻に私が浸っていると、伶菜は言う。
「ねえ、チャンドゥのぬいぐるみ、どこかに売ってないかな?」
その言葉を聞いて、つい笑ってしまったら、伶菜に怒られた。本気でぬいぐるみが欲しかったらしい。
ちなみに色々探してみたけれど、ぬいぐるみは見つけられなかった。多分、ないのだろう。
探し疲れて小腹が空いたので、近くのワゴンでやたらといい匂いをさせているカレー味のポップコーンを買って、一緒に食べた。
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